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【東京衛生博覧会 後編】
「人にとって、美しい姿勢とされているのだろう?」
頬に血飛沫の跡を残す男が言った。
「『どうしても叶えたい願いの為に、何でもする』という事は」
「素敵な事なんだよねぇ?」
コケティッシュな笑みを浮かべ、猫は勝ち誇った。
「『夢が叶う』っていう事は」
「覚えはないんでしゅか?」
Drは、唇の端を引き攣らせた。
「『大事な誰かの為になら、どんな事も厭わない』という気持ちに」
血の濃い匂いが立ち込めていた。
豪華なオークション会場に、息をするのも煩わしい程の熱帯のジャングルに、そして、薄暗い倉庫に。
引き金は、いつ引かれたのか?
彼らの本当の目的は何なのか?
この物語は、何処へ疾走して行くのか?
何にしろ、血の花は咲いた。
後戻りの出来ない場所に、貴方はいた。
男は、猫は、そしてDrは問うた。
「さぁ、これから、どうしようか?」
まるで、子供のように。
「さぁ、これから、どうしようか?」
SideC
【 ウラ・フレンツヒェン 編】
暗い、暗い穴の底へと続く階段をウラは軽快な足取りで下っていた。
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall」
鼻歌を歌いながら、トントントンと階段を足を交互に踏み出すウラは笑っている。
だが、その微笑みはいつもの人を喰ったような笑みでも、愛らしい笑みでもなく、どこか凄みのある色を浮かべていて、歌いながら揺らめかせる指先には彼女が意識せずとも、青白い光がパチリ、パチリと不穏な閃きを見せていた。
つまり、ウラは怒っていたのである。
擦りむいた膝が痛い。
血塗れになった頬は手持ちのハンカチで丁寧に拭ってはいたが、濃い血の匂いがウラに纏わりついて離れてくれなかったし、気に入りのキャミワンピも薔薇のスカートも土と血で汚れていて、クリーニングに出した所で、この汚れが落とせるとは到底思えなかった。
「まぁ…そういう事よ。 『人間』が死ぬという事は」
歌の合間にぽつんと呟く。
取り返しがつかない。
どうあっても。
そういう事だ。
目の前で見た香奈の死を、ウラは何度も何度も反芻していた。
あれは、人間の死である。
例え姿形を変えられていようとも「お母さん、お父さん…」と家族に助けを乞うて命の灯火を失った、彼女の死は、紛れもない『人間の死』であった。
あの時全身に浴びた血が、今、まるで熱を発しているかのように、ウラを「急げ、急げ」と急かして来る。
だから、ウラは歌う。
制御できない自分を誤魔化す為に。
ウラは、スタスタスタと歩き、歌いながら思考をグルグル巡らせる。
彼女の思案には、普段の行動と同じく筋道なんて一つもない。
理屈が通っているかどうかより、それが「真実」か否かが大事だったし、「真実」か否かよりも、その結論を自分が気にいるかどうかが、何よりも大事だった。
彼女はアリスが兎を追って穴に飛び込んだように、謎を追ってこの穴を下っている。
此処まで来た。
深層にある真相はもうすぐ目の前に現れる。
リリパット・ベイブ。
小人の国の「赤ん坊」。
アリスが欲しいのは、ベイブのたった一言。
唯一つ。
贖罪も三人漫才も望んじゃいないわ。
ねぇ、ベイビー?
赤ん坊を、揺り篭に入れて「眠らせて」あげるのは誰の役目?
ウラの問い掛けに対する答えは当然なく彼女は、一度肩を竦めて、足を早める。
真っ暗な穴は肌寒く、オオ、オオと何処かから吹く風の音が木霊して、まるで誰かの唸り声のような音を底から響かせていた。
ウラは、自分でも気付かないまま、少しだけ身震いし、そして知らずデリクの事を思い出した。
飄々としていて、ウラにだって、本当の気持ちを中々見せてくれないデリク。
だけど、ウラは知っている。
彼が、どれだけ自分の事を大事に想ってくれているかを。
約束した。
無事に帰ると。
群青色の、深い澄んだ海の底のような瞳瞬かせ、冗談ばかり口にしながら、それでも、心底自分を心配してくれる存在。
香奈にもいただろう。
そういう人達が。
だから、あたしは無事に戻らなければならない。
この城の謎を解き明かして。
チリっと不穏な気配がウラを苛立たせた。
黒い影が穴の底から湧き上がって来ている。
ウラは目を細め、青い光をまとう指先を翳す。
「チッ。 面倒臭いのがきたわね」
まるで「亡霊」の如き黒い影は甲高い笑い声のようなものを上げながら、まるでワルツを踊るようにウラの周りを纏わりつき始めた。
「邪魔よ?」
そう言って指を振り、雷撃を喰らわせども、実態がないせいか効果は上らず、影がウラの体の中を突き抜けると、ゾワリと、全真に鳥肌が立ち、体温が奪われていくのを感じる。
相手が一体だけならば、「アラ、涼しい」なんて嘯いてられるが、立ち上ってくる影は数限りなく、ウラは眉を顰めて「あんなもの全員相手にしていたら、凍えちまうわ」と呟く。
実際、体温を奪われ続ければ、冗談で済まない結末がウラを待ち受ける事になるだろう。
「大体、無礼よ。 挨拶もなく人の家に上りこむのだって許されない事なのに、いきなりあたしの体を通り抜けるだなんて、ふざけてる」と文句を言えども、当然、影達は躊躇する事無くウラに突っ込んでくる。
相手に背中を向けるのも癪に障るし、折角降りてきた階段をまた登るのはうんざりする。
そのまま突っ込んで、一気に階段を下りきろうと駆け出そうとした瞬間だった。
ふわっと暖かい空気が突然ウラの周囲を包んだ。
キラキラと光る風が、優しく吹き、黒い影を押しのける。
ウラは目を見開き、そして、その芳しい凛とした花の香りに目を細めた。
「…翼ね」
思わずウラはにっこり微笑む。
この気配には覚えがある。
一緒に、あの広間で魔物達を相手にしている間もずっと傍に寄り剃っていてくれた暖かな気配だ。
「心配性の…お節介焼きの…優しい子…」
歌うようにそう並べ立て、それからウラは意気揚々と足を踏み出す。
黒い影の集団が、ウラを包み込む風を恐れるようにじりじりと退く。
翼が自由自在に操っていた風が、今はウラを守ってくれていた。
きっと一人飛び出した自分を心配して、自分も大変な最中だろうに、こうやって取り計らってくれたのだろう。
手を差し伸べれば光る風が踊るようにウラの掌の上で渦巻く。
「クヒヒッ…頭を垂れて、お退きなさいな、あたしが通るのよ?」
そう胸を張って告げ、トントントンと影の間を潜り抜けていくのを名残惜しげに見送る影を背に、ウラは翼の風に包まれながら、最下層を目指す。
あたしは 一人じゃない。
味方がいる。
ベイブ、貴方にもいるわ。
あなたも、一人じゃないのよ。
「♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
鼻歌の途中からだった。
男の声がウラの歌声に合わせて響き始めた。
ウラは薄く笑い、声を高く張り上げる。
澄んだ歌声と、低音の落ち着いた歌声が入り混じり、穴の底から地上へと、高く、高く螺旋を描いて上っていく。
白い羽が頭上から降り注ぎ始めた。
ふわふわとした、真っ白な羽。
まるで、天使の羽のようなその一片をひょいと摘むと、ウラはふっと息を吹きかけ、また、宙へと戻し、そしてトンと漸く穴の底へと降り立った。
天井に、今は小さく見える穴から降り注ぐ細い光が床にスポットライトのように落ちている。
「…捜したのよ?」
そのスポットライトの下に立つ男に、ウラは笑いながら声を掛けた。
「やっと会えたわね。 此処を初めて訪ねた時以来だわ」
カツと高い靴音をさせて一歩前へ踏み出す。
「賢いお前、可哀想なお前、可愛いお前。 やっと気付いた。 でも、気付かなかった自分をお馬鹿さんだなんて、私は思わないわ。 だって、とんでもない事なんですもの」
スポットライトの下に立つ男が、ツイと帽子を手に取ると、ゆっくりとウラに向かって頭を下げた。
「裏切られることも、この結末も知っていて、それでも…ベイブの全てを愛したのね」
ウラの指先が、男を確りと指し示す。
「道化師アリス」
道化師が顔を上げ、そして首を少しだけ傾けて笑うと、その瞬間カシャンと音を立てて崩れ落ちた。
関節という関節がぐにゃぐにゃと在り得ない方向に折れ曲がっている。
赤い糸が、その節々から垂れ下がっていた。
まるでマリオネットのように。
まるでマリオネットのように。
「ようやくおいでなすった。 ウラのお嬢ちゃん」
ウラは視線を上げる。
突如表れたの如く、崩れ落ちた道化師の背後に一人の少女が立っていた。
灰色の肌に、真っ赤な唇。
真っ黒なウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、白いリボンのあしらわれた、大きなヘアバンドを髪につけ、黒のエプロンドレスのワンピースを身に纏った、何処か見るからに不吉な少女がひらひらとウラに手を振った。
「中々表は大層な事になっとるみたいやけど、此処まで無事に来れただけでも、大したもんや。 よう頑張った」
切れ長の目をにいっと細め「うちが、あんたが捜しとったアリスや、あんじょう、よろしう」と言って、手を翻す。
滑らかな掌には、操り人形を操作する為の手板(操作板)が握られていて、アリスの手の動きに合わせるように、突如道化師が立ち上がり、ツイと何処から取り出したのか赤い薔薇を一輪差し出してくる。
ウラはついと顎を上げ、値踏みするかのようにアリスを眺めると、漸く指先でその薔薇を受け取った。
カシャン。
また、道化師が崩れ落ちる。
「…もう、手品はうんざりよ。 こんな薔薇じゃ誤魔化されないわ。 あたしが欲しいのは、愉快な真実」
そうウラが言うのに、アリスはケタケタと、どこかけたたましい笑い声を聞かせると、「さて!! じゃあ、ウラのお嬢は、何処まで分かってて、うちから何を聞きたいのか教えて貰おうやないの」と言って、パン!と手を打ち合わせた。
全く、大層な登場の仕方だ…と感嘆しつつも、ウラは、この時点で此処まで読んで下さってる方々が概ね抱いているであろう疑問をとうとう口にした。
「…ていうか…その口調、お前、どうにかならないの?」
手の中で薔薇をくるくると回しながら呆れた口調でウラは指摘する。
こんだけ引っ張ってきて、なんか、凄い大物! 謎の人物!!として描かれてきたアリスが、まさかのエセ関西弁。
この状況で、多分一番どうでも良い事ながら、一番気にせずにはいられない事柄を追求せずにはいられない。
「普通、これだけお膳立てが揃ってて、時の大魔女『アリス』なんて呼ばれてて、それで、何故関西弁? ここへ来て、何故、そのキャラクター? ないわよ? この登場の仕方で、その口調は、もう、逆に新鮮、新しい。 しかも、地元の人間が見たらイラっとくる、絶妙の間違い具合に、更に脱力」
そう言うウラに、アリスは目をパチくりさせて、首をかしげる。
「え? そんなに変? なんか、おかしい? イントネーションとか、間違うとる?」
そう問われウラが「いや、もう、イントネーションとかそれ以前の問題。 これまでの世界観から、ずれてる。 キャラ設定にそぐわない」と根本的な問題を指摘すれども、アリスは眉を下げ「そう言うたかて、うちに、日本語を教えてくれた人がこういう口調やったさかい、しゃぁないやん」と握り拳で訴えてくるものだから、なんか、もう、なんか、駄目だ…と、ウラ、思わず遠い目になる。
ロマン第一主義、自分の美意識に従って生きる事を身上としているウラにとってみれば、千年王宮を創り出した創造主であり、千年の呪いを行使する神秘の魔女アリスの口調は、もっと、なんかちゃんとしていて欲しかった…とガクリと膝をつきたくもなる。
「わ…わらわとか…言いなさいよ…」
「は?」
「一人称が、わらわとか言いなさいよ…」
若干ブルブルと震えつつ、夢を壊された怒りを隠さず、そう言い募るウラにアリスはほとほと困ったように眉を下げる。
「え…? いや、ごめん。 なんか、こんなうちでごめん」
低い声で、ウラなりに脳内に描いていたアリス像に従った口調を求めるも、アリスは頭を掻きながら、何だかすまなげに詫びてきて「はふっ…」と溜息をつくと、自分の望んだ世界観に全くそぐわないアリスを恨みがましげに睨み、今は、それどころじゃないんだと自分に言い聞かせて立ち直る事にした。
「お前は、ベイブの最深層に棲みながら、この『道化師』を操って、ずっと傍でベイブを見守っていたのね?」
ウラの問い掛けにアリスは笑って頷き、「いつから分かった?」と問うてくる。
「今回の事でやっと分かっただけよ。 自由自在に城内を行き来する、特別な存在。 私、最近デリクに『アリス』の本を買ってもらったのも、分かった理由の一つ。 あの物語に、道化師なんて出てこない。 そうでしょ? アリス」
ウラの問い掛けに、アリスは頷く。
「城の何処でも自由に行き来が出来て、外の世界にすら出て行ける。 ある意味、ベイブより自由よ。 だからこそ、今回のような時に、彼を救える為に奔走できる。 この城の王様ですら、制御できていない存在。 この城の王様を、千年王宮内ですら越える存在。 そんなの、一人しかいないわ。 この城を作った人間しかね。 それにね、あたし、見たことないもの。 道化師が、ベイブと一緒にいる所を。 いえ、語弊があるわね。 きっとベイブの意識が明瞭な時には、道化師はベイブの傍には行けないんじゃなくて? 認識されてはいけないのよ。 ベイブは、認めてないもの。 自分の心の中に、アリスがいる事を。 だから、貴女の依り巫である道化師も、ベイブの傍にはいられない。 そういう事じゃなくって?」
つらつらと並べ立てれば、アリスはパチパチパチと手を打って、それから感心したように頷いた。
「大したもんだ。 あんた、きっと凄い魔女になるよ」
そこまで言って、アリスがヒラリと足を踏み出す。
「うちは、うちであって、うちやない。 所詮は、あの子が心の中に作り出した『理想のアリス』。 狂おしくあの子を想って殺されっちまった、可哀想な女の影。 それでもね、あの子を想う気持ちは本物。 だから、道化師になって、ずっとあの子の傍で、あの子を見守ってきた」
踊るような足取りで、ウラの周りをゆっくりと回る。
ウラは、そのアリスをゆっくりと目で追いながら「…あたしには、本当のところ、お前に聞きたい事等何もないの」と囁いた。
「ただ、確かめたかっただけよ」
ウラの声に、アリスは笑みを深める。
「それを確かめて、どうするん?」
「どうでもいいの」
「どうでもいい?」
「さして重要な事じゃないわ」
「そうやろうか? 罪は罪やろ?」
アリスが揶揄するように言うものだから、ウラは少しムキになった口調で答える。
「ここまでは悪くない事で、ここからは悪い事…だなんて、誰が決めるの? 禁忌って、誰が定めた事柄? あたしの法律は、あたし。 あたしがどうでも良い事は、ただ、どうでも良いだけなの。 現実のお前は、あの玉座で張り付けにされてるわ。 それが、真実。 だけど、幻とはいえ、アリスは此処にいる。 ベイブの愛するアリスが。 ねぇ、お前、ベイブに会いなさいな」
ウラの言葉にアリスは目を見開いて、それから腹を抱えて笑った。
「あはっ!! あははははっ!! 面白い子や! ほんまに、あんたは、びっくりする位面白い! そんな事をすれば、それこそ、あの子壊れっちまうよ?」
アリスが試すようにウラに問い掛ければ「そうかもね」とウラはあっさり頷く。
「でも、どうせ、ここまで狂ってしまったお城だもの。 壊れる位の衝撃が有効かもしれない。 どうしたって、今のままじゃ手詰まりよ。 今、表層では翼と燐が懸命にこの城を守っている。 けれど、敵が多すぎるわ。 あのクソアマ猫のせいでもあるし、そうね、ベイブが不安だからというのもある。 あの子の不安定さが、この城の危機を助長している。 崩れ落ちる寸前の城だから、ぐらぐら揺れる。 だから、きっと、お前の存在がベイブには必要なのよ」
ウラの顔を覗きこみ、それから、アリスはウラの頬に手を伸ばした。
灰色の両掌が、ウラの頬を優しく覆う。
「どうして、このお城をそんなに守りたいん? あんたには関係のないお城の筈や。 それに、あんたは、こんな風に一生懸命になったりすんの、柄じゃない筈やろう? 綺麗なおベベも、血で汚して、怪我をして、辛いもんも一杯見て、そいでも、どうして頑張るん?」
アリスの灰色の目が、ウラの目を覗きこんでくる。
心の奥底まで見透かされそうな、恐ろしい目。
魔女の瞳。
それでもウラは怯まずに、その目を見返すと、まるで子供に言い聞かせるような、ゆっくりとした口調で言った。
「あたしはベイブが二度と後悔しないように、持てる力を全て使うって決めたの。 美しい庭園、薔薇の砂糖菓子、青く煌く脆い心。 ベイブの魂は綺麗よ。 守りたいの。 ベイブも、そしてベイブの心の象徴であるこのお城も。 あたしは、あたしがしたいように生きる。 アリス。 あたし、ベイブの友達なの。 だから、助けたい。 それじゃ、駄目?」
アリスは、まるで合格と言わんばかりの満面の笑みを浮かべて頷いた。
「駄目じゃない」
そして、コツンとウラの額に自分の額を押し当てる。
「でも、ようく覚えておくんやで? うちは、『悪い魔女』や。 全てが、あんたの望む通りには行かないかもしれへん」
アリスは唆すような声でウラに言う。
ウラは、アリスと触れ合っている箇所から、まるで自分の中の熱や魂を少しずつ吸い取られていっているような酩酊感を覚えながら、それでもはっきりとした口調で答えた。
「構わないわ。 あたしはただ、ベイブに貴女を会わせてあげたいだけだから。 それに、あたしも貴方に負けない悪い魔女になる予定なの。 舐めた事を言うんじゃないわよ」
アリスは「くくく」と喉の奥で笑い、「ずっと待ってた甲斐があった」と小さく呟く。
「全てを見通した上で、あんたはうちをベイブに会わせたいと言うんやね?」
ウラは頷く。
「うちの愛は罪や。 せやから、うちは殺された。 あの子の手で。 それも分かってるんやね?」
再度ウラが頷けば、目を細めたまま、愉しげな声で「あんたは、気が狂ってるっ!」と快哉を上げた。
「いい子や! いい子やねぇ、ウラ! 漸くこれで、時が満ちた! あんたが、うちの、約束の魔女! さぁ、うちをあの子に会わせてよ。 ずっと会いたかった。 うちだけでは無理や。 誰かの力が要った。 禁忌を、禁忌と思わぬ無法者の力が! ずっと待ってた。 あんたがこの城を訪れたときから、ずっとこの場所で。 あの子を、更に壊す為に。 あの子も、それを望んでるんだ。 だって、うちはあの子の望んだ『アリス』やもの! 愛している! 愛しているんだっ! 壊したい位。 タブー、禁忌、いけない事! 不埒、悪徳、不義、罪悪!」
並べ立て、アリスは踊るように手を揺らめかせ、大声で笑う。
「うちも気が狂っとる。 あの子もや。 正気の者など、この城にはいない! 一人だって! 一人だって!」
アリスの言葉を聞きながら、ウラはこの城の歪みを思う。
完璧なものよりも、何処か歪さのあるものの方がきっと美しい。
傷ついた事ない人間が、硝子細工の如く脆いのと同じ理屈だ。
傷がある。 狂っている。 歪んでいる。
故に、ベイブの魂は美しく、この城もまた美しいのだ。
この城の美しさを守るためならば、どれ程の異常も歪もウラには、関係なかった。
ここは、アリスが作った揺り篭。
赤子を千年の眠りにつかせる為の綺麗な揺り篭。
ねぇ? 揺り篭の中に赤ん坊を寝かしつけるのは、誰の役目?
答えは、簡単。
「ママ。 ベイビーがお待ちかねよ」
母親が、息子を愛する事に理由はいらない。
その愛が例え、明らかに「歪んだ」形をしていたとしても、それを咎め立てする意思などウラにはなかった。
「行きましょう。 表層へ。 あの性悪猫を退治しなきゃ」
クヒッと笑うウラに、アリスは笑い返し、そして、灰色の手をウラに伸ばした。
「ウラ、連れて行って。 私の男のとこへ」
『かって、時の大魔女アリスは、自身が生きる悠久の時の中で、誰の子か明らかになっていない、一人男の子を孕み、産み落とした。 息子の名は【 】。
生まれながらにして数奇な運命と数多の謎を背負う、その子供は生後間もなく、聖CAROL教会が有する聖騎士団の手により保護されたが、自分の血を分けた、最愛の息子を奪われる事となったアリスは悲しみに沈み、時の迷宮の中で自らの心を癒す為に長い眠りについた。 【 】は、その間、母親から譲り受けた魔法の才と、誰かは分からぬ父譲りの剣の腕にて、騎士団にて頭角を現し、団長の地位にまで登りつめ、1700年代初頭に行われた《魔女狩り》にて、皮肉にも己の母の討伐を命じられる。 激しい戦いの中、宿敵としてお互いの正体を知らずに出会ったアリスと【 】は、更なる悲劇! 狂気と禁忌の恋に落ちてしまったのであった』(ロリィナ・アリス著 「千年魔法の構成理論」巻末付録 大魔女アリスの略歴より抜粋)
ウラが、アリスの掌を握り締めると、アリスは自分の腹に手を当てる。
「ハロー、ハロー、白雪姫? 『鏡の国のアリス』から素敵なお知らせや。 魔法使いの女の子が来たで? 知っとるやろ? あんたの事や。 この城の何もかもをお見通しの筈。 約束や。 ずっとこの時を待っとった。 繋げ、道を。 鏡の道を。 この子が、あんたの繋ぐ道の道しるべになる。 もう片方の出口は、ずっとそっちに用意してあったやろう?」
ウラは、アリスの言葉に「表層へ戻るのに、白雪の鏡の道を使うのね?」と問い掛ければ、アリスは頷き「ずっと前からの約束やった。 うちは所詮紛い物やからね、ベイブが望まん限りは会えん。 だけど、ウラ、あんたが此処辿り着き、うちをあの子の元へ導こうとしているという事は、あの子がうちを呼んでいるという事にもなるんや。 白雪は、あの子の望みに従う事こそが、存在意義。 ここに、誰かがうちを迎えに来たならば、うちをベイブと会わせてくれるように約束は交わしてあった。 あの性悪猫に虐められて、うちのベイブが呼んでいる。 可愛い息子、惚れた男に呼ばれて応えるのは、女の最低限の矜持やろ?」と、うっとりと答える。
白雪とアリスの約束。
つまり、彼女はこの未来を予見していたという事か。
自身の力によって。
ならば、この先の結末は分かっているのだろうか?
いや、分かるまい。
全て見通していたのなら、むざむざとチェシャ猫にこの城の支配権等渡してはいない。
見通せない未来。
だが、彼女は決断した。
白雪、おまえ愛する人の行く末を見届ける勇気はある?
アリスが行くよ。
そちらに行くよ。
アリスの腹の辺りがフワリと光る。
「道が繋がった」
にいっとアリスが、歯を剥き出しにして邪悪な笑みを浮かべる。
灰色の顔に浮かぶは魔女の笑み。
「頃合はどう?」
ウラが問い掛ければ、アリスは頷き「今、見計らっているとこや」と真剣な声で答える。
「攻撃が収まった瞬間がいいわ。 あの魔物達が暴れ回っている最中に飛び込むなんて、真っ平御免よ」
ウラがそう訴えればアリスは「あんじょう任しとき。 あんたに怪我はさせへん。 あの子も悲しませてしまう」と頷き、目を閉じる。
ぎゅっと握り合った掌。
ふっと、優しい声でアリスが言った。
「あの子の友達になってくれておおきに」
それは、紛れもなく母親の声音をしていて、少女にしか見えないアリスの顔をマジマジと眺め、ウラは少し切なくなった。
愛は、愛だろう。
正しくなくとも、狂っていても、愛は愛だ。
むしろ、一片の狂いもない愛情というものこそ、この世には存在し得ないのかもしれない。
ベイブ、例え愛していると言えなくても、今度こそアリスを失わないようになさい。
行動することはできる。 望みを叶えなさいな。 例え、背徳であろうとも、おまえは聖騎士団長ではないのだもの。 遵守すべきモラルなど、何もないでしょう?
アリスが目を見開いた。
「今や! ウラ、その薔薇をしっかりと握っているんやで?」
その言葉に頷けば、突然ぐいっとウラの手を引くと、灰色の魔女は赤い唇をぱかっと開いた。
ウラが目を見開く。
あっ!と声を出す暇もなかった。
まるで、アリスの唇が大きな穴のように広がって、ウラをすっぽりと覆うと、あれよあれよという間に、彼女はアリスに「呑み込まれていた」。
ずるずるずると闇の中をウラは吸い込まれ、落下する。
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall
♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
王様の馬みんなに 王様の家来みんな合わせても
ハンプティを元には 戻せやしなかった
壊れた 卵は もう元には戻りません!
暗闇の中歌声が聞こえる。
ウラが目を見開けば、そこには前まで城の表層に棲んでいた小人や、ジャック、体をバラバラにされた歌う少女に動く絵達が声を揃えて歌っている。
勝手に音楽を奏でる楽器達が、陽気な音で伴奏し、ウラは暗闇の中音楽の洪水に翻弄されながら、クヒヒッ!!と笑ってクルリと宙返りした。
そうか! 表層と深層が引っくり返ったこの城の、前まで表舞台に立っていた連中が閉じ込められている深層は、アリスの腹の中!!
ママのお腹の中に還っていたのね、お前達!
「さぁ!! お前達も、ベイブを応援なさい! そうすれば、ベイブの無意識に影響を与えて、充分な力になる筈! そして、また、生まれるのよ! あの美しい城に!」
ウラの呼び声に、一層歌声は大きくなる。
ウラは笑う。
アリスの腹の中で。
眩い光が見えた。
手を伸ばす。
さぁ、あたしも生まれよう。
ズルリと、ウラの白く細い掌が光の世界に吸い込まれた。
ウラが握り締めていた薔薇がハラハラと散り、そして、彼女は王宮の天井に貼り付けにされていた「アリスの腹から生まれ出でた」。
ずるり、ずるりと、身を起こすとそこは、逆さまの世界。
亜熱帯の地上に、翼が燐が、白雪が立っていて呆気に取られたようにこちらを見上げている。
チェシャ猫が、引き攣った声で叫んだ。
「アリス!!!」
白雪が、カッと目を見開きヒステリックな声を上げる。
「忌々しき、魔女!! とうとう、来た!! とうとう来てしまった!!」
夥しい程の量の薔薇の花びらが、ウラと共にアリスの腹から零れ落ちた。
それは、まるで、深紅の血のような…。
そのままずるんとアリスの腹から落ちたウラを、翼が慌てて腕を振るい、強い風を吹き起こして、その体をやんわりと受け止めさせると、ふわりふわりとした速度で、ウラは地上に無事降り立つ。
手を伸ばし、その体を抱きかかえるように受け止めてくれた翼が、「どう…して…アリスのお腹から……?」と掠れた声で呻くように問えども、ウラは「フフン」と鼻で笑い「あたしに、どうして?なんて野暮な問い掛けは禁物よ。 ただ、あたしは連れてきただけ。 アリスを。 ベイブの想い人を」とだけ答え、それから、天井を見上げた。
大量の薔薇の雨が降り続けていた。
濃い緑色をした世界を、赤い薔薇が埋め尽くし始める。
足元にも、見る見るうちに薔薇のカーペットが敷かれ始め、グロテスクな色合いの植物達が、サラサラと白い砂に変じて崩れていく。
「…Good mourning Baby」
ベイブの背後から灰色の手が伸びる。
目を見開き、まるでそのまま倒れこんでしまいそうな程に仰け反るベイブの背中からまるで、生えているかのように、その身を出現させたアリスがベイブ顔を覗きこんだ。
「…ひっ! ひいっ!! いやっ! あっ!! ああっ! なんで?! アリス!! なんでぇっ?!! 何で?!!」
取り乱し、指差しながら叫ぶチェシャ猫に視線を送りアリスがにんまりと笑う。
「Good bye! The Cheshire Cat」
そうひらひらっと、チェシャ猫に手を振り、それから白雪に笑いかける。
「Thank you Snow white」
ひらりと道化と同じ仕草で頭を下げ、また、アリスはベイブの顔をうっとりと覗きこんだ。
「…会いたかった」
ベイブが目を見開いたまま、アリスを凝視し続ける。
「寂しくなったのね、ベイビー。 あんたが呼んだ。 だから、ここまで来れた」
ベイブが引き攣けを起こしたかのように全身を痙攣させる。
見開いた目から涙が止め処もなく零れ落ち、半開きになった唇から不明瞭な呻き声とも、悲鳴ともつかない声がだらだらと流れ出た。
城がガタガタと大きく揺れた。
チェシャ猫頭を抱え「痛い!!! 痛い!! 痛い!!! いやだ!! 助けてっ!!!」と悲鳴を上げて転げ回る。
見渡せば、並み居る異形の生き物達も、皆、その身をのた打ち回らせていた。
これが、アリスの力。
いや、本来のベイブのこの城における支配力。
「さぁ、あの時言い損ねた言葉を頂戴」
アリスが乞い、ベイブが手を伸ばすと、その細い首に腕を回した。
ベイブが何度も瞬いて、それから、不意に真っ白な、無邪気な笑みをくしゃっと顔を歪めて浮かべると、その喉から紛れもない子供の声が飛び出した。
「ママ 大好き」
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall
♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
合唱が聞こえる。
ウラは天井に貼り付けにされた、「本物のアリス」を見上げた。
へたんと、倒れこんでいた燐が「ふにゃぁ」と潰れたような声をあげ、「どういう事じゃ?! どういう事じゃ?! あのおなごは、ベイブの母御なのか? 何故、母御がこの場に?! この歌声は何じゃ?! そもそも、この城は…!!!」と疑問を並べ立てるのを眺め、それから言葉を失くしている翼に視線を向けた。
「母…親…?」
何度も、何度も瞬き、翼が掠れた声で呻く。
そして、秀でた美しい形の額を掌で押さえると、固く目を閉じ「そんな…」と震える声で呟いた。
「…間違って…る…」
「何が?」
ウラは優しい声で問い返す。
「だって、彼らは…!」
「そうね。 でも、しょうがないわ」
「しょうが…ない?」
「今、この状況を打開するにはこの方法しかないって意味でもあるわ」
ウラは、一歩、二歩と足を踏み出す。
「ねぇ、翼。 それに、見て」
首をかしげてウラはクヒッと笑い、両手を広げてクルリと回ると、「さっきまでの世界より、今の世界の方がずっと綺麗!」と快哉をあげた。
まっしろな世界。
赤い薔薇だけが降り注ぎ続けている。
ベイブの真っ白な唇に、アリスの深紅の唇が重なった。
「It's Showtime!!!」とウラが叫んだ瞬間、チェシャ猫を残し、無尽蔵と思われた魔物達が一斉に掻き消えた。
「っ!! なんじゃぁ?!」
そう喚きあたりを見渡す燐の髪や、翼の髪にまるで、誰かの手がそっと挿したかの如く、一輪の薔薇が飾られる。
ウラが自分の髪に手を伸ばせば、そこにも薔薇が挿されていて、ウラはクヒッと微笑んだ。
子供の笑い声が響き渡り、音楽で世界が満たされる。
「Mother-Alice. 彼女が、この城の創造主。 物語の結末は、ここからよ」
ウラは、そう言いそれからチェシャ猫に視線を向ける。
「う…そだ…アリス…が…来るなんて…そんなの…ありえない…ありえないっ!!」
悲痛な声をあげ、それからチェシャ猫は、翼から奪い取ったらしい金色のロケットを、ぎゅうっと握り締めた。
アリスが、ベイブから唇を離すと、ウラを見てにっこり笑った。
「…うちが出来るのはここまでや。 おおきに、ウラ。 やっと、この子に会えた。 やっと、この子を捕まえられた。 やっと、ずっと一緒にいれる。 この先は、あんたら次第。 あんじょう、気張りや」
そう言った瞬間、その体はベイブの背中に吸い込まれ、ベイブは仰向けに倒れる。
白雪が、自分の髪にも挿された薔薇を忌々しげに手に取ると、クルリと宙に翳し、そして後ろへ放り投げた。
「いずれ…ベイブ様の…お心から追い出してやる…息子を恋うなど…正気の沙汰のとは思えない…私が…ベイブ様を…お守りしなくては…色情狂の…気が狂った…魔女め…」
そうブツブツと思いつめたように呟きながら、ベイブが張っていた結界の外へと足を踏み出し、白雪は冷たい声でチェシャ猫に言った。
「さぁ? お前は、これからどうするの?」
チェシャ猫は目を見開き白雪を見つめ、そしてウラ、燐、翼に順繰りに視線を送り、何度も何度も瞬く。
翼が剣をチェシャ猫にむけて構え、燐もキッとチェシャ猫を睨み据えた。
ウラが腕を組んで「だーれもいなくなっちゃった! 誰一人もよ?」と言って「クヒッ」と笑う。
「脆いもんね。 あんなにたくさんいたのに、『ママ』一人に誰も勝てやしなかった! お前がベイブに齎した狂気なんてものはねぇ、アリス一人で吹き飛んじゃうようなチンケなもんだったのよ」
ウラの言葉に翼が「だから、彼女をここまで導いたの?」と問い掛けてくる。
ウラは一度頷いて「アリスなら、この状況を打開出来ると思った」と答え、それから、不意に表情を苦しげに歪める。
「香奈は死んだわ」
「香奈? 誰じゃ、それは」
燐の質問にウラは「パパとママがいて、きっと、呆れる位平和に暮していた筈の、ただの女の子よ」と肩を竦めた。
「クソっ垂れな奴らに捕まって、クソっ垂れな目にあって、クソっ垂れな殺され方をしてしまった。 あたしは、だから、怒ってるの。 そう、怒ってるのよ、お前、聞いてる? 容赦はしないわ。 どうしても、出来ない」
青い稲光が、バチバチとウラの周囲で瞬き始めた。
「どんな手段を使っても、あたしはこの城を守りたいと思ったし、可哀想な香奈の為にもお前の事は許せないと思った。 だから、アリスを連れてきた。 結果、お前は一人ぼっちよ。 誰もいない。 お前には、誰もいない!」
ウラが勝ち誇ったように告げれば、チェシャ猫は何度も何度も首を振り、金色のロケットを強く握り締めた。
「違う!!! いる!!! わっちだっている!! わっちの仲間が!! わっちの王子様がいる!!」
悲鳴のような声。
「自分達ばかり絆があると思うな! 自分達ばかり愛されていると思うな!! 自分達ばかりっ!! 自分達ばかりっ!!! わっちだって生きている!! 生きているんだ!!!」
涙を目に滲ませ身を捩らせるチェシャ猫に対し、翼が、悲しげな表情のまま「だったら!!」と血を吐くような声で言った。
「だったら、何故、君はっ!!!」
金色の髪をくしゃっと自分の掌で握り、苦しげに囁く。
「…どうして…人を愛する事を知っていて……他の人の命を粗末に扱えるんだ……!!」
ウラは、翼の言葉に思わず視線を向ける。
「…愛する?」
そう呟けば、翼は一度頷いて、ずっとへたり込んでいた燐はよろよろと立ち上がった。
「そのロケットの中身の男が、お主の想い人か?」と燐が問えば、翼が震える声で呻いた。
「…K麒麟の首領…呉虎杰の写真が入っていた…。 君の想い人の正体は、彼で間違いないね?」
ウラは自分でも認めたくないが、全くもって間抜けな程に思わずポカンと口を開き、燐も目を見開いたまま硬直する。
「なんじゃ、それは? 何故じゃ? この城の者と、何故、外の世界の人間が……?」
千年王宮の住人であるチェシャ猫と、K麒麟との繋がりが、まさかそんな形であるとは想像しておらず、しかし、これで、この物語が全て一つの糸を通じて繋がったものであった事をウラは悟る。
全ての疑問にはチェシャ猫よりも白雪の方が的確に答えられる気がして、彼女に視線を向ければ、嘲笑うような酷薄な笑みを浮かべたまま「所詮、猫は猫。 お前には王子様なんて訪れはしない」と囁いた。
そして一歩、一歩と、チェシャ猫に近付きながら、自分の胸に手を這わせ、そして、ずぶずぶと押し開く。
その瞬間、再び世界は一変した。
城と赤のコントラストで埋め尽くされていた世界が、万華鏡をくるりと回した時の如く鮮やかに変化を遂げ、鏡張りの銀色の世界に姿を変える。
四方が鏡に覆われた、その空間には、その四方にチェシャ猫が映し出されていた。
「逢瀬。 馬鹿な猫と馬鹿な男の、馬鹿な逢瀬の光景で御座います」
白雪が虚ろな声で、誰にともなく説明する。
一枚の大きな鏡に手を這わせ、チェシャ猫が頬を染めて向こう側を覗いている。
鏡の向こう側には、一人の年若い男がいて、チェシャ猫と同じく鏡に手をあてて、彼女と顔を突き合わせていた。
「鏡よ 鏡 世界で一番 美しいのは だぁれ?」
無邪気な声でチェシャ猫が問う。
鏡の向こうの男は少し笑って、それからチェシャ猫を指差した。
「ふふふ」と肩をすくめ、掌を唇に当てて「嘘。 違うわ」と言って、それから自分の猫の耳に手をあてる。
「だって、こんなものが生えてる」
男は首を振って「関係ないよ」と囁いた。
「尻尾もあるのよ?」
「それも、可愛いじゃないか」
「わっち、人間じゃないの。 お城の化け物なのよ?」
「それでも、お前は美しいよ」
男の言葉に、また「ふふふ」と笑い、それからピタリと鏡に張り付く。
「世界で一番?」
「ああ、世界で一番」
「わっち、お姫様になれるの?」
「俺がしてやる。 お前をお姫様に」
何度も何度も瞬いて「約束」とチェシャ猫が言えば、男も頷き「ああ、約束だ」と答えた。
「…鏡は…お前ね? 白雪」
現世と、この城を繋ぐ鏡など、彼女以外にありはしないと確信しながらウラが問えば、白雪は案の定頷き「私が自我を持つ事を許されたのは極最近の事ですから…、この頃は、ただ『全てを見通す鏡』として存在しておりました。 しかし、この頃に私が見聞きした出来事全て、私の記憶の中に確りと存在しております。 チェシャ猫は、私を通じて、あの男と出会い、そして愚かにも恋に落ちた」と冷ややかな声で言う。
「愚かなチェシャ猫の為に、あの人間の男は、この城を手に入れるありとあらゆる方法を探した。 少しでも城に近づく為に、力を手に入れようと裏の世界に身を投じ、チェシャ猫に会いたい一心で、組織のトップにまで登り詰め、そして、彼女と同じ『獣』と『人』を融合する技術と知識を有した一人の男を自分の傍らに置いた」
「それが……Dr…」
翼が掠れた声で呟く。
Drとは、確か黒須が攫われたK麒麟が抱える、キメラ開発を行っている研究者の呼び名だった筈。
ウラは細い指を顎にあて、「…つまり、Drも、この城に何らかの関わりのある人間だという事でいいのかしら?」と白雪に問い掛ける。
突然キメラの開発技術を携え、K麒麟という組織に加入した研究者。
マフィアと、マッドサイエンストとの繋がりに不自然さを感じていたウラからすれば、ここまでお膳立てが整えば、彼自体も千年王宮の関係者であり、それが故に、K麒麟という組織に加わったと考えるほうが、むしろ納得がいく。
香奈に爆弾を埋め込んだのも、Drに違いないと確信しつつ、チェシャ猫、Dr、K麒麟の首領の関係性が、まるで糸を解くかのように明らかになっていく事に、何処かゾクゾクとした興奮を覚えた。
白雪はウラの問い掛けに頷くと、「Dr…当時の名は『ハンプティ』。 あの男も、数奇な運命の果てに、この城に辿り着いた愚か者では御座いました」と密やかに笑う。
ハンプティ・ダンプティ。
壊れた巨大な卵。
「今は、ジャバウォッキーと女王がぬけぬけとベイブ様のお傍に侍ってはおりますが、以前は、チェシャ猫とハンプティが、その座にいた時期があった。 永きに渡って、この城が狂気と殺戮に満ちていた時代です。 あの男は、ジャバウォッキーと同じく、切なる願いを抱いてこの城に導かれた。 あの男の望みは、唯一つ。 己の妹の命を救う事」
妹…?
少し首をかしげたウラは、「まさか…」と呟き、チェシャ猫に視線を送る。
「彼は、生まれた折より不治の病を患い、成人を迎える事なく死出の旅へと送り出される事が運命付けられていた自分の妹を、別の生命体と融合、合成させる事によって、命を救おうと医学の限界に挑み破れていた。 何度もの人体実験。 人を攫い、動物と掛け合わせては、数多もの陰惨な死を齎していた、死神。 あの頃の日本は、今よりも闇が深う御座いましたから、実験材料は簡単に攫えたようでございます」
淡々と説明し続ける白雪の言葉に、街燈等というものの存在しない真っ暗闇の中、人を攫い続ける白衣の男の姿を思い浮かべて、「まるで…怪談ね…」とウラは小さく呟く。
「…されど、現代医学ですら為し得ていない人と動物の合成なぞ、その時代に成功する筈は御座いません。 彼は、殺人鬼と成り果て、狂気の人体実験の果てにベイブ様に出会い、そして乞うた。 キメラを作る術を。 人と動物の合成を作る為の技術を。 ベイブ様は、その望みに答え、そして、その結果生まれたのが……」
白雪は、そこまで言ってチェシャ猫を指差し「…あの愚かな猫で御座います」と嘲笑うように告げた。
「幾人もの死の果てに命を繋いだ呪われた娘。 その後、ジャバウォッキーに出会う事によって、変遷を遂げたベイブ様の手によりハンプティはこの城から放逐され、チェシャ猫は深層奥深くへと閉じ込められました。 その頃は、まだ、深層にてただの鏡として存在していた私を通じ、チェシャ猫は、あの男と通じ合い、そして、この城の簒奪という恐ろしい目論見を企てた訳なのです」
これで、何もかもが腑に落ちたとウラは一人頷く。
まぁ、例え筋が通っていなかろうが、真実よりも自分の興味優先のウラにしてみれば、瑣末な事象とも言える、今回の出来事の背景ではあるが、これで、何もかもスッキリしたと思う気持ちにも偽りはない。
「しかし、本当にふざけている。 汚れた、醜い、化け物風情が。 この城で、ベイブ様に侍り、更に幾千もの死を喰らったお前に王子様が来るだなんて、そんな筈ないのに」
チェシャ猫の目に涙が溜まっている。
「違うわ! 来るもの! あの人は、絶対に、来る! そして、このお城で、わっちはお姫様になって、王子様とお兄様と一緒に、ずっとずっと幸せに暮らすの。 その為ならなんだって出来る。 どんな事だって厭わない。 悪い王様は、地下牢に閉じ込めるの。 魔女は、熱い鉄の靴を履かせて殺してやる。 お前は!!」
白雪を指差し、チェシャ猫が唸る。
「お前は、その身を喰ってやる。 ソテーにして、美味しくね」
唸るチェシャ猫を眺めながら、彼女と正面で相対する翼が見る見る青ざめていくのが分かった。
息がうまく吸い込めないかのように、ひくり、ひくりと細い喉が蠕動している。
泣き出しそうに歪んだ顔が、胸に痛くて、ああ、翼は苦しんでいるのだとウラは理解した。
優しい翼だから。
ただ、ただ、優しい翼だから。
理由なき悪など、ない。
物語にしかない。
悪の限りを尽くそうとも、罪を犯す人間には、それぞれが、それぞれに、何某かの理由があり、事情がある。
それが、他者から見れば納得のいくものであろうか、理不尽極まりないものであろうか、そんな事はウラには関係ない。
動機など瑣末な事で、ただ、ただ結果が全て。
たくさんの人が、個人の欲望のために死んだ。
それは、決して美しくない。
ただ、ただ醜い、許されざる現実。
翼がロケットを握り締めたまま、小さく震えているチェシャ猫の掌を、まるで自分の掌で握り締めてやりたいと想っているかのように、何度も、握り締めたり、開け放したり、落ち着きない仕草を見せる。
ウラは、腕を組み、そんな翼の美しい横顔を眺めた。
きっと、ここからは、彼女の物語なのだろう。
どうしたい?
どうしたいの、翼。
燐が、困ったような声で言う。
「どんな事を…しても良いなんて…そんな筈はなかろう」
チェシャ猫を見つめながら、困り果てたような顔のまま、それでもはっきりと言った。
「それは、間違いじゃ。 猫よ」
最初の頃に見せた、強引で、我が道を行くような声音ではなく、自分でも迷いながら、それでも、信じている言葉を自分自身にも言い聞かせるように燐は口を開いた。
「自分の欲望のために、人を踏みつけにするような事はあってはならん。 他人の犠牲の上に、為される大儀等ありはせんのだ。 人を愛した。 その事が罪なのではない。 人を愛したその気持ちを…何故…お主はもっと……もっと優しい事に…」
届きはしない。
ウラは確信する。
燐の言っている事はこの上なく真っ当で、間違いのない理屈だ。
しかし、届かないのだ。
狂っているから。
みんな、このお城の住人は狂っているから。
「うるさい!!! うるさい!! うるさいっ!!!」
頭を振り、ヒステリックに喚いたチェシャ猫が、レイピアを振り回すようにして、翼に突進する。
「…君は…あのキメラ達をどう思ってるんだ?」
滅茶苦茶な攻撃。
それは、最早翼にとっては何の脅威でもないのだろう。
青ざめたまま、チェシャ猫の必死な攻撃を受け流し、静かな声で問い掛けた。
「彼らがあんな風に死を迎えた事を、君はどう思った?」
ウラは、香奈以外のキメラ達も、無残に殺されたのだと翼の言葉で悟り、知らずに拳をぎゅうっと握り締めた。
「どう…って?」
チェシャ猫が、まるで思いもよらない事を聞かれたという風に首を傾げる。
「それは、お兄様がやった事を言ってるの?」
キンッ!と高い音を立てて剣と剣がぶつかりあい、小さな火花が散る。
抜き様に交差し、間髪入れずお互いに振り返り、再び剣を構えた。
「だって…しょうがないじゃない? わっちがお姫様になるのを邪魔してきたんだよ? お兄様は、わっちを、怖い事や、辛い事から守ってくれるってお約束してくれているんだ。 所詮、お兄様の手によって作られた存在の癖に、わっちに牙を剥くだなんて、生意気だわ。 馬鹿げてる! なぁに? 翼? どうして、そんな事を気にするの?」
ふふふっと笑いチェシャ猫は、狂った声で「変な子ね。 翼。 頭がおかしいんじゃない?」とのたまい、その瞬間、ウラは、ああ、あの猫の心は、完全に狂い果てているのだと悟った。
四方の鏡に映し出される男が言う。
「何があっても、迎えにいく。 どんな事をしてでも、お前に会いにいく。 待っててくれ」
鏡越しに、チェシャ猫と男が口付けを交わした。
美しい思い出。
猫の、大事な思い出。
この美しい思い出が作り出した、罪は余りにも重い。
呪われた恋。
そういう恋もあるのだろう。
だが……。
「もう、我慢ならん!!」
そう言いながら、燐が地団太を踏む。
「お主のような女が、燐はいっちばん嫌いなのじゃ!!!」
そう喚き、それから、キッとチェシャ猫を睨み据えた。
「甘ったれてんじゃない!!」
燐は、鏡の中のチェシャ猫を指差してそう叫ぶ。
「誰かを傷つけなきゃ、誰かを踏みつけにしなきゃ、自分の望みを叶えられないなんて、んな筈はないじゃろう。 それは、白雪の言う通り、愚か者のすることじゃ! 弱虫のする事じゃ! 阿呆のする事じゃ!! このお城がいやだというのなら、こんなトコで、男が迎えに来るの待たずに、とっとと逃げ出す術を探すほうが、ずっと、ずっと賢明なのじゃ! 祈ったって! 助けを求めたって! 届かない場所はある…! だが…お主はいかん…一番いかん事をした…!」
「じゃあ! どうすれば良かったっていうのよっ!」
チェシャ猫の問い掛けに、燐は即座に答えた。
「そんなもん、知らん」
あっけらかんとしてすらいる燐の物の言いに、チェシャ猫が思わず言葉を失う。
「皆、それぞれに絶望を知り、苦労をし、辛い目にあって、それぞれに這い上がっている。 皆、自分で考えた。 自分で道を切り開いた。 燐も、翼も、ウラもじゃ。 他の二人の事は、燐も今日出会ったばかりで、そうそう、何も知る事はないのだが…多分そうだ! うん、いや、知らぬのだけど、この冴え渡る第5感が言っておる!」
言い募る燐に、とりあえず、呆然としつつも、最早条件反射となっているのだろう。
「そこは、何故…普通に第6感じゃ駄目なのかな?」
そう律儀に突っ込む翼に、何故か、意味もなくブイサインを返した燐は、そのブイサインのポーズのまま、言葉を続けた。
「どうしようもない、足掻きようのない絶望もあろう。 やり直しが聞く失敗の方が世の中には少ない。 そんな事は、燐とて知っておる。 だが、聞く限り、お主の置かれた状況が、殺戮に走るに足る絶望を齎していたとは、燐にはどうしても思えん。 いや、違う。 猫よ。 例え、どんな理由があろうとも、人の命を奪う事は許されぬ事なのだ。 だから…」とそこまで言って言葉を切り、燐は真摯な目で翼を見つめた。
「背負う。 燐も。 翼、お主は優しすぎる。 だが、今は、迷う時ではない。 一緒に背負う。 行け。 もう、救えん。 救えんよ、この猫は。 裁く等とおこがましい物の言いはせん。 だが、こやつは殺し続けるだろう。 罪もなき者達を、無垢な命を…、後戻りはせん、もう、心は彼岸を渡っておる。 そういう命もある。 行け。 肉体も、心に添わせてやれ。 燐が…許す」
それは、まるで、託宣の如く、城に響き渡り、その覚悟にウラは微笑みながらパチパチパチと拍手しながら小さく「ブラヴォー」と呟いた。
「…翼。 あたしも背負うわ」
微笑を深め、翼に囁く。
「もし、貴方が辛いのなら、いっそ、全部あたしに背負わせたって構わない。 あたしは悪い魔女よ。 誰かに責められる時があったなら、魔女にたぶらかされたって仰い」
そう告げれば、翼は首を振り、「…違う。 これは僕の罪だ。 君達には、微塵も背負わせてなんてあげない。 大丈夫。 僕は、僕の役目を果たす。 それだけだ…」と呟き、それから、その真っ青な瞳は、チェシャ猫を貫いた。
「…行くよ」
翼の言葉に、チェシャ猫は、まるで、今までの狂乱が嘘のように静かな静かな表情を見せ、翼の顔を正面から見つめる。
「…ごめんね。 君にもっと早く出会えていれば、僕は君を救ってあげられたのに。 寂しい場所に、ずっと一人ぼっちにし続けた。 大丈夫。 お姫様。 迎えに来たよ。 僕が」
悲しい顔。
優しい声。
痛みに堪えるかのように、翼はぎゅっと剣の柄を握り締めている。
やはり、翼は、優しすぎる。
そう思いながら、それでも自然ウラは両手を組み合わせ祈っていた。
勝利をではない。
ただ、祈る。
誰にでもなく。
何をでもなく。
翼の為に。
魔女の祈り。
「…翼…ありがとう。 でも、あんたじゃないんだ。 わっちの王子様は、ずっと前から決まっていて、その人のお姫様にしか、なりたかないんだ。 だから、わっちは行けない」
チェシャ猫は、静かな、静かな声でそう告げて、それからレイピアを構えた。
「あの人を、待っている。 そういう約束だから」
彼女は、ずっと、この約束を信じて生きてきたのだろう。
この狂気の城で、自分自身も狂いながら。
「約束したもん。 分かんないよ、あんたらには。 ずっとこの場所の深層で、閉じ込め続けられる寂しさなんて、分からない。 いきなり、深層に追いやられて、真っ暗闇の中で一人ぼっちだった。 王子様だけが、わっちの光だった。 狂ってる。 そりゃあ、そうだよ。 だって自分の息子に恋をするような女が生み出したお城に住んでいるのだもの。 だけど、あと少し。 あと少しで、救われる。 わっちも、この城に棲んでいる者達、みんなもよ? 王子様が助けてくれるの。 そして、わっちをお姫様にしてくれる。 王子様は、このお城の王様になるの。 ずっと昔からの約束なの。 わっちは、あの人に会いたいだけなの。 この城に閉じ込められている、わっちを救い出してくれるのは、あの人だって決まってるの」
言い募り、そして唇を噛む。
「邪魔しないで」
そう告げると、銀色のレイピアを振りかざし、チェシャ猫は一気に駆ける。
翼も剣を構え、そして、二人はぶつかり合った。
喉元を正確に突きに来るチェシャ猫の剣先を下から掬い上げるように跳ね上げれば、くるりと、翼の背後に回りこむように半回転し、肘を素早く、その後頭部に打ち込もうとしてくる。
翼が、身を屈め、その肘を掴むと、体を添わせるようにして、片腕だけで、その体を投げ飛ばした。
クルンと身軽な様子で宙返りし、着地から間髪入れずに、また翼に突き込んでくる。
翼は指先を振るい、風でその突進の速度を落とさせると、指先で、一瞬自身の剣を撫でた。
その瞬間、剣の色が紅玉の如き赤色に染まり「行けっ」と翼が命じるかのような声で言いながら剣を振るえば、まるで羽を広げた鳥の翼の如き赤い斬撃がチェシャ猫の腹に命中する。
「ひにゃあっ!!!」
為す術もなく吹っ飛ぶチェシャ猫を見送り、銀色の色に戻った剣を構え、「ありがとう」と小さく呟くと、
「君達が無碍にした命の力だ。 痛いだろう? でも、彼らはもっと痛かった」と震える声で言った。
「燐の言う通り、僕だって裁くなんて言うつもりはない。 『殺す』んだ。 君を『殺す』んだ。 自分を誤魔化すつもりは毛頭ないよ」
翼の声に、ゆっくりと腹を押さえたままチェシャ猫は立ち上がり「わっちと一緒になるんだね。 翼も」と薄く笑う。
翼はコクリと頷くと、再び銀色の剣を指先で撫でた。
紅く染まる剣。
チェシャ猫は目を細め、「ああ…本当は…綺麗なまんまで…王子様に会いたかったけど…しょうがないね…翼強いんだもん。 このままじゃ、わっち、お姫様になれない」と言い、そして、チェシャ猫は胸の谷間から「人間の耳」を取り出した。
「これは…王宮の鍵…」
その瞬間、跳ね起きるようにして倒れたままだったベイブが起き上がり、自身が腰に差してあった大剣を抜き去ると、無言のまま横なぎに勢いよく振るった。
凄まじい検圧が巻き起こり、ウラは体が吹き飛びそうになるのを、手近にあった柱に掴まり何とか食い止める。
「…誠と竜子がいるから お前は もう いらない」
ベイブが子供のような声でチェシャ猫に言った。
剣圧に吹き飛ばされ、ガン!と強く壁に背中を打ち据え、床にへたり込んだチェシャ猫が、肩を揺らしながら小さく笑う。
「それはわっちの台詞さね」
そして、鋭い爪で、自分の着ているスーツの太ももの部分を引き裂き、滑るような色合いをした、その艶めかしい皮膚に小さく開いた穴に、その耳たぶを突っ込んだ。
「っ…あれは…何を?!」
振り返り、白雪に問う翼に「ジャバウォッキーや、女王が持つ『小指』と同じ、現世とこの城を繋ぐ鍵です!! 自身の肉体の一部を、現世に住まう人間が、この城の奴隷となった際、その証として王宮の鍵の力を付与しているのです!! ハンプティからは、放逐の際に取り上げてはおりましたが、あの猫は、未だこの城の住人ゆえ、鍵を返させる事が叶わなかった…!」と白雪が常にない焦った声で説明する。
「お前! 何を…『呼ぶ』つもりなの?!」
白雪の問い掛けに「見通して御覧なさいな。 その鏡で」と嘲るように言い放ち、差し込んだ「耳」の鍵をガチャリと捻った。
「深層では現世に扉を開く事は叶わなかったけど、表層まで来れば、この『鍵』を使う事が出来る! さぁ、よくも、離れ離れにしてくれたねぇ、あんた達。 何を呼ぶかなんて、決まってるでしょ? 『鍵』で王宮に任意に招く事が出来るのは、『鍵』の使用者の血縁関係にある者だけ…!」
にたりと笑って、チェシャ猫は高い声を上げた。
「お兄様っ!! わっちを助けてっ!!」
まるで、チェシャ猫の呼び声に応えるかのように、床に眩く光る円形の文様が浮かび上がる。
青白い手がゆらりと這い出され、そして、床に手をつくとぐぐぐっと、一人の男が現れた。
血に塗れ、陰惨な表情をした、異様に目玉の大きな小男が、まるで悪魔が召還されたの如くのおどろおおろしい様子で這い上がり、ゆっくりと床の上に立つ。
血飛沫の跡が残る白衣を翻し、男はチェシャ猫を振り返ると、満面だからこそ不気味な不気味な笑みを浮かべ、その体を抱きしめた。
あの男がDr。
想像通り、怖気を奮うってもんじゃない?と、その嫌悪を誘う姿に、ウラは心の中で舌を出した。
「何年ぶりでしゅか? あの忌々しい王様に引き離されてから」
「もう、覚えてないよ。 でも、もうじきだよ。 もうじきだよ、お兄様。 王子様と、わっちと、お兄様が、ずっとこのお城で暮せるようになるまで、あと少しなんだ」
チェシャ猫が、うっとりとした声で言う。
「そうしたら、また、あの時みたいに毎日愉快に過ごそうよ。 血の海の中で、思うがままに、人間を玩具にして」
狂気の微笑を浮かべあう姿に咄嗟にウラは、不吉な予感を覚え、Drに向かってタン!!と強く足を踏み鳴らし、雷を落とした。
その瞬間、Drの背中から大きな蝙蝠の翼が生え、チェシャ猫と自分ごと覆い、その雷を撥ね退ける。
あのマッド野郎、自分の事もキメラにしてやがるっ!
「っ!! 燐!! あたしに血を!!」
自分の力を増強すべく、そう言いながら、燐の元へ走りよろうとした瞬間、Drが無造作な調子で燐とウラの間に小さな黒い球体を投げ込んだ。
「っ!! 危ないっ!!!」
翼が悲鳴めいた声をあげ、そして、右手を大きく振る。
その瞬間、二人の間で炸裂した爆撃から守るように風の壁が立ちはだかり、ウラは爆撃に煽られ仰向けに倒れた。
「ウラ!! 燐!! 大丈夫かい?!」
翼の問い掛けに「こんなもの、なんでもないわ」と憎まれ口を叩きながら、ウラはヨロヨロと立ち上がる。
燐が、掠れた声でそれでも「大丈夫じゃ!」と返事をする声が耳に届き、ウラは微かに安堵した。
白い煙が上る最中「にゃぁうっ…」と低い地を這うような猫の声が聞こえてきた。
ガリリガリリと不可解な音が聞こえてくる。
その不穏な音に、ウラが目を見開き、視線を向ければ、そこにはピンクと紫色の縞模様の、見上げるほどに、大きな大きな猫がいた。
「にゃぁぁおうぅうぅうぐるるるぅぅぅ…」
低く唸る声が空間を揺らす。
鋭い牙を剥き出しにし、尖った爪で何度も、何度も床を引っ掻く。
「…これが、この子の本来の姿でしゅ。 可愛いでしょう? 僕は、充分この姿のままで良いと思うんでしゅが、猫ちゃんがイヤだって我が儘を言うものだから、お薬で女の子の姿に止めてあげていたんでしゅ」
長い尻尾が、ゆらりと揺らめき、Drの体に緩く巻きつく。
その柔らかな毛に頬を摺り寄せ、Drは「でも…この姿にならなきゃ、勝てない相手がいるようでしゅね…。 中和剤を、さっき打たせて貰いました。 猫ちゃんは、しゅごく、しゅごく強いんでしゅ。 何てったって、僕が全霊を込めて作り上げた傑作でしゅからね。 あなた達には勝てましぇん。 何があっても」と勝ち誇る。
「にゃあおう」と、チェシャ猫はまた鳴くと、ゆっくりとウラ達を見下ろし、にいいっと猫にあるまじき、歯を剥いた陰険な笑みを浮かべ、そして手を振り上げた。
「っ!!! 喰らいなさい!!!!」
そう言いながら、ウラが手を叩き、くるりと回って雷撃を猫に落とす。
翼が、再び剣を紅く染め、斬撃を放った。
だが、その身の巨大さと、厚く覆われた体毛に弾かれ、肉体にまで攻撃が届かない。
燐が、歯で自分の指先を噛み切ると、またウラに突き出してきた。
「早く!!!」
燐に呼ばれ、また駆け寄ろうとするウラの足元に、チェシャ猫の長い尻尾が打ち据えられる。
「きゃあっ!!!」
悲鳴をあげ、転んだその体に、チェシャ猫が振り上げた掌を打ち下ろそうとしてくる。
「っ!!!」
咄嗟に固く目を瞑れば、燐が、その体の上に覆いかぶさってきた。
「っ!!! 何やってるの!!!」
訳が分からず怒鳴るウラに、燐はきっと引き結んだ表情を見せ、固く、固く目を閉じた。
「やめろおおおっ!!!!!!」
翼が悲鳴を上げたその瞬間、ベイブが「やむをえん!!!」と怒鳴り、そして「来い!!!!」と何かを手招きした。
先ほどチェシャ猫が作り出したよりも遥かに大きな白く光る文様が空中に作り上げられる。
極彩色の翼が、文様から生えるように開かれ、その羽を撒き散らした。
背中が大きく開いた金糸にて龍の刺繍が大胆に施された光沢のある中国服を身に纏った男が、ゆっくりと現れた。
黄金色の、波打つ目に眩しい程の光を放つ髪や目は、見るものの目を射るのに、見つめ続けていたくなるような、それでいて畏怖の念を抱かざる得ない程の輝きに満ちている。
キメラではない。
そんな不自然な生き物ではない。
金色の角が、頭部より二本生えている。
首筋や、肘より先の腕が金色の鱗で覆われていた。
金の燐粉を振りまいているかの如く、その身の周囲がほんのりと黄金色に輝いて見える。
白い肌。
赤い唇。
酷く美しい顔をしているが、ウラは、何だか見覚えがあるような気がして、まじまじと凝視する。
確かに見覚えがある。
昔、この城で一度だけ相会った「幇禍」という男によく似ていた。
だが、余りに身に纏う空気が違いすぎた。
全くの別人であると判断せざる得ないその男は、床に下り立ち、まるで、辺りを睥睨するかの如く首を巡らせ、赤い唇を曲げて、緩やかな笑みを見せる。
チェシャ猫が、硬直したまま、その姿に魅入られていた。
「さぁて……逃げても無駄だぜ?」
嘲るような声だった。
「『神の目』からは、逃れられねぇ。 例え何処へ行こうともだ」
そう言いながら、スタスタ歩く男の隣に、白い文様から次いで、表れ、まるで、男に従うかのように赤い血にところどころ染められながらも、白と黒の縞模様も美しい真っ青な目をした羽の生えた虎が下り立ち、Drを見据えながら歩く。
その後ろをパタパタと、何だか、やけに汗まみれになりながら、肌色の肉団子に小さな手足が生えたような、不可思議な生き物が飛んでいた。
「観念しろよ。 この、畜生」
そう言う男が羽を広げ、まるで、ふざけてるみたいな声で「神の裁きって奴を味わいな」と言い、自分の言葉を馬鹿にするかのように、「ケケッ」と奇妙な声で笑った。
ウラは、チェシャ猫が男に圧倒され、立ち竦んでいるのを確認し、ゆっくりと立ち上がると腕を組んで、ジロジロと男を眺め回す。
「あなた…何者?」
高飛車な声で呼びかければ、男はウラに視線を向け、にたっと笑って「神様だよ」と告げた。
「…神様…?」
掠れた声で燐が呻く。
「馬鹿な…」
されど、ウラは微笑んだ。
確かに祈った。
何者でもない何かに。
魔女の祈り。
答えはこれか。
魔女が呼び込んだ神はバカバカしい程にド派手で、禍々しいほどに美しかった。
翼が目を見開いたまま「君は…幇禍さん…ではないね?」と問い掛ければ、「違うね」とにべもなく答える。
「あいつと、俺は全く違う。 てめぇは、幇禍の知り合いか?」
男の問い掛けに、翼は頷くと、「じゃあ、君は…?」と問い返す彼女に、面倒臭げに「…だぁから、言っただろ? 神様だって。 ま、どうしても、呼び名が知りたいってぇなら、舜・蘇鼓と呼んでくれ」と答える。
ふざけた答えではあるが、強ち嘘と笑い飛ばすには、登場のタイミングから、その姿に至るまで、何から何まで出来すぎてて、ウラは、蘇鼓の正体などどうでも良いと思っている自分に気付く。
神様だろうが、悪魔だろうが、関係ない。
問題は、蘇鼓が、こっから、どれだけウラを楽しませてくれるかだ。
ついと、蘇鼓がウラと燐どちら共に視線を向ける。
「保護者が随分心配してたぜ?」
なんだか、笑みを含んだ声。
「くれぐれも力になってやってくれって頼まれちまったぜ。 俺を此処に送ってくれた、いんちき臭い魔術師と、曜にな」
肩を竦めて言われ、燐と顔を見合わせると、敵か味方かすら、いまいち判じかねていた蘇鼓が、デリクによって遣わされたものであるのならと、安心する。
燐も「曜先輩は無事なのじゃな?!」と、顔を輝かせており「ったく、やっぱ、人間は訳が分かんねぇ」と言って、少しだけ困った顔をした。
「なんで、てめぇ以外の他人をそんなに大事に出来んのか、俺には理解不能だよ」と言いながら、少しだけ寂しげにも見える、その美しい顔を凝視すれば、さっと色を刷いたように、愉快でたまらないといった風な悪餓鬼めいた表情に一変させ、漸くチェシャ猫に向き直る。
そして、恐れる様子もなくチェシャ猫のすぐ前までスタスタと歩いていくと、「で? 何、これ? 化け猫?」と言いながら、その巨体を指差した。
チェシャ猫の傍らに立つDrに、蘇鼓は「それとも、てめぇが創ったの? こんな悪趣味なもん」と言いながら、ケケケッと喉を鳴らす。
「おっもしれぇ。 竜子、こんなんがいるトコで暮してんの?」と愉快気に言うと、「フーッ!!」と唸り声をあげる猫に向かって、「躾がなってねぇなぁ!」と楽しげに毒づいた。
「…力を貸してくれるんだね?」
翼の問い掛けに、「ま…約束したからな」と答えた瞬間、蘇鼓の傍らにいた白い虎が、我慢しかねるといった様子で一声吼えると、一気呵成にDrへと飛び掛った。
チェシャ猫が腕を振るい、虎を叩き飛ばそうとすれば、その攻撃を、羽を羽ばたかせ高く飛び上がり、素早い動きで避けて、Drに迫る。
Drも自身の羽を使い、高く飛べば、笑いながら、「虎しゃん、そういえば、お前生きてたんでしゅか! あはははっ!! それは、それはっ!! なんて、生意気なんでしょう!!」と言いながら、燐とウラに投げつけてきたものと同じと思わしき、球形の爆弾をバラバラと一気に撒いた。
パン!!!っと、ポップコーンが弾ける音に良く似た、しかし、よっぽど鼓膜を揺るがす轟音が連続して聞こえてくる。
「時間が…ないわ!! ベイブ!!! あたし達を守りなさい!!!」
ウラがそう叫べば、ベイブが物憂げな仕種で、それでも、指先で複雑な文様を宙に描き、チェシャ猫とウラ達の境界線上に光の壁が立ちはだかる。
防護壁は、Drの爆撃を防ぎ、こちらに向かって踏み出そうとするチェシャ猫の体を押し止めていた。
「ただの時間稼ぎなど、無駄な足掻きでしゅ!」
そう吼えるDrに視線を送りベイブは、醒めた眼差しで「煩い」とだけ呟く。
「喚くな、頭が痛くなる…」
掠れた声。
未だ本調子でないのだろう、視線が不安定に彷徨い、胸の辺りに手を這わせると「胸がざわざわする…」と呟いた。
バチバチバチ!!っと、電撃音がし、チェシャ猫が「うにゃん!!」と悲鳴のような声をあげて、光の壁から飛びずさった。
「自身の力を、制御…出来ていないのか?」
眉を潜め燐が言うのに、ウラは頷く。
アリスとの邂逅により、自身の力は増し、支配権こそ取り戻したものの、彼女を自身の体内に吸収した影響もあり、己の力をコントロール出来ずにいるのだろう。
「…はぁっ…はっはぁっ…っ!!」
ベイブの額に汗が浮かんでいる。
視線がまたブレ、バチバチと光の壁が暴走する。
ウラは、そんなベイブに走り寄ると、その腕を掴み、必死に揺すって「もうじきよ!!」と怒鳴った。
「もうじき、デリクが女王とジャバウォッキーを連れてきてくれるわ!! だからっ!! だからっ!!」
ベイブの視線がぐるりとウラを眺め、それから小さな声で「ウラ…」と呟く。
「…そうよ…大丈夫。 あなたは一人じゃない。 味方がいる。 大丈夫」
呪文をかけるかのように、ウラは、ベイブの目を見て、何度も、何度も呟いた。
「きっと、デリクが誠と竜子を連れてくるわ。 デリクが来てくれるの。 そうよ…だから、大丈夫…大丈夫よ…」
声が震えた。
あの群青色の目を思い出す。
いつも、いつも、余裕の笑みでウラのピンチを救ってくれた。
あの暖かな手が、ウラを守ってくれなかった事など、一度だってなかった。
膝がズキズキ痛い。
さっき転んで、また新たに出来た擦り傷や、爆撃で負った火傷が痛む。
思えば随分、今回ウラは無理をした。
力を酷使し、一人この変わり果てた城を駆け巡り、今、見たこともないような化け物と対峙している。
いつもなら、デリクの傍で、傍観者のように笑って事態を眺めているだけで、何もかもが済んでいった。
災いは、いつもウラの脇をすり抜けて、いつだって綺麗な姿のまま、微笑んでいられた。
だけど、今回は違う。
傷つく事を選んだ。
己が守りたいと願ったもののために。
我に返れば、想像すらしていなかった過酷な現実がウラの心を弱くする。
ああ。
いやだ。
認めたくない。
絶対に。
でも、もし、今、彼に会ったなら、まるでただのガキみたいに、そこらのつまんないガキみたいに、きっとあたしは泣いてしまう。
デリクに抱きついて、あの大きな手が何度も、何度も自分の頭を撫でてくれるのを確信しながら、きっとあたしは泣いてしまう。
「怖かった」と泣き喚いて。
いやだ。
そんなのいやだ。
あたしには似合わない。
きっと、似合わない。
これは、自分が選んだ道だ。
だから。
にいっとウラは唇を裂いて無理矢理のように笑った。
「てめぇも、あんなチンケな野郎相手に、そんなうろたえてる場合じゃねぇんだよ、このスカポンタン。 おら、もっと、気張って見せろよ!!!」
そう口汚く怒鳴りつけるウラを、ベイブは驚いたように見下ろした。
不敵な笑みを益々深め「…誰が、今お前の傍にいると思ってるの? 無様な姿を見せないで。 見苦しいわ!!」と声高に言い放つ。
「ひあっはははっはははっ!! 言うねぇ!! お前、サイッコー!!」
蘇鼓が体を折り曲げ一頻り笑って、ウラに親指を立てると、ベイブはぎゅっと眉根を寄せ、光の壁は、再び静寂を持って、チェシャ猫達とこちら側の間に厳然と立ちはだかった。
「おい!! てめぇ、あの壁、もっと厚く出来ねぇか? こっちの声が一切向こうに届かねぇように」
蘇鼓の言葉に、ベイブは眉を顰め「人使いが…荒い…」と溜息混じりに呟いて、更に複雑な文様を描き出す。
すると光の壁は、その色合いの濃さを増し、金色の壁に変じて向こう側の様子すら見えない状態になった。
「これで…こちら側の…声は一切向こうには…届かん…。 だが…白雪…」
そう、ベイブが呼びかければ「あの防護壁は、保って…数分程…」と白雪が即座に答える。
「とっとと……ケリをつけろ…」
ベイブの言葉に蘇鼓は「充分だ」と笑って答える。
「うし。 てめぇら、耳の穴かっぽじって、ようく聞きな。 ありがたくって泣けてきちまうようなモンを特別に披露してやる」
そう言いながら、ぐるりとウラ達を眺め、そしてゆっくりと目を閉じる。
そして、顎を上げ、両手を広げると、蘇鼓の周囲を覆う、淡い光のオーラが更に強まり、突然、彼は、美しい、少女めいた程に可憐な声で、高く歌い始めた。
息を呑む。
悪辣な物の言いの目立つ、お世辞にも上品とは言えないような男の唇から、天上に住まう迦陵頻伽を髣髴とさせるような見事な歌が響き渡った。
まさに、神の歌声。
空気が一斉に澄み渡り、薔薇の匂いが濃く、甘く、ウラの鼻腔を擽った。
息を吸う。
体内が浄化され、ゾクゾクと這い登るように、得体の知れない力が湧いてくる。
燐の血液を口にした時とよく似た感覚に体が支配されていた。
全身に負っていた火傷や、擦り傷が癒えていく。
蘇鼓が短い曲を一曲歌い終える頃には、完全に体中の傷は快癒し、疲労感が全身から消え去っている事に気付いた。
ベイブに壁を厚くさせたのは、この歌声をチェシャ猫達に聞かせぬ為かと合点がいきながら、指先を閃かせれば、抜群のコントロールでもって青い光がパチパチと美しく踊る。
燐がハッとした表情で、指先に、再び針で穴を開けると、翼に向かって駆け出した。
「飲め! 早う! 時間がないっ!」
燐の言葉に、翼は一瞬呆然とした後頷いて、美しい形の唇を、その愛らしい指先にそっと寄せる。
「チュッ」と小さな音を立てて、燐の血を口に含んだ翼に、次いで、ウラは「その剣を翳しなさい」と告げた。
「…何を?」と訝しげに首を傾げる翼に「その剣は、かなりの代物のようだし、今のコントロールなら、多分成功する。 じっとしてなさいよ?」と言いながら、針を通すような細心のコントロールでもって、翼が翳した剣に雷を落とした。
「っ!!」
驚く翼達の表情を眺め、満足げに頷く。
一瞬の雷撃を、ウラの持てる限りの力をつぎ込み、この世に長く止め、翼の剣に宿らせた。
燐の血と、聞くものを回復させ、その力を増進させるらしい蘇鼓の歌。
そして、ウラの雷撃。
青白い光を帯電している剣を、翼がすっと指先で撫でる。
バチバチバチ!!と派手な音を立てながら、剣がまた紅色に染まった。
「…っ!! もう…保たん!!」
ベイブが、ずるりと床に崩れ落ちた。
光の壁が、ゆっくりと崩れゆく。
「タイムリミットでしゅ」
Drが勝ち誇ったように告げるのを聞いて、燐が満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「お主のな!!!」
翼が、地面を蹴り、宙に飛ぶと、息を呑むようなスピードでチェシャ猫に突進する。
「「行けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」
ウラと燐が声を揃えて叫び、白雪が両手を組み合わせ祈った。
ベイブが、虚ろな表情で笑う。
金色の髪が乱れ、美しい目を見開いたまま、翼は、まるで呪われた城を救いに来た騎士の如くの凛々しくも美しい姿でチェシャ猫に肉薄した。
バチバチバチバチバチ!!!!!!!
翼が突き出した剣が、狙い過たずチェシャ猫の胸に突き刺さる。
「…さよなら」
翼が厳かな声で告げ、剣に宿らせた全ての力を解き放った。
赤い稲光が、部屋を明滅させるほどの光を放ち、鼓膜を打ち破らんばかりの音がウラの耳を劈く。
咄嗟に耳を塞ぎ目を閉じてうずくまる。
赤い光が、鏡の部屋を覆いつくし…そして、恐ろしい程の沈黙が、暫くの間、その場を満たした。
まだ、チカチカと明滅しているような瞼を押さえつつ、それでもゆっくりと目を開けば、そこには鏡の壁に突き刺しにされているチェシャ猫の姿があった。
女の姿に戻っているチェシャ猫は、それでも小さくもがき、首を振り。
「っ…う…そよ…うそ…うそよ…」と弱弱しい声で呻く。
ひびの入った鏡に映る、歪み、何体にも分裂したチェシャ猫が、断末魔の痙攣を見せた。
「…だ…って…こんな…の…聞いた…事…ないもの…。 お…御伽話の最後は…いつだって…王子様と…お姫様が結ばれて…幸せに暮らす…んだもの。 わ…わっちは…わっちは……お姫様…に…」
白雪が、ゆっくりとチェシャ猫に近付いていく。
そして、チェシャ猫が串刺しにされている背後にある鏡に自分の姿を映した瞬間、その姿が掻き消え、自分の姿を映していた場所から出現したかの如く、チェシャ猫の背後に立った。
開かれた胸に在る鏡に、翼の剣の切っ先が吸い込まれ、ずぶずぶずぶとチェシャ猫を貫いたまま飲み込まれていく。
翼が目を見開き白雪を見上げた。
「猫はお姫様にはなれない」
残酷な微笑み。
チェシャ猫を抱きしめ、白雪が歌うように言う。
「猫は猫。 ただの猫」
そして、チェシャ猫の顎を無理矢理持ち上げると、唇を近づけて、嘲るように、言い聞かせるように言った。
「…夢は夢。 絶対に叶わない。 絶望なさい。 分不相応な望みを持った事、ベイブ様に出会った事、生まれた事すら悔いなさい。 さようなら、性悪猫」
白雪の真っ白な唇が、チェシャ猫の唇に重なる。
死の 接吻。
お姫様が王子様の口付けで目覚めるのなら、白雪の口付けはチェシャ猫に永遠の眠りを齎した。
チェシャ猫の体が鏡の中に沈む。
顔を上げた白雪の唇から、真っ黒な液体がツルツルと零れ落ちた。
「…それは……」
燐が掠れた声で問い掛ける。
「燐が、鏡を通じてこの城へと来れるようにした…あの薬と同じものか…?」
燐の震える問い掛けに、白雪は満面の笑みを浮かべ「『鏡渡り』の秘薬に御座います」と密やかに答えるうちにも、ずぶりとチェシャ猫は鏡に飲み込まれ、そして四方を囲む鏡に高い空に放り出され、落下するチェシャ猫の様子が映し出された。
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall
♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
王様の馬みんなに 王様の家来みんな合わせても
ハンプティを元には 戻せやしなかった
壊れた 卵は もう元には戻りません!
合唱が微かに聞こえてくる。
堕ちる。
墜ちる。
猫が。
落ちる。
「あの猫は、一度も想い人に『会えた事等なかったので』本望でしょう」
残酷に白雪が言う。
「私の慈悲です」
地上に、一人の男が立っていた。
あれが、K麒麟の首領。
満身創痍で、それでも、天を仰ぎながら、酷く明るい、悲しいほどに明るい、幸福そうな笑みで両手を広げる。
猫も笑った。
最期の意識で。
「やっと…会えた…」
小さく猫は呟いた。
「ずっと会いたかった」
男も笑って応えた。
猫の胸を刺し貫いている翼の剣が、そのまま、男の心臓も刺し貫いた。
落下した猫を男は抱きしめ、そして、地上に倒れ伏した。
現世と王宮、たった一度として、直接、触れ会う事もなく、鏡越しで想いを育んだ、憐れな、憐れな、恋人同士。
漸く、最期の、最期、この上ない悪辣と、暴虐の果てに、二人は抱き合う事が出来た。
悲恋の結末である。
悲しい終末である。
しかし、悪党の恋であった。
悪党の最期であった。
「そう思うと、上々終わり方じゃない? ねぇ、チェシャ猫」
ウラがそう小さく嘯くと、フラフラとDrが壁に取り縋り、震える声で「…虎杰……茜…」と、男とチェシャ猫の名らしきものを呟く。
「ふ…ひっ…ひぁっ…ははっ…あはははっ…はっははははっ!!!」
そのまま膝を付き体を震わせながら笑うDrが、狂気に霞んだ目で辺りを見回し、そしてポツンと「一人ぼっちに…なっちゃいました…」と呻いた。
「…いやでしゅねぇ…一人…は…とても…寂しいでしゅ……」
狂った声。
ぐるるるる…と唸りながら蘇鼓が連れてきた羽の生えた虎が、Drへと近付いていく。
「…しょうがないから……あの二人の所へ行く事にしましょう……」
俯きながら呻いたDrは、懐から真っ白なカプセルの詰った薬瓶を取り出すと、突然、自分の掌にザラザラと錠剤をぶちまけ、口中に放り込んだ。
(毒でも飲んだのかしら?)と、手間が省けてよかった等と心中で冷たく思えば、どうにも、Drという男、そこまで潔くはなかったらしい。
「…君達も…連れてね……?」
そう呟いたのを最後に、突然、Drの体が膨れ上がり、一瞬にして人間の姿を失う。
白衣が弾け、ぶよぶよと膨らんだ肉の塊が床を侵食し始めた。
にいいっと肉に埋もれかけた唇が歪むのを見て、ウラは嫌悪感に後ずさる。
このままじゃ、間をおかず、この部屋があの肉に埋め尽くされる。
ただ自殺するのなら、大人しく死んでおきゃあいいものを、どうして、他人を巻き込みたがるのだろう!!!と歯噛みしたい思いにかられながら、あんなものに触れるのもいや!!と、事態を打開すべく目まぐるしく思考し始めるウラの目に、白い虎が、その肉の塊の中心に飛び込んでいく姿が見えた。
「やっちまえ!!! 兎っ!!!!」
蘇鼓が叫び、「兎?」と疑問符をあげる間もなく、突然虎の背中の上に跨る男が現れる。
「兎月原さん?!!」
翼が叫び、兎月原と呼ばれた男が、躊躇いもなく拳を突き出して、肉の中にその腕を埋もれさせた。
「往生際が…悪いんだよ…!!!」
そう鬱陶しげな悪態をつき、ぐいっと兎月原が手を引けば、掌の中にドクドクと脈打つ気持ちの悪い心臓めいたものが掴まれているのが見える。
「おえっ!」と舌を出してウラが言えば、燐が青ざめたまま「…夢に…出そうなのじゃ…」と呟いた。
眉一つ顰めず、その心臓を兎月原が握り潰す。
その瞬間肉の膨張が止み、ずるするすると、その中心に這い戻ると、胸に大きな穴を開けたまま横たわるDrの姿が現れた。
ベイブが指先をツイと振れば、周りの様子が一変し、ウラにとってはもう見慣れた、いつもの玉座の間に姿を変える。
いつの間に現れたのか、三つの首を持つ大きな黒犬ケルベロスがパクンとDrの物言わぬ体を平らげる。
そして満足げに舌なめずりを見せると、ベイブに対し、三つの頭を同時に下げ、それからノソノソと城の奥へと消えていった。
「…気持ち悪」と、さしてそうは思ってもいないような口調で呟き、べちゃりと音を立てて、兎月原がその潰した心臓を床に投げ捨てる。
「いいとこ取ってくじゃねえかよ…」と揶揄するように蘇鼓に言われ、「いや、ていうか、俺がいなくても、綺麗に話が終わりそうだったもんで、今更どうやって出てけば良いのか分からずに、俺はかなり焦ってたぞ。 第一声は『実はお邪魔してました!』とかでいいのかな?とか、凄い考えたんだからな!」とかなり本気の声で蘇鼓に訴え、それから「重かったろ? すまなかった」と言いつつ、白い虎の頭を撫でた。
ぐるぅ…と唸り、その身に体を摺り寄せる虎に、「大五郎…お前ほんとに男前に弱ぇのな…」と呆れたように蘇鼓は言う。
「…大…五郎?」
その余りに燻し銀な名前にウラが「なんで…大五郎…」と疑問に思えば、燐も白い虎を凝視しながらそう呟き、あまつさえ「メスの虎っつうのは、みんなそうなのかよ?」と蘇鼓が問い掛けるに至って、「メスなの?!」「女の子で、なんで大五郎?!」とウラと燐が交互に言い立てた。
だが、男前世界選手権で充分トップを狙える男装美少女翼にしてみれば、虎の性別を見抜いている事など、当然の事だったらしく、「…彼女には、そんな無骨な名は似合わないよ」と憮然とした調子で蘇鼓に抗議している。
マジマジと姿をよく見れば、これまた極めて大人の色気が漂う美男子であった兎月原も、極めてナチュラルに「俺は女性の上にしか乗らない主義なもんで…君みたいに綺麗な子と一緒にいれて楽しかった」等と翼と同じ人種らしい事をシレっとのたまいウラを呆れさせた。
呆れついでにウラの膝の力は抜け、肉体的疲労感こそ蘇鼓の歌で回復していたものの目まぐるしい出来事に疲弊した心が、中々立ち上がらせてはくれない。
「そもそも…お前…どこにいたのよ? 虎の背中には、誰も乗ってなかったわ」
ウラがそう兎月原に言えば、にこりと見惚れるしかない笑みをウラに見せ、それからふいに視線を上げると「君の王子様に、空間を歪める力を使って姿を隠して貰ってたんだ。 さぁ…お迎えが来たよ?」と言った。
ウラは、その言葉に振り返る。
するとそこには、何だか涙が出そうなくらい、懐かしくすら感じてしまうデリクの姿があって、彼はいつもの笑みを浮かべて「ウラ。 よく、頑張りましたネ」と言ってくるものだから、どうしようもなくなって、さっきまで「立ち上がりたくない!」なんて言ってた足を跳ね上がるようにして立たせ、一気に、走り寄り、その胸に飛び込んだ。
「デリク!! デリク!! デリクッ!!」
喚くウラの声に応えるように「ウラ、ウラ、怪我はないですカ? 私の可愛いウラ」とデリクが言う。
「馬鹿ね! このあたしが、怪我なんて、間抜けなもんするわけないでしょ?」
そう言いながら、ウラは涙を堪えて顔を上げると「恐れ入りなさいな。 化け猫も、魔物も、魔女だって、あたし、何にも怖くなかった! 何にもよ?」と嘘をつき、にいっと不敵に唇を曲げた。
デリクは、全部、ほんとの事はお見通しだろうに、それでもわざとらしく驚いたような顔をして「それは、凄イ! 私は、とっても怖かったデス! 化け物の群れに、巨大なキマイラ! 思い出すだけで、背筋が凍ル! いやぁ、ウラは実に凄イ!!」と褒め称え、それから、ついと視線を広間の中心に向けた。
そこには、ウラがデリクに対してそうであったように、勢いよく翼に飛びつく、折角のドレスをボロボロにして、泣き喚いている竜子がいて、大分憔悴しているようだが、そんな様子を呆れたように笑ってみている黒須がいた。
「…畜生」
「ウラ?」
「なんだか、この光景の為に頑張ってよかったなんて思っているあたしが、あんまりにもチンケで悔しくなっちまったのよ」
そう毒づくウラにデリクは「ククッ」と小さく笑う。
翼から漸く離れた竜子と、黒須、二人纏めてベイブがぎゅうっと抱きしめると、漸く何もかも安心できたかのように、「…ああ…疲れた」と彼が呻くに至って、ウラは自分自身の疲労感を思い出し、デリクの袖を引いて囁いた。
「あたしたちも帰りましょう。 今日一日何があったのか、是非お茶でもしながらお話合いしたいのだけど、ソレよりも、早く薔薇を浮かべたお風呂にでもつかって、ぐっすり眠りたいわ」
ウラの言葉にデリクも「大いに賛成です」と答え、それからベイブがデリクと、ウラの二人を振り返り、デリクには如何にも気に入らなさそうな顔つきで、ウラに対しては、その厳しい表情が大分和らいだ微かな笑みを見せて「世話をかけた」とだけ言った。
アリスとの邂逅を果たし、自身の想いをとうとう認めたせいもあり、あの病的なまでの魔術師に対するアレルギーは消失したらしいが、それでもデリクはベイブにとって、天敵である事に変わりはないらしい。
デリクは、いつもの喰えない笑みを浮かべると、「どういたしましテ」とだけ軽く答え、「お世話ついでニ、このお城、また今度、じっくリ拝見させて貰ってもよいでしょうカ?」等ともちかけ「調子に乗るな」等とにべもない調子で断わられていた。
竜子がウラに近付いてきて、翼にしたのと同じようにぎゅうっとその体を抱きしめる。
「あんがと。 ウラ。 お前は、最高だ」
泣き腫らした真っ赤な目をした竜子に言われ、いつもの憎まれ口を何か叩こうとして、なんだか、そういうのも似合わない気がして、ウラは「ふふん」と鼻で笑うと「決まってんじゃない」とだけ答えておいた。
黒須も、微かに笑いながら「助かった。 本当に」とデリクとウラ両方に対して頭を下げてきて、悪い魔女になる予定なのに、こんな風にお礼なんて言われちゃっていいのかしら?なんて、奇妙な罪悪感を抱く。
ベイブの中にいるアリス。
それは、きっと後々この二人にとって、大きな爆弾になる。
仕掛けたのは、ウラ。
だが、そのスイッチはどこにもなく、いつ爆発するとも知れない時限爆弾を残した事をウラは知りつつも「さぁ、どうなるのかしら?」と艶然とした笑みを浮かべた。
「目が離せないってトコじゃない?」
ウラの言葉にデリクがその意味を判じたかのように「そうデスネ」と頷く。
結局喰えないコンビはやはり強かに、ウラは己のロマンを求め、この城を守りきった結果を、それぞれ満足に思うのだった。
翼が、自身の持つ浄化の力を行使して、この王宮で散ったたくさんのキメラの魂を天上へと送る。
青白い光が、ふわりふわりと宙に浮かびながら消えていった。
光の中心で、神々しいほどの美しさを見せる翼を見ながら「まるで天使ね」とウラは胸中で呟く。
あたしの祈りとは違う。
天使の祈り。
だが、一つだけ、暫くウラの周りを浮遊し、ゆっくりと登っていく魂を見つけ、ウラは呟く。
「香奈……」
自然と、ウラの白い手が組み合わされ、俯き、心から祈った。
どうか…暖かな場所へ…自由に飛びまわれる暖かな場所へ、彼女の魂が逝けますように……。
その横顔は、ただただ、無垢で、いつもの驕慢さや、高飛車さの影すら見えず、天使の横顔を見せながら、祈り終えたウラが隣に立つデリクに告げた。
「ねぇ…デリク。 あたし、今日、たくさんの人が死ぬのを見たわ」
デリクは黙ったまま、ウラの頭にそっと手を置いてくれた。
「あたしは…この身体が動かなくなるのは…哀しいわ。 嫌よ」
静かな声。
「でも、デリクが動かなくなるのも、同じ位嫌。 死んでいったこの子達にはきっと、私と同じように、自分が動かなくなると同じ位、この子達の死を悲しんでる人達がいるんでしょうね。 …どうして、家族を大事に想ったり、人を愛せるような人間が、同じ人間を殺す事なんて出来るのかしら? 分からないわ。 あたしには分からないわ」
ウラがそう言えば、この世の全ての事すら知っていそうな程に知識豊富な魔術師は「私にモ、分かりませン」と呆気なく答え、そして「…でも、分からないでいられるのハ、ウラのおかげだという事は…分かりまス」と優しい声で言う。
「…無事でいてくれてありがとウ」
デリクの言葉にウラは頷くと「あなたもね」と微かな声で答え、それからまた、早くお家に帰りたいと、訳もない郷愁感にかられた。
そんなウラの真っ黒な瞳には、尽きる事がないのでは?と思う程の、夥しい数の青白い魂の光が、ふわり、ふわりと映り続けていた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3432/ デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3343/ 魏・幇禍 (ぎ・ふうか) / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【3678/ 舜・蘇鼓 (しゅん・すぅこ) / 男性 / 999歳 / 道端の弾き語り/中国妖怪 】
【4582/ 七城・曜 (ななしろ・ひかり)/ 女性 / 17歳 / 女子高生(極道陰陽師)】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【2863/ 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【3427/ ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4236/ 水無瀬・燐 (みなせ・りん) / 女性 / 13歳 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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お届けが大変遅くなって申し訳御座いませんでした!
前編・後編共にご参加頂けた事を心より感謝します。
それでは少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
momiziでした。
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