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<東京怪談ノベル(シングル)>


 其の者、真の姿となりて(前編)


「ククククク……」
 獣の唸り声に似た笑い声が聞こえる。
 戦場に立つ。その時に飛ぶ血しぶきが、酒に似たような匂いを醸し出して酔いしれる。
 今度の戦場はどこか。
 依頼人からは細々とした要望が書かれていたが、そんなものは全て握りつぶした。
 戦場の場所さえ分かればいい。
 男は次の戦場へ、刻々と進んでいた。


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 ……メイド服か。
 高科瑞穂(たかしなみずほ)は少しだけ戸惑った。
 彼女のこれから着ようとしているそれは、ニコレッタメイド服と呼ばれる形のものらしい。スカートの丈は短く、エプロンのレースが豪奢についた、いかにもなメイド服だ。
 きつそうだなあとは少し思った。自分で言うのも難だけれど、スタイルには自信がある。そしてふんわりとしたスカートが、いつも履くようなかっちりとした軍服のスカートと違って女の子らしすぎる、可愛すぎる気がして、躊躇した。似合わない、事はないと思うけど。多分。
 まあ、考えても仕方ない。着るか。
 羞恥心とかそう言うものは、服と一緒に脱ぎ捨てる事とした。
 まずはワンピースの方を着る事にする。上から被って両手、首を出す。胸の辺りが苦しい。
 少し息を止めてチャックをすーっと上げた。上げる時に胸が上へとぷるんと揺れる。
 チャックを上げきった後、ほーっと息を吐いた。やはり胸が苦しいような気がするが、気にするのはやめにした。
 続いてエプロンを羽織る。これは簡単だ。くるりとリボンを巻いて括ればいい。
 リボンを括った後、次は足元を何とかする番だと思い立った。
 中身が見えないよう細心の注意を払ってスカートの下から伸びた脚にニーソックスを履いて、それをガーターベルトで留めてやる。さらにそこに膝まである編み上げブーツを履く。ブーツの紐をきつく締める。
 ヘッドドレスも頭に付けてみる。やっぱりこれがないとメイドに見えないんだろうなあとは彼女の持論である。
 最後にポケットから取り出したメガネを嵌める。
 よし。できた。
 瑞穂はすっくと立ち上がった。
 メイド服を身にまとった瑞穂は、メイド服を着ても美しい身体のラインを造っていた。
 豊かな胸はエプロンを着てもぴんと張っており、スカートからすらりと伸びた脚も、ニーソックスを履いた事でラインの美しさをより強調していた。
 茶色いロングヘアーは、ヘッドドレスを付けた事で、より髪もツルツルしたキューティクルが強調されているようだった。
 瑞穂は顔を上げた。
 瑞穂は見つめる先には、豪奢とも言うべき屋敷が建っていた。


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 高科瑞穂は、自衛隊の中に極秘裏に設置されている近衛特務警備課に所属している。彼女の使命は、超常現象の解決と魑魅魍魎と戦う事。
 彼女のその日の任務は、この豪奢な屋敷の護衛任務であった。
 メイドとして侵入し、敵の襲撃を待つ。
 一見簡単な任務に見えるが、敵の情報が一切ないのが気がかりだった。
 彼女は普通にメイドになりすまし、メイドと同じように掃除をしながら目立たない程度に辺りを見回した。
 中に入れば、赤いふかふかした絨毯が敷かれ、廊下にも広間にも、煌びやかなシャンデリアが吊るされている。廊下の隙間隙間には花瓶が飾られ、どの花瓶にも生き生きとした花が飾られていた。掃除もいつも丁寧にされているらしい。窓は全て磨きぬかれてキラキラ光り、手摺りには塵一つ落ちていなかった。
 瑞穂はこっそり忍ばせておいた屋敷の見取り図を見た。
 見取り図によるとこの屋敷の入り口は2つ。正面口、つまり客人用入り口が1つと、瑞穂の使った使用人入り口。窓を壊して侵入する事も想定に入れるとなればもっと複雑になる。窓はどの階にも存在し、割ればどの窓も侵入口になりえた。

「これは、勘で見張る所を決めるよりも、来てから考えた方がよさそうね……」
 瑞穂はチッと舌打ちした。
 室内戦と言う事を考えたら、狭い場所だと不利になる。剣を上手く扱える場所じゃないと……。
 なるべく来るなら広い所に出て欲しい……。
 瑞穂の思考がくるくると高速回転して行く中。


 ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ


 けたたましい警報の音が響いた。
 早い。まだ何も決めていないのに。
 瑞穂はチッと舌打ちを再度して、ポケットから取り出したグローブを手にぎゅっと嵌めた。手馴れたものである。するりと嵌まった。
 持っていたモップを踏む。かちり。
 モップの先が取れるとそれは彼女の愛剣か顔を出した。
 目を閉じ、全神経を研ぎ澄ます。
 一番大きな音は……。
 剣を鞘から抜き、走った。
 一番大きな音。それは正面玄関!!


 ダンッ!!


 時間を短縮するために、手摺りに手をついて一階に飛び降りた。


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「貴様か」
 正面玄関は破壊したらしく、正面玄関だった所は粉々の破片と化していた。
 瑞穂は唇を噛み締める。
 剣を構え、間合いを取る。
 破壊された場所には、男が立っていた。
 男は服を着ていても分かる程の鍛えられた肉体に、大剣を構えていた。
 眼光は鋭く、瑞穂には血走って見えた。
「ファング!!」
 瑞穂は間合いを取ったまま構える。


 ファング。この世界では名の知れた傭兵である。
 戦場を求めて彷徨くハイエナとも呼ばれるこの男は、激しい戦いが出来るならば、報酬や仕事内容に関わりなく傭兵として雇われると言う危険人物だった。
 彼の情報は、当然彼女の所属する近衛特務警備課にも届いていた。


「まさかお前がこんな所にいるとは」
「ククククク……」
 ファングの笑いは獣の唸り声によく似ていた。
「俺を知っているとはな。貴様は俺を楽しませてくれるか?」
「こっちは任務よ。お前を楽しませるために来たのではない」
 ファングは肩に担いでいた大剣をくるくると回して握った。
 あれだけの大剣を片手で操れるのかあの男は。
 守備範囲はあの男の方が広い。
 これに対抗するには、懐に飛び込むしかない。
 瑞穂はふっと笑った。
 強い敵。腕が鳴る。
「お帰りなさいませ、ご主人様。そして、いってらっしゃいませ、ご主人様!!!!」
 瑞穂は右手に剣、左手でスカートを摘まんでひらりと礼をする。
 ふんわりとスカートが揺れる。
 その刹那。
「行くわよっ!!!!!」
 瑞穂は剣を構えて、ファングの懐に飛び込んだ……!!


<続く>