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残された印 - ひそむ影 -
街灯がぼんやりと点る闇の中。ひとけのない街を一人歩く。
吉良原吉奈の場合、夕方から夜が活動範囲。秋の夜長で深まる暗闇。どんなものも飲み込む黒く染まった街はいつ歩いても自身を迎えいれてくれた。
そんな時、静まり返る空気がゆらぐ。
靴音を鳴らして前方から少年が走ってくる。息を切らして。
顔に切り傷を一本負ったまま、したたる血が今しがたつけたものだと物語っていた。
知り合いの少年、祐は立ち止まって唾液を飲み込む。後ろを振り向いて目を凝らした。
だがその先には何の姿形もない。闇が広がるだけだ。
ほっと息をつく。
「どうしたんですか?」
声をかけると、はっとして踵を返した。初めて吉奈に気づいたかのように。
「ここから去――、くっ」
何かを伝えようとした瞬間、顔がゆがむ。右の手首をつかんだ。そっと手を上げると、リストバンドの隠れた部分から街灯のぼやけた明かりが薄いグレーのタトゥを照らす。
「それは?」
問うた瞬間。荒っぽく腕をつかまれ建物の影に身を隠した。
唐突な展開でいつのまにか祐の下に位置していた吉奈。
「何を、するんです?」
冷静に咎めた少女に祐は「しっ!」と黙るように促す。その視線は先ほどいた歩道に注がれている。
「押し倒すにしても……もう少し場所を選んでくれませんか?」
小声で軽口をたたく。
「なっ……!」
聞こえたらしく、一気に少年の頬に赤みがさした。
「そ、そんなんじゃない!」
必死に否定する祐を眺めつつ、腕を抑えるぬくもりを感じとっていた。少しずつ寒気が漂ってくる、この秋に居心地のいい体温。
(ウブですね……)
ふふっと笑みをこぼす。
「……!」
祐の緊張の糸が張り詰める。
どうしたのか、問おうとした矢先。
さっきまで立っていた場所に黒い影が現れた。それは人よりも一回り大きく、口だけが三日月型に笑みを作る。
少年は一瞬たりとも見逃すまいと一挙一動を見張った。少しでも取り逃がしたら、次はどこに現れるか分からない。
火花が散る緊張感の中、祐は気配を殺していた。吉奈は洒落ではすまない存在だと直感する。祐はあの影に追われていたのだ。一気に真剣な面持ちになる。
二人でじっと見つめていると、闇に浮かぶ影はすいっと足音もなく滑るように横切った。
背中に嫌な冷や汗が張り付く。
「あれは何ですか」
声を絞りながら尋ねる。
「”魔”だ。人の憎しみや悲しみを糧にするんだ。全ての人に”魔”の種はあるが、その人にとって地獄のような想いに囚われた時、成長する。最後は”魔”にとりつかれて心を壊してしまう。”魔”にも色んな種類がいて、今回は……元人間なんだ。人の姿に、なんとなく似てるだろ?」
初めて耳にする”魔”とその情報。
つらつらと説明する祐は幾分慣れているようだ。”魔”と対峙したことが何度もあるんだろう。
「なんで、そんな者が追って――」
「「!!」」
”魔”が戻ってきた。狭い路地の暗闇を見据えている。目はないのに二人へ視線が注がれていた。人の気配を察したようだ。
ニヤリとその口が笑ったとたん、丸みを帯びた体から丸い両手を広げ、翼となす。覆い隠すように二人を包んで閉じ込めようと足を速める。同時にピリッと首筋に痛みが走った。
「私のせいじゃないですよ! 不可抗力です!」
脱兎のごとく、二人はその場から逃げ出す。
裏道をジグザグに走り抜けながら、”魔”を撒こうとするが上手くいかない。発信機を祐に取り付けているかのように、すぐ見つけ出すのだ。
今、この時間追われているのは二人だけだろう。
「どうしますか!?」
走っているせいで、つい語尾を荒げる。ちらっと後方の”魔”に振り返った。
「追われているのはオレだ。あんたは帰れ」
「もう遅いですよ。私まで仲間と思われています!」
そう断言できるのは首筋がピリピリするからともいえる。危機が迫ると勘が鋭くなるのだ。
少年は小さいため息をつく。
「なんで、追いかけられていたんですか?」
「……倒そうとしていたんだ。でも後ろをとられて」
「命からがら逃げた、というわけですか……」
「意外と素早かったんだよ!」
二人同時に後方を見やる。
距離が空いていない。それどころか、ちょっとずつ近づいている気がする。
過ぎ去る街並みに四つの駆ける足音だけが静寂を壊す。
能力がない一般人にとって”魔”は視えない。全力疾走で後ろを気にする二人。はたから見たら奇異に映っていることだろう。祐は吉奈が視えることにまだ、不思議だと思っていなかった。
「逃げてばかりでは解決しないようですね」
「分かってる! 倒すしかない」
祐はもう一度、後方を確認。少年が気をとられている間、さりげなく黒い手袋を外した。こうすることで能力がいつでも使えるようになる。だが、吉奈は他人に能力者だと知られたくはない。
汗をこぼす祐をちらりと一瞥する。なんとか少年に”魔”を仕留めてほしい。けれど、そのきっかけ作りは出来るかもしれない。あくまでこっそりとやるのだ。
”魔”は逃げる獲物がなかなか捕まらないことに腹が立っていた。ぶるぶると体を揺らし、口を尖らせる。
吉奈は鋭い直感で”魔”の一瞬先の攻撃が脳裏をよぎる。
「ふせて!」
変に思いながらも祐は素直に反応する。しかし五ミリ遅く黒髪の何本かが、ジュッと溶けてしまう。
「は、反則だろ、それ!」
祐は黒い影に悪態をつく。
”魔”の攻撃は一見ねっとりとした粘り気のあるものが飛んできた。地面に触れれば強酸以上に泡立ち、何でも溶かしてしまうもの。吉奈の合図がなければ、祐の体は耐え切れず朽ち果てていただろう。
惜しいと思ったのか、それから幾度も”魔”の攻撃が放たれる。際どいところで避け続け、街に点在するゴミ集積所が視界に入ってきた。
(何かあるかもしれない)
吉奈は足を速めた。背中から「どうした?」と声がかかる。
明日は資源ゴミの日らしい。すでに缶などが出されている。袋詰めにされ、積み重なっていた。
夜目に長ける紅玉の瞳が袋の中から覗くラベルを垣間見て、ピンとひらめく。素早く結び目を解くと、カセット用のガスボンベを取り出す。軽く振るとまだ残っていた。
現在立っている区内ではガスを使い切り、缶に穴を開けることが決まりなはず。面倒な住民がそのまま捨てたのだろう。ずさんな捨て方だが、これで助かるかもしれない。”魔”はそこまで来ている。
すでに『手の平』に触れたガスボンベは爆弾化している。祐がそばで「何を――」と言い終わらないうちに、”魔”が通りそうなところへボンベを転がす。走ってきた道は少し傾斜していたため、”魔”の方へ確実に転がっていった。
何も知らずに”魔”は缶を踏みつける。
「……点火」
ぼそっと呟く。
同時にボンッと空気が震えた。噴出す煙が”魔”を取り囲む。爆発した刺激で『ぎゃああああっ!』とわめき散らす。
「魄地君!」
少年が動く。一直線に”魔”を目指して。手をむちのようにしならせ地面を叩きながら暴れまわり、叫び声がこだます中を走り抜けた。
祐は”魔”の後ろをとると呪文を唱える。強制的に天に還す呪文を。
キンッと手の平が光輝き、”魔”の体に網を張っていく。包み込んだ瞬間、ぎゅっと凝縮したかと思うと、ぱんと弾けた。祐の眼前には光の粒子がきらきらと降り注ぐ。黒く淡い球体が天へと還っていった。
(これが魄地君の能力ですか)
そう一人ごちた時、祐と視線が交差する。
「そうやって”魔”を退治されてるんですね」
「……」
吉奈は胸に手を当て。
「もうだめかと思いました」
わざとらしく安堵する。
祐は吉奈の手を改めて見た。すでにいつも通り、手袋をはめている。さっきは知らぬ間に外していたことに気づいていた。暗闇でほのかに点る白い手が浮かび上がったからだ。頭にこびりつくほど印象強かった。それほどの白さが視界に入らないのはおかしい。
「あんた……何かしたか?」
吉奈の片眉がぴくりと動く。
「何か、というと?」
「ガスボンベが爆発しただろ?」
そして、”魔”が踏んだ瞬間、吉奈の唇が動いた気がするのだ。
「ボンベにガスが残っていたんですよ。一か八かでしたが、まあ何とかなりました」
微笑む吉奈を怪しんで眉間にしわを寄せる。
「そんなことより、魄地君のタトゥのようなものは何ですか?」
吉奈は忘れていなかった。祐は無言で見返す。
「タトゥの箇所を押さえてましたが」
「……これは……一族の印だ。”魔”が現れると痛みが走る」
「一族の印……。では魄地君の他にも、そのタトゥを付けた人がいるんですね」
「ああ」
視線を外した祐は簡潔に応えた。
「痛みはもう大丈夫ですか?」
「もう慣れてる。”魔”に近づくとキリキリ痛むが倒せば問題ない」
「そうですか」
祐ははぐらかされたと思った。あくまでしらをきる少女。だが、吉奈にとって言いたくないことなのかもしれない。祐も人に言えない――いや、言わない事がある。今でさえ、タトゥの本来の意味は言わないのだから――。
こうして二度目の再会は幕を閉じた。二人は相手のことを思い思いに考えながら帰路につく。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3704 // 吉良原・吉奈 / 女 / 15 / 学生(高校生)
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
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■ ライター通信 ■
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吉良原吉奈様、発注ありがとうございます!
「残された印」にもご参加くださり、嬉しいですv
ネックレスのことも書きたかったのですが省きました。機会があれば、その時に書かせて頂きたいと思います。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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