コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Unison−








 こんな月が綺麗な夜は出かけるに限る。
 月光の下、九条・朧は日課でもある深夜の散歩としゃれ込んでいた。
 散歩なのだから、ゆっくり時間を楽しむのもまたいい。時間は無限でも、過去が戻ってくることはないのだから。
 戻ってこないといえば、あの時分かれてから彼女はまた何処へ行ったのだろう。
 住むところだけではなく、生活するために働くことも朧には必要ない。それは、催眠の魔眼があるためだが、彼女にその力があるようには思えない。
 そんな生活じみたことから考えてしまうのも、普通の人間が生きるために何が必要かを考えたときに、誰もがそれを必要とするからだろうか。
 人の気配がまったくない夜の散歩はついつい必要以上のことを考えてしまう。
「ぁが―――!!」
 くぐもったおかしな悲鳴と鈍く響く衝撃音。
 そして、微かに鼻腔を突く血の香り。
 遠目に見て、必要以上に月明かりを背負った神父と、砂煙。
 朧はその端正な口の端を笑みの形に釣り上げた。
「おや、どうも諸君。とんだ偶然だ」
 カツカツと靴音を響かせて、朧は神父に近付いていく。
 神父がいて、どうにも争いの最中というのなら、少女――セシルがこの場にいるはず。
 外見どおり、物腰柔らかく優雅な動作で朧は瓦礫に近付きすっと手を差し出した。
「……あなた…」
 煤汚れ、最初に出会ったときのように、銀髪に赤眼の彼女。
(考えたそばからこうして出会うことになろうとは。今宵は少々ついている)
 折角の銀髪もこの騒動でぱきぱきになってしまっている。服もボロボロで、頬も手も砂と土煙でベタベタだ。先日のような大怪我はないのか、どこからも血は流れていない。しかし、どう贔屓目に見ても綺麗じゃない。期待はしていなかったが、現実とはこんなものだ。
「立てませんか?」
「そ、そうじゃなくて……」
 セシルは顔を上げる。
 その瞬間表情が強張った。

 ドン!

 力いっぱい朧は突き飛ばされる。
「…な?」
 あまりにも衝撃的過ぎて、頭の中が真っ白になった。
 そこまで嫌われて――――!?
「っ!」
 穿たれた銃創は3つ。
 その全てセシルの身体を貫いていた。
 血飛沫が飛ぶ。
 忘れていた。神父が一時の隙間も与えないということを。
 朧は微かに激昂を現し、肩越しに神父を見遣る。しかし気にしていられない。目の前の彼女からは生きるための滴が失われていっているのだから。
「セシル!?」
 傷はゆっくりとだか治り始めている。ではなぜ始めて出会ったときの傷は自己治癒しなかったのか。何が違う? 疑問は残るが今はそれどころではない。
「Gracias Sr.」
 朧のおかげで尚の痛みを与えることが出来た。
 サイレンサーにしても、朧に気配を辿らせなかった銃弾は評価に値する。
「やはりシルフの銃弾では致命傷になりませんね」
 神父が聖書――エクソシストとしての退魔以外の力を使ってもいいのか。
「Mr.……」
 朧は黒のコートを翻して、セシルを背に立ち上がった。
「私は貴方には用がない」
「同感です」
 神父が同意する。その中に含まれる意味の違いはあれど、どちらの目的もセシルだ。
「大人しく引けば良し、そうでなければしばらく動けなくして差し上げますが……どうしますか?」
「不思議でなりませんね。何故そこまで気にかけるのか」
 それに、邪魔ならば消せばいい。と薄く笑う神父の口が告げる。朧だってそう思う。自分にとって邪魔なものは排除すればいいと。
「私も不思議でなりません」
 けれど、それをしないのは、一重に『約束』があるから。
(そういえば…。『約束』というものを守るのはいつ以来でしたか)
 神父は殺さないと一方的に告げた約束だが、破ってしまえば全てが崩れ去る。
 神父は無言で、口元に笑みを湛えたまま、すっと身を引きそのまま溶けるように姿を消す。
 あまりに素直な行動過ぎて逆に怪しさが増した。何か企んでいそうな、そんな気配さえしてくる。
「……っ?」
 ふと感じた自分とそりが合わなさそうな気配に、氷の礫をナイフのように投げつける。
 破けて落ちたのは、アブラメリンの護符。しかも、魔術封じ。
 自分なりに工夫を加え、使いやすいように改良した功績は“魔術師”としてならば同じ道を極めようとする者同士として、認め合うことも出来ただろう。
「小細工できますか…」
 真正面からの力勝負では、どれほど白や黒、神聖の魔術に秀でていても人間という鎖に囚われている限り、朧には勝てない。
 力で叶わないのなら頭を使う敵は、一番やりにくい。
「仕方ありませんね」
 神父自身は完全に姿を消している。だが、この辺り一体に術によるなにかしらの罠や仕掛けがされているだろうことは安易に予想が付いた。
 朧の足元から魔方陣が伸びる。
 神父がこの辺り一体に築き上げた魔方陣をことごとく上書きして、標的が目標に入るのを待つ。
「…寒い……?」
「完全に覚醒したようですね」
 貧血によって朦朧としていた意識が、暫く身を休めることで回復したのだろう。
 セシルは朧が築き上げた大規模な魔方陣に眼を丸くしている。
「安心してください。一度口にしたことは守るたちですので」
 本当にらしくない。約束をする自分も、それを守り通そうとする自分も。
「それに、私を庇う必要はなかったのですよ」
 セシルと比べたら何倍も身体能力は高いのだから。
「分かっていたわ。でも、動いてしまったの」
「ふふ。ありがとうございます」
 セシルの眼が驚きに見開かれた。今までに無い方向の表情に、朧は怪訝そうにセシルを見る。
「何か?」
「いいえ。あなたでも、お礼を言うんだと思って」
「失礼ですね。そんなに軽薄に見えますか」
「見えるわ」
 矢継ぎ早に帰ってきた答えに、朧の笑顔が一瞬固まる。誤魔化すようにコホンと一回咳払いをして、話題を変える。
「まあ、いいでしょう」
 朧は意識を魔方陣に集中させる。
「……どうやら、逃げられたようですし」
 魔方陣の上書きが始まった時点で、折角引いた布石が役に立たないと分かれば、その場にいても敗北は目に見えている。神父にとって長居する必要は無い。朧が何時もセシルと共に居るわけではないのだから、神父にはチャンスがいくらでもある。
 一息ついたことに、ふっと集中を手放せば、描かれた魔方陣は一気に消えうせた。
 朧は座り込んだままのセシルに向き直る。
 セシルは立ち上がり、服に付いたほこりを一生懸命払っていた。
 気になる関係ではあるが、このままセシルに問い詰めても多分この前の二の舞になることは目に見えている。
「セシル。私としてはそのうちゆっくりと話したい。まあ、考えておいてください」
 さっきからもうらしくないことばかりだ。相手の意見を尊重し、距離を測る自分なんて。
「それにしても酷い格好ですね……」
 まるで物語に出てくる、まだ継母や意地悪な姉にいじめられていた頃のシンデレラ。
 流石にこの格好で帰すのはいかがなものか。
 ふわりと肩にかけられる黒のコート。
「返すわ。ちゃんと……それに」
 言いかけて、止める。
 朧は首を傾げるが、
「勿論ですよ」
 ばれないように、セシルの周りに防御魔術をかけて。
 セシルは黒のコートをはためかせて走っていく。
「そんなに服持ってないのに…」
 しばし時間が止まった気がした。主に朧の周りだけで。
 聞かれたとは思っていないらしく、セシルはそのまま駆けて行く。
「く…くく……っ!」
 つい耳にしてしまった零れ落ちた本音と、一気ににじみ出た生活感に、朧はその場で腹を押さえた。



















□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□



【7515/九条・朧 (くじょう・おぼろ)/男性/765歳/ハイ・デイライトウォーカー】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 VamBeat −Unison−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 勝てない相手に真正面から挑むのは無謀なので、対峙するならば次からは小細工で行きます。
 セシルとはある意味確約を手に入れている状態ですので上手く使ってください。
 それではまた、朧様に出会えることを祈って……