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<東京怪談・PCゲームノベル>


拾い物――各務樹の受難――


 再び火宮神社にやってきた鳥塚は、迷わずに境内へと舞い降りた。
「こんにちは、らくちゃんさん」
 ころころと転がってきたらくちゃんに向かって微笑み、鳥塚は右手に持っていたレジ袋を示すように軽く揺らした。
「お菓子を持ってきたんですよ。何がいいかわからなかったので、色々と」
 そう言ってしゃがむと、袋から取り出した菓子類を膝に乗せる。色々と言う言葉通り、スナック菓子やドーナツ、チョコレートに煎餅など多岐にわたっている。そのうちのひとつの封を開けると、中身を取り出して投げた。菓子を追い、らくちゃんがその見た目からは想像も出来ないスピードで跳ぶ。見事空中でキャッチすると、らくちゃんは鳥塚の前でねだるように左右に身体を揺らした。その様子に小さく笑うと、鳥塚は再び菓子を投げた。らくちゃんが軽やかに宙を舞う。
 幾つ目かの菓子に手を伸ばした時、事務所の方から大きな物音がした。
「この……バカイト――ッ!!」
 派手な物音と共に響く怒声。どこか聞き覚えのあるその声に、鳥塚は顔を上げた。
「まぁまぁ。そう怒るなよ、樹」
「これが怒らずに済む話か!? 大体……うわっ!」
 面白がるような笑い声と、怒声。そして悲鳴と倒壊音。それから、それらにかき消されるようにして時折聞こえる、甲高い仔犬の鳴き声。
「……一体何事でしょうか?」
 小さく首を傾げると、鳥塚は広げていた菓子を袋に戻して立ち上がった。足音を忍ばせて事務所に近づくと、窓からそっと中を窺う。
「あれは……若宮さんと各務さん、でしたか?」
 事務所の中にいたのは、先日調査員の登録に訪れた時に出会った若宮海斗と各務樹だった。それと、焔のように鮮やかな紅い毛並みを持つ仔犬が一匹。
 むくむくとした愛らしい仔犬は、キャンキャンと鳴きながらじゃれつくように樹に飛びついた。しかし樹は必死の形相で仔犬から逃げ回る。だが仔犬は気にする様子もなく樹を追いかける。その様子を見て、海斗が楽しげに笑う。
 室内の荒れようにさえ目をつぶれば非常にのどかな光景に、鳥塚は小さく笑みを浮かべた。なんだか楽しそうだ。
 鳥塚が見守る前で、仔犬が再び樹に飛びついた。体勢を崩した樹が本棚に背中をぶつけ、納められていたファイル類が音を立てて落ちていく。
 常ならば樹を助けてくれる、【事務所の最後の良心】とも言うべき常識派の少女は今日に限って不在だった。彼女がいれば――、一瞬そう考え、けれども樹はその考えをすぐに打ち消す。いつも彼女にばかり頼っているわけにはいかないのだ。自分でどうにかしなければ。くちびるを噛み締めると、樹はキッと顔を上げた。腹の部分にくっついている仔犬を引き剥がし、海斗を睨みつける。
「いつまでも人を笑いものにしてないでどうにかしろ、バカイト! そもそもコレはお前が拾ってきたんだろうがッ!」
「いや、でもほら、おまえに懐いてるし」
 もういっそ飼ったらどうだ? そう言って笑う海斗に向かい、ふざけるなと樹が一喝した。滅多に感情を荒げることのない樹の激しい怒りに、流石に海斗も笑いを引っ込める。小さく溜息をつくと、樹に首根っこを掴まれてぷらぷらと揺れている仔犬を受け取った。
 刹那、それまで甘えた声で鳴いていた仔犬が牙を剥き出して低く唸り、毛を逆立てた。ボッと音を立て、その毛並みが勢いよく燃え上がる。息を呑み、思わず海斗は振り払うようにして仔犬を投げ捨てた。自由の身になった仔犬は愛らしく鳴き、再び樹の足に擦り寄る。
「……悪い、無理だな。諦めてくれ」
 お手上げとばかりに諸手を上げ、悪びれた様子もなく海斗が笑う。
「諦められるか、バカイト――ッ!!」
 悲痛な樹の叫びを窓越しに聞きながら、なるほどと鳥塚は頷いた。どうやら海斗が拾ってきた妖犬の類が樹に懐いてしまったらしい。樹としてはその状況をどうにかしたいと考えているのだが、海斗は面白がって様子見を決め込んでいるといったところだろう。確かに、当事者の樹には悪いが見ている分には非常に愉快な状況だ。
 くすりと笑い、鳥塚もまた見物を決め込むことにした。


 【鳴かない・飛ばない・役に立たない】と言われるらくちゃんにとって、世界を測る物差しは食べ物である。食べ物をくれたかどうか、それがおいしかったかどうか――すべての判断をそれで行うらくちゃんの中で、樹は【おいしいご飯をくれる人】と位置づけられていた。
 このままでは毎日のご飯が貰えなくなるかもしれない。それは間違いなく、脅威であった。世界の終わりにも等しい脅威、それだけは何としても避けねばならない。こくりと頷き、らくちゃんは歩き出した。
「……らくちゃんさん?」
 それに気づいた鳥塚が呼びかけると、らくちゃんは足を止め、鳥塚の方を振り仰いだ。そのつぶらな瞳に浮かぶ、強い決意。たとえ一人でも絶対に樹を助けると、熱く語る眼差しに鳥塚は知らず息を呑んだ。
 自分は何をしていた? 困り、助けを求めている樹を面白がり、これからどんなことが起こるのか楽しみにしてはいなかったか? まるで、彼が見世物か何かであるかのように。
「それは、流石に申し訳ないですね……」
 独りごち、鳥塚は頷いた。
「らくちゃんさん、私も手伝います」
 そう告げた鳥塚の真意を確かめるようにその目をじっと見つめ――やがてらくちゃんは頷いた。



 すぱーん、と勢いよく事務所の扉が開け放たれた。その音に、二人と一匹はそちらへと一斉に顔を向ける。逆光に浮かび上がるのは翼持つ人と丸い影。
「……鳥塚、さん……?」
 驚いたように声を上げる樹へと目を向け、鳥塚はかすかに笑みを浮かべる。
「お話は外から伺いました。私たちが協力します」
「協、力……?」 
 呆然と呟き、樹は確かめるようにもう一度繰り返す。――協力? 誰が、誰に? 考えるまでもない。鳥塚とらくちゃんが、樹に、だ。
 その答えに辿りついた樹の顔が一気に蒼褪めた。海斗のもたらしたトラブルに、らくちゃんを投入する!? 毒をもって毒を制するどころの話ではない。
 辞退する間もなく、妙な使命感に燃えた一人と一羽はすでに行動を開始していた。鳥塚は仔犬の正体を聞き出すべく海斗を問い詰め、そしてらくちゃんは――らくちゃんは謎の踊りを踊っていた。いち・に・さん、いち・に・さん、とワルツのリズムでステップを踏みながら仔犬に向かって一歩一歩近づいていく。
 何をするつもりなのかと動向を見守る一同の前で、ステップを刻むらくちゃんは不意にくるりとターンした。そのまま高速回転しながら仔犬へとぶち当たるが、両者共に軽量級。然程ダメージは通らず、ややふらついた仔犬はたたらを踏んで持ち直すと、右前脚を振り上げた。見事な軌跡で振り抜かれた右脚は狙い違わずにらくちゃんの胴を捕らえる。
 らくちゃんは宙を舞った。錐揉みしながら開け放たれたままの扉を潜り抜け、更に遠くへと飛んでいく。
「らくちゃんさん!」
 鳥塚が声を上げ、らくちゃんを追って扉へと駆け寄る。けれどもらくちゃんの姿はまったく見当たらなかった。敷地外の雑木林に突っ込んだのか、それとも本気で空のお星様になってしまったのだろうか。
 外を見つめ続ける鳥塚をよそに、男二人が笑いたいような、泣きたいような複雑な面持ちで溜息をつく。なんとなく、こんな気はしていた。
「仕方ないな……」
 出来れば使いたくなかったんだが、と呟きながら海斗が眼鏡に手をかけ外した。
「最初からやれ、バカイト。そうしたらこんな面倒なことにはならなかったんだ」
 恨めしげな樹の声を聞きながら、海斗は毛を燃え上がらせて唸る仔犬にゆっくりと近づいていく。床に膝をつき、仔犬の目を覗き込んで暗示をかけようとしたその時、ざしゃりと砂利を踏みしめる音が響いた。
「――らくちゃんさん」
 僅かに喜色を滲ませた鳥塚の声に、思わず動きを止める。――らくちゃん?
 彫像のように凍りつく男二人の間を通り過ぎ、ボロボロになったらくちゃんが仔犬の前に立つ。
 再び、固唾を呑んで動向を見守る一同。突き刺さるような三つの視線を背中に受けながら、らくちゃんはじっと仔犬を睨みつけ……そしておもむろにカパリと嘴を開いた。まるで鳥が魚を食べるかのように仔犬を丸呑みしにかかる。どう考えても質量的に無理がありながら、それでもらくちゃんは順調に仔犬を呑み込んでいく。
 立ち尽くすばかりの男二人の横を黒い影が通り、らくちゃんの眼前にしゃがんだ。
「らくちゃんさん、それは食べ物ではありません」
 そんなものを食べてはおなかを壊しますよ、と淡々と鳥塚が語りかける。その無表情さがむしろコワイと、麻痺しかけた意識の中で樹は思った。
 鳥塚の声で我に返った海斗がらくちゃんを素早く拾い上げ、無理やり嘴をこじ開けて仔犬を引っこ抜いた。一羽と一匹を左右に振り分け、放り投げる。
 ぽてん、と音を立てて床に転がった仔犬はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてぶるぶると身体を震わせ、勢いよく駆け出した。海斗の足元を潜り抜け、未だに放り投げられたまま転がっているらくちゃん目がけ走り込む。
 ヘッドスライディングをもろに喰らい、らくちゃんは勢いよく弾んだ。そのままブロック崩しのボールの如く事務所内を縦横無尽に跳ね回っていたが、不意にくるりと身をひねった。跳ね返った勢いそのままに、両脚を揃えて前に出す。その射線上に待つのはパドルならぬ仔犬の姿――!
 直後、派手な激突音が事務所内に響き渡った。
 もうもうと砂埃が立ち込める中から、ドタバタと派手な物音が聞こえてくる。ごすん、と重い音と共にらくちゃんが事務所の外に跳ね飛ばされ、それを追って仔犬も外に飛び出す。場外乱闘にもつれ込んだ二者を追って、鳥塚もまた境内へと向かった。


 惨憺たる状況の事務所を見回し、窓から境内を見やり……それからもう一度事務所に視線を戻した樹は大きな溜息をこぼした。
「……結局どうするんだ? アレ」
「らくちゃんにお任せ、かな?」
 いや、なかなか凄いことになったな、と笑う海斗に再び嘆息し、樹は右手で顔を覆った。
「いいのか? 本当に、それで?」
「無理やり捨ててきたところでまた戻ってくるのがオチだろう。……ま、どうなるかは神のみぞ知る、だな」
 そう言って、他人事の気楽さで海斗は笑った。

 その後、火宮神社の境内では、壮絶なバトルを繰り広げる紅い仔犬と黒い鳥の姿が度々見受けられたと言う。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7566/鳥塚・きらら(とりづか・きらら)/女性/28歳/鴉天狗・吟遊詩人】


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■         ライター通信          ■
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鳥塚様、こんにちは。お待たせしてしまって申し訳ございません。
樹が大変なことになり、それを解決するべくらくちゃんと共に行動、とのことでしたのでこんな感じに進めてみましたが、いかがでしたでしょうか? 結局のところ、解決は出来ているような、出来ていないような……とりあえず仔犬は樹かららくちゃんにターゲットを移した模様です。
正直、海斗のもたらす騒動にらくちゃんを投入、というまったく予想していなかったプレイングをいただいたので、思案しつつもとても楽しく書かせていただきました。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。