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<東京怪談ノベル(シングル)>


 The vault room(後編)


 静かなる屋敷の一室。
 金庫室は、一見音がなく、何事も変わらず静かに見えた。
 当然である。ここは完全防音が施されており、中で何が起ころうとも聞こえる訳がないのである。
 そう、中で何が起ころうとも、助けを呼ぶ事は困難なのである。


 高科瑞穂(たかしなみずほ)は焦っていた。
 纏ったメイド服は所々血で汚れ、何とか愛剣を構えてみるものの、その構え方は既におぼつかなくなっていた。
 瑞穂は頭をフル回転させ、この場を打開する方法を必死で模索していた。
 敵は明らかに自分より格闘戦に長け、しかも火器持ちである。下手に近付いたら蜂の巣にされてしまう。
 対する自分は、愛刀の決め技はこの部屋の天井の低さで封じられ、懐に飛び込むにもあの火器をどうにかしないと致命傷を負う事になる。
 どうする? このまま逃げるのも策の内だが、この男が派遣されたと言う事は、既に私の侵入は屋敷の主も知っている。当然、この金庫室の前にも人が派遣されているだろう。駄目だ、逃げられない。
 いっそこのまま自決するか? そうすればこちらの情報は漏れない。いや駄目だ。今回の任務を全く達成できないばかりか、自分の身体が徹底的に調べられてこちらの戦力を研究されてしまう。
 まずはこの男。この男を倒す以外に瑞穂の危機の突破口は見受けられなかった。
 瑞穂が冷や汗を流しながらグルグルと思考している時だった。


 バラバラバラッ


 男は右手だったものについている機関銃を瑞穂の足下に打ち込む。
 瑞穂は思わず一歩下がって避ける。
「何だ何だどうしたのお姉さん。辛気臭い顔になっちゃって。葬式? 自分の葬式の心配してたの? いやいやいや、大丈夫よ、俺は女の子殺すような事しないから」
 男はうっとりとした顔をして瑞穂を見ている。
 気持ち悪い。
 瑞穂はこの男の爬虫類のような目にぞっと震えた。
 この男は人を蹂躙する所に快楽を見出す人間だ。この部屋で有利に立った癖して一気に自分を殺さない事から分かる。この男、本気で私にチキンダンスを踊らせて楽しもうとしている。
 そうは問屋が卸さない。この男の好きなようになんて絶対させない。
 瑞穂の生存本能が告げている。この男の好きなようになんかなるなと。
 瑞穂は愛刀を再度ぎゅっと握り締め、自分を奮い立たせた。
 男はそれを舌なめずりしながら見ていた。
「そうそう。その顔。その顔がたまんないんだよ。その何とかして希望を見出そうとしている顔。それが苦痛と屈辱で歪んでいく様を見るのが、何よりそそるんだよねー」
 男は機関銃を瑞穂に向けた。
「だからお姉さん踊ってよ。チキンダンス。無様に生き残ろうと足掻いてみせてよ」


 バラバラバラバラバラバラッッ


 男は再度機関銃をばら撒き始めた。
 瑞穂は床を蹴って跳んだ。
 跳びながら男の正面から逸れ、左側の壁を蹴る。
 男は右目に眼帯をしている。なら正面からみたら左、左からの攻撃だったら、避けきれないはず!!
「テイヤァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 瑞穂は渾身の突きを、左側からお見舞いしようと飛び込んだ。


「それ邪魔」


 男は一瞬笑みを消し、無表情になった瞬間。


 バラバラバラバラバラバラッッ


 瑞穂の愛剣目掛けて、機関銃が唸り声を上げる。
 的は剣の峰に絞られ、綺麗に一箇所に命中して行く。
 そのまま男は機関銃を引っ込めて右手を差し出し、伸ばして剣を掴む。


 バキッ


 剣は金属疲労を起こしていたので、簡単に折れた。
「なっっっ……」
 瑞穂は言葉を詰まらせた。
 剣はちょうど峰から真っ二つにされてしまっている。
 男は恍惚の笑みを取り戻してそのまま右手を伸ばして、折れた剣ごと瑞穂を持ち上げて床に叩き付けた。
 瑞穂は床に叩きつけられ、受け身も取れぬまま床を滑った。床に散らばった紙束と金塊が舞う。
「あーあー。脆い剣だった。お姉さん駄目だよ、武器は選ばないと。俺みたいにさー」
 男は落ちた剣の刃を持ち上げ、頬擦りしてみせた。
「くぅぅぅ……」
 瑞穂はどうにか身体を起こして、構えたが、頭がぐるぐるしていた。
 剣を、私の剣を折られた。
 それは自分の守り刀であり、味方であり、何よりあれは相棒だった。
 そのショックは凄まじい。
 瑞穂の心は、剣と共に折れたようなものだった。
 男は笑いながら瑞穂を蹴り上げた。瑞穂は辛うじて男の蹴りを受け止めるが、反撃する間もなく男の蹴りは回る。そのまま瑞穂は壁に叩きつけられた。
「くぅぅぅ……」
「折れた? 折れちゃった? 心? あれが恋人の形見だったとか馬鹿な話はしないでよ? お姉さん駄目だねえ。感傷に浸ってるようじゃこれから先の戦い勝てないよ? まあ次の戦いに出れるかどうかなんて分からないけどさあ」
 男は何とか起き上がろうとする瑞穂を見ながら一気にまくし立てた。
 瑞穂は起き上がろうとするが、もう力が入らなかった。
「あぁあ。お姉さんもうダウンかあ。つまんねえなあ」
 男は瑞穂の横まで歩いていき、そのまましゃがんだ。
「あっ、忘れてた。こっちもお仕事あったんだあ」
 男はポケットから何かを出した。
 一錠のカプセル剤である。
 自白剤。とっさに瑞穂は唇を噛み締めるが、男に鼻を掴まれてあえなく陥落した。
 そのまま吐き出そうとするが、男に口を掴まれ無造作に振られて飲み込んでしまった。
 このままだったら情報全部吐き出される。
 瑞穂は舌を噛もうとしたが、男に唇や歯を掴まれ、そのままマウスピースを押し込められる。
「駄目だよ、お姉さん。さっき言ったじゃん。女の子は殺さないって。その替わりさー。本当はどうでもいいんだけど一応仕事だからさー。教えてくれない? お姉さんどこから来たとか」
「………」
 駄目。言っては駄目。言っては駄目。
 彼女の抵抗はむなしく、口からはカサカサした声で男の挙げていく情報が紡ぎ出された。


/*/


 男からの尋問が終わった後、瑞穂はマウスピースを外された。
「じゃーお仕事終わりー。お姉さん」
 瑞穂は男に無造作に顎を上げられる。
「また遊ぼうね」
 男はにぃーと笑った。
 そのまま男は瑞穂を捨ててさっさと金庫室を後にした。
 男が立ち去った後も、瑞穂は倒れたままだった。
 悔しさより、情けなさより、空しさで瑞穂の胸はいっぱいになっていた。


<了>