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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ壱



「うわぁ〜。今日の星はよく見える〜」
 星空を眺めつつの夜のお散歩。こんな時間だし、上を向いたまま歩いていてもべつに……。
 と思っていたら、曲がり角で誰かにぶつかって後ろに引っくり返ってしまった。
「きゃっ!?」
 なになに? なにごと???
「いたた……」
 樋口真帆は尻餅をついたがハッと我に返って相手を見遣った。
「ご、ごめんなさい! だいじょうぶですか?」
 真帆はちら、と兎のぬいぐるみ……使い魔のほうを一瞥した。箒も手から離してしまったらしい。いや、今はそれどころじゃ……。
 相手はフードをかぶった娘だった。七部袖のパーカーを着ている、真帆とそう年齢の変わらない感じの女性だ。彼女も真帆と同じように尻餅をついている。
 真帆は彼女が持っているビニール袋に気づく。中からはコンビニ弁当が出ており、完全に引っくり返っていた。どうやらぶつかった衝撃のせいらしい。
「あ、あの」
 視線をコンビニ弁当と娘に何度も往復させる。
「弁償……」
「…………」
 彼女は口元を強く、引き締めた。何かを言いかけるのを我慢するように。
 不思議そうにする真帆に、彼女は無理に笑みを浮かべた。
「気にしないで。私の不注意だから」
 か細い声だ。彼女は怯えたようにそそくさと立ち上がる。真帆も慌てて立ち上がった。
 潰れた弁当が気になってしょうがない。
「あの、弁償……というか、私でよければご飯作りましょうか?」
「……あ、いや、本当に大丈夫」
 うん、と彼女は少し急ぐように頷いて視線を逸らした。
(あ。やっぱり急いでたんだ……)
 それなのに自分とぶつかって、余計な手間をかけさせてしまった。
「ほんとに、ごめんなさいっ」
 がばっと大きく腰を曲げて謝ると彼女はそわそわして「いいから」と言ってくる。
 背後を気にして振り向く彼女に真帆は不思議そうにしてしまう。
「どうかしたんですか?」
「……な、なんでもないっ」
 慌てて肩をすくめてそう言うと、彼女はじっとこちらを見てきた。フードの下から覗く瞳は陰になっていてはっきり見えない。
(なんだか……すごく色白な人……)
 ちゃんと食べているんだろうか? 顔色が悪い部類に入るんじゃないのかなあ?
 そんなことを考えていると彼女はビクッと大きく反応して振り向いた。
 なになに? と真帆がのんびりそちらを見る。暗闇の中には一人の女が立っている。長い黒髪が腰まで伸びた、冷たい瞳の美貌の持ち主だ。
「見つけた」
「ひっ……!」
 悲鳴をあげて彼女はのけぞり、そのままじりじりと真帆のほうへと後退してくる。
 闇の中から一歩ずつ現れた女はジーンズ姿で、すらりと長い脚がよくわかる。プロポーションは羨ましいくらいにバランスがとれていた。
「滅す」
 そう呟いた女はいつの間にか手に漆黒の刀を携え、さらに近づいてきた。
 フードの娘は「あぁ」と情けない声を出し、それから首を緩く左右に振った。
「み、見逃してください……! お願いします!」
「……この間も同じことを言われたけど、これは仕事。悪いけど、死んで」
「そんな……!
 だって私、人間なんて襲ってません! 血も吸ってないし、こうして普通に食事してます! 何も迷惑かけてませんっ」
 必死の訴えに女はだが、冷たい目で返すだけだ。
 人間を襲う? 血を吸う?
 不思議そうに頭の中で単語を繰り返す真帆だが、自分もただの「普通」とはちょっと離れたところに位置するために動じない。
(えっと、でも、とにかくこの人は困ってるし、無害そう……)
 だったら助けるべきじゃない?
(そうよね、うん!)
「あの!」
 存在を主張するように真帆は声を大きくあげる。
「この人、困ってるじゃないですか。それにひどいことしない感じですし、見逃してあげられないんですか?」
「…………」
 ちら、とこちらを見てくる黒髪の女の、あまりの瞳の冷たさに真帆の背筋がゾッとした。危険だ。関わってはいけないタイプの人間だと脳内で警告がされている。
(うわっ、こわい!)
 思わず目を逸らしてしまう。
「……………………」
 じっと見られてる。視線を感じる。
(わ〜、ちょ、ちょっとこ、こわい〜っ)
 肩もすくめてしまう。
 その隙をついてか、フードの人物がダッと逃げ出した。それを見て黒髪の女の目つきが変わる。
「逃がさない」
 小さく呟くとぐっ、と爪先に力を入れたのがわかった。一瞬でこちらとの距離を縮める。
(え、ええ〜っ!?)
 樋口真帆、17歳。色んな体験をしてきたけど、こんなにデンジャラスな場面ってそんなにないかも……。
 一瞬で真帆を追い越し、逃げようとしたフードの人物を迎え撃つように回り込む。なんという早業だ。
 思わず足を止めたフードの人物は対峙する黒髪の女に懇願した。
「お、お願いです……! 見逃してください……!」
 一人だけ置いていかれる形になった真帆は、ハッとして彼女を援護した。
「そ、そうです! 見逃してあげてください!」
 なんだか可哀想だ。力の差が圧倒的にあるのは、真帆から見てもわかる。
 女は再び黙り込むが、真帆に視線を定めた。おそろしい視線だ。射抜くような、という言葉がぴったりである。
「邪魔するならあんたも殺すわ」
 歌うような綺麗な声なのに、言葉は怖い。それも……おそらく本気だ。
「だって! そんな、理不尽ですよ! 理由によっては見逃してあげてもいいと思いますっ」
 負けじと言うが、やっぱり怖いものは怖い。普段のんびりしてはいるが、本能的に危険な人物はいくらなんでもわかるものだ。
 女は低めていた体勢を直した。きちんと立つとまるでモデルのようだ。……モデルにしては物騒なエモノを右手に持っているけど。
「そこの女は吸血鬼」
 冷たく言い放つ。
「人の生き血を糧として生きる存在。そんな人間の敵を排除したところで、どこからも文句は出ないわ」
「きゅうけつき……」
 真帆はフードの人物を見遣る。彼女は陰になった部分から、女を怯えた目で見ている。
 つまり。
 吸血鬼と、それを退治にきた人、の図。というわけだ。
(でも、この吸血鬼さんは何もしてないって言ってたし……)
 先ほどの彼女の叫びが本当なら。それに、彼女は普通にコンビニ弁当を持っていた。これで生き血を吸っているとはとても思えない。
「文句は出ないかもしれませんけど、やっぱりその」
 ダメな気がします。
 と、ちょっと小さく言ってみる。言っている途中で退治屋の女の視線がさらに冷たくなったからだ。
 ひゅっ、と彼女は剣を一振りした。
「なら、あんたも斬る」
「ええ〜? どうしてそうなるんですか〜」
 これはやばい。大ピンチだ。
 経験からして、この手のタイプはやると言ったらやる。間違いなくやる。絶対にやる。
 真帆は落ちている箒を拾った。そして使い魔たちも。
(逃げるしかないっ!)
「えいっ!」
 幻術を発動させる。相手には真帆とフードの娘は動いていないように見えているはずだ。
 真帆はフードの人物の手を取って引っ張った。逃げましょう、という目で見ると彼女は戸惑ったが真帆に引かれて走り出した。
 退治屋の女が目を細めるのが、肩越しに見えた。
(も、もしかしてバレちゃってるんじゃ……)
「えいっ、えいっ」
 ついでとばかりにさらに幻術を紡いだ。とにかく彼女から逃げ切らなければ……!
 音の幻も混ぜたので誤魔化せただろうか? どうだろう? というか、お願いだから惑わされてくれていますように!



 しばらく走って、やっと狭い路地に逃げ込む。
 荒い息を吐き出しつつ、様子見をしてみるが、あの女は追ってくる気配がない。逃げ切れた、のだろうか? それとも、諦めてくれたのだろうか?
「に、逃げられましたかね」
 額から出た汗を拭いながら言う真帆を、彼女は見てくる。
「……あの、どうして庇ってくれたの……?」
「え? だって、悪い人には見えないですし……お弁当をダメにしちゃったの私ですし」
「……コンビニ弁当なんてどうでもいいのに」
 ちょっと柔らかい口調で言うと、彼女はフードをとった。綺麗な淡い紫色の髪の、大学生くらいの娘だった。だが顔立ちは幼い。高校生と言われても納得してしまいそうになる。
「ありがとう。助かっちゃった、ほんとに。あの退治屋さん……容赦しないから……前も逃げるので精一杯で……」
「悪いこと、してないんですよね?」
「し、してないっ! 人間なんて一度も襲ってないから、本当に」
 一生懸命に言う彼女は「あ」と気づいて照れたように笑った。
「名前、名乗ってなかったね。私、藍靄雲母」
「あいもやきららさん?」
 すごい名前だ。
「私は真帆。樋口真帆です」
「今日は助けてくれて、本当にありがとう」
 ぺこっと頭をさげた後、顔をあげた雲母は真帆を真剣な顔で見つめた。
 真帆はきょとんとしてから首を傾げる。自分の顔に、何かついているだろうか?
「? あの、なにか?」
「…………あ」
 えっと、と雲母は困ったように眉をさげる。ちらちらとこちらを見てくる。
「さっきの、その……吸血鬼っていうの……驚かないんだね、樋口さん」
「え? あ、まぁ……」
「…………あの、お願いがあるんだけど」
 切なそうな瞳が妙に色っぽい。なんで潤んでるの?
 真帆はなんだろうかと思いつつ、「なんですか?」と尋ねた。
「…………私の餌……じゃなくて! あの、血を、分けてもらえたらなって思って……。ごめん! 変なお願いだよね。いきなりさっき会ったのに、変なこと言ってごめん!」
「血?」
 あぁ、吸血鬼だから?
 内心で納得する真帆の前で、雲母は真っ赤になって俯いている。何をそんなに恥じているのか、真帆にはわからない。
「噛み付かないなら、まぁ」
「…………」
 雲母は目を細める。背筋がぞくぞくするほどの色気を放つ彼女は唐突にぎゅ、と瞼を閉じた。そして顔を逸らす。
「ごめん! 今の忘れて。
 今晩はありがとう、樋口さん」
 ぺこ、と控え目に頭をさげて去ろうとする雲母に、真帆は不思議そうに訊く。
「え? でも」
「…………吸血鬼の食事は」
 すぅ、と目を細めた彼女は肩越しにこちらを見てくる。
 唇の隙間から見えるのは犬歯? それとも……?
「噛み付くものだから」
「え……」
「わ、忘れて。ね?」
 雲母は冗談にしたいらしく、困ったように笑っていた。真帆は持っている箒を持つ手に力を込める。
 ……冗談? 本当に?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや=きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 初めてのNPCとの遭遇。今回は逃げ延びることができたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。