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<東京怪談・PCゲームノベル>


エキストラ募集!

「うわぁ! これ、ほんとにあたしですか!?」
 海原・みなも (うなばら・みなも)は、歓声をあげた。
 鏡の中に、見たことのない自分がいた。
 いつもにまして、白い肌。紅のさされた唇。
 海色の青い髪は、薄紫色の組紐で、キリリとポニーテールに結ばれている。髪に引っ張られているせいか、目じりがやや切れ上がり、いつもより格段に大人びて見えた。
 目のまわりを飾っているのは、色鮮やかな朱色。細いくまどりのようなものが描かれ、まぶたあたりには、少しパールがかった輝きもある。
 鏡に映っているのが、自分の顔か確かめるように、まばたき数回。
 鏡の中の顔も、同じ動きを返した。
「似合ってるわよ〜、はい、次衣装ね」
 メイク係の女性に促され、差し出されたものへと着替える。
 髪を結った組紐と同色の、袖のない太ももあたりまでの長さの着物。
 膝上までのぴったりフィットするレオタード地の黒いパンツ。
 黒い手甲・脚絆。朱色の細い帯。
「そっちに姿見あるから、見てみて」
 大きな姿見の前に立ってみれば。
 可愛いくのいちが一丁、出来上がっていた。

 東京大江戸テレビランドの屋外セットの一つ、大きな武家屋敷の庭のような場所。みなもは、折りたたみ椅子に腰かけて台本のチェックをしている桐生・白水(きりゅう・はくすい)に駆け寄った。
「はじめまして、白水さん。海原みなもです」
 みなもの挨拶に、代官姿の白水は意外そうに目をパチクリさせる。
「オマエが、みなもちゃん? 中学生って聞いてたんだが」
「メイクって凄いですね。自分でもびっくりです」
 毎日学校で顔をあわせている友人たちだって、自分だとはわからないだろう。後で記念写真でもとっておこうかと考える。
「年聞いてなかったら、ナンパしちまってるかもな。と、冗談はさておき、今回の件、みなもちゃんはどう思う?」
「それなんですけど……」

 実はみなもは、東京大江戸テレビランドへ約束の時刻より、少し早めにやってきていた。いろいろ調べておきたかったし、演劇部所属の身としては、ついでに撮影所の様子に興味もあった。今日なら、出演者用のパスもあり、また白水から話も通してもらってあるので、一般客の立ち入れない場所に入ったり、色々なスタッフと話もできる。こんなチャンスは滅多にない。興味津々であちこち覗きながら聞き込んだ結果、気になる情報を得ることができた。
 今回の台本を書いた脚本家は、歴史上実際にあった事件を取り扱うことが多く、その際には必ずお参りもしているのだそうだ。教えてくれた大道具のおじさん曰く、
「今日撮るのは、敵討ちの話らしいよ。やっぱり実話だってさ。討つ側、討たれる側、双方に加勢がついて一大決戦になるところだったんだって」
「ところだった……ってことは、ならなかったんですか?」
「うん。討たれる側が討っ手側に毒を盛った。それで討っ手側は全滅しちゃったんだと」
 完全にだまし討ち、ひどい話だ。聞いてから、渡されていた台本を読み直した。実話とは違い、討たれる側は忍び集団を雇って、討っ手側を倒そうとするも、白水演じるお代官に阻まれて正々堂々の勝負をすることになる……といった筋書きになっていた。

「現れる幽霊って、この毒殺された人たちじゃないかと思うんです」
 みなもは、白水に語った。
 けれど、お参りまでしているのに、どうして彼等は現れるのだろう。みなもはそこが不思議だったが、
「毒殺じゃあ、やりきれねえよな。同じ死ぬでも、勝負に負けて斬られる分には、武士の一分が立つってもんだけど、刀抜きもしてないわけだろ」
 白水のこの言葉に、ハッとした。
「それですよ、白水さん! 毒殺じゃ死んでも死に切れなかったんだ。お侍らしく、戦って斬ってあげればいいんですよ」
 自分たちゆかりの場所に参ってくれた人間の書くものなら、自分たちを救ってくれるかもしれない。だからこそ今回の脚本、自分たちの生きた歴史を繰り返すかの、物語そのものに憑いた。
「ありえる線だな。よし、やってみっか」
「はい!」
 みなもの返事に、白水は誰かを探すように、周囲を見回した。
「そうと決まれば……お〜い、蔵田! このコに殺陣つけたげて。あんまり難しくなくて、カワイク見える、時代モンはじめてのアイドルのコにやらせるようなヤツ」
 呼ばれて、駆け寄ってきた男が、
「了解ッス! よろしくね」
 と、挨拶する。おそらく殺陣師で蔵田というのだろう。しかし、みなもは挨拶どころではなかった。
「えっ、アイドル!? ど、どうしよ、あたしっ!」
 頭に血がのぼる。
 メイクがなければ顔が真っ赤になっていたところだ。
――お、落ち着いて、あたしっ!!
 結局、落ち着けるまでには、五分を要した……。

 一時間ほどたって。
 撮影現場の準備が、完了した。
 みなもと白水の、霊対策の準備も完了している。
 ここでは、みなもの『水』を操る能力が万全に発揮された。
 人は母体の中羊水に包まれて生まれ、死に至る際には三途の川を渡り還ってゆく。水はあの世とこの世を繋ぐ境界でもあった。
 汲んできた当たり前の水道水に触れ、物理学的な限界を超えた深淵、水の霊的構造そのものを変化させた。
 三途の川、あるいはレテの川、多くの神話伝承に残される類の、幽体を渡し浄化する霊水へと。
 その水を白水の竹光に塗布してある。
 みなも自身のほうは、霊水を少しまぶたの上に塗りつけたあと、小ぶりな竹筒に入れて腰から下げた。
 霊視能力のないみなもにも、これで霊が見える。腰に下げた霊水は、戦闘がはじまれば光の透過率を高めた水糸を生成し、見えない武器となすつもりだ。
 そして、いよいよ撮影がはじまる。
「天気オッケーです」
「はい、天気オッケー、照明板もうちょっと右向けて」
 銀色のアルミ板を両手で掲げたスタッフが、微調整を加える。
 周囲に緊張感が高まってきた。
 シーンの筋立てはこうだ。敵討ちを明日に控え、親戚の武家屋敷に逗留中の若侍を、仇に雇われた忍び集団が殺害しようと押し寄せるが、暴れん坊代官の活躍で忍び集団は撃退、事なきを得る。
 みなもは、武家屋敷の陰で待機している。
――がんばらなくっちゃ!
 ぐっ、と握りこぶしを作った。普通の撮影なら、殺陣を撮るにもコマ切れに進行してゆくものだが、このシリーズの大立ち回りは監督の強いこだわりにより、切れ目なしで約五分にわたる長丁場である。はじまれば全てが一気に進んでゆくだろう。
「はい、本番スタート!」
 開始の合図とともに、武家屋敷の庭で敵討ちにそなえて木刀をふるって鍛錬していた若侍の周囲に、忍者集団が走りでた。その一人であるみなもも、カメラに入る位置へと。
――うわぁ、あたし、映ってるんだよね。これってある意味あたしの人生の一大事かも。
 みなもがドキドキしている間にも、物語は進んでゆく。
「なんだ、お前たちは!」
「死んでゆく人間に名乗る名は無い! かかれ!」
 忍び集団が刀を抜きつれ、最初の一人が若侍に斬りかかろうとしたところへ、代官の被る塗笠が飛来し、刀を落とさせる。
「何者だ!」
 白水演じる代官が、早足に登場。
「貴様の言葉をそっくり返しゃあ、今から地獄に行く奴らに名乗るも勿体無ぇが、知らにゃあ逝くに逝けめえ! 公儀御意代官・浅間秦之輔、将軍家より頂いた勝手成敗御免状にかけて、てめぇらぶった斬る!」
 そのときだ。
 みなものまぶたが、ひくりと何かを感じた。
――来る!
 うっすらとした侍の姿が、一人、また一人と現れる。敵討ちに臨むにふさわしく、たすきがけに鉢巻を締めた姿。
 幽霊侍たちの視線が、みなもと白水にわかれた。自分たちの存在を認識している者だけに反応しているらしい。苦しげな表情。魂の叫びを、心の奥底に封じ込めてしまっているかのような。
 それが、はじけた。
 咆哮をあげ、二手に分かれて斬りかかってくる幽霊侍たち。
 霊水入りの竹筒の栓を、少し緩める。みなもの念が、水の糸を形成、宙へと飛ばした。水の糸が、先頭の霊体を袈裟がけに斬る。なるべく、刀に近い斬りつけ方を意識していた。刀に斬られた、そう感じることが、彼等にとって大切であろうと思えたから。
 幸い撮影の殺陣のほうは、まだみなもの番ではない。やや後ろで油断なく構えていればいい。
 白水のほうは、主役だけあって、撮影の殺陣もがっつり入っている。それでも、カメラに背を向けた瞬間に映らない前面で突きを入れたり、他の役者の体がカメラからの盾になっている隙に斬りつけたりと、なかなか器用に動いて、幽霊侍を減らしていった。
 これなら、心配なさそうだ。
――あたしの殺陣までにやっつけちゃわないと。
 流石に白水のように殺陣と同時には厳しいものがある。演技は演技で集中したいところだ。
 水の糸が宙をかけ、一人、二人と敵を減らし、そして最後のひとり。
 みなもの目前までやってきていた幽霊侍を斬った。倒れゆくときに、小さく幽霊侍の口が動く。
『かたじけ……な…い』
 精一杯の感謝の言葉。みなもは、小さくうなずいた。
 しかし感傷にひたっている暇は無い。
――い、いくわよ、あたしっ! ええと、頭で考えず体で動け、だっけ。
 殺陣師の蔵田の説明を思いだす。忍び刀を逆手に構え、体をやや斜めに。そのほうが体が小さく見える上に女の子らしいボディラインがはっきりする。
「えいっ!」
 懸命の表情で、白水めがけて走った。
 腰のあたりから右手をはねあげ、逆手に斬り上げる。
 白水、髪の毛ひとすじほどのところで刃をかわす。
 殺陣師に、斬りかかって多少ズレても、白水なら見切ってくれるから本気でやっていいと言われていたが、このあたりは流石本職だ。
 続けざまに、ダンスのようにくるりと回転しながら、その勢いでもう一閃。
 綺麗に決まった。
 その刃を、白水の竹光が上から押さえる。
「俺は女は斬らん」
 白水、みなもを気絶させる峰打ち。これもギリギリの寸止めで、みなもの体には全くふれていない。
 ぱったりと倒れるみなも。
――終わったああああ!! ま、まだドキドキしてるよ……
 全身の緊張の糸がぷっつり切れて、しばらくぐったり倒れたまま動けなかった。
――でも、テレビって、ちょっと気持ちいいかも。
 そんなことを、考えた。
 
 後日。みなもの口座に10万円が振り込まれていた。提示の倍の金額である。仕事内容には満足されたようだ。
 そして。その同じ日に。
 みなもの家に小包が届いた。
 差出人は東京大江戸テレビ制作局。
 なんだろうと思って、ダンボールを開ける。
「あっ、これ!」
 撮影でみなもが着用したくのいちの衣装一式が、台本とともに入っていた。
 添えられているカードを読む。

『未来の大女優へ
 記念にやるよ。
 オマエのお陰で助かった。
 サンキュ♪( ̄∇ ̄)/』

 署名はないが、誰のメッセージかは一目瞭然。
 ペン字でもやっているのか案外綺麗な字だが、手書きにも関わらず顔文字が使用されている。
「もう、お代官様が顔文字とか、ありえないよ」
 ひとしきり笑ったみなもであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/女/13/女学生】
【NPC/桐生・白水(きりゅう・はくすい)/男/26/俳優】

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■         ライター通信          ■
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 発注ありがとうございます、法印堂です。
 締め切り内とはいえ、大変お待たせしまして申し訳ございません。

 今回、演劇部員のPC様ということで、調査のみならず撮影・演技の方面でもいろいろ詰めてみたいと欲張りましたら、少し長くなってしまいました(笑)。
 かわいいくのいちの様子や、テレビ出演のドキドキ感をうまく表現できていればよいのですが。
 また、私の性分でして、水を操る箇所で無駄に理屈をこねておりますが問題ありましたらお知らせください。
 また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。 

 気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅