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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『死者の園』

〜オープニング概要〜

 学生時代の先輩である男から仮死状態になる薬を預かった草間武彦。男は死後の世界に興味があるとかで、無宗教の人間を探し回っているらしい。そんなものの実験台になる気はない草間武彦は、自分の代わりを勤めてくれそうな人間を探すのだった。

〜本文〜

「実にくだらん」
 八千代は目の前で手を合わせて頭を下げている草間に向かってそう毒吐いた。そもそも嫌なら断ればいいものを。それに一度は死んでいる人間に対して、もう一度今度は『仮死』状態で死んでみないか、などと。
「頼むこの通り!俺はまだ死と名のつくものに挑む覚悟は出来てないんだ…」
 そんなものこちらだって願い下げだ、特に目的が『興味本位』であるとなれば…と八千代は思ったが、草間の姿はあまりにも哀れを誘うもので、その癖聞き入れてくれるまでは逃がさないぞという意志がこもっていて、八千代はうんざりとしながらも、テーブルに置かれた小瓶に手を伸ばしたのだった。
「…飲めばいいんだな」
 その途端、草間が顔を上げて嬉しそうにこくこくと頷いた。深い溜息を吐いて小瓶の蓋を開けると、もう覚悟はできていた。ままよ、と一息に飲み干せば、喉を焼け付くような感覚が走った後に、両のこめかみを強く殴られたような衝撃が走って、八千代は一旦意識を手放した。


 次に目を開けたときも、痛みは鈍く残っていた。上体を起こした途端に目を射た夕焼けに思わず手を翳す。倒れていた場所は低く積まれたダンボールの陰になっていたようだった。
 眩しさに徐々に目が慣れてきたところで、八千代は違和感の正体に気がついた。その町並みは知っているものだったが、それが故に有り得ないことなのだった。『あの頃』の東京である。八千代が本当に生きていた頃の…。
「よう」
 掛けられた声も聞き知ったもので、ああ、ここはやはり死者の世界なのだと八千代は思った。振り返れば懐かしい軍服姿が笑っている。
「久し振りだな」
 男は八千代の隣に座り込んだ。しかしそれ以上何を言うでもなく黙っている。しばしの沈黙の後に、八千代は言った。
「貴様は国の為に死ねたというのに」
 夕焼けを見ている男の目が、先を促すように八千代の方に向けられた。
「俺は無様にも世に舞い戻ってしまった」
 複雑な気持ちだった。別に死にたかったわけではないはずなのだが、こうして国の為に死んだかつての同僚を目にしてみると、羨ましいような気もした。覚悟と信念の下に死んでいけたのなら、それは幸福なことではないのだろうか。
 八千代が自分の感情を持て余していると、男の目が笑った気がした。
「…まあどっちが良かったかなんてわかんねぇよ。俺は国の為に死ねた。そいつを誇りに思ってるのは揺るぎようがないが、お前は俺達が守ったものを見届けることができるんだからな」
 あの戦いの後でそうすることができた人間は希少なものだろう、と男は言った。それはそうだろうな、と八千代も頷く。自分だって一度は死んだぐらいなのだから。
「ま、とにかくだ。お前まだ本当に『死んだ』わけじゃないんだろう?だったら早く戻った方がいい。ここの門番は士官学校時代のあの鬼教官以上に厳しいぞ」
 そう言って男は立ち上がると、八千代の肩を叩いて去ることを促した。八千代も立ち上がって、2人は目でまずしっかりと別れを告げた。
「…では、また」
「ああ」
 染み付いている気をつけの動作から敬礼をして、八千代はくるりと踵を返した。背後ではきっと男が敬礼姿のまま見送ってくれているだろう。軍人として、振り返ることはしなかったが。


 出口に当てはなかったが、何となくあの夕焼けに向かって歩いていけば辿り着くだろうという予想はしていた。案の定、それは低い建物が連なる町並みから一変してそこだけ切り取られたかのように何もない場所にぽつんと建っていた。
 そしてそれを塞ぐようにして立っているものが一体。
(奴が言っていたのはあれのことか…)
 異質な生き物だ。遠目には人のように見えたが、ある程度近づくとその四肢が金属で出来ていることに気がつく。特にそれの右腕は、あの頃よく見た銃剣だった。
「ここを通すわけにはいかない。死人は死人として大人しくしているがいい」
 八千代の眉間に皺が寄る。更にそれがこちらに向けて威嚇射撃をしてきた時には、思わず腰元の刀に手をやっていた。
 そこで気がつく。
(この身体は…)
 あのいつもの外国人の身体ではなかった。皺の刻まれた手に握る刀もあの頃のもので、そういえば着ている服もこれ以上ないくらいに馴染んでいる。自分の身体だ、と八千代は思った。そういえばあの同僚もすぐに自分が自分であるということに気付いていた。この特殊な空間がそうさせたのだろうか。
 八千代は口角を上げて不敵に笑った。
「俺にその銃を向けたことを後悔させてやろう」
「後悔?しているのはお前だろう。死に損ないが減らず口を」
 それに笑われて八千代は徐々に自分の怒りが身体を温めていくのを感じた。指先で空気を感じるほどに神経が鋭敏になっていく。
「お前たちは大人しくここで私に飼われていればいい。ただのペットに過ぎないのだから」
 ぎり、と噛みあわせた歯が音を立てた。
「貴様のその侮辱、許すわけにはいかんな」
 いつの間にか肩から提げていた小銃で数発、相手が飛び掛ってきたところを腰元の刀の抜刀で一撃を放ったが、金属の身体は硬く、加えて刃先が滑りやすかった。
「くっ…」
 鋭いナイフの形をした相手の左手が己の腹部を狙っているのに気がついて、咄嗟に飛び退った。攻撃をはずした相手の状態がぶれるのに、力いっぱい斬りつけた。相手にもダメージを与えたようだが、自分にもすさまじい衝撃が走る。
 もう一度飛び退くと、やはり向こうの方から飛び掛ってきた。八千代は刀を納めた。降伏したか、と相手の目が笑っている。突き出される左手。それを捕らえて捻り、くるりと相手の身体を宙で一転させて地面に叩き付けた。
「ぐぅあっ!」
 すかさず足をそれの胸に乗せて、更にライフルの銃口をそれの喉元に宛がう。
「軍人は何も武器で戦うことばかりを学んでいるわけではない。…終わりは呆気ないものだな」
 続けざまに撃った2発は確実にそれの生命を奪ったようだった。
 終わりは正しく呆気なかった。門はその重厚さとは裏腹に、押せば簡単に開き八千代を通した。くぐった瞬間に、今度は内臓を引きずり出されるような感覚が襲った。何と言う薬だ、と八千代は製作者に対して胸の内で憤懣をぶつけながら、また意識を飛ばした。


「お、無事に帰って来れたか!いや〜よかったよかった…倒れたかと思うと息もしてない脈もないで本当に毒だったんじゃないかと思ったぜ…」
 もし約束の時間が経っても起きなかったら、救急車呼ぶところだった、と草間は言ったが、その頃になって呼んでも遅いだろうと八千代は思った。それにしても、目覚めの最初に見たものがこの男の顔とは少々いただけない。
「で、死後の世界はどうだった?」
「…思うに、死後の世界は最も自分が馴染んだものになるのではないか?まあ悪くはなかった」
 それだけ言って八千代は興信所から外に出た。途端夕焼けの赤い光が目を眩まして、八千代は目を細める。そこにはあの頃とは似ても似つかないが、確かに力強く復活した東京の街があった。
「確かに見届けるのもやぶさかではないな」
 呟いて、力強く一歩を踏み出した。そうだきっとまだ国の為にできることはあるのだろう。守りたかったのは、国であり、人であったはずなのだから。
 夕暮れ時に混み合う通りに向かって、八千代は足早に歩いていった。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7704/前田・八千代(まえだ・やちよ)/男/21才/軍人】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
 「死者の園」へのご参加、ありがとうございました。
 色々と想像で書かせていただいた部分がありますので、もしかしたら設定と違っている部分がありませんが、大目に見ていただければ幸いです。少しでも『前田・八千代』その人に近づけていればと思いつつ…。
 それでは今回はこの辺で。また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。