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<東京怪談・PCゲームノベル>


Eden −閉ざされた箱庭−






 本当ならば研究室と言いたい所だったが、ディテクターはそういった場所を好まない。
 白衣を着た初老に差し掛かり始めた女性――シェリー・クラッツガッシュと、煙草をふかすディテクターは喧騒が入り混じり、秘密の話をしていても誰も気に留めない繁華街で、時々ヘッドライトを浴びながら話していた。
「……と、言うわけだ」
「入り口を見つめ、上手く行くならば保護か」
「ああ。鬼鮫には向かない仕事だろう?」
 確かに超能力者の保護など鬼鮫に頼んだが最後、コレ幸いと切って捨ててしまいそうだ。
「阿部ヒミコ並かそれ以上か…、その空間想像能力は使い方によっちゃ危険極まりない」
 もし虚無の境界にその身を奪われでもしたら、その力なり魂なりを使って虚無という空間を作り上げ、東京の人間がごっそりそこへ吸い込まれるということが起こるかもしれない。
 それだけは避けなければいけない。
 しかし、それでもディテクターには疑問があった。
「今まで見つかっていないのなら、今更見つけることはないんじゃないか」
 自分が安全と思える場所に逃げ込んでいるなら、こちらから無理矢理こじ開けて捉まるかもしれない危険を冒す必要は無い。
 ディテクターはシェリーにそう問いかける。
「陥落しない城は無い。意味は…分かるだろう」
「…………」
 それは、その子供が逃げ込んでいる空間に、無理矢理介入する術を誰かが見つけたということか。
「……死んでしまうことに不都合は?」
「魂を保護できる場合のみ許す」
「…………」
 それはある意味死なせずと言っているのと同義ではないか。
「とりあえず俺が呼ばれた理由は、邪魔をしてくるだろう虚無の境界信者との小競り合い用か」
 やれやれと息を吐いたディテクターに、
「そう卑下するんじゃないよ。あんたの本分は捜査活動だろう」
 だったら専門分野じゃないかと、シェリーはくつくつと笑う。
「今まで寄せられている空間目撃事例は、フードを被った5歳くらいの真っ白な女の子が目撃されたとき」
 余りにも可能性として広そうなヒントに、ディテクターはサングラスの下で落胆の色を瞳に浮かべる。
「どんな内容であれ仕事は仕事だ」
 シェリーに背を向けて喧騒から去るように歩き出すディテクター。その背中を暫く見つめシェリーは俯き気味に呟いた。
「気をつけるんだよ。奴が動いたからね」
 ディテクターの歩みが一瞬止まりかける。歩みを止めるまでには至らなかったが、その言葉は確かに届いたようだった。






 同軸―――月下。
「詰まらなさすぎ」
 ギルフォードがやれやれと肩をすくめてこれ見よがしに息を吐く。
「意味が分からないデショ! そもそも行き成りなんデショかっ!」
 血は出ていないが痛覚はある。ラ・ルーナは、腕を押さえてギルフォードを睨んだ。
「切った感覚もねぇし、血も飛ばねぇなんて、やる気失くすじゃねーかよ。責任とって貰おうじゃねーの」
「ごめんこうむるデショ!」
 三十六計逃げるが勝ち。ルナはギルフォードを無視して自らが帰るべき場所へ飛ぶ。
 だが、それは恍惚とした笑顔に阻まれた。
「それはそれで楽しみ方があるんじゃねーの?」
 それはルナに向けられた言葉ではなく、自分の考えを肯定するかのような問い。
 狼の牙は兎に振り下ろされようとした、その一瞬の刹那。
 横から伸びた手にルナは抱きとめられ、ギルフォードの爪は空を切った。
「ほ…ほえ?」
 ルナは突然のことについていけず、眼をぱちくりと瞬かせる。
「何してるんですかっ!? こんな小さな子に刃物を向けるだなんてっ!」
 聞こえたのは少女の声音。
 どうやら抱きとめられているらしい。
「何あんた。それの知り合いな感じ?」
「違います。違いますけど…こんなこと許せません!」
 少女――樋口・真帆は激昂に目尻を吊り上げて叫んだ。
 茶色の腰に届く髪が風になびかれて揺れる。
 ギルフォードはしばし考えるように虚空に瞳を泳がせ、
「別に、あんたでもいいんだけど?」
 義手の先を真帆に向けた。
 真帆はぐっと息を呑む。喉を通る空気が生暖かい。
「残念ですけど、お付き合いするつもりなんてありませんから」
 視線はギルフォードから外さず、真帆はゆっくりと後退する。背を向けても逃げ出しても追いつけないくらいまで。ゆっくりと。
「つれないこと言うじゃんか。なぁ! 遊ぼうぜっ!!」
 ギルフォードが恍惚に顔を歪ませて地を蹴った。
「一人で遊んでくださいっ!」
 これではもう後退などという状況ではない。
 真帆は背を向けて走り出す。義手の鳴る音が追いかけてきていることを示していた。
 自分の足では、ただ走るだけでは逃げ切れない。かといって追いつかれ戦ったとしても勝てない。
 真帆はきっと肩越しにギルフォードを睨み付ける。
「ふぇ?」
 ルナが気の抜けた声を漏らす。二人の周りを桜の花弁が舞った。
 季節外れの桜吹雪がギルフォードに纏わりつき、その動きを鈍くする。
「何だ!?」
 顔に纏わりつく花弁にイラついたような声を上げ、失速したものの、走りを止められたわけではない。
(やっぱりこれだけじゃ駄目みたい)
 走る軌跡に生まれる木綿の花。ふわふわもこもこの綿花は桜吹雪を突破したギルフォードに向かって飛ぶ。
 柳のように風に舞う綿花は、ふらりひらりとギルフォードの動きから逃れ、静電気によって惹かれるようにまとわりつく。
「鬱陶しい!」
 義手や仕込みナイフで薙ぎ払おうとするが、一度離れたとしても綿花はくっつき1つの綿花に戻る。
「普通の刃じゃ切れませんから…」
 綿を紡ぐために扱う鋏でなければ―――
 真帆は召喚した綿花を足元に集めた。弾力のある綿花はトランポリンのように真帆を高く飛び上がらせ、何度か繰り返せば完全に視界の内からギルフォードの姿は見えなくなるまで簡単に移動することができた。
「ここまでくれば、大丈夫…かな」
 ふぅ…と、真帆はゆっくりと息を吐き出し額をぬぐう。
「ありがとデショ」
 一通り落ち着いたのだろうと悟ったルナは、真帆を見上げにっこりと笑う。
 フードによって目元は見えないが、真帆もつられて微笑んだ。
「気にしないで。私、真帆。樋口・真帆。あなたは?」
 ルナはぴょんっと真帆の腕から降りると、振り返って夜空の月を指差しつつ、次は自分を指差した。
「ルナは、ラ・ルーナ。ルナでいいデショ」
 ルナの動きに合わせて月を見て、なぜか月では兎が餅をついているというアレをつい思い出す。
 が、真帆ははっとするように我を取り戻すと、身長をあわせる様に膝を折った。
「ルナちゃんは、どうして襲われてたの?」
「分からないデショ…」
 ルナはシュンと肩を落とし、ぎゅっとコートの裾を握り締める。
「ルナお使いの途中だったのデショ。そしたら行き成り襲いかかって来たデショ」
「愉快犯かな…」
 標的をルナに限らず真帆に移した時点で、襲う対象は誰でもいいような気がしてきた。
「あ、服。破れちゃってるね」
 最初にギルフォードに切られた部分だろう。
 手を伸ばした真帆を遮るように、ルナはほつれ目を手で押さえ身を引いた。
「だ…だだだだ大丈夫! デショ」
 あまりにも動揺しているルナの行動に真帆は眼を瞬かせる。
 ルナは誤魔化すように真帆を見上げ、問う。
「ま…真帆はどうして?」
 きっと女の子が一人でこんな夜中に出歩くなんて危なくないか。ということが言いたいのだろう。
 正直、5歳児の方が危ないとは思うが、そこはあえてスルーしておいたほうが良いようだ。
「夜の散歩中だったの。そしたら偶然…ね」
 自分と近しい気配を感じて割り込んでしまった。
「真帆も危なかったのデショ。あいつは、危険なのデショ」
「うん。そうだよね。あの人、ちょっとおかしな人だったね」
 何かを傷つけることが楽しくて仕方がないとでも言うような行動。思い出して今さらぶるっと悪寒が走る。
「ルナは傷つけられても死なないからいいデショが、真帆は違うデショ」
 ルナは腰に手を当ててビシッと指差すと、むすっと頬を膨らませた。
「あんな危ないことはしちゃ駄目デショ!」
「は、はい! ごめんなさい! ……あれ?」
 助けた子に、逆に怒られてるのは何故?
「待ってルナちゃん。死なないって?」
「あ゛……」
 しまったとばかりにルナは口元を押さえ、真っ白ふさふさの指先をつんつんと合わせる。
「えーと、えーっと…ルナはールナはー…」
 もじもじと指先をせわしなく動かして、言うべきか言わざるべきか自分の指と真帆を何度も見直す。
 虚空から伸びる腕。
「ルナちゃん!」
 真帆ははっとして、ルナに手を伸ばすが、今一歩届かない。
 ルナを手に立ち上がるギルフォード。
「やぁあああああ!」
 どれだけじたばたとしてみても、哀しいかなリーチが足りないせいで駄々をこねているようにしか見えない。
「ったく、ガキはうるさいだけで、面白くねぇ」
 半分嫌気が差しているような顔でギルフォードはルナを見る。
「ルナちゃんを放してください!」
「ほらよ」
 興味なさ気にルナを投げる。
 受け止めようと精一杯腕を伸ばす真帆。
 フードが風で飛んでいく。
 何故?
 引き裂かれたコート。
 嗤うギルフォード。
 ギルフォードの狙いは―――
 痛みを堪え、ルナは振り返る。そして、両の手をギルフォードに突き出した。
「ルナ…は、つきうさぎ。朧月夜の…妖精」
 幻覚は自らが司るところ。
 ギルフォードの足が止まり、真帆たちから見れば何もない方向を見つめ、眼を細め嗤っている。
 そして、本物の真帆に背を向けると、何もない場所に爪を振り下ろし始めた。
「逃げなきゃ」
 怪我を負いながらも幻覚を使った反動か、ぐったりとしてしまったルナを抱え、真帆は走る。
 ルナも幻覚を扱う。いや、それそのものを司る妖精。ならば、近しいと感じた自分の感覚は正しかった。
「妖精って、どうすれば治るんだろう」
 人間のように血が流れてくれていれば、そこを癒せばいいと分かる。けれど、ルナの傷口はぱっくりと割れているだけで、一切の血は出ていない。
 どうしよう。どうしよう。

『来て』

 虚空から白い手が伸びる。
 怖いという感覚はない。真帆は躊躇うことなくその手をとった。


















 ざわざわとした喧騒。
 真帆ははっとして周りを見回す。
 夜でありながら昼のように明るい街。
「ルナちゃん?」
 名を呼ぶが返事はない。探そうと人を掻き分けた。
「樋口?」
「く、草間さん!? あれ? あれれ??」
 今まで逃げて、人気のない場所にいたはずなのに。
「小さな子が、変な人に襲われて、逃げて、声を聞いて、気がついたら、ここにいて」
「落ち着け」
 草間に諭されてしまうほど、真帆は混乱し、そして困惑した。
 あれは夢だったのだろうか。こんな街中で立ったまま寝てしまった? いや、そんなはずはない。手の中に、ふさふさの感覚が残っている。
 白い兎の耳を持った、小さな女の子。
「ルナちゃん……」
 無事かな。真帆はぎゅっと手を握り締める。
 草間はそんな真帆を見下ろし、目を細めた。













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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生・見習い魔女】


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■         ライター通信          ■
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 Eden −閉ざされた箱庭−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 初めまして。今回真帆様お一人のご参加でしたが、逆にその方が書きやすかった印象があります。
 ルナはだいぶ真帆様のことを好いておりますので、また会いに来てやっていただけると嬉しいです。
 それではまた、真帆様に出会えることを祈って……