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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


納涼プール・ジャ・ブン【体験編】

□Opening
『プール・ジャ・ブン無料招待状』
「お、来た来た」
 封書の中から出てきたチケットを手に取り、草間武彦は上機嫌でにやりと笑った。
 残暑の厳しい草間興信所に一通の手紙が届いた。中から出てきたのは、いかにも豪華なチケットだ。あて先は、草間武彦氏となっており、差出人はアンティークショップの店主・碧摩蓮。
 同封の手紙には、蓮のプロデュースするプールであると言う事、涼やかな一時を満喫して欲しいという事、本状で何人でも一緒に招待できる事などが丁寧に書かれていた。
「結局、誰を連れて行っても良いのか。ふぅん」
 ならば、一緒にプールに行きたい奴を連れて行ってやろうと、武彦は自分の懐の深さにひそかに満足する。

 しかし、噂があった。
 蓮のプロデュースする納涼プール・ジャ・ブンは、賢人達が知恵を出し合い、心から涼やかになる事を前提に作られた施設だと。
 そして、その被験者こそが、武彦であると。
 勿論、当の武彦は、その情報を全く知らない。蓮の指示の元、見事に隠蔽されているのだ。

 さて。
 それはそうと、納涼プール・ジャ・ブン。
 体験してみようじゃないか。

■02
「プール?」
 その日武彦が取り出したのは、見た目にも豪華なチケットだった。
 アレの決行日ね、と、シュライン・エマは心の中で頷く。勿論、顔にはそのような事、おくびにも出さず、朗らかに笑顔を作った。
「私も行って良いの?」
「ああ、もし良ければ、だが」
 武彦は、どこか誇らしげだ。
 これから彼に起こることを考えれば少々可哀想な気もするけれど、そこはそれ、シュラインはにっこりと微笑み同行する旨を伝えた。
 シュラインが行くと分かると、機嫌良く武彦は電話に向かう。
 どうやら、仕掛けをした彼女にも電話をするようだ。
 その背を見ながら、シュラインは一人語散る。
「水着、鮮やかなレトロモダンとか今年よく見るわよね」
 大胆なプリント柄に、どこか懐かしさを感じる、そんな水着が展示されているのを何度も見た。ファッション雑誌には必ず登場していたし、海辺を写したテレビの特番などでも頻繁に見た気がする。
 せっかく武彦とプールに行くのだ。
 水着を新調するのも良いかもしれない。
 シュラインは机の上の伝票に目を通しながら、ちらりとそんな事を考えていた。

□03
 さて。
 黒・冥月とシュライン・エマ、二人の女性に連れられ……、いや、二人の女性を連れ、武彦はプール・ジャ・ブンを訪れた。
 高層ビルが三つほど入りそうな巨大な施設だ。今回は、あくまでオープン前の施設体験なので、集客のポスターやのぼりは見られない。
 入口を探すと、黒のスーツを着込んだ男が二人、直立不動でこちらを見ていた。
 豪華チケットを提示し、早速施設に入る。
 残暑が厳しい外の世界とは一変、空調の効いた施設内は、ひんやりとした心地良さがあった。
「まぁ、……普通に涼しいな」
 ぐるりとエントランスを眺め、武彦は呟く。
「ん。外はあんなに暑かったのに、快適ね」
「さすが蓮の施設だけはあるな」
 シュラインと冥月は、あまりにも普通な印象の施設に拍子抜けしたような武彦の機嫌を取るように、にこやかに微笑む。
 武彦も、それ以上何を考えたわけでもなく、ふむと頷いただけだった。

□04
 更衣室で着替えを済ませた三人は、プール施設で落ち合った。
「このモニターに案内プログラムが表示されるんだな」
 プールの入口で、案内用のテレビモニタをつつきながら冥月は呟く。
 頑丈な素材のハイレグカット型水着は、いつぞや武彦が呟いた競泳用を思わせる。ただし、競泳用にしては、足の付け根の食い込み具合にサービス精神を見る事ができよう。また、引き締まったスレンダーなボディとはアンバランスな印象の、たわわに実った胸のふくらみは、見る者全てを魅了して止まない。この場に、その他大勢のギャラリーが居ないことが悔やまれる。もし、大勢のギャラリーがいたのならば、決して官能だけを求めた身体ではない、バランスの取れたボディとアンバランスな胸のふくらみと言うギャップこそに悶え苦しんだだろう。興奮的な意味で。
 何故そこまでギャップに魅せられるのかと言えば、それは、冥月の選択した世界最高峰と噂される水着の、半端ならない締め付け具合に引き締まる身体、それに反して、胸元だけが解放感にあふれ突出して揺れているから、だろうか。もう一度繰り返す事になるが、豊満な胸元が、突出して揺れているのだ。そこに目を奪われない人間がいるのだろうか。いや、いまい。……たぶん。
「その水着って、もしかして、あの世界記録を沢山出したって言う、あの?」
 冥月の水着を興味深そうに覗きこんだシュラインは、鮮やかなレトロモダンのワンピースビキニを着用していた。大きめの花柄のアジアンテイストなワンピースの下には、ホルターネックのビキニがちらりと見え隠れしている。そのAラインワンピースの何と柔らかな印象であることか。しかし、ホルターネックゆえ、なめらかな肩が全て露出している。ただ単に控え目だけと言う印象はない。むしろ、女性らしい美しい肩からのラインに、見た者はどきりと胸打つ事だろう。ワンピースとは言えそこは水着、超ミニスカートからすらりと伸びた両足も、室内のスポットライトを欲しいままにしていた。
 さらに、ワンピースから見え隠れするビキニタイプの水着が、ワンピースのその後で、と言う期待感を刺激する。ひらりひらりと揺れるワンピースの裾から、ちらりとビキニが見えたのなら、それだけで興奮のゲージが20も30も上がっていくだろう。これこそ、大人の魅力を十二分に引き出す必須アイテムと言っても過言ではない。水着万歳。万歳水着。
「まあな。作らせてみた。ところで、その水着、おろしたてと見たが」
「ええ、そうなのよ」
 冥月の問いかけに、シュラインは魅惑的な笑顔を浮かべてワンピースの裾を少し持ち上げた。
「買い物について来て貰って、変じゃないか聞けば良かったかな? どうかしら、武彦さん」
 そして、ひょいと二人の後ろに到着した武彦を見る。
 武彦は、大きな浮き輪を腰に抱き、仁王立ちして胸を張っていた。なお、彼はトランクスタイプの水着を着用していたのだが、これと言って特筆するような事は何もない。
「……、さぁ、いくぞ」
 二人に見つめられた武彦は、曖昧に頷きすたすたと一直線にプールへと向かった。
 しかし、それを冥月が許さない。わざと武彦の進路を邪魔するように立ちふさがり、片手をシュラインの肩にかけ、もう片方の手で髪をおさえる。水着のために長髪を結い上げているので、ちょうど、うなじが見えた。
「どうだ?」
 にやりと持ち上げた口の端にも、魅了されてしまいそう。
「美女二人と一緒だぞ、喜べ」
「そうねぇ、どうなのかしら?」
 くすくすと、シュラインも覗き込むように武彦を見つめた。
 当の武彦は、息をおおきく吸い込み、大げさに吐き出す。煙草がない分、いつもの仕草とは違ったが、それにより少しだけ、落ち着きを取り戻した。
「敵わないな、まったく」
 直接的な感想を述べたわけではないけれど、武彦を知る二人は、彼の小さな微笑に満足そうに頷いた。

□05
 まずは、オーソドックスなプールから攻めようと、三人は入口付近から施設をぐるりと一周しているプールに入った。ぷかぷかと浮く浮き輪の上に座り、武彦は気持ち良く腕を伸ばす。
「気持ち良いわね〜」
 その浮き輪に手をかけ、シュラインもゆらりと水に浮かんでいた。
 プールの端では、一旦水から上がった冥月が、足を水に浸してゆっくりと天井を見上げている。外観からは分からなかったが、天井にはガラスがはめ込んであり、このプールには日の光が降り注いでいる。自然の光を反射した水面は、きらきらと輝いて見えた。
 ああ、最高だ、と、浮き輪の上から指先で水に触れる武彦。
「……?!」
 その指先がびくりと緊張する。
 何か、が、視界によぎった気がした。
「どうしたの?」
 けれど、そばにいたシュラインは、不思議そうに首を傾げただけ。彼女の位置からは見えなかったのかもしれない、と武彦は思いなおし、冥月に声をかけた。
「おい、今何か、いや……そう、誰か居なかったか?」
 確かに、水の中に映る影を見た。武彦は、眉をひそめ辺りを見回す。
「何の事だ?」
 しかし、シュラインの反応と同じように、冥月もまた、不思議そうに首を傾げただけだった。もし本当に何かが居たのなら、存在を示す音があるだろう。それをシュラインが聞き逃がすなんて事、ありえるだろうか? そして、不審な存在を、冥月が気付かないはずないだろう。
 武彦は、何とか自分の気のせいだと思い込み、何度か首を横に振った。
「いや、気のせいだったようだ……?」
「そう。それより、ほら、ウォータースライダーよ、行ってみない?」
 まだ首をひねる武彦の不安を吹き飛ばすように、シュラインはにこやかにそれを指差した。

□06
 そのスライダーは、施設内で一番高い所から滑り始め、一旦建物の外へと出て行きまたプール内部へと戻ってくるものだ。まずは、シュラインと武彦が滑る。
 二人乗りのスライダー用の浮きに乗ると、後ろから冥月が勢い良く二人の背を押した。
 スライダーを滑る滑る。
 水しぶきに目を閉じたり笑ったりしていると、すぐに外が近づいてきた。
 人通りは少なかったが、それでもゼロではない。
 突然スライダーに、水着姿の自分達が現われたら、普通に外を歩いている人達は、驚くだろうか。
 そんな事をのんきに考えていた武彦は、確かに、聞いた。
『うぉ……おぉ、ぉぉぉおおおおおお……』
 地面に顔を押し付けられたような、苦しい男の呻き声。
「なっ……」
 ぱっと視界が、明るい光に切り替わる。
 外に出たのだ。
 しかし、一瞬聞こえた声に、武彦はすっと体温が下がった気がした。
 聞こえた、確かに!
「ほら、武彦さん、もうすぐ中に入るわよ!」
 いつもより少しだけ興奮したようなシュラインの声にも、武彦は上の空だった。
 じゃばんとゴールのプールに飛び込む二人。
 水しぶきを払うように立ち上がったシュラインは、放り出された浮き輪を手繰り寄せる。その横で、武彦は呆然とスライダーを見上げていた。
 見上げるスライダーのスタート地点には、もう一度上がって来いと手を振る冥月の姿がある。
「ほら、武彦さん、行ってらっしゃいな」
「シュライン……。何かいる! 何かいるぞ?!」
 しかし、武彦はシュラインの提案を無視して、ばっと腰を落とし周囲に目を走らせた。その表情は、焦りの色が浮かんでいる。
「? そうかしら?」
 対するシュラインは、穏やかな表情で首をひねるばかり。武彦の行動こそが不思議だと言っているようだ。それよりも、冥月が待っていると上を指差す。
「いいか、警戒を怠るな? 一緒に来るか?」
「大丈夫よ。それに、私はもう滑ったじゃない」
 武彦は、何度も何度もゴール地点のプールに残るシュラインを振り返りながら、スライダーへ昇って行った。
(これは、一体どう言うことだ?)
 二度目のスライダーへ到着するまで、武彦は真剣に悩む。
 最初、プールに影が走った時は、気のせいだと思った。シュラインも冥月も見ていないと言うし……。けれど、スライダーから聞こえた男の呻き声は、尋常なものではなかった。シュラインは何もなかったと言うが、絶対に自分は聞いたのだ。
 これは、どういう事なのか。
 ここは蓮の施設だ。不審者が紛れ込めるとは思えない。しかし、非日常の者……、つまり、考えたくないが、霊的な何かならば話は別では? しかも、あの蓮の扱う施設だ。それなりの大物が紛れ込んだ可能性は否定できないんじゃないのか?
 そして、武彦は異常を感じ取り、他の二人は何もないと言う。
 それは……、つまり……。
「ほら、行くぞ?」
 そこで、武彦の思考は中断された。
 二人でスライダー用の浮きに乗ったのだが、ぴったりとくっついた事で、ちょうど冥月の胸が武彦の背中に当たるわけで……。
「ぐわっ、何かあたってる……、あたってますよ?!」
 武彦は、慌てて身体を起こそうとした。が、その反動で、浮きが滑りはじめる。
 くすくすと、背後で笑う冥月。
 おのれワザとか! とは思うが、武彦は照れてしまって何も言い返せなかった。建物の外へ続くスライダーに身を任せる二人。
『ふぅ……よんたすきゅうたすしじゅうくひくろくじゅう……』
 その時、またおかしな声が聞こえてきた。
 建物の中に入る、一瞬だった。
(まただ!)
 武彦は、はっと周囲を見たが、そこには手を振って二人を迎えるシュラインの姿しかなかった。冥月も、笑いながら浮きを回収している。
(やはり……俺にしか、聞こえないのか)
 にこやかな女性二人の態度に、武彦は確信した。
 この異常な事態に、気がついている、いや巻き込まれているのは自分だけだと。
 つまり、狙われているのは、自分だと言う事に。

□07
 その後も、流れるプールでは、人影が常に武彦に付きまとった。あるいは、低く笑う女の声も。足首を掴まれプールの底に引きずり込まれる事もあった。そのたびに、武彦は肝を冷やし、青ざめる。
 程よい頃合を見て、冥月はプールから一人出た。
 丁度良い具合に武彦の恐怖が頂点へと達する直前だった。が、当の武彦本人は、冷静に自分の状態を把握できていない。
「おい、どこへ行く? 一人で行動は……」
「女にそんな事聞くもんじゃない……花を摘みに、だ」
 だ、のところで、冥月は武彦の鼻をちょんとつついた。普段なら、生理現象をそんな風に指摘され、おとなしく恥じ入る冥月ではなかったのだが、今日は殊更可愛く照れたように微笑んで見せる。
 不意打ちの笑顔とは、恐るべき武器。
 武彦は、今まで感じていた恐怖が一瞬ふっと消えたのだった。
 びくりと肩をふるわせる武彦の様子に満足して、冥月はプールを後にした。
 勿論、生理現象などではない。
 全ては、武彦を恐怖のどん底へたたき落とすための行動なのだ。今の彼の状態を観察していると、とても冷静ではない。だから、もしかしたら、黒い影を見て即座に冥月の能力だと判断できないかもしれない。しかし、犯人は冥月だとばれるかもしれないのだ。だから、その前にプールから外れた。
 気配を殺し、そっと武彦の背後へ回る。
 あらかじめ蓮に聞いていた案内テレビの情報端末を探して操作した。
 ざ、ざ、ざ、と、施設内の案内テレビが不気味な音を立てはじめる。
 同じ頃、武彦も異常を察知していた。
 テレビの異常と言うことで、流石にシュラインも気がついたようだ。
「何かしら?」
「腰を落として、いつでも走れるようにしていろ」
 あくまでものんきなシュラインに、武彦は短く指示を出す。
――ざ、ざ、ざ
 テレビの音は大きくなるばかり。
 可愛い色合いの案内が映っていたはずの画面には、砂嵐が走っている。
――ざ、ざ、ざ、ぁ…………
 目を凝らすと、その砂嵐の中に、一つ暗い染みのようなものが現われた。ぽつんと黒い丸が、少しずつ膨れ上がる。まぁるい。くろい。おおきくなっていく。
 異様な光景に、武彦は目を見張った。
 黒い丸は、気がついたら人の形をしている。人の形になっても、まだ大きくなって行く。
 やがて、画面が狭すぎたとばかりに、その黒い人影は画面の外へと膨れ上がってきたのだ。おおきくおおきく。影が施設を覆う。
「シュライン、下がれっ」
「武彦さんっ。たけひこさぁぁぁぁん」
 武彦は、シュラインを背にかばい影に飲まれた。
(ああ、黒に押しつぶされてしまう)
 ぼんやりと、そう思う。
 武彦は、最後に、わざとらしいまでの悲壮感あふれるシュラインの叫び声を聞いた。

■09
 ぱちりと目を開けると、そこはまだプールの施設内だった。
 武彦は、ぼんやりと天井を眺めている。
 ああ、仰向けに横になっているのか。
 自分の状態を確認し、顔に手をあてた。
「気が付いた? 大丈夫?」
 優しい声が、頭の上から降ってきた。それは、いつも聞きなれたシュラインの声。
 武彦は、警戒するようにシュラインを見上げる。そして、ほっと安堵した。
 そこには、いつものシュラインの顔。
 自分が膝枕をされているのだと気が付き、武彦はゆっくりと息を吐き出した。
「今度こそ、夢から覚めた気持ちだよ」
「もう、何を言ってるの? ちょっと一息つきましょうか」
 シュラインは、何故武彦が倒れていたのかと言う話題に言及しない。けれど、今の武彦には、そのような判断が全くできなかった。
 言われるまま、休憩所に足を運ぶ。
 そこは、日の光を沢山集めたプールとは一転、夕焼けを演出した穏やかな場所だった。
 スポットライトが、赤から紫、青へとゆっくり切り替わる。
「雰囲気のある照明ね」
 シュラインが、嬉しそうに囁いた。
「ああ、こう言うのも、悪くない」
 二人は近くにあった売店を覗く。すると、カウンターの奥に、黒いスーツを着込んだ男が待っていた。入口で待ち構えていた二人の男を思い出す。
 スタッフがいるのなら、安心だろう。
 武彦の緊張も、ずいぶんほぐれたようだ。
 武彦はウーロン茶を、シュラインはトマトジュースを注文し席に付く。
「そう言えば、冥月はどうしたんだろうな? 放ってきてしまったが」
「え、ええ。それが、急用を思い出したとかで……」
 帰ってしまったのだと言う。
 本当は、笑い転げ腹を抱えて息も絶え絶えに満足げに帰ったなど、言えるはずがない。シュラインは、その話題を振り払うように、優雅にトマトジュースを口に含んだ。
「ふぅん。なら、良いか」
 武彦も、シュラインに倣いウーロン茶を口に含んだ。珈琲がないのは残念だ。そんな事を思っていると、テーブルに、赤い汚れが見える。
 あっと声を漏らし、武彦はその部分を凝視した。
 しかし、それは一瞬の出来事で、テーブルに染みなどない。
 武彦は、顔を強張らせ、席を立った。
「どうしたの? 少し休みましょうよ」
 シュラインは、微笑む。
 その口に、含まれるのは、赤い液体。
 まるで。
 テーブルに点々と付いていた、赤い染みのように。赤い。
 武彦は、視界がゆがむような感覚に襲われる。
 おかしな一日だったのだ。どこで、こんな世界に変わった? いつ、自分は、こんな奇妙な世界に入り込んでしまった?
 どこで、間違えた?
 くらくらと頭が揺れ、恐怖で青ざめる。
 またしても意識を手放しそうになった武彦だったが、かろうじて気力で持ちこたえ、シュラインの手を取り走るように施設を後にした。

□Ending
 施設から出ると、そこは日常の世界が待っていた。
 道を行く人々も、至極普通だ。
 もう黒い影もなければ、赤い血痕もない。おそらく、化け物が襲ってくることもないだろう。
 ふぅと、安堵の息を漏らす武彦。その手を、シュラインは優しく握った。
「涼めた?」
 優しい笑顔が、まぶしい。
「え? あれ?」
 武彦は気が付く。
 その笑顔が、全てを知っていますよと、語りかけている事に。
「大丈夫大丈夫、なんともないなんともない、ね?」
「あっ、あーーー、まさか、まさか」
 優しく何度も両手を握り締められ、武彦はみるみる生気を取り戻し叫んだ。
 二人が事務所に帰ると、当然のように冥月がくつろいでいた。
「ああ、帰ったか」
 優雅にソファでくつろぎ、片手を挙げる冥月に武彦が詰め寄る。
「お前っ、お前も知っていたんだな? いや、むしろ主犯か?!」
「一体、何を言う? 私は、お前の意見を肯定も否定もしていないぞ? ただ、何があったと聞いていただけだが」
 武彦に抗議されるのを分かっていたのか、冥月はにやりと笑うばかり。
「さぁさ、冷やしすぎちゃっても健康に悪いし、温かい珈琲でも淹れましょうか」
 二人のやり取りを見ながら、シュラインはキッチンに向かう。
「うえーん。怖かったよぅ。怖かったよぅ」
 ようやく安心したのか、武彦はめそめそとシュラインの後を追った。
「くっくっく。情けないやつめ」
 冥月の声が聞こえたが、実際、青くなっていた武彦は何も言い返せなかった。
 今日だけ、今日だけはおとなしくしてよう。
 武彦は、情けない表情をしながら、悔し涙を滝のように流した。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 そして、お疲れ様でした! ターゲットが草間氏だったので、ちょっと草間氏寄りの視点で書かせていただきました。夏も終わりですかね。怖い思いをした草間氏ですが、同時に美女に囲まれ美味しい思いもしたんじゃないのか? など思いながら物語を進めてみました。
 □部分は集合描写、■部分が個別描写になります。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、前回に引き続きのご参加有難うございます。
 楽しんでいただけましたでしょうか?
 最後のシュライン様のフォローがあってこそ、楽しく終われたなぁと感慨もひとしおです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。