コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


楽しい時間を


 シリューナ・リュクティアは、じっと床を見つめていた。床にはきらきらと光る液体が水溜りを作っており、その周りにはガラスの破片が散乱している。
「特注だったんだが」
 ぽつり、と呟く。呟いてみても、何も事態は変わらない。
「す、すいません! 私、つい、手が滑っちゃって」
 じっと床を見つめるシリューナに向かって、ファルス・ティレイラは何度も頭を下げる。顔は今にも泣きそうな表情になってしまっている。
 床に出来た水溜りを作ったのは、ティレイラが落とした魔法役の入った小瓶だ。
 ことの発端は、魔法薬屋を営むシリューナの元に、お店を手伝いにティレイラがやって来た事だ。シリューナは、ここ数日で倉庫の中がごちゃごちゃとなってしまった事をティレイラに告げ、人手があるのだからと倉庫整理に着手した。
 シリューナに言われ、ティレイラは大張り切りで倉庫整理に乗り出す。指示を仰ぎつつ倉庫整理をし、時折珍しいもの達に目を輝かせ、シリューナにそれが何かを聞いてみたりして。
 楽しそうに倉庫整理をするティレイラを見て、シリューナも倉庫整理という作業に対して楽しいという気持ちを抱いていた、まさにその時だった。
 がしゃんっ、という大きな音がして、魔法薬の入った小瓶が割れてしまったのは。
「あの、凄く珍しい色をしていたので、私、つい、つい」
 ティレイラはそう言って、しょんぼりと俯く。シリューナはそんなティレイラを見て、小さく笑む。
(お仕置き、か?)
 好奇心旺盛なティレイラの事だ。倉庫整理をしていれば、何かしらやらかすだろうとは想像がついていた。そうして、もし何か失敗をしたら是非ともお仕置きをしよう、と心に決めていた。
「ティレ、おし……」
 シリューナはそこまで言い、ぴたりと口を噤む。
 ティレイラが落としてしまった特注品の魔法薬は、作り置きがある。もしも多めに欲しいと言われたときの為に、多めに作っておいたのだ。予備として使えばいい、と。
 それに加え、その魔法薬を作り直す材料も少し残っている。
(いい勉強になるか)
 シリューナは「ふむ」と頷く。
 ティレイラは、魔法を教えている生徒でもある。ならば、この魔法薬を作らせてみてもいいかもしれない。失敗しても困ることはないし、成功すればティレイラの力となる。
(もっとも、失敗したらそれこそお仕置きだが)
 シリューナは再び笑みを浮かべる。安易にお仕置きを与えるのも、勿体無い。魔法薬の作り方を教える良い機会なのだから、教えてやればいい。ついでに、そこで失敗したらお仕置きをすればいいのだ。
(きっちり、お仕置きをしてあげよう)
 それはきっと、楽しい時間だ。今度はどんなお仕置きをしようかと、今から心が躍る。
「あの……お姉さま?」
 びくびくとしながら、ティレイラが尋ねる。
 シリューナは「ティレ」と声をかける。お仕置きをされると思っているティレイラは、びくり、と体を震わせる。
「この落として駄目にした魔法薬、作ってみるか?」
「え?」
 思いがけぬ言葉に、ティレイラはきょとんとした顔になる。
「幸い、この魔法薬を作り直す材料が少し残っている。良い勉強になるだろう」
「でも、これってお客さんの特注なんじゃ」
 万が一失敗したら、と不安そうなティレイラに、シリューナは「大丈夫だ」と返す。
「その時は、お仕置きするから」
「全然、大丈夫じゃないですっ」
 ティレイラはそう言いながらも、嬉しそうに笑っている。
 好奇心旺盛な為、新しいことを教わるのが嬉しいのだ。お仕置きは怖いし、客の特注品という事で緊張もしているが、何より新しい知識を得るのが嬉しい。
「じゃあ、準備をするからそれを片付けておくように」
 シリューナはそう言いながら、床を指差す。ティレイラは「あ、はい」と答え、落とした魔法薬の小瓶の片づけを始める。
(どんなお仕置きにしようか)
 材料を取りに行きつつ、シリューナはそっと微笑むのだった。


 ティレイラが床の片づけをし終えた頃、シリューナも魔法薬の準備を終えていた。机の上に材料と道具が乗っている。
「これ、何ですか?」
 そのうちの一つをひょいと手にするティレイラに、シリューナは説明してやる。ティレイラは「へぇ」と良いながら、一つ一つの材料を確認していく。目を輝かせながら。
「楽しそうだな」
 シリューナが言うと、ティレイラは「はい」と元気よく答えた後、慌てて「もちろん」と続ける。
「ちゃんとお客さんの為に頑張りますっ」
「良い心がけだ」
 シリューナはそういうと、材料の一つを指差す。
「まずは、これをすりこ木でつぶして」
「はいっ」
 ティレイラは言葉に従い、材料を取ってすりこ木でつぶす。
「力任せにしてはいけない。もっと、柔らかく混ぜるように」
「はい」
 シリューナの指示に従い、ティレイラは薬を作っていく。真剣な眼差しで、だがどこか楽しそうに。
 魔法薬は順調に作られていく。シリューナの指示に、ティレイラはすぐに反応する。作業一つ一つが、手際よくなっている。
(普段、教えている事を吸収している証拠だ)
 シリューナは満足そうに頷く。
 最初の頃は、どれだけ教えても失敗していた。道具をどのように使って良いかも覚えておらず、手際も悪い。材料一つ満足に混ぜることも出来ず、失敗作ばかりが増えていっていた。
 しかし、今は違う。道具の使い方が慣れてきた。始めてみる道具でも、今までの経験から似たような扱い方を思い出し、大よそ合っている使い方をするのだ。
(飲み込みが早いからな)
 教えがいがある、とシリューナは思う。好奇心旺盛なティレイラは、教わったことを実践し、沢山失敗をして、それらを糧としている。このままいけば、いずれシリューナにも追いつくかもしれない。
 いつになるかは分からないが。
「最後に、ゆっくりと暖めながら回す」
「はいっ」
 ティレイラは答え、混ぜたものを鍋に入れる。それを火にかけ、棒で混ぜ始める。
「あ、早い」
「え?」
 シリューナが言うが、時は遅かった。ティレイラがまわす速度を緩めようとした瞬間、鍋に入っていた魔法薬はどろりとした黒い液体となってしまった。
「え、ええ?」
 呆然と鍋を見つめるティレイラに、シリューナは苦笑する。
「ゆっくり、と言ったんだが」
「ゆ、ゆっくり混ぜたつもりでした」
「加減が難しいが……早いとすぐにこうして黒くなるんだ」
 ティレイラは、鍋を見つめて「うう」と唸る。最初に見た小瓶に入っていた液体は、きらきらと綺麗に光っていた。それなのに、同じ材料で同じように作ったはずの薬は、黒い。
「お姉さまぁ……どうしましょう」
 泣きそうな表情で、ティレイラが言う。「お客さんの、特注なのに」
 シリューナは微笑み、つい、とティレイラの頬を指でなぞる。
「悪い子だ。失敗したら、お仕置きしないと」
「え、お仕置きって」
 怯えるティレイラに、シリューナは魔法薬の入った小瓶を取り出し、ふりかける。すると、足や手の先から、徐々に銀色になっていく。
「え、えええ」
「さあ、ティレ。笑うんだ」
「ええええ、無理ですっ」
「ほらほら、笑わないと」
「だって!」
 慌てるティレイラに、シリューナはそっと小瓶を見せる。作り置きをしていた分だ。
「実は、予備がちゃんとある」
「あ、そうなんですね。良かったぁ」
 ぱきんっ。
 ほっと安心した表情を見せた瞬間、ティレイラの全身は完璧に銀に固まった。銀の像となってしまったティレイラの表情は、ほっと安心した優しい表情だ。
「なかなか可愛い像が出来た」
 シリューナは嬉しそうに銀の像となってしまったティレイラを見つめ、傍の椅子に座る。
 ティレイラに振りかけた魔法薬の効果は、一時間。それをしっかりと堪能しなければならない。
「折角だから、紅茶でも飲みながら鑑賞しようか」
 シリューナはそういうと、紅茶の準備をする為に台所へと向かう。その途中くるりと振り返り、ティレイラの方を見て再び微笑む。
「楽しい一時間になりそうだ」
 そう呟くと、台所へと急ぎ気味に向かっていった。
 魔法薬の作り方も教え、楽しいお仕置きも出来、シリューナにとって満足な時間とすることが出来た。美味しい紅茶を飲むことが出来るだろう。
「これも、多めに作っておくか」
 ティレイラが魔法薬から解放されれば、きっと紅茶を欲しがるだろう。その時の為に、準備をしておいても良いかもしれない。
 シリューナはティポットに入れる葉っぱを、多めに入れる。冷めてしまうだろうから、アイスティ用にすればいい。
 これからの一時間と、その後のティレイラの事を思い、シリューナは胸を弾ませるのであった。


<楽しい時間を堪能しつつ・了>