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<東京怪談ノベル(シングル)>


 The vault room(中編)


 埃の舞う金庫室に立つ高科瑞穂(たかしなみずほ)は愛剣を構えて気がついた。
 この金庫室の天井は低い。剣を振り下ろそうとしたら剣が天井に引っかかる恐れがあると目算したのだ。
 しかし。
 目の前の男を見る。
 男の真意と言う物は全く分からないが、武器は持っていないし、型を構える素振りも見せない。
 なら大丈夫だろう。
 瑞穂は剣を上段に構えるのは諦め、下段に構えた。
 床を蹴る。


 ヒュン!!


 瑞穂は間合いを一気に詰めてこの一閃で終わらせようとした時だった。
 男はそれをわずか一歩足を進めただけで避ける。
 男が動いたおかげで、紙の束が数枚舞った。
「なっ……!?」
 男はヘラヘラした笑いのままだった。
「なーにー? 遅いんじゃねーの?」
 この男……。
 瑞穂は冷や汗を流した。
 この男、型を構えないんじゃない。一見構えていないこの自然体な姿こそがこの男の型なんだ……!!
 甘く見ていたら痛い目見るわね……。
 瑞穂は気を引き締め、再度男と向き合う。
 男はヘラヘラした笑いを浮かべ、瑞穂を舐め回すように見渡している。
 瑞穂は床を蹴り、そのまま間合いを詰める! 詰める! 詰める!
 男はヒョロリヒョロリと言う具合に軽々と瑞穂の突きを避けていった。
「お姉さん遅いねー。それで俺に勝てると本気で思っている訳?」
 いちいち気に障る事を言う男。心理作戦も作戦の内か。
 瑞穂は突きの構えを取って男に突き出しを加えていくが、のれんに腕押しとはこの事か、男は安々と避け続けていた。
 このままだったら埒が明かない。
 瑞穂は床を再度蹴った。そのまま壁を走る。
 スピード勝負だったら、誰にも負けないわよ。
 壁を走り、埃が舞う。埃が舞えば目に埃が入って目を閉じずにはいられないはず。瑞穂はわざと埃が舞うように壁を蹴って積もる埃を落としながら走っていった。
 やがて金庫室は、埃が舞って白く濁った空気が漂う空間へと変わっていった。
 そのまま男のいる場所目指して一気に剣を突き下ろそうとした時だった。
 男は剣を右手で受け止めた。
 ぎゅっと握っている。
 素手なら手は切れているはずだが、男の手からは血は一滴も流れない。
「その手……まさか義手?」
「うーん、お姉さん作戦はいいんだけどねえ。でも気配隠す方法もうちょっと考えた方がいいよ?」
 男は瑞穂の質問には一切答えず、感想だけを述べる。
 男はヘラヘラ笑いから一転、まるで薬でも大量に吸ったかのような恍惚に満ちた笑顔に変わった。
 瑞穂の背筋に冷たいものが走った。
 剣が突然離された。瑞穂の体勢がやや崩れた、その瞬間。


 ドンッ!!


 瑞穂の虚を突いて男の脚が瑞穂の鳩尾を突く。
「くぅっっ!?」
「ほらほらお姉さん、行っちゃうよ、行っちゃうよー?」
 男は笑いながら脚からは連続して蹴りが飛ぶ。
 男の脚は長く、リーチが長い。男の脚はコンパスのようにくるくる回った。
 瑞穂は鳩尾の痛みを唇噛んで抑えながら、どうにか剣を構えて蹴りを受け止め続けるが、男の蹴りは重い。どこまで持ちこたえられるかは自分でも分からなかった。
 どうにかして間合いを取り直して、突きをする瞬間を作らないと、負ける。
 瑞穂は蹴りを受け止めながらふいに金庫室に貯まっていた金塊の山が目に止まった。瑞穂は男の蹴りが止む一瞬を突いて、脚を伸ばして金塊の山を蹴散らした。金塊の山はバラバラともガラガラともつかない音を立てて崩れていった。
 足場が不安定になれば、蹴りを使ってくる事はなくなるはず。その代わり自分の足場も悪くなり、突きを構える場所が限られてくる。このまま突きを構える場所にまで誘い出せれば私の勝ちだ。
 瑞穂は冷や汗を垂れ流しながら、男と取れた距離を保ちながらそろそろと動き出そうとした時だった。


 ダンッ!!


 男は長い脚を使って金塊を踏んで跳び、壁を走った。そのまま瑞穂の作った足場の悪い床を捨て、壁を軽々蹴りながら走り、自分の右手を掴んだ。右手がギュイーンと音を立てて一度へこんだと思ったら。


 バラバラバラバラバラバラッッ


「くぅぅぅぅっっ!?」
 瑞穂は突然の襲撃に愛剣で何とかはじき返して対応したが、細かく身体に掠り、血が飛び散った。
「アハハハハ、お姉さん残念だったねー。取っておきは最後まで取っておくのが常套手段じゃんー?」
 男の右手だった物は、煙をシューシュー上げていた。
 男の右手だった物は、今や機関銃に変貌していた。
「それじゃお姉さん。踊って見せてよ。楽しいチキンダンスをさー」
 男は舌なめずりをした。
 一方的な蹂躙が始まった。


<続く>