|
涙歌
【オープニング】
それはほんの少し古い書き込み。とはいえ、差し当たり話題になっている様子も無く、管理人として一通り目を通している瀬名・雫の興味を特別惹く内容でもなかった。
それが、最近になってひょっこりと顔を覗かせたのだ。
スレッド名は『涙歌』。
本文一行目には、タイトルと同様のサイト名のURLが記載されている。
そして、このサイトで配布しているMIDIはおかしい。とだけ綴られていた。
「相変わらずよく判んないなー。レスも似たようなことしか書いてないし……」
怪奇現象を扱うサイトに書き込む『おかしい』は、当然怪奇的な意味合いを持っていると考えていい。
だが、具体的なレスが一言も記されていないのは、それこそ『おかしい』。
聴いた聴いた。おかしいよ。
そうだね、これはちょっとおかしいな……。
綴られるのは、そればかり。流石に気になって、雫自身サイトへ行ってみて、怪しげなタイトルから順に、数十曲あまりの全ての曲を聴いてみたが、何がどうおかしいのかさっぱりだったのだ。
それでも、忘れた頃に浮上してくるスレッドに、むむ、と眉を寄せた矢先。雫の目に飛び込んできたのは、最新の書き込み。
涙歌は危険なサイトです。絶対に聴かないでください。
私の友達がこのサイトの曲で死にかけています。
お願いです、絶対に聴かないでください。
緊急事態だ。
雫は思わず立ち上がり、画面を食い入るように覗き込む。
死にかけている。何かが『おかしい』曲のせいで。
雫は何も感じなかった。感じたものもごく少数。そしてその誰もが曖昧な答えでしかその異様さを称せない。
この件に『犯人』が存在するとしても。何が『おかしい』のかを突き止めない限り、そこへはたどり着けないだろう。
「調べるしかないじゃん……」
結論に至ってからの雫は、素早かった。
【本文】
ゴーストネットOFFへ、件の書き込みが行われてから数日が経った頃。
雫からの呼びかけとは違う経緯で、涙歌へ足を運んでいた者がいた。
一度スレッドをざっと読み、興味を抱いてサイトへ。
並んでいる曲を頭から数点視聴してみて。ラン・ファーは顎の下に手を添えた仕草で、思案していた。
「MIDIとしてはハイクオリティ、か」
漏れた呟きは、関心にも似ている。
個人で作るMIDI。それも素材としての配布を行うレベルとしては、相当なクオリティの高さであった。
プロと比べても遜色ないと言える。アルバム化して販売するなどして収入を得ようと思えば、幾らでも出来るはずだ。
それを、あえて個人サイトで、無料配布の素材として公開しているのだ。
何かしらの意図が、ある。
「――と、いうのは流石に考えすぎか。いや、それくらいの疑いは持っておかねばな。音の力はなかなかに強大だ。万に一つも悪意を持って流出させられていては被害が大きくなるだけだろう」
一旦は否定しかけた自らの考えを己で肯定し、ランはマウスとキーボードに手を伸ばした。
トップに設けられたカウンター。桁は数えるのも面倒なほど。アクセス数の高さはそれだけで知れる。
「このクオリティなら口コミで広がるのも考えられるが初見ばかりとは限らんな。リピーターばかりなら依存性があるのやもしれん。その方が厄介か。とにかくこのサイトから気を逸らさせる必要があるだろうな」
ずらり。並んだタイトルを順に眺める。
愛しい眠り姫、好きだった人、この腕に抱きしめて――。見る限りは恋愛感情をテーマに構築されているようにも思えるな。
永遠の喪失、一人きりの君、悲しいね――。いや、むしろ悲恋系と分類した方がいいのか。
ふむ。と思案を重ねて。ランは一先ず、涙歌とはまったく異質の音楽サイトをでっちあげ、再びゴーストネットOFFへと飛んだ。
カタカタカタ。軽やかにキーボードを叩き、あっという間に書き込みを終えて。
やれやれと溜め息をつきながら、次は本格的に曲を洗い出すため、ヘッドホンに手を伸ばしていた。
同じ頃。ネットカフェの店内では、雫が調査の話を持ちかけた人物、セレスティ・カーニンガムと並ぶ形で、それぞれのディスプレイを覗き込んでいた。
「ん、これでリスト完成〜」
一仕事終えた感一杯の雫の目の前のモニターには、涙歌にて公開されている曲全44点の、再生数とダウンロード数、それぞれの順位が表にて表されていた。
「ご協力ありがとうございます雫嬢。それでは、私は暫くこちらで音の解析をしてみますね」
「うん、お願いしまーす!」
音楽編集ソフトを内蔵したパソコンに、曲の全てをダウンロードしていたセレスティは、にこり、笑みを浮かべて告げる。
優しい笑顔に、照れたような安心したような笑みを返した雫は、再びパソコンに向き直ってかちかちとマウスを弄る。
そうして、きょとん、とした。
「あれ? 新しい書き込みが増えてる」
その言葉に、セレスティもまた、雫と同じ画面へと視線をやった。
涙歌のスレッドに、新しいレス。危険を示唆する書き込みが成されたにも関わらず、特に騒がれることなくいつもどおり沈下して行ったスレッドに増える書き込みとは、一体。
涙歌の姉妹サイトが公開されているようなので、興味のある者はこちらも是非。
簡素な一文と、サイトのURL。
それらを順に見て。
それから、投稿者の名前へと、二人揃って視線をやれば。
ラン・ファー
「……あぁ、なるほど。彼女も、この件に関して調査してくれているのでしょうね」
ぽつり。納得したような呟きが、零れる。
「え、知り合い?」
セレスティを一瞥だけして、早速その姉妹サイトとやらにアクセスしながら。雫は小首を傾げて問う。
それに、笑顔で応えて。セレスティもまた画面に視線をやりながら、続ける。
「彼女が着手しているのなら、こちらとしても有力な情報が入る可能性がありますよ」
ただ、ランが興味を示し、行動に至るまでなのだ。相応の危険性も、否めない。
胸中だけで危惧を抱き、かすかに唇を噛み締めたセレスティは、既にサイトに夢中になっている雫を微笑ましげに見て、そっと作業に戻った。
ランの用意したダミーのようなサイトならば、これから新規に涙歌を見に行くものを極力減らせるだけの素材を用意しているのだろう。
それならば、自分も彼女の労力に助勢できる成果をださねばならない。
と。数度にわたって聞き続けたダウンロード完了の合図。全ての曲を取り込み終えたセレスティは、改めてパソコンの前に座すと、作業に没頭した。
人の耳には聞こえない、無意識下で影響を与える音。それも、機会に抽出してしまえば割り出せる可能性は極めて高い。
音の流れや肯定を慎重に見極め、かすかな疑問も追及する。
地道な作業が、解決への一番の近道であると、セレスティは信じて疑わない。
そんな彼の作業振りを、やはり、ちらりと一瞥し。雫は安心したように笑みを零す。
(あっちはセレスティさんにお任せしたらばっちり大丈夫そうだね)
んん、と大きく伸びをした雫は、疲れた目を癒そうとしてか、ぐるりと首を回し、ちらり、店の外へ視線をやった。
その瞬間、店の外を横切った人物の姿が、何故だか酷く目に付いた。
見たことがあるような、ないような。いや、多分ない。ないはずなのに、知っているような感覚。
それは、直感だった。
誰かは知らないけれど、きっと協力者となってくれる、そんな存在であると、雫は確信したのだ。
見失わない内に、と店を駆け出て、雫はその後姿に声をかけた。
「あのっ、歌とか音楽に興味ないですかっ!」
「……はい?」
不意に背中に投げかけられた声に、不思議そうに振り返り。
ほんの一瞬、一瞬だけ、声の主を眺めた後に。
「それなりには」
ゆるり。弧を描いた唇が紡いだ肯定は、その人――鳥塚が抱いた興味の声であった。
涙歌という音楽サイトがあり、そこで公開されている曲がなんだかおかしいらしい。
その曲のせいで死に掛けている人間がいるという事態にまで発展したこの件をぜひとも調べて欲しい。
ざっと要点を話され、鳥塚は頷きながら店に入る。
音や楽曲という分野ならば、比較的得意分野である。一先ずは曲を聞かせてもらおうと、パソコンの前についた。
「どれから聞く?」
「ではとりあえず、古いものから順に数曲」
最古の楽曲は、一曲目に相応しく、『さぁ、はじめよう』と名づけられていた。
それに応じた明るめな曲調。集中して聞いてみても、別段変わった様子はなかった。
光途絶えて、ガラスの棺、僕はここだよ、迎えに行こう……。多様というよりはバラードに偏っている感のある曲を、鳥塚は黙って聞いていた。
無意識かでしか聞きとれないレベルの音だとか。暗示をかけるように意図的に繰り返された音だとか。それらが含まれている可能性を探るように、ただ、集中した。
だが、全ての曲を聴き終えた時点でも、鳥塚の中に閃きのようなものは起こらなかった。
何も感じない。ただ、綺麗で物悲しい曲であったというごくごく普通の感想が出てくるだけ。
けれど、それとは、別に――。
「不思議な、感覚ですね……違和感というほどではないですけど、強いて言うなら何か……引っかかる、というか……」
本当に、強いて言うなら、だ。
目立っておかしい音はない。催眠暗示レベルの音も、感じられない。
――はずなのに。
「むむむ……それってやっぱり、この曲がおかしいってことなのかな」
「かも、知れませんねけれど、ひょっとしたら……」
「……あ……」
鳥塚が、若干の思案顔で呟きかけた言葉に、重なるように。不意に声を上げたのは、セレスティだった。
何か判ったの、と言うように、期待に満ちた目で振り返る雫に、鳥塚も興味を抱いて覗き込む。けれどセレスティは緩く首を振って返すだけ。
「いえ、何でもありません……」
「強いて言うなら、何か、違和感を感じたような気がした……ですか?」
曖昧に笑って告げたセレスティに、紡がれる緩やかな声。
それに、驚いたように視線を上げたセレスティの表情を見て、あ、と思い出したように、雫が口を挟んだ。
「えっとね、この人はさっきそこであった人で、協力してくれるんだって!」
「鳥塚、といいます。可能な範囲で、お手伝いさせていただきますよ」
にこ、と、先よりも少しだけ笑みをはっきりとした形に転じさせて言う鳥塚に、セレスティも、あぁ、と頷いて笑みを返す。
「そうでしたか。私はセレスティ・カーニンガム、と。ところで、先ほどの言葉から察するに……あなたも、曲を聴かれたのですね」
不意に真剣な眼差しを向けていうセレスティ。その脳裏には、奇妙な違和感が残っていた。
ほんの一瞬、一瞬だけ、不快感を感じたような気がしたのだ。
気がしただけで、明確ではない感覚。それがどの瞬間だったのか、賢明に思い出そうとしても判らない。
足りないのだ。条件が。
再生数を探り、訪問者がどの曲に関心があるのかをある程度知ることはできた。
雫に倣い、全ての曲を聴くこともした。
ソフトを用い、音の分析まで徹底してやった。
それでも足りない条件とは、何か。
どうやらこれ以上は、パソコンに向かっているだけでは判り得ないようだ。
思い至ったセレスティは、パソコンの前から離れ、踵を返す。
「死にかけているという方……そちらに関しての状況を、少し調べてきますね」
「判りました。私はもう少し、ここで……」
ゆるり。微笑んだ鳥塚に同じように微笑を返し、セレスティはカフェを後にした。
幾らか情報を集め、件の被害者の所在までを掴んだセレスティは、現在その者が入院しているらしい病院へと足を運んだ。
本人が話せる状況ではなくとも、誰かしら付き添っている者がいるだろう。
そう、例えば、書き込みの主だとか――。
「あ、あの、確かに私が、ゴーストネットOFFに書き込みしましたけど……」
何故、それを。と問うような、困惑した眼差しに笑みを返し、セレスティは現在自分を含めた数人で原因の究明と根本的な解決手段を模索していることを説明した。
そうして、その上で尋ねた。ご友人の状態は、いつからなのかと。
「いつから、と聞かれると……ちょっと良く判らないんですけど、彼女が入院したのは、一週間ぐらい前のことです。涙歌の曲を聴くようになったのは、一月くらい前で……」
「なるほど……曲が直接の原因であると、どうして判ったんですか?」
考えるような間を置いてから、再びの問いかけ。すると、困惑に塗り固められていた表情に憤りが混ざり、食って掛かるような勢いで、言うのだ。
「だって……ずっと変だったんです!」
曰く。彼女は曲を聴きながら、時折首を傾げて見せることがあった。その口から出るのは、「なんかおかしいな、って」という曖昧な言葉。
それよりも更に稀な頻度で、急に何かに怯えるような、不安げな表情を見せて。
ついにある時、何かに取り憑かれたように発狂し、自傷行為に走ったのだ。
間一髪で止めることができ、何とか一命は取り留めたが、以降意志混濁のまま目覚めないという、この現状だ。
「その時も、彼女の耳にはイヤホンがありました。あのプレイヤーには、涙歌の曲しか入ってないんですよ!」
プレイヤー。その一言に、セレスティははっとしたように思案を展開した。
「プレイヤーと言うと……携帯用の小型ミュージックプレイヤー、ですよね……?」
「そう、ですけど……?」
冷静で鋭いセレスティの声に、落ち着きを取り戻したのだろう。いつの間にか立ち上がっていた体を、気まずそうに椅子に戻しながら、不覚考え込んでいるセレスティの様子を窺うように視線を向けていた。
その様子を意識の端で捉えながら、セレスティは確認するように、呟いた。
「プレイヤーの中には涙歌の曲だけ」
「はい」
「彼女の『おかしい』という症状は、徐々に進行しているような雰囲気ではなかった」
「……はい」
「彼女は……ひょっとして曲のランダム再生を好んでいませんでしたか?」
問いかけに、最初と同様、何故それを。と驚いたように目を丸くする姿を見止め。思案はセレスティの中で確信に至った。
「そういう、仕掛けですか……」
ゆるりと弧を描いた唇は、次の瞬間には引き結ばれていた。
セレスティの足が病院を離れ、店に向かい始めた頃。店の中では、鳥塚を背後に置いた雫が、むむむ、と唸っていた。
「やっぱり、どーも違うみたいだよ。書き込んでる人。ここみたいにネットカフェとかあるし、断定は出来ないけど、少なくともあたしがわかる範囲では別人だよ」
「そう、ですか」
その結論に対して、鳥塚に残念だと言うような表情は窺えない。
むしろ、先ほど曲を聴いた直後に抱いた考えであった、単なる嫌がらせや管理人による自作自演の可能性が薄れただけでも高収益だ。
となると。セレスティの調査報告を待つ必要はあるが、妖の類が絡んでいる可能性を調べておく必要が、あった。
「もう一度、曲を聴きたいのですが……」
「あ、うん、それじゃコッチのファイルで……」
差し示された音楽ファイルにて。今度は、妖気を感じることがないか、集中した。
数値的な音ではなく。幻影、幻覚、その他脳に作用する、未知の音。探るように、鳥塚は延々、耳を傾けた。
どきどきしながらその様子を窺っていた雫は、ふと、店内にまた新しく人が来たことに、気がついた。
装いとしては華やかにも見える。男性だろうか女性だろうか。悟れはしなかったが、関係がないような気もして。
けれどその人の目が、はっきりとこっちを向いているのを見つけて、きょとん、とした。
すたすたと。こちらに歩み寄ってくるその人を見上げていると、真っ直ぐな目に、問いかけられた。
「ゴーストネットOFFの管理人か?」
「え、うん。……うん?」
「それっぽい風体だと思ったから声をかけたまでだ。私はラン・ファー。書き込みをした名だから判るだろうが、涙歌の件で調べていてな……協力者が、やはりいるな」
ちらり。ランは傍らで曲を聞いている鳥塚を見て呟いた。
曰く、一人で調べていたものの、曲自体を調べる作業では行き詰ってしまい、他の情報を求めて、それらが一番集まるだろうこの場所を訪れたのだそうだ。
その話を聞いていたわけではないのだろうけれど。鳥塚が応じるようにヘッドホンを外し、ランを見上げた。
「初めまして。鳥塚と、いいます。実のところ、私の方も少し……行き詰まりまして。もうお一方、ご協力くださる人がいらっしゃいますので、その方をご一緒にお待ちしませんか?」
「ふむ、そうか、それなら……それも、そうだな」
二度、三度。思案する表情を転じさせながら頷いたラン。
待つ間に何もしないのも、と思い、鳥塚らと共に曲を聴き続けてはいたが、呪いや妖気の類はやはり感じられず。
首を傾げることもしないまま、ただ己の中で考察を続けていた。
と。隣で難しい顔をしていた雫が、ぱっと表情を明るくさせたのを横目に見つけ。二人は、それに倣う形で顔を上げた。
「お待たせいたしました」
そういって微笑んだセレスティの手には、よく見る形の携帯用ミュージックプレイヤーが握られていた。
涙歌の曲の身を収録したプレイヤーを示し、セレスティは己の至った結論を語る。
「恐らくは一定の曲順でのみ違和感を感じられるものだと思われます。おかしいと感じた方がごく少数である件、被害者の状況などを踏まえた結果、ですが……」
「なるほど。私たちが幾ら曲を解析しようと、順番が間違っていれば解決に至る糸口はつかめず、ということか」
「はい。加えて、ミュージックプレイヤーなどの使用も重要なポイントかと。これなら、曲の選択を児童でしてくれる分、タイムラグがなくなり、連鎖も起こりやすいのでしょう」
納得したように頷くランに続けて語ったセレスティは、全員にイヤホンが行き渡るように接続し、物は試し、とランダム再生機能をオンにした上で、曲をかけた。
一曲2分前後。一周にはおよそ二時間弱。
その時間をかけ、延々、延々、聴き続けた。
「なんか、おかしい……変な感じがする」
兆候。雫の口から出た『おかしい』の一言は、他の者も同様に抱き始めていた感覚だった。
「違和感の謎を突き詰めれば、案外と言葉に出来るものですね」
くすり。瞳を伏せて曲に聞き入っていた鳥塚の言葉に、ラン、セレスティはそれぞれに応じた。
「ずっと聴いていた馴染みの曲が、全く別物に聞こえる」
「一曲数分程度の曲が、倍以上に感じる」
そう、ランダム再生で聞き続け、ようやく突き止めた違和感の正体は、それだった。
そしてそれが事実現している応えは、一つだった。
「涙歌の曲は、全てで一曲、ということです」
改めて確かめてみれば、取り込んだ曲のほぼ全てが、一拍の間もおかずに始まり、また終わった後にも、一拍の間もおかれていない。プレイヤーの類で纏めて聞いてしまえば、確かに繋がった曲として聞くことが出来るだろう。
それが、判れば。あとは音の分析や視聴を繰り返し、繋げるだけだ。
そうすれば、違和感から発展した事件の謎も、解けるはずだ。
雫を含めた四人の考えがそこに至るや、互いに顔を見合わせていた彼らは、各々にパソコンへと向き直った。
ともすれば途方もない作業。比較的早い段階で終わらせる当てはあった。
全てで一曲となる楽曲。ならばそのタイトルも、全てで、一つのメッセージになるはずだ。
音の繋がりと言葉の繋がり。双方から探ることで、幾万とも知れない組み合わせをぐっと絞ることが可能であった。
「もう一度……この腕に抱きしめ、て……いや、もう一度、君との明日、夢を見よう……?」
ぶつぶつと繰り返しながら繋げたり消したりを繰り返す鳥塚。メッセージというからには感情的なものが込められているのだろうが、生憎とそのようなものに無縁の自分には、少し難易度の高い仕事にも思えた。
だが、曲との連動性も救いとなり、作業は比較的順調に、順調に進んでいった。
「さて……恐らくはこの流れになるかと思いますが、一度聞いてみましょうか」
長い長い時間をかけ、ようやく完成形の姿を捉えた曲。それが正しい流れだとは限らないが、一先ずは、聞くに越したことはない。
周りの同意を受け、セレスティは再び、今度はランダム再生機能をオフにして、曲を再生させた。
泡沫の記憶 好きだった人 思い、想い 届けと願えど 叶わぬ夢 永久の喪失 悲しいね 一言 伝えていれば 君は今頃 僕と二人 君へ贈る 見送りの歌 思い出のララバイ ガラスの棺 一人きりの君 空色の双眸 光途絶えて 花色の笑顔 静謐に溶けて 未来を伏せた 愛しい眠り姫 その現実を憎む 僕の決意 いつかまた 迎えに行こう 魂 朽ちる前に 君の骸 この腕に抱きしめて 黄泉路より 君を奪おう もう一度 君との日々 夢を見よう ねぇ、聞こえている? 僕はここだよ 君を導く 心の灯 祝福の命によりて 開かれる新世界 夢幻より現へ さぁ、はじめよう 二人きりの永遠を
曲が繋がった瞬間。それを耳にした彼らの背に、ぞっと冷たいものが下りた。
それは称するなら、威圧感。
何か強大なものが、彼らの意識を縛り付けんとするかのように立ちはだかっている。そんな感覚。
それに対し、人知を超えた協力者である三人は、ただ押し黙るばかり。
だが、一般的な高校生でしかない、雫は――。
「っきゃああああああああああああああ!!」
絶叫。
そうして、ディスプレイの脇に置いてあったペンケースを鷲掴みにすると、気狂いしたような、焦燥しきった顔でボールペンを取り出して。
自らの喉に、突き立て――ようと、した。
雫の凶行を止めたのは、勿論、その場にいた三人。
だが、その誰もが、雫の行為に慌てたような素振りを見せてはいなかった。
理解できたのだ。その行動の意味を。
――祝福の命によりて、開かれる新世界。
『未来を伏せた愛しい眠り姫』のために。その命を、捧げんとする願い。
それが、暗示のように、曲と曲の繋ぎ目を巧妙に選び、織り込まれていたのだ。
「製作者の意図、であれば、これは間違いなく呪い、ですね……」
雫を諭すように抱きしめながら、鳥塚はポツリと呟いた。
呪術的なものが込められているというのなら、この曲を聴いた誰かの命を以って、眠り姫の魂を呼び戻すつもりなのだろう。
その言葉に、セレスティは顔をしかめて応じる。
「曲の提供願いの名目で問い合わせはしましたが……返信次第と判断するまでもない、でしょうか?」
「だろうな。始めから一曲での公開としなかったのは、本当の目的を悟られないためという理由が考えられるからな」
脳裏に残る不快感を拭うように緩く頭を振って。ランは、ざわつく店内の客と店員に、侘びと簡単な説明をした。
「さて、それでは……制裁は、どうすればいいのでしょうね」
例えばこちらで同じように暗示のかかる曲を作って、製作者の更生を測る手もあるだろう。
だが、曲に呪いを織り込む相手。その正体がなんであるかが未知数な以上、ことは簡単には済みそうもない。
それに――。
「被害者も目を覚まして居らず、雫さんもこの状況。呪い自体を解かねば、彼女らはこのまま目覚めない可能性もありえます」
状況は、死者を出すという最悪の状態を辛うじて免れているだけ。
完全な解決を志すならば。それは、まだ先の話となってしまいそうだ――。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【6224 / ラン・ファー / 女 / 18 / 斡旋業】
【7566 / 鳥塚・きらら / 女 / 28 / 鴉天狗・吟遊詩人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
この度は【涙歌】にご参加いただき、まことにありがとう御座います。
結果的に前後編となってしまう終わりとなってしまいましたが、曲に関する謎は解かれた状態まで辿り着きました。
機会とお暇がございますれば、後編も、是非に。
初めてのご依頼、お問い合わせと重ねましてありがとうございます。
声をかけられて、という形での調査参加とのことでしたので、雫さんにダッシュして貰いました。半ば強引に拉致った形になったような気がしております。ひしひしと。
重ね重ねとなりますが、ありがとうございました。今後また機会がございましたら、宜しくお願いいたします。
|
|
|