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VamBeat −tractus−
あの後、別れてしまったのは間違いだったのかもしれない。
セレスティ・カーニンガムは移動の車の中でふと思う。
結界が消えた後、事を察したボディガードにセレスティは屋敷まで連れ戻されてしまった。
その間、蹲ったままのダニエルは何にも反応せず、ただ小さくなって見えなくなってしまう状況を受け入れるしかなくて。
思い返されてしまった後悔に傷ついて、一人、寂しい思いをしているのではないかと。誰かにそばにいてほしい時だって彼にもあるのではないかと。
取引のある新規の大型ショッピングモールを視察中、ふと彼に似合いそうな服を見つけて店に入る。
「いらっしゃいませ」
専門店の店員程度がセレスティを知るはずもなく、愛想のいい笑顔で出迎えられた。
「あのマネキンが着ている服を一式頂きたいのですが」
店員は一瞬虚を付かれたかのように動きを止めたが、すぐさまありがとうございますと他の店員と一緒にマネキンから服を脱がしてたたむ。
支払いはカードで済ませ、セレスティは服が入った紙袋を受け取り、ふっと微笑む。
また会えるとは限らないのに。
もしかしたら、もう出会うこともないかもしれないのに。
それでも、神父と違って寝るところさえ困窮していそうな彼のことだ、服だってそんなに数を持っていないだろう。
帰る道すがら、あの公園へ足を運ぶ。
ダニエルが神父を愛称で呼んだこと、二人の中に強く残っている“あの子”という存在。
あの子という呼び方をしているから、神父の娘か息子、又はそれに准じた存在だったのではと。
実際の年齢は分からないが、神父にとって大切だったあの子が亡くなった原因がダニエルにあり、それを許せない神父が追いかけ、同じ境遇である死へ……そう考えれば妥当か。
「…………」
セレスティは無言のまま考えるように瞳をしばし泳がせる。
自分のことを調べ上げていた神父。
誰かに頼んだのか、はたまた自分で調べたのかは分からないが、彼の口ぶりからしてかなり詳細に素性が知れ渡っていそうだ。
目的の邪魔をしそうな存在の対処のためか。はたたま、弱みになると踏んだのか。
たどり着いた公園は、あの夜のことが嘘のように、子供の笑い声が響き渡っていた。
セレスティは車を止めると、公園の中へ入るため車椅子に乗り換える。
昨晩、彼らが暴れた痕は、何もなくなっていた。これも、神父が布いた結界の効果なのかもしれない。
「近付いちゃダメよ」
公園に子供を遊ばせに来た母親が、興味を抱いて近付こうとする我が子を制する声に、セレスティは首を傾げ、そそくさと去り行く親子の先へと顔を上げる。
薄い視界に映る輪郭。
「ずっと、ここに居たのですか?」
ホームレスのほうがまだましだと言えるようなボロボロの格好で、黒髪の少年は噴水を見つめ膝を抱えるようにしてベンチに座っていた。
「…………」
生気のない瞳でダニエルは顔を上げる。が、すぐさまその瞳を伏せてしまう。
「帰っていないのですか?」
本当に帰る場所はないのだが、勝手に間借りしている場所に荷物だって置いてあるだろうに。
そんなセレスティの問いかけに、ダニエルは膝に顔を埋め、尚縮こもる。
セレスティは無言のまま車椅子から立ち上がると、ダニエルの隣に座りなおした。
「……降りて、いいのかよ」
「全く歩けないわけではありませんから」
「………そうだよな」
また沈黙が流れる。
セレスティは思い出したとばかりに、視線をダニエルに向けて、
「ダニエル君に似合うと思って、服を買ったのです」
穏やかな声音でそう告げたセレスティに、ダニエルは信じられないといった瞳でかすかに顔を上げる。
「……変な奴」
「そう言われたのは初めてです」
セレスティは何も言わずに隣に居た。
二人で居れば、目立つには目立つが、ダニエルが必要以上に奇異の眼に晒されることはなくなる。
「聞かないのかよ」
ぼそっと膝を抱えているため少々くぐもった小さな声で問う声。
「聞いてほしいのですか」
セレスティは遠くを見つめ、何のことでも無いと言うようにさらりと答えた。
「…………」
無言の返答はどう捉えればいいのか分からないが、何も言わないということは、否定もしていないということ。
「では、1つだけ教えてください」
ダニエルは顔を上げる。知りたいことは1つではないはずだ。
「君は、どんな思いを継いでいるのですか?」
宥めるようなセレスティの微笑み、ダニエルは表情さえも一切変えずに固まった。
少しずつ緩慢な動作で視線を地面に向けたまま、口を開く。
「あの子が、言った言葉は……1つ。
『気にしないで。わたしは病気で死ぬの。あなたのせいじゃない。わたし、がんばるから。負けない…から。あなたも―――』
“負けないで”」
高熱で意識が朦朧とした中で、彼女が継げた言葉。首には包帯。彼女を襲ったのは―――自分。
「俺は諦めてた吸血鬼として生きるしかないって。今も…そう思ってる。でも、あの子は、彼女は……俺が病気だって。ただの血の病気だからって……」
最後のほうはもう嗚咽が混じり聞き取りにくくなっていた。
ダニエルの血の中に眠る、言うなれば病原体は、被吸血者を何%かの確立で死に至らしめる。彼女はその何%に当てはまってしまった。
「ラウラ、ヴァイク……」
彼女と、彼女の兄と、自分と―――
幸せだった頃の思い出に浸るように、涙を流したままダニエルはうっすらと微笑む。
ダニエルが聞いた彼女の最後の言葉。ならば、神父が聞いた彼女の最後の言葉はどんなものだったのだろう。あれほど苛烈になるほどに、ダニエルを憎むだけの理由に足るのだろうか。
「ならば、諦めてはいけないのではありませんか」
先刻のように、神父の銃口に自ら進み出るなどと。
防戦一方だったのは、神父が彼女の兄だから。昔は仲が良かった神父を、何よりも彼女の兄である神父を、ダニエルが攻撃なんて出来ない。それは負い目もあっただろうが、ダニエルも神父を兄と慕っていたから。
それに、兄にダニエルを殺させるなんてことも、彼女は望まないはずだ。
セレスティは薄く息を吐き出す。人の想いとは、かくも簡単に壊れやすく、すれ違うものなのかと。
ダニエルが彼女を襲いさえしなければ、彼女が死ぬことも無かったことは違うことなき事実であるし、恨まれる要素は揃っている。だがそれ以上に、きっとダニエルが神父の恨みを引き受けなければ、彼が本当の意味で壊れてしまうのだろう。
言葉少なに全てを受け止めて――それはきっと彼の優しさ故に。
けれど、
「彼女の想いと、神父の想い。君にとって大切なものはどちらですか?」
負けるなと告げた彼女の言葉と、彼女を殺した復讐を果たそうとしている神父と。
弾かれたようにダニエルの眼が大きくなる。
そうだ。最初から決めていたじゃないか。だから、こんなにも抗ってきたのに、今更忘れるなんて。
「そうだよな」
ダニエルの瞳に戻る生きるための願い。空を仰ぐ顔はどこか吹っ切れていた。
「う…俺、結構凄い格好になってたんだな」
元気を取り戻したと同時に、自分の状況にも気がつき、ダニエルは苦笑する。ダメージジーンズなどのちょっと破れデザインは確かに存在するが、もうそんなレベルではない。
「安心してください」
にこにこにこ。
セレスティの笑顔が眩しい。
そういえば、服を買ったと言っていた。
「車椅子押していただけますか」
断る理由もなくて、ダニエルはセレスティを車椅子に乗せて、公園の外へと。
運転手には少し苦い顔をされたが、横付けされた車に招かれ乗り込む。
「では最初に格好をどうにかしましょう」
微笑むセレスティは、車を走らせる。
一日…例え一日であろうとも、穏やかな時間を過ごして欲しい。そう願って―――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −tractus−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
本質に至るための情報を結構出したと思います。加え、考察を情報に変換しましたので、上手く遣ってやってください。
あ、服ありがとうございました。作中では着るところまで至っていませんが、ありがたく頂きました(笑)
それではまた、セレスティ様に出会えることを祈って……
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