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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ− 四の夢


------<ティータイム>------------------------

 帰宅途中のみなもの青い髪を、これまた青い空へと舞いあげた風はすでに秋の気配を漂わせていた。しかし冬の風というにはまだ早く、衣替えを終えたばかりの季節には丁度良いくらいだった。
 もう少しすると木々の紅葉が美しい季節になるだろう、とみなもは軽く髪を押さえながらまだ緑の葉を揺らす木々を優しい瞳で見つめる。そして小さく微笑むと再び視線を前へと戻すが、みなもはそのままぴたりと歩みを止め、暫くぶりに目にした光景に大きく目を見開いた。
「あれ? 開いてる…」
 ここ最近閉まっていた喫茶店が開いているのに気付いたみなもは、吸い寄せられるように入り口へと向かう。この喫茶店のお茶とお菓子に目がないみなもは学校帰りに寄ることが多々あった。姉へのおみやげだとお菓子を持ち帰ったこともある。
「ここのお茶とお菓子、おいしいんですよね♪」
 笑みをこぼしながらみなもはこっそりと胸の内でだけ呟く。それとリリィさんに聞きたいことがあったんです、と。
 みなもはいそいそと入り口のドアへと手をかけた。少しだけ冷たい風がみなもと共に店内へと入り込んだ。
 店の中で忙しそうに動き回っていたウエイトレスのリリィは、入り口にみなもの姿を見つけると笑顔で飛んでくる。今日もピンクの髪のツインテールが元気に揺れていた。
「おっひさしぶり! 元気にしてた?」
「はい、あたしは元気でした。皆さんもお元気そうで」
 皆が幸せになるようなほんわかとした笑みを浮かべながら、みなもは店内にいる従業員を見渡しリリィに告げた。リリィは大きく頷き申し訳なさそうに瞳を伏せる。珍しいこともあるものだ。
「連絡もなしにお店閉めちゃっててごめんね。ちょっと用事があって夢の中飛び回ってたの」
「夢の中…ですか?」
 小首を傾げつつみなもは思案していたが、あぁ、と思い出したように頷いた。
「リリィさんは夢魔だから、夢の中に出張されてたんですね」
「しゅ…出張!? あー、間違いではないんだけど…うん…そんなところ」
 みなもの言葉にリリィは曖昧な言葉を返しつつ席へと案内する。案内された場所は、みなものいつもの特等席だった。まるでみなもの為に空けられているかのように、混んでいてもそこだけは空いていた。
「あ、この席」
 小さく漏らした声がリリィにも届いたらしい。にこりと微笑んで、ここはキミの席だよ、と告げテーブルにメニューを置く。みなもはその言葉が嬉しくてつられるように微笑んだ。
「今日のオススメはね、マロンシリーズ」
 写真のデザートはどれも美味しそうだった。みなもは一つ一つ吟味していく。
「それでは、このマロンプリンと紅茶と…それと夢魔のことについて教えていただけますか?」
「マロンプリンと紅茶と……え? 夢魔について? それは別にいいけど、どうやったら分かりやすいかなぁ」
 んー、とリリィは顎に人差し指をあて首を傾げた。しかしすぐに手を叩くと、ちょっと待っててね、と奥へと引っ込む。そんなリリィの後ろ姿をみなもは、困らせてしまったでしょうか、と心配そうな表情で見つめていた。
 しかしそれはみなもの杞憂に終わったようだ。暫くするとリリィは笑顔でみなもの目の前にマロンプリンと紅茶と、そして一つの小さな卵を置いた。その卵には見覚えがある。
「あれ? これは夢の卵」
「うん、どうやって説明しようかと思ったけど、これが一番手っ取り早そうだし。リリィの夢の中へどうぞ」
「リリィさんの夢の中ですか?」
 こくり、とリリィは頷く。
「夢魔の夢の中なんて刺激的でしょ」
「えぇ、それは…でも…」
「まぁ、いいからいいから。楽しんでね」
 含みのある笑顔を向けたリリィにみなもは小さく頷いたのだった。


------<夢の中で>------------------------

 夢魔の夢の中は刺激的、と言ったのはリリィだったが、みなもが入り込んだ夢は至って普通の誰でも見るような夢に思えた。みなもが居たのはみなもの部屋だったからだ。だが、着ていた服と背中に生える黒い翼が異様だった。こんなにもみなもの格好が露出の激しい物でなければこれは普通の夢と言えただろう。
「こ、これは少し過激すぎるのではないでしょうか」
 みなもが頬を真っ赤にしながら羞恥心に震えていると、リリィがみなもと全く同じ格好で現れた。二人が身につけているのは黒のビキニのようなものだったが、一般的に売られている水着よりも肌の露出が多いような気がする。黒のブーツを履いているがそれも変則的なブーツで太股の部分をリボンのようなもので柔らかく締め付けている。それがなんだか生々しさを増しているように思え、みなもは部屋にある姿見で自分の姿をちらちらと眺めてはその度に頬を赤く染めた。
「どう? 夢魔のファッションは?」
「ちょっとこれは恥ずかしいです」
「そうかな? んー、リリィはこれが普通なんだけど。だって、夢魔って誘惑する術も必要でしょ? これくらい過激じゃないとね」
 はぁ、とみなもは余り納得していない声音を出すが、リリィは気にしない。
「夢魔のご飯は他人の悪夢。悪夢はね、夢魔が毎晩育ててあげるの。初めは悪夢だって気付かせないように、快楽や甘い言葉でその人を幸せにしてあげて、最終的にその夢を崩して絶望を食べるんだよ。でもリリィ、今はしないけどね。マスターのくれるご飯で満足だし」
「えっと、その快楽とかそういうのを導くためにこの格好が必要なんでしょうか」
 リリィの話に心がくすぐられたのか、みなもが羞恥心を忘れ身を乗り出してリリィの話を聞く。リリィはそれに満足そうな表情を浮かべ、先を続けた。
「うん。でもキミは違う方法でも誘惑できそう。チラリズムってやつとか、恥じらう表情とか、それと…嗜虐心そそる表情とか!」
「なんですか、それは」
 そんなことはないと思います、というみなもの声は最後の方が消え入りそうだった。脳裏に浮かんだのは自分が困っている時にとても楽しそうにしている姉のことだ。やけに楽しそうな雰囲気は、今目の前にいるリリィが放つものと同種だった。
「確かキミって人魚の末裔でしょ? 人魚も誘惑とかしなかった? そういう時にもさっき言ったキミのポイントは有効的。そうだ、夢魔に悪夢見せてみるってのも面白いんじゃない? 今、ここはリリィの夢の中。そしてキミは今は夢魔」
 好きなように夢を操ることが出来るよ、とリリィは笑う。
「でも…悪夢を食べてしまったらその方は死んでしまうって…」
「リリィは大丈夫。マスターが守ってくれてるし、キミになら悪夢をあげてもいいよ」
 遠慮は無し、とリリィが告げるとみなもは覚悟を決めた。
 好奇心の方がその他全ての感情よりも勝ったのだった。それに今の自分は背に悪魔の翼が生えた夢魔だ。人魚でも人間でもない。夢の中の自分は夢魔でご馳走は他人の悪夢。しかも食べれるのは夢魔の夢。
 目の前のご馳走がみなもを誘惑していた。
 夢を捕らえたのはみなもなのか、それとも夢に誘惑されたのはみなもだったのか。
 しかしそれを選んだのはみなも自身だ。

 みなもは自分の服をいつものセーラー服へと戻してしまう。夢の中は簡単で良い。念じるだけでそれが可能だ。
「リリィさんは海に入ったことがありますか?」
「波打ち際でちょっとだけ遊んだことはあるよ」
「あたしの得意分野は海の中です。ではあたしが海の中をご案内しますね」
 そうみなもが言うと、あっという間に辺りは水に包まれる。初めは水面、それからゆっくりと海中へと沈み、浅い底へと辿り着く。そこには白い砂が敷き詰められており、色鮮やかな珊瑚が溢れ、上からの光りが海底を照らしていた。下から海面を見上げるとキラキラと光る様が見て取れる。みなもの青い髪が水中で揺らめいた。
「うわぁ、綺麗。すっごい綺麗な色の魚も泳いでる」
 歓喜の声を上げるリリィにみなもはにっこりと微笑む。そして手招きをしてリリィを更に深い海へと連れて行った。
 静かにゆっくりと訪れる悪夢。
 海はそれによく似ている。
 相手はまだそれに気付かない。
 だんだんと光りが乏しくなってくる世界にリリィは不安を覚えないようだ。それは夢魔だからということだけではなく、光りの届かない場所にもリリィの興味を惹く物がたくさんあったからだ。
 まるで電球をつけているように全身を光らせるクラゲや、自らの行く先を提灯のような光りで照らす魚などがそこには溢れていた。多少グロテスクなのは、暗くてほとんど他のものの目に触れない場所に住んでいるのだから目を瞑ろう。
 くいくいっ、とみなもの袖を引くリリィは、そこで今まであったその感触が突然消えたことに気がついた。
「あれ?」
 しかしその言葉は口から出ることは無かった。
 リリィの体に今まで感じていなかった圧力が襲いかかる。くはっ、と空気を吐きだし藻掻くように両手をばたつかせた。しかしその動きは緩慢だ。リリィの脳裏にみなもの声が響く。
「ここは深海です。水圧の為、防護服なしではここに元から生きるものたち以外、存在することは不可能なんです。光りも届かない真っ暗な世界。でもここも確かにあたしの大好きな海の一部」
 愛おしそうにみなもは周りの水を眺める。しかしその姿はリリィの目に映ることはない。
「リリィさんにお見せすることが出来て良かった」
 水の圧力に潰される恐怖は夢魔にとっても未知の物だろう。リリィの夢が絶望へと変わっていくのが感覚で分かる。ごくり、とみなもの喉が鳴った。とても美味しいものに感じたのだ。もうその感情は止まらない。その片隅に生まれる痛み。それは人間の心が痛んだのか、人魚の心が痛んだのか。
 うっとりとみなもは動けないリリィの体に触れ、いただきます、と額に軽く口付けた。
 体に入り込んでくるたまらない感覚。
 それは快感とも苦痛とも言えるもので、みなもの心に満ちていくのは満足感だ。
 それを感じると共に、みなもは夢の世界から旅立った。


------<夢の後で>------------------------

 びくり、と体を震わせてみなもは目を覚ました。見慣れた天井が目に入る。そこは紛れもなく自分の部屋だった。
 夢の中の出来事が甦る。
 胸を満たしているのは満足感と、人間として、人魚として踏み越えてはいけない場所を踏み越えてしまった罪悪感。しかしそれを踏み越えたのは、夢魔だった自分だ。
「悪夢って…あんな味なんですね」
 生々しく甦ってくる悪夢の味。しかもそれは誰も口にすることがない、夢魔の悪夢の味。きっと一生忘れることは出来ないだろう。
「でも…あたしはやっぱり笑顔が見ていたいです」
 最後の苦痛に歪む顔を思い出すと胸が痛む。それが罪悪感の正体だとみなもは気付いていた。みなもが伝えたのは真実であって、嘘ではない。海の本当の姿を伝えただけだ。しかしあの顔はみなもがさせたのだ。
 たとえ自分がどんな存在であったとしても、笑顔の力を忘れないでいたいと思う。それは失った時の大きさに気付いたから。きっとこれからも変わらない。あの片隅に生まれたあの痛みを忘れない。
「明日、リリィさんのところに行かないと」
 感謝の言葉を伝えに。
 謝罪したい気持ちがあったが、きっとリリィはそれを望んでいないだろう。
 ありがとう、と告げたら笑ってくれるでしょうか、とみなもは不安そうに眉を顰めるが、リリィは笑顔でみなもを迎えてくれることだろう。
 みなもの席はいつもそこにある。
 ぽつんと空いたまま、みなもの来訪を待ちわびているのだから。
 
 

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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1252/海原・みなも/女性 /13歳/中学生


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。藤姫サクヤです。
4回目の夢の卵への挑戦、まことにありがとうございます。 (礼)

みなもさんが越えたのはどんな壁だったでしょうか。
夢の中では夢魔になっていただきましたが、楽しんでいただければ幸いです。

これからもみなもさんのご活躍も楽しみにしております。
ありがとうございました。