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●怪盗メイドと快楽狂
高科瑞穂は更衣室で思案に耽っていた。この衣装に身を包むのも何度目だろうかと。
首周りが大きくスクウェアに開け、袖が短い上に絞とフリルが特徴的な漆黒のワンピース。そして、やたらと丈が短い割りにボリュームのある純白の下地が特徴のやはり漆黒のミニスカート。いわゆるメイド服。それも、非常に趣味性の高いニコレッタメイド服という物らしい。
今回の任務はとある豪邸への潜入捜査。しかし、要求されるされる格好がこれであるため、部署の違いに関わらず経験の豊富さを買われ、彼女に白羽の矢が立ったのだ。
「よくよく縁があるものね、この衣装にも」
苦笑しつつため息を一つ。
余計な筋肉、贅肉をつけない様に気を使い、綺麗なラインを残して引き締めた足を、服とおそろいのバラのフリルをあしらった純白のショーツに通す。そして、均整の取れた、コルセット要らずの括れたウエストにガーターベルトを固定する。さらにニーソックスを履き、ガーターから伸びているバンドで吊り下げる。無論、ガーターもニーソックスもショーツとお揃いの純白、フリルつきだ。ニーソックス、ガーター、そしてショーツに包まれたシルエットが、芸術的とも呼べる曲線を作り出す。
上半身も同様だ。大き目ながらも形の良いバストを包むのはやはりフリルをあしらった純白のブラジャー。その上から潜る様に首を、続いて両腕を通す。大きく開いた胸元から、ブラの上部のフリルが見えるのが扇情的である。背中のファスナーを上げる為に前かがみになると、その女性のシルエットを強調するラインが艶かしく動く。
続いてミニスカートに足を潜らせる。その幾重にも重なった生地がしっかりと空気を取り込み、着けている身に超ミニであることを忘れさせる。だが、腰回りこそ覆っているものの、その外側に大きく開けたフリルは、より一層太腿を強調させる、所謂見えそうで見えない状況を体現させる。若し不用意に前かがみでもなろうものなら。
多分、見える。
純白のエプロンをつけ、後ろで交差させて止める。鏡を見ながら確認したのだが、間違いない。
カチューシャとチョーカーを着けると、もう完璧に東京の一部を総本山とするタイプのメイドである。
更に、武装としてガーターの左に、ガンベルトを取り付け、拳銃を差す。無論、自衛隊支給の拳銃ではなく、潜入先の女性用拳銃である。更に小振りな短機銃を携行する。これが潜入先の警備員、所謂『戦闘メイド』の装束である。唯でさえ胸元やアンダーデルタ地帯を強調するような服装である。その上武装もデルタ地帯にある、無論戦闘になれば相手はそこに気を配らなければならないわけで。
並みの神経では対峙する事すら憚られるであろう、凶悪さ加減である。こんな事を思いつく豪邸の主は碌な男ではないだろう。まあ、日本において武装した警備員が居る時点で碌でもないのだが。
最後に、メイド姿には似つかわしくないが、膝まで覆う黒いレザー製の編み上げブーツと、グリップを上げる為のグローブを着けて変装完了である。
念のためにおかしい所が無いかどうか、鏡を確認すると、万一他人に見つかった時の対応を確認する。機銃を腰に下げ、両手を前、下に組んだ直立の姿勢から、ゆっくりと頭を下げ、口上を述べる。
「異常はございません。御主人様」
誰が見ても完璧な戦闘メイドだ。と自信を深める。尤も、見つからないに越したことは無いのだが。
豪邸への潜入は異常にスムーズに行えた。事前の情報では、豪邸内はともかく、庭は警備の人数も少なく、塀には高圧線が張られていない場所がある。また、邸内では戦闘メイドは原則一人で行動し、お互いに顔を合わせても私語は厳禁、報告は休憩時間にまとめて行う事、となっているらしい。つまり。警備の目をかいくぐって邸内にたどり着きさえすれば、何食わぬ顔で戦闘メイドの振りをしつつターゲット、金庫室まで行けば良い。
主人がセクハラ紛いの事をする為の決まりなのだろうが逆に都合が良い。
先ずは警備が一番遠いタイミングで塀を乗り越える。ロープを引っ掛け、３ｍはあろうかという塀をよじ登る。そして、ロープを巻き取った後、音を立てずにふわりと着地し、着衣の乱れを整える。この程度、正規の訓練を受けている者には造作も無い。
植え込みの影を走り、裏口に回る。覗き口のレンズを取り外し、中を覗く。そして、付近に人がいないことを確認すると、ヘアピンを鍵穴に差込み錠を開ける。静かに滑り込むと、恰も専属メイドでござい、と堂々と金庫室へ歩く。
途中、カメラが幾つか設置されているのには気づいたが、気に留めると逆に疑われかねない。あくまで堂々と。
折り良く、金庫室付近には自分しか居ない様だ。カメラの死角から扉を開け、滑り込む。
「問題はここからね」
自分にすら聞き取れないような呟きを残し、端末を起動する。ディスクを差込み、キーワードを入力すと、膨大な量のデータがディスクに流れ込む。
「動くな！」
「バレた？！」
突如、乱暴に金庫室のドアが開かれる。とっさに振り向くも、動転したのか機銃を落としてしまう。
「いやぁ、長かったぜぇ？ 漸くネズミ捕りに掛かってくれた。特にオンナノコって所がうれしいねぇ」
扉の向こうには下卑た笑いを浮かべる隻眼の男。高科はとっさに視線を左右に走らせる。
「‥‥貴方、一人？」
「警備なんて退屈な仕事を引き受けてやったんだ。やっぱ、楽しませて貰わなきゃ、なぁ？」
男は猟奇的な笑みを浮かべ、その奇妙な右手の指を舐めた。どうやら、特殊な義手のようである。質問には否とも応とも答えなかったが、どうやら一人らしい。ならば、と高科は、ガンベルトから拳銃を抜き撃つと同時に、落とした機銃に飛びついた。
「クク、良いねぇ、活きの良い獲物だ。俺じゃなきゃ、今ので終わってたかも、なぁ？」
男は右腕で防いだらしく、顔の前に翳している。その腕は、装甲が開き文字通り盾のようになっていた。
「今度はこっちから行くぜ‥‥っと！」
今度は右手の指を一本一本刃物のように変形させ、高科めがけて切りかかる。とっさに地を転げながら拳銃を撃ち、素早く立て直して距離を取る。男は異常な柔軟さで身をひねり、獣のように身構えた。
「良いねぇ、久しく無ぇ手応えだ‥‥」
男は口元を歪め、舌で濡らす。
「一人だったのが失敗だったわね」
確かに男は手強いが反応できない速さではない。片付けて脱出する、その為に機銃を構える高科。だが、銃声に他の警備が嗅ぎ付けたか、廊下が騒がしくなってきた。
「拙いわね‥‥」
数が増えては不利だ。だが、目の前の男は急に構えを解いた。
「興醒めだぜ‥‥行けや」
腕を組んで顎で差す男。真意を測りかねる高科。
「何のつもり？」
「このまま終わっちまうとつまらねェんだよ。あんたは生かしといた方が面白ェだろうさ」
口元には笑みが張り付いているが、目元は油断無く銃器を警戒している。だが、構えを解いている以上、逃げに徹するならその程度の隙はあるだろう。言葉を信じるならば、そのつもりではあるようだが。このまま戦いを長引かせて増援が来るなら厄介だ。
「お言葉に甘えさせて貰うわ」
手早くディスクを抜き取り、瞬発力を爆発させて男の前を通り抜け、そのまま窓を破り脱出する。
「俺はギルフォード。また、遊ぼうぜ」
という、男の子供じみた言葉を背に受けながら。
了
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