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<東京怪談ノベル(シングル)>


『狂い咲きの桜』

「…むー…どうもなぁ〜…」
少年が、うだる夏の暑さの中テクテクと歩いている。その日の暑さは「あつ〜い」「俺、もう駄目」程度ではなく、誰も外には出たくなくなり屋内でクーラーに慰められている程の憎らしい暑さである。
ママさん達もスーパーに買い物をしなければいけないのに、とても混むだろうけれど少しでも涼しくなる夕方に行こう、とまで弱音を吐かせる程の暑さだった。
 
 その中、少年は少しきつくなってきた黒いスニーカーにも負けずに、メカ…レーダー的な物を手に、坂道に負けずに歩き続けている。
 と、ポツ…とアスファルトに水玉が落ちた。
 「あ?」
 と、知るものぞ知る、若き…いや、幼き陰陽師『玄葉・汰壱』七歳は、天を仰ぐ。そして程なく雨はスコールの如く、ザンザンと振り出して汰壱をぐっしょりと濡らしつつあった。
 
「やっべ〜…だから天気予報はいつまでたっても『予報』なんだよなぁ〜」
 などと愚痴りながら、大切な『嫁さんレーダー』をポケットに入れて、何処か雨宿りを出来る所をチラチラと左右確認しながらタッタッタッタ…と軽快に走る。
 
「おお…」
 汰壱は店構えが普通の店とは違う、独特で古風な店を見つけた。雨宿りには丁度良い、陽射しが少し深いその店に向かった。
 「あ〜…濡れちゃったなぁ…」
 雨で濡れたTシャツを両手で摘まんでいた所、店のドアがカラン…とベルを鳴らして開けられた。
 
「…おやまぁ、豪快に濡れたもんだね…雨が止むまで中で待ってな」
 と言い、汰壱を店の中に招き入れる。
 「まぁ、座りな」
 店内は何やら、いわく付きがありそうな商品が並んでいる。そのどれもが長い時を経て、ここへたどり着いたという様な『異質』を思わせた。ここの店に入って、商品を買ってゆく客はいるのだろうか? という物ばかりだ。汰壱はそれらを何となく見回しながら、「相変わらずだなぁ…」と呟いた。
 
 店主である碧摩・蓮はそう言って「茶でも飲んできな」と言って、店の奥の方へ行き、その『奥』から「相変わらず嫁さん捜してるのかい?」と問う。
 「勿論、捜してる…けど…」
 いつも目を輝かせて好奇心まんまん、元気が一番な汰壱だが、蓮にそう言われて珍しく肩を落としている。
 そして蓮が座っている椅子の前にある、少し古ぼけたテーブルの上に、色硝子で出来たカップとソーサーを置いた。カップの中で神秘的にゆらゆらと揺れている液体を見ながら、呟いた。
 
 「何だい、その面構えは」
 蓮が汰壱の目の前に椅子を置き、今まで何度も相談を持ちかけていた、まるで弟の様なこの少年に問いかける。
 
 蓮と言うこの女性、とても神秘的で美しい人であった。少しつり上がった目元がキリッとした気の強さを漂わせ、深くスリットが入ったチャイナドレスから魅惑的な長い脚を惜しもせずに見せていた。そして汰壱の話を聞こうと、ゆったりとその脚を組んだ。
 
 「…蓮ねえちゃん…最近、『嫁さんレーダー』が上手く動かないんだよね…」
 しゅん…として汰壱はうなだれる。
 「この間は、レーダーが発見して、見ながら走って相手に接触したら…でっかいおばさんに体当たりしちゃったり…」
 肩を落としたまま汰壱はお茶を飲む。冷たい液体が体の中を上から下へ流れてゆくのを感じながら、ふぅ…と子供らしからぬ大人如く溜息を吐いた。
 「ねぇ、蓮ねえちゃん。どうしたら『嫁さんレーダー』直せると思う?」
 真摯な目で、汰壱は連を見つめる。茶色い目が色っぽい蓮を矢を射った。
 「ふ…ん…」
 連は汰壱から『嫁さんレーダー』を受け取って、あちこちを探る。それを汰壱はドキドキして見る。「ちゃんと直ったら、また可愛い未来の嫁さんに会えるかな…」など、期待しながら。
 「分かった」
 「えっ!?」
 連は汰壱に向かって、ずずいと『嫁さんレーダー』を渡す。
 「蓮ねえちゃん、何か分かった?」
 顔を期待に輝かせながら、身を乗り出して汰壱が蓮に問う。
蓮はコトリとテーブルにレーダーを置き、汰壱にきっぱりと宣告した。
「あんたは邪念が多すぎる!」
そう言われ、『嫁さんレーダー』を、ぐぐっと汰壱の顔に押し付ける。
「うぐっ」
汰壱はそれを取ってから、大切な“相棒”を見やる。
「…そうだね…じゃあ、ここに行くんだね。あんた好みの女がいるよ」
連は一枚の紙と年季の入った写真を渡す。
紙に書いてある“おとな文字”(漢字)は読めなかったが、写真を一瞬見ただけで分かった。
「寺?」
「そ、寺」
「寺に俺好みの『未来の嫁さん』がいるのか?…まさか“あまさん”って言うんじゃないだろっ?」
 「さぁてね…。お…それ、雨が上がったみたいだよ。行動あるのみだよ」
 蓮が汰壱の肩をポン、と叩く。
 「…仕方ないや…今日は暑いから、あちこち歩き回るのも疲れるし…。寺だったら蓮ねえちゃんの言った『邪念』も取れるかもしれないし…」
そして汰壱は席を立つ。
「蓮ねえちゃん有り難う。取り敢えず行ってみるよ。お茶、有り難うね。じゃあ!」
行く先は汰壱好みの“未来の嫁さん”は先ず居ないだろうけれど、汰壱は地図を手に濡れたアスファルトを踏んで、また坂道を登って行った。


 寺…。
 そこはまさしく寺であった。
 呆けてそれを見ていたが、何となく入る。寺は大きくもなく小さくもなかった。
 「ふー…ん」
汰壱は寺の土地内に入る。アスファルトではない、地面そのままの草を踏みしめてぶらぶらと足を運ぶ。草が生い茂っていない所を見ると、きちんと坊さんがいるだろう事はわかった。
 ただ、一つだけ普通の寺とは違う所があった。
 寺の裏に入った瞬間―――
「…っうわ…っ」
 狂い咲きの桜が一本あった。
その気高きこと、見る者を引き付けること、そして―――何と儚きこと。
「ぎゃっはっはははは…」
突然、甲高い笑い声が聞こえ、汰壱はびっくりして振り向く。
「…っうわ…っ」
汰壱は先程と同じリアクションをする。

 ふすまが開けられたままの奥、畳の部屋でギャルがいた。
 その風体の事。
 週に二、三回は日焼けサロンに行っているだろう肌の黒さ、ブリーチで痛んであるだろう金髪はバサバサになったまま、派手なチャームが付いた髪ゴムで止められている。そして制服のミニスカート、物凄い事になっているルーズソックス。
「なんだよ、人の事さっきの桜みた時と同じ様なリアクションしやがって…」
腕を一本畳に付いて頭を支え、もう一本の手でボリボリと脚をかく。

 …寺…寺だよな? ここ…

「こっち来な、ガキ」
「…ガキじゃねぇよ…」
ボソッと呟いて、汰壱は仕方なく縁側の端に腰掛ける。

…まさか…蓮ねえちゃん、このギャルを…?

「あんた、何て名前?」
「…汰壱」
「へーぇ、なんかワンパクな名前じゃねーか、ギャハハハ!!!」
そして、華恋は少しだけ遠い目をして桜を見やる」
「ガキもこの桜のウワサ聞いて来たクチ?」
「…別に知らねぇよ。…でもビックリした。こんな所に花見スポットが…」
“花見スポット”が受けたらしく、華恋はまたギャハハハハと笑う。
「完全、オヤジ入ってんな、ガキ」
そう言って、華恋はゴロッと仰向けに転がる。
「ほれ、ガキも」

…あ、やっぱり…

汰壱は彼女に言われた通り仰向けになる。
「…はー…」
空が、大気が広かった。まるで、この地球の中に空と一本桜しか無い様に。
「あ、何コレ」
彼女が汰壱のポケットから、ちらりと見えた『嫁さんレーダー』を見て、それを手にする。
「ソレ、大事なモンなんだけど、返してくんねぇ?」
彼女はそれには対応せず、じっとレーダーを見ていた。
「…やっぱり…何コレ」
『嫁さんレーダー』を汰壱に返して彼女が問う。
「あんたに説明してもきっと分かんねぇよ、きっと」
「ガキが何言ってんだよ。教えろってばコラ。どーせ暇だし」
彼女にしつこく言われ、汰壱はゴホンと咳をして簡単にレーダーの説明をした。

「っへー、てかガキが色気付きやがって!ギャハハハハハ!」
「うるせぇってば!…ったく」
「あたしはさー、この桜がどう見てもいつ見ても飽きなくて」
ふと、彼女は真面目な顔になって、また空と桜を見る。いきなり真面目モードになったので、汰壱はガクリとする。
「風が吹いても、雨が降っても、雪が降っても…あ、そうそう、冬の一本桜ってすっげぇんだぜ?」
「へーぇ…そしたら…毎年あんたに会えるかもな」
「線香臭いだろ、ココ」
「別に…嫌いじゃないぜ、線香なんて」

うだる暑さの中、寺の中は涼しかった。

「ねーちゃんの制服、ここらで見てねぇな」
「………やっぱり、そう見える、か」
起き上がって華恋が、ニッと笑った。逆光でよくは分からなかったが、白い歯とえくぼと、少し潤んだ目が汰壱には分かっていた。
「こいつが…あったかったんだ…外がこんなに暑そうに見えても、雪がしんしんと降り続けても…こいつだけが…」
そして、立ち上がると桜の幹に手を当てる。
「…いけそうか?」
「そーだな、ガキ。お前だったら出来そうだし」
汰壱は桜と華恋を交互にみやる。そして華恋の手に自分の手をあてた。
そして、二人の手が少しずつ光を放ち始める。
「皆に…会えるかな…」
光が一段強くなり、目を当てられない程の力になった時―――

彼女が消えた

そして、狂い咲きの桜がザァッと花びらを一気に散らした。
天使の羽根の様に。

彼女の記憶が流れてくる。
まだ現在の学校ではない頃の、昔の制服。知らない男が家に入り、家族を惨殺した。華恋は刺されたがまだ傷が浅かったので、体を引きずって寺に駆け込み―――大好きな桜の樹の下、血まみれになって静かに息を引き取った。

「次はまともな格好で学校に通えよ。ギャルはほどほどにな」
そして汰壱は笑って、まだ散り続けている桜の花びらを抱きしめた。
そして、少し泣いた。

そして寺からの帰り道、ふと『嫁さんレーダー』を見ると、蓮ねえちゃんいわくの「邪念」が消えたのか、ピコッとやや強く反応した方向を見ると、ふんわりとした髪の可愛い少女が、母親と一緒に歩いていた。

―――有り難うな! ギャル姉ちゃん!

                                    終