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<東京怪談・PCゲームノベル>


窓口〔総合受付〕――登録――



 【火宮神社】と記された古ぼけた朱塗りの鳥居と、その奥に続く長い石段を鳥塚は見上げ、それからその脇に立てられた看板へと視線を移した。【若宮調査事務所】――手製と思しき看板に記された、少々胡散臭い謳い文句も聞いていたとおりだ。ここで間違いはないだろう。
 ひとつ頷くと、鳥塚はゆっくりと石段を登り始めた。



 軽く扉が叩かれ、カラリと音を立てて開けられる。
「ここが若宮調査事務所ですね?」
 そう問いながら姿を現したのは一人の女だった。身を包む山伏のような墨染めの衣がやや違和感を感じさせるが、長い黒髪を背に流し、かすかな笑みを浮かべて首を傾げる姿はごく普通の女だ。――その背に広がる闇色の翼と、衣の裾から覗く鴉のような足がなければ。
 女が事務所を見回し、再度問う。ここが若宮調査事務所ですね?
「え、ええ……そうですが、どちらさまですか?」
 女の問いかけで我に返った各務樹が慌てて頷き、問いを返す。
「鳥塚と申します。以前、学園でお世話になったことがあり、その時にこちらを教えてもらったのです。こちらでは、怪現象に関する依頼を斡旋していると聞きました。ぜひ登録させていただきたいのですが」
「鳥塚さん……ああ、以前の集団神隠しの時にご助力いただいた方ですね。天音から聞いていますよ。あの時はありがとうございました」
 背後から若い男の声がした。声の主は鳥塚を追い越すようにして事務所に入ると、人懐こい笑みを浮かべて鳥塚に椅子を進めた。
「うちに登録していただけるとのことですが、どのようなことが得意ですか?」
「……海斗」
 にこやかに問いかける男の肩に手を置き、樹が咎めるようにその名を呼んだ。だが、若宮海斗は笑みを浮かべたままその手をそっと払う。
 考え込むように首を傾げ、鳥塚が口を開いた。
「そうですね……飛行と術――火や風を起こしたり、精神に干渉することが出来ます。あとは、鳥との会話ですね」
 どうでしょう、登録出来ますかね? そう問いかける鳥塚と手元のメモを見比べ、海斗は小さく唸る。天音の報告から鑑みても、能力面での問題はなさそうだ。小さく頷くと、横で必死の形相で考え直せとサインを送る樹を華麗に無視し、海斗はメモの端に採用と書いて丸で囲む。
「ところで、あの子は一体……?」
 唐突に投げられた声に、海斗は顔を上げた。椅子に腰掛けたまま、鳥塚はじっと事務所の外を見つめている。彼女の視線を追い、二人も外へと目を向ける。
 境内の端、ちょうど事務所との境の辺りで黒い何かが転がっていた。ソレはころり、ころりと右に転がっていったかと思ったが、不意に逆回転をかけた。そして今度は左へと転がっていき、また逆回転。ひたすらに右へ左へと、ソレは一定の距離を往復する。
「可愛いですね、ごろごろしてますね」
 うふふと笑い、鳥塚がゆるりと立ち上がった。窓へと近づくと、ガラスに手を当てて歌うように囁く。うふふふ、可愛いですね、いいですね。ごろごろしてますね、ふふふふふ――
 雰囲気に呑まれてやや逃げ腰になっている樹とは裏腹に、海斗は平然と鳥塚の傍らへと立った。
「可愛いでしょう、らくちゃんっていうんですよ、あの子。気に入りました?」
 海斗の問いかけに頷き、鳥塚はもう一度ふふふと笑った。
「らくちゃんさんは、一体何をしていらっしゃるんでしょう?」
 そう問うた鳥塚の言葉に、一瞬海斗の表情が凍りついた。だが即座に笑みを浮かべ、口を開く。
「遊んでいるんですよ」
 実際は違うのだが、とりあえず無難な答を返しておく。よもや【いただきます攻撃】の準備運動だなどと言えるはずがない。
 来客時、事務所には菓子類が用意されていることをらくちゃんは学習している。それをねだるため、ああやってごろごろと転がっているのだ。もうしばらくすれば、痺れを切らしたらくちゃんは事務所に突入してくる。そうなれば、色々な意味で面倒なことになるだろう。
 だが、それを防ぐのはさほど難しいことではない。ここにはらくちゃんを大変気に入っているらしい鳥塚がいるのだ。彼女に菓子鉢を持たせ、事務所の外に出してしまえば話は早い。
「遊んできますか? らくちゃんと」
 いっそわざとらしいほどに爽やかな笑みを浮かべ、海斗は鳥塚に菓子鉢を差し出した。
「遊ぶ……ええ、一緒に遊びましょう。ふふふ……」
 読みどおり、鳥塚は菓子鉢を手に境内を転がるらくちゃんのところへと向かう。満面の笑みを浮かべながら、海斗はその背中に向かって声をかけた。
「では、こちらで登録用の書類を作っておきますので、後ほどサインをお願いします」
 その言葉に樹が声にならない悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまった。ああ、これでまた一歩、平和な日常が遠ざかった――!



 境内に向かった鳥塚は、らくちゃんの前で足を止めた。膝を折り、らくちゃんと視線を合わせるようにしゃがむ。いただきます攻撃の予備動作をしていたらくちゃんも動きを止め、じっと鳥塚を見上げた。
 らくちゃんは何も語らない。けれど、口ほどに物を言うそのつぶらな目が雄弁に語っていた。ちょうだいちょうだい、それちょうだい。
 そんな言葉を読み取ったのか、鳥塚が菓子鉢から煎餅を一枚取り上げる。らくちゃんの目がきらりと輝いた。くん、と僅かに身を引いて、ロケットのように一気に飛び出す。
 一瞬後、鳥塚の手から煎餅は消えていた。煎餅の欠片をくっつけ、満足そうな表情のらくちゃんがころりと転がってくる。そして再び、催促するように左右に揺れだした。
「……お鳥様相手にそのやり方は非常に危険ですよ、鳥塚さん」
 二枚目の煎餅に手を伸ばしかけた時、頭上から苦笑混じりの娘の声と共に白衣に包まれた腕が伸びてきて、菓子鉢から煎餅を一枚さらった。腕は一度らくちゃんの前でその存在を示すように煎餅を揺らし、それからフリスビーを投げる要領で投げた。空高く舞った煎餅を追い、らくちゃんが跳ぶ。どう見ても飛翔ではなく跳躍であった。
 背後を振り仰げば、そこには見知った顔が巫女装束姿で箒を片手に立っていた。
「清水さん」
「こんにちは、鳥塚さん。今日は依頼か何かでお越しですか?」
 囁くようにその名を呼んだ鳥塚に、清水天音はにっこりと微笑んだ。敷き詰められた玉砂利を飛ばさないよう注意深く箒で掃きながら問いかける。期待に満ち溢れたらくちゃんの眼差しを受け、煎餅を投げながら鳥塚は小さく頭を振った。
「いえ、調査員の登録に」
 淡々と答えた鳥塚の言葉に、天音は手元を狂わせた。ざしゃあっと音を立て、玉砂利が派手に舞い散る。慌てて玉砂利を均しながら思わず呟く。――登録、ですか。
 複雑な感情の入り混じるその呟きを拾ったのか、鳥塚が首を傾げる。何か、問題でも?
「いや、ええと……うちのメンバーはほとんどが【視えるだけ】なので、その……」
 あさっての方向に視線を彷徨わせ、言葉を濁しながらも天音は呟いた。――現場に投入出来るだけの能力を持った人は、重宝がられてしまいますよ?
 その言葉に含まれる意味を理解しているのかどうかわからない微笑を浮かべたまま、鳥塚は最後の一枚の煎餅を投げた。煎餅を追って跳ぶらくちゃんを目で追いかけながら立ち上がる。
「何か私にもお手伝い出来ることがあれば、と思いまして」
 ややかみ合わない返答に、天音は困ったように眉を寄せる。
「鳥塚さんが構わないのでしたら、わたしが口を挟むことではないんですけど……もし、待遇に不満があって改善を要求する場合は、容赦なく、思い切り、それこそ力尽くで訴えるのが吉ですよ」
 海斗はぬらりひょんみたいなヤツですから、やんわりと訴えると聞き流されてしまいますので、と握り拳で天音が力説したちょうどその時、事務所の窓から噂の当人が身を乗り出し、二人の注意を引くように大きく手を振った。大振りな動作でサインを送ると、また事務所へと引っ込む。
 バカイトが横着してと溜息と共に呟き、天音は鳥塚へと目を向けた。右手で事務所を示す。
「書類の用意が出来たみたいです。確認と、サインをお願いします」
 それに頷いて答えると、鳥塚は事務所へと向かった。



 鳥塚に椅子を勧めてから自分も腰を下ろすと、海斗は机の上に置かれた二枚の書類を示した。
「こちらが当事務所の調査員の登録契約書、一枚は鳥塚さんの控えになります。うちでは、報酬は基本的に出来高払いとなります。内容を確認して、同意出来る場合は両方にサインをお願いします」
 自分の方に向けられた契約書の一枚を手に取り、鳥塚はそれに目を走らせた。説明されたとおり、仕事の内容とその形態、そして賃金形態の説明が書かれている。
 一通り文字を追うと、二枚の契約書にサインをする。
 返された契約書を確認すると、海斗は小さく頷き笑みを浮かべた。一枚を鳥塚へと差出し、立ち上がる。
「それでは、これで登録が完了しました。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げる海斗に会釈して答えると、控えとなる契約書を折りたたんで懐にしまった。悠然と立ち上がると、見送る視線を背中に感じながら事務所の外へと出た。
 もう一度契約書を取り出して眺めると、鳥塚は翼を広げて空へと舞い上がる。さて、これからどうしようか――
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7566/鳥塚・きらら(とりづか・きらら)/女性/28歳/鴉天狗・吟遊詩人】


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■         ライター通信          ■
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鳥塚様こんにちは、ライターの雨塚雷歌です。再びの発注ありがとうございます。
事務所の謎生物、お鳥様ことらくちゃんを気に入っていただき、なおかつ相手までしてくださってらくちゃんも喜んでいることかと思います。
そして事務所への登録も無事完了したようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたならば幸いです。今回はご参加くださりありがとうございました。