コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<ハロウィンカーニバル・PCゲームノベル>


迷子のうっかりゾンビさん


 日付が10月31日に変わったばかりの深夜、コツコツ、と窓を叩く音がした。普段なら気の所為で済ませてしまうような小さな音だったが、この日は何故か気になって窓を開けた。
 窓の外に立っていたのは、ぐしゃぐしゃの髪の毛、死体のような顔色をした、見覚えのない男だった。
「……こんばんわ」
 気妙な男の風貌に気圧されながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「あ、こんばんわ」
 男は落ちくぼんだ目でこちらを見つめながら、軽く頭を下げた。
 長い無言が続いた後、なんでしょうか、と男に訊ねた。
「あ、ハイ。今日はハロウィンですから」
「……そう、なんです…か? すいません……イベント事には疎くて」
「いえいえ。あの、それで、来たんですけど……」
「……お菓子をくれなきゃ、……みたいな奴ですか?」
 そう言うと、男は「まさか」と笑って否定した。
「その昔、ハロウィンの日には死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたんです」
「はぁ……それで?」
「それでって……だからこうやって墓の下から這い出て訪ねてきたんです」
「……」
「……」
「…………失礼ですけど……、人違いかと思います」
「は?」
「……僕はあなたの家族じゃないですよ」
「え、そうなんですか!?」
 男は生気のない目を見開いて驚いた。黄色がかった目玉が落ちそうになっている。
 しかし、すぐに顎に手を当てて、確かにあなたは私の家族には似ても似つかない、と今更な事を言った。
「それと……、お話を聞く限りあなたは死者の霊じゃなくて……ゾンビ…ですよね。色々間違ってますけど……大丈夫ですか?」
「……!!!!」
 絶句した男はゆっくりと地面にへたり込むと、両手をついて俯いた。
 どうやら多分にうっかりしている人物らしい。
 暫く俯いて絶望していたゾンビは哀しそうな表情を浮かべた顔を上げると、お願いがあります、と呟いた。
「私の家族を、一緒に探してくれませんか」

 ――こうして気妙なハロウィンの一日が幕を開けた。



 宵待クレタは表情の乏しい顔をゾンビに向けて、とりあえず黙っていた。
 ここはマンションの一室である。そのベランダに彼が自力でやってきた――つまり登ってきたという事になる――とは考えにくい。誰かがこの厄介なゾンビを置いていったのだろう。しかし、一体誰が……?
「あのぉ……」
 黙り込んで考えに耽っていたクレタに、ゾンビが遠慮がちに声を掛けた。クレタが目だけで問いかけると、ゾンビはグロテスクな体をもじもじさせた。
「探してくれますか?」
「……」
 お世辞にもまともとは言い難い、寧ろ気持ち悪がられる事が容易に想像できる外見のゾンビが会いにきたら、例え家族とは言っても受け入れられないのではないか。それなら探すだけ無駄という話。
 答えないクレタに、ゾンビはシュンとしたのか項垂れて下を向いた。そうして、自棄にはっきりした声で呟いた。
「大事な、家族なんです」
 だいじなかぞく。
 クレタにはピンと来なかった。単なる音の連なりにしか感じられないそれは、懐かしむとか、慈しむとか、とにかく目の前のゾンビが浮かべた幸せそうな顔とはリンクしない。
 家族が待っていてくれる――そう信じるだけの幸せな記憶がこの人にはあるのだろう。クレタはそう思いながらも、彼の必死さが少し鬱陶しかった。
 クレタははぁと静かに溜息を吐いて、とりあえず部屋に入るようにゾンビを促した。窓を閉めつつベランダをざっと確認したが、彼がどうやってここにやってきたのか、その手がかりになるような物はなかった。
 部屋に入ったゾンビはクレタの部屋の中をぐるりと見回すと、口を半端に開けて目を見開いた。それは黄色く濁った目玉が落ちるのではないかと思う程に。
 クレタはその目玉をじっと覗き込んだ。そしていきなりペンライトの光をその目に向けた。
「ぐわぁっ!」
 ゾンビは光を向けられた右目を抑えて蹲った。どうやらこの腐っているのか腐りかけなのかわからない目玉は、視覚として機能しているらしい。
「ちょ、何するんですか!!」
 びっくりするじゃないですか、とゾンビは怒った表情をクレタに向ける。
「……すみません、………目で周りを認識しているのか………気になって……」
「目ですよ、目で見てますよ!」あ、そうだ、とゾンビは少し笑う。「こういう事もできますよ」
 下を向いて両瞼を指で開くと、ゾンビの顔から何かが二つぶら下がった。細い糸の先には、丸い球体が揺れている。
「っ…………」
「こうすると自分の足元が見えるんですよ〜」ここに来る途中で気付いたんですけどね、とゾンビは何故か自慢げに言う。
「………元に戻してもらえると………助かります」
 精神的に、という言葉は胸にしまっておいた。

 家族を探してくれ、と言われても、手掛かりはこの人自身だ。いつも通りパソコンに向かったクレタは、一応ネットで同様の事象が起きていないか検索してみた。
(ゾンビ……ハロウィン……)
 しかし、キーワードとなりうる言葉がないに等しいこの状況では、少し前のホラー映画が検索結果に表示されるだけだった。念の為、オカルトや都市伝説の話題で賑わっている掲示板やサイトを回るも、やはり似たような事象は報告されていない。
 何か思い出せる事柄がないか、一先ず名前を訊ねると「あ、松本です」とすんなり返された。
「松本………さん……」
「はい。あの、それ何ですか?」
 ゾンビ、元い、松本はパソコンを指差して訊ねた。
 これは……パソコン……? そんなわかりきった事を聞くだろうか。16歳のクレタには、質問の意味さえ捉えかねるような問いかけだった。
「………パソコン、……知りませんか…?」
 散々考えて、クレタはそう返した。松本は、私の時代にはなかったですねぇ、と物珍しそうに呟いた。
 この人は、生前の記憶をかなりはっきりと覚えているのではないか……?
「松本さん……、失礼ですけど………いつ頃お亡くなりに……?」
「1975年の……冬だったと思います」
「………ご家族のお名前は?」
「妻が『きみよ』で、息子が『だいすけ』です」
「生前の住所は?」
「そういうのはさすがに……。あ、でも! 私が死んだ時、大輔はまだ3歳だったんですがね、そりゃもう可愛かったんですよ。それで、――」
 クレタは途中から松本の話を聞き流していた。
 実の所、家族を探し出して会わなくても、自分が何者で、どんなに幸せであったか思い出せば彼は自分のいるべき世界に帰ってくれるのではないかと思っていたのだ。まったく、当てが外れて拍子抜けだ。
 全く期待せずに、妻と息子の名前を検索にかけた。意外に、ネット上には個人情報が漏れている事がある。しかし、ありふれた名前の為ヒットする件数が多過ぎる。
(難しいか……)
 続けて、妻の方も検索してみる。と、
「……………松本さん」
 はい、と松本が振り向く。
「奥さん、書道か何かやってましたか?」
 婦人会か自治体か、何にしろローカルな情報誌に載った記事のようだった。3年前の記事で、大きな書道展で入選した女性を紹介していた。名前は、松本季美代。写真はない。
「どうですかねぇ。確かに字はうまかったような気もしますが……」
 △△市にある自宅で教室を開き、近所の子供たちに書道を教えている、と記事には書いてあった。早速幾つかの単語を入力して検索すると、松本書道教室がヒットした。
 住所を控えて携帯に地図を送り松本に向き直ったが、家族の居場所がわかったかもしれないというのに、彼は不思議そうな顔でクレタを見返してきた。クレタが何をしているのか理解できなかったのかもしれない。
 それらしい人が見つかったと説明すると、松本は目玉が落ちそうな程に目を大きく開けて驚き、喜んだ。
「とりあえず………寝ます」
 そう言ってクレタは立ち上がると、ベッドに向かう。
「えぇ!? 行かないんですか?」
「……今明け方ですよ? 訪ねて行ったら迷惑でしょう………」
 元々掠れた声でぼそぼそと喋るクレタは、煩わしさからか更に小さな声で呟くと、そのまま毛布を被ってベッドに横になった。


 昼過ぎに起きたクレタは松本を着替えさせ(何故なら彼の服装は浮浪者同然であったから)、帽子を被らせて死体のような――事実死体の――顔を隠させた。
 適当に食事を摂ってシャワーを浴びたクレタも出かける支度を済ませ、昨夜調べた松本書道教室に着いたのは夕方過ぎ、家々からは今晩の夕食を準備する匂いが漂ってくる頃だった。
 表札の下には、子供っぽいイラストの描かれたお習字教室のチラシが貼ってあった。
「誰か出てきますよ!」松本が叫ぶ。
 人の気配がして、クレタは慌てて松本を引っ張り物陰に隠れた。程なくして、小学生くらいの子供たちが出てきた。
「センセーさようならぁ」
「はい、さようなら。気を付けて帰るのよ」
 穏やかな声で子供たちの言葉に答えたのは、中年の女性だった。髪に白い物が混ざっているが、あの年頃の女性にしては綺麗な方だ。
 隣の松本を盗み見ると、釘付けになっていた。安堵しているのか悲しんでいるのかわからない表情のまま、彼女を見つめていた。
「じゃあ…………僕はこれで」
 用事は済んだ。早速帰ろうとするクレタの腕を、松本が必死の形相で引き止めた。
「やっぱり会えません……!」私ゾンビだし、と松本は情けない声を出した。
(あなたが家族に会いたいと言ったんでしょうが……)
 逃げ腰の松本に苛立ち、クレタは心中でつい口調を荒げてしまう。
 そもそも、ゾンビなのは元からじゃないか。溜息を吐き、気を取り直して松本に向き直る。
「………じゃあ、……電話しましょう」
 運の良い事に、松本書道教室の電話番号は既に入手済みだ。『万が一』の場合に備えてメモして来たが、本当に役に立つ事になろうとは。
 携帯電話を差し出すも、松本は尚尻込みしていた。その後、一度コールしてすぐ切ったり、意味の分からない弁解めいた言葉を口にしたりと、うだうだと時間を使って一時間程が経ってしまった。
 流石に痺れを切らしたクレタがもう帰ると口にして漸く、松本は電話を掛けた。
『はい、松本でございます』
 先程家の前で聞いた声が電話から聞こえた。どうやら自宅と書道教室の電話は同じ番号のようだ。
『あの……もしもし?』
 松本は何も口にしなかった。
 どちら様でしょうか、と女性が口にする声の向こうで、母さん、と若い男性の声がした。
『どうしたの?』
『うん……』
 悪戯電話、とは言わなかった。彼女は、何か勘付いているのだろうか。
『もしもし、お電話かわりました。どちら様ですか?』
「…………だいすけ――」
『え………?』
 あの、という声を遮るように、松本は電話を切った。彼は少しだけ、透明な涙を流していた。

 その後、見つからないように家の中を伺うと、リビングには夕食を囲む家族の姿があった。
 松本の妻、息子――そしてその妻と息子。
「だいすけは父親になったんですね……」
 松本は幸せそうな顔をしていた。揃って夕食を食べる家族も幸せそうだ。
(だいじなかぞく………)
 クレタには矢張りピンと来なかった。しかし、今、あの人たちも松本も、幸せなのだという事は朧げながら理解できた。


 クレタの部屋に戻ってくると、松本は元の格好に着替えてクレタに礼を言った。
「じゃあ、帰ります」
 ありがとうございました、と深々と頭を下げて、窓を開けるとベランダに出て行く。
 不思議に思うも何も言えず、クレタは彼の後ろに続く。
 ひょい、とベランダの手摺を乗り越えると、松本はへらっと笑って姿を消した。
 否――
(…………登ってきたんだ………)
 恐らく来た時と同じように、マンションの壁を器用に伝って降りて行く松本の姿があった。
 地上に降りると、クレタを見上げて大きく手を振った。子供のように力一杯振られた手に、クレタも無意識に手を振り返す。背を向けて走り出した彼を最後まで見届けず、部屋に戻った。
 人騒がせなゾンビが去った部屋で、クレタは盛大に溜息を吐いた。疲れた。とても疲れた。
「……………………ハァ……」
 もう一度溜息を落として、クレタはいつも通りパソコンを起動させる。
 メールの着信を告げる電子音が鳴った。件名には『trick or treat!』と書いてある。普段なら開かずに捨ててしまうようなメールが今日は何故か気になって、クレタはマウスを動かした。
「………………………」
 時刻はもうすぐ12時を回ろうとしている。
 気妙なハロウィンの一日が、いつのまにか、終わろうとしていた。





  Happy Halloween.....? 

              』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

[PC]
●宵待・クレタ 【7707 / 男 / 16歳 / 無職】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 宵待・クレタ様

 この度は「迷子のうっかりゾンビさん」にご参加くださいましてありがとうございました。
 はじめまして、ライターのsiiharaです。
 大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした…!
 コメディ寄り、というか、ちょっとボケてて鬱陶しいお爺ちゃんと現代っ子の孫のドタバタ、のようになりましたが、如何でしたでしょうか。気に入っていただけたら嬉しいです。

 それでは、またの機会がありましたら宜しくお願いします!