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<東京怪談ノベル(シングル)>


【ブラッディヴァルキリー・チャームズ・ソルジャースピリッツ】



1.
 
 自衛隊。
 セルフ・ディフェンス・フォース。
 と。
 一口にいっても、ディフェンス、しなければいけない要人はいくらでもいる。
 近衛特務警備。
 護衛対象を、常識を超えた、つまり魑魅魍魎ふくむ、あらゆる危険から守り抜くこと。
 高科・瑞穂はその課に所属している。
 そして近頃では新入りも増え、ベテランと評される位置にいる。
「それにしても」
 もともと鎖骨の見えるほど開いた胸元に、手でぱたぱた風を送る。
 白い肉の谷間がつかの間、露になる。
 スカートがフレアで、デリケートな部分はそれほど暑くないのが救いか。
 とはいえ成熟した彼女の身体では。
 谷間がけっこう蒸れる。
 護衛対象の使用人、つまりメイドになりきっての任務。
 どんな格好だろうと抵抗はない。
 ちなみに今はガータベルトあらわなミニをはき、ニーソックスの上に陶器のような白い太ももを晒しながら。
 膝から下は編み上げの皮ロングブーツに、グローブで白魚のような手を覆う。
「なんだか、メイドだか決闘だかわからない気分だわ……」
 ぼやきつつも、隙の無い視線を配る彼女。
 そこに課隊員からの定時連絡。
 我に帰る。
「ブラボー・チームよりアルファ」
「おなじくチャーリーよりアルファ」
「こちら。アルファ1。ハウバウトシチュエイション」
 とアルファ1、瑞穂。
「ブラボー、現時、異常なし」
「チャーリー、異常なし」
「アルファ、ラジャー。アルファよりオールユニッツ、擬装しつつ警戒を継続せよ」
「ブラボー・チーム、ラジャー」
「チャーリー・チーム、同じく、ラジャー」
 数日、同じ状況が続いていた。
 要人はいるが、襲撃者も侵入者もない。
 だからといって瑞穂は油断しない。
 相手が、たいてい常識外の連中でしかないからだ。
 どこと無く感じる予感。
「ここ数日、いやに静寂だわ……」
 彼女が髪を掻き揚げた刹那。
 ホワイトブリムに仕込んだ無線機から叫びが走った。
「ブ、ブ、ブラボー・チームよりオール、侵入者、あ……!」
「ブラボー2よりオール、ユニ……」
「ブラボー4、救援……」
「ブラボー1、エンゲイ……」
 なんだ?
 何が起こった?
「アルファ・トゥ・ブラボー・ティーム! レスポンド!」
 ……返事は無い。
 何かが起こった。
 いや、何者かが、来た。
 瑞穂は同チーム、後輩に思わず叫ぶ。
「アルファ2、チーム指揮を渡すわ! 私はブラボーの救援に向かう!」
 叫び、瑞穂は駆け出した。
 ブラボーは決して弱くない。
 何かが起きたのだ。
 何者かが、きたのだ。
 走る。ガータベルトを、スカートを、植木がひっかかり裂いた。
 ずり下がる。めくれる。
 気にして、いられるか。
 瑞穂は走る。



2.

 駆けつけたとき、既に数人の隊員は朱に染まり伏せていた。
 そしてその中心に立つ、銀髪巨躯の男。
 状況を瞬時に理解、同時に怒りと緊張感でざわつく肢体。
「おまえか、ヤったのは。もっとも、聞くまでもなさそうだわね」
 そういって上唇をゆっくりと舐めた。
 グロスの酸味。
 そして……アドレナリンの味がする。
 身体が、もう、臨戦態勢にある。
 瑞穂は右手を、剣の柄によせる。
 先手の居合いで決めてやる。
 その彼女の狙いをよそに。
 銀髪の男は、品定めするような目を瑞穂に向けた。
「ふん。見てくれは小娘だが、少しはやりそうだな、貴様。俺の名は――、ッ!」
 男の言葉が終わらぬうち。
 瑞穂、影のごとく突進。
 全体重を乗せ、抜き打ちの、斬。
 男は、ナイフの受けでガード。
「黙りなさい……排除する」
 左軸足を残し、ミドル蹴りのフェイント。
 右足の着地と同時に、ミゾオチめがけ渾身の左トゥーキック。
「やッ!」
 そのまま足を上げ、カカトを男の脳天めがけ叩き込む。
「――く」
 頭蓋も砕けようか、という一撃を、相殺、された。
 弾かれたような反発を、足首に感じる。
 この程度で彼女は怯まない。
「スリィース!!」
 左下袈裟斬り。
 刃をかえし右袈裟斬りとみせて、2段突きの応酬を浴びせる。
 ことごとく、ナイフ一本で反応され、いなされる。
「こいつっ」
 この男、強い。
 思った瞬間、寒気に似た殺気を感じ、瑞穂は瞬時に後ろへ跳んだ。
 痛覚。
「チいッ」
 舌打ちつつ、ちらと見ると、右肩エプロンの白いフリルが裂かれ、じんわりと血がにじんでいる。
 あのナイフか。
「名乗らせる間も、くれぬか。俺はファング。いい蹴りだ、小娘。今の一閃、よく避けたな」
 奇妙な形状の短刀を構え、男は名乗る。
「ふうん……。侵入者が名を明かすとは、ずいぶんと余裕なことだわね。私を生かして逃す気がない、ということかしら?」
 瑞穂は傷に、ちら、と目をやった。
 閉じかけている。
 それだけ、切り口が鋭いからだ。
 皮膚を裂かれただけ。
 もっとも、反応が遅ければ――腕を、根っこから落とされていただろう。
 強敵に望む際の、えもいえぬ覚醒感が瑞穂を包む。
 疼く。
「さて。職務上、一応は言っておくわ。武器を捨て、投降しなさい。でなければ」
 瑞穂の言葉に、ファングは肩を揺らして笑った。
「クク、でなければ? どうする?」
「こうよっ」
 剣を納め、エプロンからコルトを抜く。
 と、ほぼ同時に一発、空薬莢が飛ぶ。
 ファングの足元に銃弾を叩き込む。
「抜き撃ちか、いい速さだ」
 瑞穂は、耳を貸さない。
 初射は、威嚇ではない。
 銃のクセを確かめるため。
 すでに瑞穂には、男を生かして捕らえる気などない。
 自衛官としての自分など関係ない。
 こいつ、強い。そして戦闘狂だ。
 殺る気でやらなければ、殺られる。
 二射、三射。
 4射目、バックステップと見せかけて右へ転がり2発連射、伏射に近い低さからさらに3発、跳ね起きながら一発、着地と同時にさらに連射。
 全て急所と腹部を狙う。
 しかしファングもまた、左右の体重移動でフェイントをいれつつ、しゃがみ、飛び、前後にも動く。
 照準をつけさせない。
 速い。
 しかし。
「私の弾から、いつまでも」
 最後の連射のがファングの肘をかすった。
 鮮血。
 いける。
「逃げ切れると思わないで、最後にもう一度だけ言ってあげる。投降……しなさい!」
 空になったコルトを、思い切り投げつける。
 距離をとって戦う、本能でそう動いていた。
 下がりつつ、白エプロンの背中から、さらにウージー短機関銃を抜く。
 ストックの短いスペシャルモデル。
「クク、投降だ? 断る」
「じゃあ鋼の雨で――逝ってもらうわよ!」
 フルオート射撃。
 シャワーのごとく浴びせる、金属の嵐。
「蜂の巣、いやスポンジにでも、なれっ!]
 もう一度、フルオート。
 弾倉が空になると同時にリロード。
 その間、コンマ数秒。
 カートリッジを入れ替え、絶え間なく弾のシャワーを浴びせる。
「いい加減、倒れなさいよ!」
 ファングはただ、顔だけを丸太のような腕で防ぎ、棒立ちのままだ。
 全身に赤い斑点を、増やしながら、だ。
 勝てる。
 殺れる。
 この男を殺せる。
 瑞穂が確信を抱きつつ次の弾倉に入れ替えたとき、それは起きた。
「うれしいぞ、小娘。ボーイスカウトの群れにこんな上玉がいたとはな」
「負け惜しみ、を……」
 そこまで言って瑞穂は息を呑む。
 ファングの姿が、変貌していく。
 ヒトから、銀色の半獣。
 いや、さらに。
「ま、魔獣――?」
 驚愕のなかで思わず呟く。
「いかにも。これが俺の真の姿。俺をここまで引き込んだ貴様だ、せめて、苦痛なく逝かせてやろう」
 先ほどとはまるで違う、地響きのようなファングの声。
 戦慄の中で、ファングの振った爪を瑞穂はスウェーでかわす。
 前髪が、斬り落とされ舞う。
 平常心だ。
 それを失えば軍人として終わりだ。
「くそ……オール・チーム・リトリィーッ!!」
 無線で全チーム退却を叫ぶ。
 そして。
「決闘だ、バケモノ!」
 瑞穂は手袋を、脱ぐ。
 ファングに、投げつける。
 古き騎士の決闘の開始たる、流儀。
「ほう。まあその手袋をおとりにでもつかおうとしたんだろうが――」
 ファングは投げつけたグローブなぞ目をくれず、赤い瞳で瑞穂本体を追った。
「あまりに浅い戦術……だな娘。死ね」
「そう。かしら?」
 瞬間、瑞穂の投げた手袋は閃光を放った。
 手袋に仕込みの閃光弾。
 魔獣ファングが不意のフラッシュに、見えぬ目をかきむしる。
「ガ、ガアあ! 小娘、貴様、貴ィ様ア……どこだ貴様あ!」
「そう、”囮”は、グローブでなく私自身。だったってワケよね――トドメいくわよ」
 とだけいって、瑞穂は駿足で、仲間を追って退却した。
 あれは、ただのバトルマニアだ。
 護衛がいない護衛対象を、殺しはすまい。
 さすがに、息切れ。
 主に緊張と驚きからではあるが。
 安全そうな軒影の床下を見つけ、うずくまり、瑞穂は回線を開く。
「こちら、アルファ、1――テルミザシチュエイション」
「アルファ・チーム、撤退命令により無事です」
「こちらブラボーの生き残りだ、全滅は……免れた……」
「チャーリー・チーム。侵入者はそのままどこかへ去ったとの報告。極秘に救急車を配備中」
 そうか。
 なんとか、なったか。
 瑞穂は深いため息と同時に、VIPの無事と、後続脅威のなしを確認。
 ゆっくり息を吐き立ち上がる。
 私は負けてはいない。
 戦術撤退だ。
 守るべきは守った。
 裂けた衣服を気にもせず、瑞穂はホームへ戻る。
 次はこうはいかないわ。
 私にはまだ奥の手がある。
 次こそスポンジにしてやるわよ。
 そう哂いながら。


fin