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<東京怪談ノベル(シングル)>


 The vault room(前編)


 もう慣れてきた感じね。
 高科瑞穂(たかしなみずほ)はそんな自分に苦笑しながら服に袖を通していた。
 高科瑞穂。自衛隊の中に極秘裏に設置されている近衛特務警備課に所属している女性である。彼女の使命は、超常現象の解決と魑魅魍魎と戦う事。
 そして今回の任務は、敵の屋敷に侵入し、金庫室を破ると言う過激なものだった。
 当然、この任務は隠密に行わなくてはいけない。
 彼女が現在袖を通しているのは、そんな彼女のための戦闘装束であった。


 袖を通した短い丈のワンピースを、いつものように息を「うっ」と止めてチャックを上げる。豊満な身体は、見ている分には美しいが、服を着る時は大変だ。胸がパンパンと張っていて、やや苦しい。それに反して、スカートはふんわりと優しく広がっている。
 そして豪奢なレースのエプロンを纏い、リボンを括ってやる。
 ニーソックを上まですうっと上げ、それをガーターベルトで留める。その上に編み上げのブーツを履き、紐をきつく括る。
 そして頭にヘッドドレスを付け、顔にメガネをかけると。
 そこには女軍人としての顔はなく、一介の優しげなメイドが顔を出した。
 茶色い目に茶色いストレートのロングヘア。
 身体のラインを美しく強調するニコレッタメイド服は、スカートが美しく波打って広がり、レーシーなエプロンが本来なら艶っぽく見えるであろうスカート丈を可愛らしくまとめていた。
 そんなスカートからすらりと伸びた脚は可愛らしさと艶っぽさを兼ね備えたラインが美しい。
 優しげな目で、彼女が見ていたのは。
 敵の屋敷の侵入ルートを明細に書いた地図であった。


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 何事もなく使用人通路から入った瑞穂は、他の掃除をするメイドに混じってモップを持って掃除をしていた。朝に一回、夕方に一回掃除をする時間があると言うのは既に計算済みだった。計算した通り、メイド達は掃除をするのに夢中で、異端者が混ざっている事には気付いていない。
 しかしメイド達が毎日も掃除をする必要なんてあるんだろうかと、内心瑞穂は思った。
 大理石の床はぴかぴかに磨かれており、モップをかける必要がないほどに光り輝いていた。窓も曇り一つなく、手摺りや階段にも埃一つ落ちていないように見える。そんな美しい屋敷をメイド達が一斉に掃除している姿は滑稽に見えた。
 先程見た地図は頭の中に入れた後、すぐに破いて飲み込んだ。後は自分の記憶力だけが頼りである。
 瑞穂は、適当にメイド達に挨拶しながら、程よくメイドの群れから離れた。
 あちこちに設置してある監視カメラを見た。
 彼女はカメラに映るであろう自分の姿を想像しながら、モップをスルスルかけながら歩いた。
 3階、奥、右手前……。
 何度も何度も繰り返し覚えた地図の場所を探す。不信に思われないように、無心に掃除をしながら。


 見つけた。ここね。
 その部屋の周りは、うっすらと埃くさい匂いがした。恐らくこの辺りの掃除はメイド達に禁止しているのであろう。
 だとしたら、自分が見つかるのも時間の問題ね。
 監視カメラの位置を横目で確認する。大丈夫。多分まだ時間はある。
 瑞穂はポケットから手袋を取り出し、ギュッとつけてから、そっと部屋のドアノブを手に取った。
 ドアノブをキィーと開けると、そこにはもう一つ扉があった。
 二重ドアである。
 そこには金庫破り対策としてはオーソドックスなダイヤルがついていた。これを壊すのには相当な技術が必要なのでついているのであろう。しかし、ダイヤルの番号を知っているものには、それはただの鍵でしかない。瑞穂は手際よく覚えたダイヤルを回し始めた。
 ダイヤルをくるくる回すと、扉はどうぞと言わんばかりに開いた。
 瑞穂はモップを片手に、するりと入っていった。


 扉の中も埃くさい匂いが立ち込めていて、瑞穂は思わず「ケホケホ」と咳をした。恐らくこの部屋は完全に立ち入り禁止区域なのであろう。掃除をした形跡は見受けられなかった。埃と一緒に、金属やインクの匂いもする。恐らく目的の品はここにあるのであろう。
 瑞穂はゆっくりと周りを確認した。金庫室は他の部屋より天井の高さが低い気がする。二重ドアからも分かるように一つの部屋にさらに無理矢理一つの部屋を入れたような感じだ。
 瑞穂は、手袋しているのを確認してから作業を開始した。
 紙の束を、ペラペラめくり、情報を口でブツブツ呟いて覚えていく。機械などを使ったら証拠が残る。最後の手段と言う物はいつだって人の手なのだ。
しかし、この部屋にはお金と一緒にどれだけ紙があるのだろうか。情報と言う物は機械化すると管理が簡単になる一方、何かのショックで一瞬で情報が削除されてしまう恐れがあるので、紙に印刷したものを事前に残しておくのは常套手段ではあるが。
 ハイペースで一山、また一山と情報を吸収して、次の山に手を伸ばそうとしている時だった。


「いーけないんだいけないんだー。先生にー言ってやろー」


 ビクッ


 瑞穂は背後の声にモップを構えて振り返った。
「メイドさんはー、ここは立ち入り禁止のはずじゃんー。いけないんだー」
 男はヘラヘラ笑いながら締まらない顔をしてこっちを見ている。
 顔は土気色で薄暗い中でも不健康に見え、脱色したのか元からなのか、銀色の髪はチリチリと撥ねていた。
 瑞穂は少し身構えたが、男を観察して安心した。
 恐らくこの屋敷で雇われたボディーガードなのだろうが、ボディーガードにしては武器は持っていないし身体が全体的に薄い。しかも眼帯をしている。大丈夫。
「そこをどきなさい?」
 瑞穂は笑顔でモップを踏んだ。かちり。
 モップの先が取れ、彼女の愛剣が顔を出す。
「嫌だと言ったら?」
「お仕置きさせてもらうわ」
 瑞穂は愛剣の鞘を抜く。
 男はヒューっと下手くそな口笛を吹く。
「そうこなくっちゃ」
「行くわよ……!!」
 瑞穂は鞘を放り投げて、間合いを全力で詰め始めた……!


<続く>