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【東京衛生博覧会 後編】
「人にとって、美しい姿勢とされているのだろう?」
頬に血飛沫の跡を残す男が言った。
「『どうしても叶えたい願いの為に、何でもする』という事は」
「素敵な事なんだよねぇ?」
コケティッシュな笑みを浮かべ、猫は勝ち誇った。
「『夢が叶う』っていう事は」
「覚えはないんでしゅか?」
Drは、唇の端を引き攣らせた。
「『大事な誰かの為になら、どんな事も厭わない』という気持ちに」
血の濃い匂いが立ち込めていた。
豪華なオークション会場に、息をするのも煩わしい程の熱帯のジャングルに、そして、薄暗い倉庫に。
引き金は、いつ引かれたのか?
彼らの本当の目的は何なのか?
この物語は、何処へ疾走して行くのか?
何にしろ、血の花は咲いた。
後戻りの出来ない場所に、貴方はいた。
男は、猫は、そしてDrは問うた。
「さぁ、これから、どうしようか?」
まるで、子供のように。
「さぁ、これから、どうしようか?」
SideB
【 舜・蘇鼓 編】
不自由な話なのだが。
何よりも自由を愛する蘇鼓は、胸中で嘯いた。
不自由な話なのだが、こう見えても俺は神の端くれでね。
血に染まった羽を広げ、ブルブルとその雫を振るい落とすと、濃い血の匂いに満ちた会場をぐるりと首をめぐらせて見回す。
酷い有り様だった。
爆ぜて飛んだキメラ達の亡骸が、累々と横たわる会場で、嵐の体が自分でも意識していないのだろう。
ガタガタと小刻みに震えているのをぼんやり眺める。
例えば、ああいうのを、もう少し理解できるようになってしまうと、きっと自分はやっと端くれに引っ掛かっている神の椅子から完全に転がり落ちてしまうのだろうと思う。
人ではないよ。
神だからね。
人でなしだよ。
神だからね。
だから、濃い血の匂い漂うその場所で、蘇鼓は笑っていられて、まるで、その分を取り返すかのように、嵐はどうしようもなく憤ってるみたいだった。
「…んだよ…これ…っ!!」
掠れた声で嵐は呻いた。
ぐしゃぐしゃと曜が綺麗に整えてやった髪をかき乱し、痛みを堪えるように、ぎゅうっと目を閉じ、唇を引き結ぶ。
「外道が…」
静かな声。
血に塗れながら、剣呑という言葉をそのまま具現化したかの如き表情で、曜が虎杰を見つめていた。
「何が目的かは知らんし、知りたくもない。 お前が望むものが城だろうが、他に何があろうが、そんな事はどうでもいいんだ」
曜は、苛烈な怒りの最中にあっても美しくて、むしろ、こういう惨劇の最中だからこそ、際立つその凛々しさは、血に塗れた会場の中で、更に輝いて見えた。
「…ただ、よくも私の目の前でやってくれたもんだ。 ここまで歪で虚ろな人間は裏でも珍しいが……一途な外道など生きてるだけで世間の迷惑だ。 お前も、他者の理解など最初から期待していまい。 お前はここで望みを叶える事なく散れ!」
ビリビリと肌が痺れるような殺意に満ちた声で吼え、懐から数枚の札を取り出し、素早く印を結びだす。
蘇鼓は、虎杰の問いにヘラリと笑い、「生き物ってのは際限なく欲を積み上げていくもんだ」と軽い口調で答えてやった。
「どんだけお題目口にしようが、悲壮な顔して語ってみようが、結局はただの性(さが)。 美しくも醜くもねぇよ。 でも知ってるだろ? "願い"ってのは頑張れば叶うって訳じゃねぇ事よ。 お前がこれまで他人の願いを潰してきたように、お前の夢もぷちっと横から潰されちまうのが世の定めってな?」と、暗に自分達が虎杰を潰すという事を宣言する。
コキリと腕を回して骨を鳴らし、「文句はねぇだろ? 己が今まで積み重ねてきた所業の結果さ。 因果応報だっけ? ケケケッ! 俺ぁ、あんま好きな言葉じゃねぇがな! でも、お前の末路にゃ相応しいよ。 潰してやるよ。 夢ごと、その命も」と言って、高みから虎杰を見下ろした。
竜子が、真っ赤に染まったフロアに立ち尽くし、泣きそうな声で喚いた。
「…お前…何者なんだよ…っ!! なんで、王宮の事を知ってるんだよ…!! 一体、何の為にっ!! これは!! こんな事を!! 一体何の為にっ!!」
竜子の声に、虎杰は静かに笑うだけで何も答えず、「お前達はどう思う?」と、誰にともなく問いかける。
「…ぁあ?」
低い震える声で、虎杰を睨み据えながら、質問の真意を嵐が問う。
「命の価値の話だ」
「…命の…価値?」
唸り声。
震える声で一歩踏み出し、嵐が「何が言いたい」と問い掛けた。
「平等ではない、それは分かっているだろう?」
「…だが、尊厳は平等だ」
嵐は言う。
「確かに生まれや育ちや国や才能や容姿や学歴や…、まぁ、面倒臭い色々で、人間が皆平等なんざ、無邪気な物の言いを俺だってしやしねぇよ。 だが、その差で『殺して良い人間と、そうでない人間』がいるなんて考え方はねぇよ。 そんな頭の悪ぃ理屈は何処にも通用しねぇよ。 他人の命をこんな風に奪って良い理由なんざねぇんだよ、どれだけ探したってな」
虎杰は言い募る嵐の顔をしげしげと見返し「お前には『特別な人』はいるか?」と問うた。
突然の問い掛けに、目を見開き、嵐は何度も瞬く。
「何をおいても守りたいもの。 その存在があれば、どのような困難にも立ち向かえると思える人間はいるか」と、問いを重ねる虎杰。
嵐は暫し逡巡した後、ゆっくりと頷く。
「かけがえのない存在か?」
穏やかな声。
嵐は戸惑いを隠さないまま、それでも再度頷く彼に対し、にいと虎杰は唇を裂き、「家族…恋人…友人…まぁ、どんな関係性でも構わない。 全くの赤の他人より、そういった存在の方がお前にとっては大事の筈だ。 いや、お前だけでない、お前も、お前もだ」と言いつつ、順繰りに蘇鼓と曜を指差してきた。
蘇鼓はといえば、少し首を傾げ、(特別…?)と心中で呟く。
咄嗟に、パタパタと身近で飛ぶ帝鴻を見上げてみるも、特別というセンチメンタルな言葉が似合う間柄かどうかを暫し悩んだ。
そして蘇鼓は、あっさりと結論を出す。
特別なんか いねぇよ。
誰かを心の拠り所になんざ 一度だってした事ねぇよ。
かけがいのない存在なんざ 想像すら出来やしねぇ。
人でなし。
自分に対して、またもそう嘯き、されど、だからこそ、目の前の狂気の塊がベラベラと喋りたてる、彼なりの『理屈』、その一切に、自分の心が動かされる事など微塵もありえないという事も分かっていた。
理屈も道理も一切通用なんざしない身の上で、己の有り様を業なものよと嘆く事すらせず、延々と生き続けてきた蘇鼓にとって、他者を自分の中で選別し、特別な者等という呼び方をする事自体、想定の範囲外であり、人のおかしみを思わせる行為でしかない。
神には分からない。
人にしか分からない。
そういうものさ、と諦めて、自分にとって『特別』等ではない、それでもそこそこ気をかけてやっていた古い友人の事を思い出す。
振り返り、足元に視線を落とす。
そこには、無残な大五郎の残骸があって、にたりと蘇鼓は笑い、囁いた。
盟約が あらぁな。 なぁ、大五郎。
「うぐ…るる…るるるる…」
ぐちゃぐちゃになった肉塊の、それでも、喉の部分がぶるぶると震えていた。
「友は ここにおわしまする」
ふざけた声。
明るい、まるで馬鹿にしているかのようなその声が大五郎の肉塊に降り注いだ瞬間だった。
ずるずると、床に散らばっていた肉達が這い集まり始めた。
爆ぜた頭に新たな肉が生まれ、覆い、見る見る間に元のように新たな体毛が大五郎の再生部分を覆い始める。
「…お前も逃れられぬ。 神の頚木からは…」
微かな声。 寂しい位の。 目を伏せ、手を翳せば、まるで導かれるかのように大五郎はのろのろと立ち上がった。
「どうだい? 兄弟、調子の程は」
蘇鼓の問い掛けに、「フゥー!」と一度唸った後、ふらふらとよろめき、巧く立っていられないのか、大五郎はそのまま蹲る。
「蘇ったばかりじゃあ、血も足りねぇだろ。 ちっとじっとしてろ」
そう蘇鼓が言えば、悔しげに「ぐるぐる」と唸り、心配げに自分の顔の周囲を飛び回る帝鴻に顔を向ければ、帝鴻はひしっと、大五郎の鼻面辺りにしがみ付く。
小さな手をおぶおぶと懸命に動かし、ぺしぺしと小さく叩いてくる帝鴻に「うみぁ…」と何だか甘えたような声を上げ、それから蘇鼓を水色の目でじっと見上げてきた。
「うぐぁあぅ…!」
微かに鳴く大五郎に、肩を竦め「べっつに…大体、お前がこんなトコで、こんなくたばり方しちまうなんざ、俺がつまんねぇからな」と僅かに口を歪めて答えれば、まるで大五郎は全部分かってるという風に綺麗で冷たい色合いをした目が細められた。
え? 何、その、ツンデレに対する反応みたいな表情は?!と自分の不本意を訴えようとすれども、事態は、どうも、そのような呑気を許してくれる状況ではないらしい。
「…何も、立場や生まれを言いたい訳ではない。 そんな不平等感なんざ、今や、年端もいかないガキすら分かってる事だしな」
そう語る虎杰の言葉は嵐と同じ意味を持つのに、嵐の語彙に含まれる感情とは間逆の虚無感に満ち、蘇鼓は少し意外に思う。
もっと、ギラついた愉悦感を持って、この様相を作り出したのかと思えば、そうではなくて、もっと、遠い場所を見るような眼差しをして虎杰は、言葉を続けた。
「だが、加えて、人というものは、感情を有するが故に、区別をする。 博愛主義。 聖人等と呼ばれ、この世の者全てを愛しているという人間は言い換えれば、『誰も愛して等いない』人間なんじゃないのか?と、俺は思うわけだ。 誰だって、誰かを『特別』に思う。 他の誰かよりもな。 平等は既にない。 人間一人一人が、人間を区別し、順位をつけ、自分にとって守るべき人間を決めて、その選別から漏れた人間の為に、命を懸ける事はしない。 どれ程優しい人間等と言われていても、ニュースで流れる悲惨な出来事に対し、その場で眉を潜めるだけで、実際の行動に移れる人間なんざ、そうはいないんだ」
そうだろ?とばかりに首を傾げる虎杰を睨みながら、嵐が「だからなんだってんだよ?」と唸った。
「だから、こういう事をして良いって言うのかよっ!!!」
語気荒く詰め寄る嵐の顔を見つめたまま、表情を変えずに虎杰は言葉を続ける。
「そもそも、他者の為に自らの命を賭けて行動する事そのものが『選別』である事も、見逃してはならない事実だろう? 一人の人間が救える人間は余りにも少ない。 誰を救うか? どの国の為に助力をするか? どの悲惨な現実に、助けの手を延べるかすら、それは選択の内にあり、誰かを救うという事は、手を延べなかった誰かを見捨てるという事になる。 生きとし生ける者全てが愛しい人間というのは、誰も愛していない人間であり、全てを救いたいと思う人間は、何もしない人間だ。 何も選ばずに生きる事は、神以外には為し得ない。 誰も特別に思わずに、ただひたすらに、平等に人を愛せる人間はいない。 つまり、なぁ、お前。 俺は、例え自分が間違っていようが、この行為が呆れる程の悪行であろうが、お前がどれ程俺を非難しようが、悔い改める事はないんだ」
蘇鼓の傍に大五郎がよろよろと寄り添い、水色の目が射殺しそうな程の鋭さを持って、虎杰を睨んだ。
博愛は、神以外には為し得ない。
ある意味、正解だと蘇鼓は胸中で頷いた。
少なくとも、蘇鼓自身は「特別」等という言葉で語る存在はいない。
誰一人として、そんな者はいない。
守りたいと思う相手もいないし、自分の行動様式を曲げてまで添いたい存在等も思い当たらなかった。
誰もが一緒だった。
蘇鼓にとっては、人間なんて、全部一緒に思えた。
「特別な人がいる。 その人の為ならば、どれ程の悪行も俺は平然と行えるし、その覚悟はとっくの昔に決まっていた。 特別な人に比べれば、他の人間が屑に見える。 世界中で、あの娘だけが美しい。 だから、言葉は、俺には、届かない。 何も」
嵐は、目を見開き、虎杰を震えながら見つめる。
「…俺を止めたいのなら、俺を殺せ。 スイッチはずっと前に押してあるんだ。 もう、止る事も、引き返す事もない。 俺も思っちゃいないよ。 俺の言葉で、お前達の心を動かそう等とはな」
静かな声。
言い訳の効かなさはご本人も重々承知って事か。
蘇鼓は心の内で舌を出し「余計に性質が悪い」と笑う。
覚悟を決めた悪党程、手に負えない代物はない。
大義名分や、譲れない理由等という耳障りの良いモンを後生大事に抱えて、平気で狂い続ける。
他人様に迷惑掛けずに自分に酔えよなんて、他者を振り回す天才の癖して毒吐いてみるが、何にしろ、自分だったら、こういう事はしないと改めて、大五郎の背中に植えられた大きな羽と、そしてキメラ達の屍骸を見回した。
あんまりにもダサくって、こんなみっともない真似出来やしねぇし、親父にだって鼻で嗤われっちまう。
しかし、別段、そういう相手を嫌う訳ではないが、敵としてみるのなら、これ程厄介なものはない。
潔いなんて言葉は、褒め言葉として使われがちだが、悪事を働く事に躊躇のない覚悟を指して言われる潔さを、賞賛の言葉として口にする人間はいないだろう。
何より、勝手が過ぎる話さと蘇鼓は思った。
それも承知だというのなら、まぁ、しょうがない。
(とっとと死ね)
そう心底望む蘇鼓に呼応するように、曜が「望む所だ」と囁くように告げ、そして、ピン!と揃えて立てた中指と一指し指で札を撫でる。
「端から、貴様を許すつもりなぞない…」
曜が真っ白な札を空中に放り投げた。
バラバラと舞い散る札に記された文字が眩い光を放つ。
「急急如律令!!(急げ! 律令の如く)」
曜が、そう咒文を唱えれば、大量の死によって汚れ、淀んでいた空気が徐々に清浄化し始めるのを感じる。
だが、同時に曜の剣に、ジジジジ…と不穏な音を立て、時折蜃気楼の如き揺らぎを起こして、周りの空間を歪んで見せる程の、尋常ならざる力が宿るのを視認し、蘇鼓は「へぇ…」と呟いた。
陰気を吸収している。
目を細め、力をこめて眺めた視界に、真っ黒な力が、一気に曜の剣へと吸い寄せられていく様を視認した。
虎杰が、曜の様子に危機感を抱いたのだろう。
部下であるキメラ達に指示を下し、一気に襲い掛からせてくる。
キメラ達には、既に、人としての感情はないのか、この惨状や、明らかに自分達の事すら「捨て駒」として認識している己の首領についての発言も意に介さないようだった。
だが、嵐はまるで現状を理解できていないかのように呆然と佇み続け、竜子が慌ててマシンガンを撃ち放しながら「嵐っ?!!」とその名を叫んだ。
「チッ!!」
舌打ちし、「てめぇらは適当に散れ!!」と背後にいる大五郎と帝鴻にそう怒鳴り、蘇鼓は嵐に素早く駆け寄ると、その体を横抱きにして、一気に飛び上がる。
その刹那、キメラの群れが雪崩込むように嵐の立っていた場所を覆い、蘇鼓に抱えられたまま宙に浮いた嵐は、やっと今の状態が認識できたかのように「うわっ!! 何だ、これっ?!」と叫ぶと、蘇鼓にしがみつこうとしてきた。
「馬鹿野郎!! おらっ! じっとしろ! 力を抜け!! 限りなくだらーんとなれ!」
唯でさえ、余り人を抱えたまま空を飛ぶなんて経験をした事のないせいで、巧くバランスを取るのに四苦八苦していた蘇鼓は嵐を怒鳴りつけ、自分が抱えていやすい体勢を指示する。
「ていうか! こんなトコで、ポケーっとするんじゃねぇよ!! 気合入れろ! 気合っ!!」
蘇鼓がそう叱りつければ、嵐は途端にシュンとなって、「うん…悪ぃ…」と答えた。
眼下はキメラが群れとなり、羽を持つ蝙蝠型のキメラが蘇鼓めがけて飛んできている。
広間の奥部分までもは侵食されておらず、今は竜子と曜がお互いの武器を構えて奮闘しているのを視認すると、曜の傍なら安全だろうと考え「何腑抜けてんだか知らねぇけど、今は、そんな場合じゃねぇだろ?」と嵐に言い、それから、自分にはこういう説教は似合わないと思って「ケケッ」とあえて軽い笑い声をあげておいた。
嵐が、そんな蘇鼓を振り返るようにして見上げ「おう…。 その通りだ。 サンキュ。 助けてくれて」と礼を述べる。
「何ていうか、ちょっとビビったんだ。 あいつが、自分には何の言葉も通じねぇし、自分を止めたいなら殺せ…なんて言うからよ…」
嵐は俯きながら言い、蘇鼓は嵐の言いたい事が分からず首を傾げる。
「…命は…そんな簡単なもんじゃねぇだろう?」
漏れる呟きに、自分は答える言葉を持たないと蘇鼓は思った。
そもそもの認識が違う。
人と、神とでは。
「俺は…いやだ。 向かい合う事をせず、命を奪う事で自分の思い通りの結果を得ようとする事は、俺はいやだ。 多分、それが一番確実に危機を回避出来る方法で。 あいつを生かす事で、また沢山苦しんだり泣いたりする人が、生まれるかもしれない。 俺は、間違ってるのかもしれない。 でも、それは、あいつと一緒になるという事だ。 自分達の気に喰わないから、相手の命を奪うという事は、それはあいつと同じ生き物になるという事だ」
悲しげな声。
蘇鼓は、知らず首を振る。
出来ればふざけた事を言いたかった。
いつもみたいに、飄々とした声で。
何も考えてないあっけらかんとした物の言いで。
だが……。
「…てめぇの魂は美しすぎる」
蘇鼓は嘆くように呟いた。
「生き難いだろう…。 それでは、あまりにも生き難いだろう」
嵐が何度も、何度も瞬いて、蘇鼓をじっと見上げる。
蘇鼓はまるで幼子に言い聞かせるかのような心持で言った。
「救えない魂もある」
神の手ですら、虎杰の汚濁は最早濯げまい。
「世の中にはな、己の命より大事なもんっつうのを、見つけちまう人種がいてな…己の命だけ天秤に乗せりゃあいいもんを、そこに他人の命まで乗っけちまうような阿呆がいるんだよ。 己の命を賭ける覚悟を、そのまま他人の命の軽さとして認識し間違える阿呆がな」
嵐は、じっと蘇鼓の言葉を聞いていて、蘇鼓は嵐の為に懸命に、懸命に言葉を紡いでいた。
虎杰を殺す事に躊躇いはない。
きっと、曜とてそうだ。
何一つ、躊躇をなく、あの命を奪い去れる。
されど、嵐は……。
普段なら、嵐のような物の言いをする人間等、鼻で嗤って、甘っちょろいよ、お前なんて言って、あえて、その目の前で獲物を惨殺する事すら厭わない蘇鼓だったが、嵐という人間と今日一日付き合って、彼がどれ程真剣で、自分自身命を賭ける覚悟を持って、己の言葉を口にしているのが蘇鼓には理解できていた。
安易なヒューマニズムを振りかざし、他者に対して自分の考えを強いるようなつもりで、嵐が、虎杰を殺害する事に対し、懐疑的である事を表明している訳ではないと、蘇鼓だって分かっている。
だが、嵐の望みは、どうしたって、その意思に添うてやる事など出来はしない望みだった。
蘇鼓は必死に、自分でも滑稽だと大笑いしたくなるほど必死に、嵐が然るべき時に、己を責めて傷つかないでいられるように言葉を重ね続ける。
「阿呆なんだよ。 あいつは。 どうしようもないな。 届かない。 絶対に。 お前の魂は、あいつには眩しすぎて、こちらに目を向ける事すら出来やしまい。 それでも、もし、嵐が、あいつを俺達がブッ殺すっていう選択を許容できないのなら…」
蘇鼓は溜息を吐き、「目を閉じて、耳を塞いで蹲ってろ。 それでいい。 それでケリがつく」と言い、そして眼下を指し示せば、そこには、曜が自身の力を行使して、先程より量を増やした鬼共によってキメラを次々に駆逐していく姿が見えた。
リミッターを外したのか、際限なく湧き出る鬼達は、キメラにどれだけ食い殺されようとも、一向に数を減らす事はなく、曜は無限じみたその召喚数と死んだ鬼の陰気を、自身の剣に吸収し、その力を行使して召喚状態を維持する永久機関じみた物量戦術を、彼女はたった一人で行っていた。
「…どう足掻いたって、虎杰に勝ち目はねぇよ。 相手が悪すぎるし、曜は虎杰を生かしておくつもりは、きっとサラサラねぇ。 忘れろ。 どうしても辛いなら。 見ないフリをしておけ。 これから起こる事を」
嵐は、息を呑んだまま、曜と蘇鼓を交互に眺め、そして、項垂れた。
竜子を背後に庇ったまま、無敵に等しい強さを見せる曜の傍に嵐を下ろす。
「俺はっ!!」
再び飛び立ち空中戦に身を投じようとする蘇鼓に、追い縋るように嵐は叫んだ。
「俺はっ! 見てる!! この物語の顛末全てをだ!! 見ない振りはしねぇし、出来ねぇっ!!」
蘇鼓は何だか、予想通りの嵐の答えに「勝手にしな」と少し笑って答えると、そのまま高く飛び上がった。
鋭い爪で引き裂き、懐に飛び込んで抉り、地上に叩き落し、踊るようにキメラを撃墜し続ける。
向こうの兵力は曜と違って無限ではない。
キリがないと思われる猛攻ではあるが、さりとてこの状態が永遠に続くわけではない事を理解していた蘇鼓は、ひたすら殺して、殺して、殺して、まるで、そういう殺傷機械になったかのように、キメラ達の命を奪い続けた。
嵐は…このような所業に、きっと耐えられまい。
そういう人間もいる。
蘇鼓は、胸中に刻む。
この時点で、この修羅場の最中で、それでも、真摯に命の尊さに煩悶する人間もいる。
「面白ぇな…やっぱ、人間は……」
蘇鼓が呟けば、何とか飛べる程には回復した大五郎が、いつのまにか空中戦に参戦しており、一匹のキメラの喉笛を食い千切った後の血塗れの口を誇示しながら、「アウ……?」ととぼけた様な声を上げつつ首を傾げた。
「んあ? いや、嵐の事だよ」と、目の前に迫っていたキメラを殴り飛ばし、心臓の部分に爪を潜り込ませた後に、軽く答える。
「ぐるるる…」と目を細め、何だか機嫌よさげに答える大五郎。
嵐を見下ろし、分かった風に頷く仕草を見て、
「ん…?」
と今度は蘇鼓が首を傾げつつ、大五郎を振り返り、何度も何度も瞬いて、それから「ポン」と手を打ち合わせた。
もう、何世紀振りかの対面で、すっかり、きっぱり忘れていたが…、「そういや、お前いい男に目がなかったっけ」と思い出し、「嵐は確かに男前だからなぁ…」と、うんうんと頷く。
そのまま、なんだか、冷たい汗のようなものが背筋を伝うのを認識しながら、「うん、ごめん。 大五郎、これは本当にごめんなんだけど……」と目を逸らしつつ呟き、「…ていうか……お前、そういやメスだったっけ?」と問い掛けた。
その瞬間、キメラに向かって突進していた大五郎が、そのまま綺麗にUターンして、蘇鼓に飛び掛ってくる。
「ぎゃー!!!! 噛むな! 引っ掻くな!! シャレにならん! ていうか、痛いっ!! 凄く痛い!!!」
ジタバタと、大五郎の引っ掻き攻撃から逃げ回りつつ蘇鼓が「悪い!! 悪かった! 悪かったって!!」と謝り倒す。
考えてみれば、虎なので、メスかオスか等とは考えず、昔もフィーリングのみで「大五郎」等と勝手な名前を付けて、一緒に遊びまわっていたが(本当の名は別にあるらしいのだが、別段興味もなかったので、大五郎でずっと通し続けていた)そんな大五郎が、唯一、蘇鼓に己の性別を思い知らせてくるのは、良い男を目の前にした時だった。
とにかく、相手が虎だろうが人だろうが関係なく、男前に滅法弱い。
何百年経とうが、基本的な性格というものには、さほど変遷がないものなのだな…としみじみしつつ、まだるっこしくなったので、キメラの群れの真ん中に突っ込んで暴れに暴れていた時だった。
広間の空中に突然渦を巻く空間の歪が出現する。
「?!」
驚きつつも、とりあえず警戒心を持ちながら、その渦より離れた場所まで飛びずさり、経過を見守ってみれば、「あーーらよぉット!!」となんか、無闇矢鱈に軽快な声と共に、突然、一人の男が渦の中から飛び出し「ア! スイマセーン! 若干目測を誤りましタ!! 予想外ニ、何か、高いデス!! 高いデスー!!」と、落下しながら、これまた軽快に渦に向かって注意する。
その、注意している本人はと言えば、掌になにやら不思議な文様を浮かび上がらせると途端足元の空間が微妙に歪み自分の落下速度を調整して、ゆっくりと地面に下り立ち、「ふぃー」とわざとらしい仕草で額を拭った。
だが、後から続く者はそうはいかなかったらしい。
「っ!! 高っ!!! 本当に予想外に高っ!! ていうか!! ちょっと、これっ!!! 誰か?! 誰かぁぁぁぁぁ?!!」と叫びながら、為す術もなく落ちてくるのはシュライン・エマで、次いで見知らぬ男が「ええええぇぇぇえ?!!! 高すぎない?! これ、高すぎない?!」と喚きつつも、くるりと体勢を変えて着地の体勢を整える。
男の方が問題なかろうと、とりあえず蘇鼓は全速力で飛んでエマの首根っこと腰の部分を捕まえ浮遊した。
目の端では大五郎が嬉しげに男のスーツの腰の部分を咥えて飛んでいて、よくよく見れば、その男は、薔薇姫として鳥篭に入れられ運ばれた際に、ボーイとして見かけていた男だった。
その際、エマと共に潜入している「兎月原」か「デリク」ではないか?と推察していたのだが、どうも予想に間違いはなかったらしい。
大人の色香漂う端正な顔立ちをしていたのもあって、大五郎が必死になって助けようとしている姿に呆れにも似た納得の気持ちを覚えれば、「蘇鼓さん?! え?! 何?! ちょっ、ここは?! 千年王宮じゃないの?! ていうか、デリクさん?! デリークさーん?!」と、先に下り立った男に、エマが必死に呼びかけた。
という事は、向こうがデリクで、大五郎が咥えているのが兎月原って事だなと理解する蘇鼓。
先に、渦から現れた男も、確かに、今日一度目にしていた事を思い出し、この件に関わっているものであろうと看破した、己の勘の良さを自画自賛したくなる。
デリクはエマに、テヘッ☆と舌を出して笑いつつ「スイマセーン! ベイブさんに、私が向こうに向かおうとしているのがバレて、邪魔されちゃいましタ」とデリクは群青色の長い睫に覆われた綺麗な目を瞬かせ、爽やかと言ってすら良い口調で言い放った。
結構美形にも関わらず、全身から放たれる「私、胡散臭いでス!」のオーラに掻き消され、かなり宝の持ち腐れな事になっているデリクに、エマは「バレたって…」と一度絶句し、それから蘇鼓を見上げ「助かったわ…ありがとう」と礼を述べた。
蘇鼓にしてみても何がどうなっているのやら理解は出来てないが、「どーいたしましてっ!」と反射的に飄々とした返事を返しておく。
蘇鼓がエマを床に降ろしてやれば、一目散に駆けてくる竜子に向き直ると、両手を広げ、エマは飛び込んでくるその体を抱きしめた。
「っ!! 姐さんっ!!」
竜子の言葉に「だから、姐さん呼びはやめなさいっって!」と突っ込みつつもエマがぎゅっとその体を抱きしめる。
「大丈夫? 怪我はない?」
エマの問い掛けに、うんうんと頷いて「姐さん達は?!」と竜子が問い返せば「大丈夫よ」と笑い返して、周りを見回す。
「嵐君も、曜ちゃんも元気そうで安心した。 それに、蘇鼓さんもね?」
エマに言われて肩を竦めると「ていうか、てめぇらどうして突然ここに?」と気になっていた事を問い掛ける。
「えーとですネ…」
そう言いながら、蘇鼓の問い掛けに、エマより先に、デリクが口を開いた。
「まず、初めまして…で宜しいですよネ? えーと、蘇鼓さン?」
そう声を掛けられ頷けば、「ソレに…嵐さンと、曜さんモ…薔薇姫姿の時には、此方から一方的に拝見させていただいてはおりますガ…ご挨拶は初めてさせて頂きマス」と頭を下げた。
だが自己紹介などしあっている状況でないのは確かで、キメラが次々と襲い掛かってくる最中、デリクは、自身の影に何か潜ませているのか、キメラを一呑みにさせるという驚異的光景を作り出しながら、ついと、虎杰を眺め「ここに来るつもりはなかったのでスガ、ある意味好都合かも知れまセン」と頷く。
「簡単に説明すると、私、普段はしがない英語学校の講師をしているのですが、先日、ある雨の日。 特売の日にスーパーに買い物に行く途中、突如雷に打たれてしまいまシテ、その際、何と奇跡的に第六勘に目覚メ、空間を歪める能力を手に入れる事が出来ましタ。 その能力を行使して、千年王宮とこちらを行き来する事が出来ており、今回も渦中のあの城へDrと黒須さんを含め、お運びしようとシタのですが、うっかり、私ってば、あの城の王様に嫌われてしまっておりまシテ…」
えへへ…という風に頭を掻くデリクに、竜子が「すげー!! お前の力って、そうやって手に入れたモンだったのか!! なんか、アメリカの映画みてぇ!!!」と感激したような声を上げている。
そんな竜子を、嵐が「いや、明らかに嘘だから。 間違いなく嘘だから」と、最早優しい位の声音で正せば、エマが「ねぇ? どうして? この時点で、言ってる事の訳八割が嘘!!という荒業を行使できるの? もう病なの? そういう体質とか、呪いとか掛かってるの? そういう一族なの? 一子相伝の秘密とかがあるの? ねぇ? ねぇ、ねぇ?」と真顔で問い質す。
「いえ! そんな、八割が嘘だなんテ!!」
心外とばかりに握り拳を固め、「基本私は9割の打率を心がけていマス!」と言い切るデリクに、エマがガクリと膝をつき、曜がその一切の騒ぎに関与しないといった声音で「ところで、キミが一緒に運ぼうとしていた、その肝心のDrと黒須さんとやらは…何処に?」と問い掛けた。
デリクは、曜の顔を見返し、それから周囲を見渡して「あ…落っことしちゃいマシタ」と、軽い声音で呟く。
その瞬間、周囲の人間も驚かざる得ない反応を見せたのは兎月原で「何処に?!」と叫んで、デリクの肩を掴んだ。
キョトンとしながら、「多分…」と言い、眉を顰め、一瞬口を噤むと「このビルの屋上デス」と答える。
その言葉を聞くや否や、呆気に取られる程の速度で兎月原がキメラ達を殴り倒しながら走り出し、「…でも、一緒に、幇禍サンもいる筈ですから、滅多な事にはなってませんヨー!!!」とデリクが兎月原に呼びかける声を聞いて、蘇鼓も居ても立ってもいられずに、その後を追ってしまっていた。
自分でも、どういう心持か分からない。
だが、突き動かされた。
この屋上に、弟がいる。
会いたいのか?
自問自答した。
特別な人間はいるか?と、虎杰が問うた時、思い浮かぶ者等誰もいなかった。
家族。
特別になり得るのか?
いや、違う。
アレはただの人形。
分からない。
会うまでは。
分からない。
きっと、会ったとて。
それでも…今、弟は屋上に取り残され、敵と対峙している。
大五郎が後を追ってくる。
帝鴻も併走していた。
助けてやりたいのか?
鼻で笑った。
まさか…違うよ。
アレはただの人形。
キメラの群れをつきぬけ、広間を飛び出し、非常階段を駆け上がる。
前を走る兎月原は、人間としては驚異的としか言い様のない速度で駆けており、羽による加速の力も借りて何とか追いついた蘇鼓は、不思議に思って、その端正な横顔に問い掛けた。
「なぁ、兎! 黒須とか言う奴って、お前の親友かなんかな訳?」
蘇鼓の問い掛けに、ぎょっとした表情を見せ、それから漸く蘇鼓が自分と併走している事に気付いたのか、「っ?! なんで、一緒に来てるんだ?!」と疑問を口にし、次いで「それに、その虎は、お前の何なんだ?! ていうか、何か訳の分んない生き物もついてきてるんだけど?!」と、大五郎達を指差してきた。
おお、何か真っ当な反応…と、今まで一緒にいた面々が、かなりトンチキだったせいもあり、うっすら感動しつつ、まともに答えるのが面倒臭くて、「いや、俺、実は先日、とある雨の日、郵便局に出かける途中で雷に打たれて、超獣使いの能力に目覚めてな…」等と言いかければ「うん、どうでもいいっ!!!」と即座に一刀両断される。
その上、「ていうか、なんだ、兎って? 俺の名前は、兎月原・正嗣だからっ!」と、唸るように名乗り、蘇鼓の呼び方にまでケチを付けてくるものだから、苗字が変わってる割に下の名前は、案外普通等を感想を抱きつつ、「いや、なんか、兎月原とかって呼びにくいので…」と、蘇鼓が訴えた。
すると兎月原は、「いや…それにしたって…あんまりだろ…その略し方は…」と不満げな顔をする。
「じゃあ、分かった。 ラビット・正嗣でっ!」と、素敵なあだ名思いついた☆位の気持ちで提案すれば「何を分かったんだー!!!っていうか、余計に、面倒臭い呼び名になってるよな?! この面倒臭さは相当だよな?! ていうか、ラビット・正嗣の方が呼びにくいよな?!」と更に矢継ぎ早に訴えてきた。
初対面ながら、丁々発止と言って良いやりとりを繰り広げ、蘇鼓、若干の充実感すら覚えつつ、兎月原が一切息が乱れぬ様子に、相当体力あんなぁと別の視点から感心する。
「いや、そもそも、ラビットネタで『クスッ』と出来る人、相当限られてるよね?! 昭和のネタだよね?!」と、更に言葉を続ける姿に、よくもまぁ、階段駆け上りながら、ここまで一気に言い募れるものだと呆れつつ、「じゃあ、やっぱ兎で」と人差し指を立てて蘇鼓が言えば、「好きにしろ…」と言い兎月原は項垂れた。
屋上目指して走り続ける兎月原の姿は、何だか滑稽な位必死で、男前だから余計に、笑い話めいていて、何故この男がこれ程必死に屋上を目指すのか、今まで蘇鼓の監視の網に引っ掛かっていない以上、幇禍の為ではあるまいし、やはり黒須を思って、これ程必死なのだと判断せざる得ない。
「…黒須って、確か男なんだよな?」
蘇鼓がそう呟けば凄絶な位の目で睨まれ「ああ!」とその事すら気に入らないという風な声で返事をされた。
だったら、恋人同士という事はありえないし、想い人って訳でもないだろう。
「え? その、なんか、家族関係とか? さっきも、聞いたけど親友とか?」
そう問えど「違うっ!!」とこれも即座に否定される。
じゃあ、何故?
不思議に思い、「お前、恋人でも親友でも家族でもない奴の為に、なんでそんな一生懸命なんだよ?」と蘇鼓が兎月原に問えば、酷く迷った顔をして、一瞬だけ立ち止まり、それから絞り出すような声で「自分でも意味は分かってないんだが、あの人は俺にとって『特別』なんだよ」とだけ答えて、また走り出した。
蘇鼓は、思わず立ち竦み、その背中を見送る。
特別。
また、特別。
嵐にもいる。
曜も、燐という特別がいて、そいつの無事を随分必死に竜子に頼み込んでいた。
なんだ…それ…?
分からない。 懸命になれる程、あんなに必死になる程、なりふり構わず走れる程、『特別』な存在は、いない。
なぁ、不肖の弟よ。
俺とお前の差異はここかい?
お前にとって、あの女はどれ位特別なんだよ。
ハッと我に帰り、蘇鼓も階段を一気に登りきる。
ガタン!と重い音を立てて開けた屋上の扉の先にはヘリポートとなっている、「H」の大きな文字が描かれたコンクリートの殺風景な光景があって、蘇鼓が足を踏み出せば、強い風に白衣の裾を翻しているDrがいた。
Drと対峙しているのは、随分と汚れてはいるが、仕立ての良いスーツを着こなす、見るからにスタイルの良い男の、ここ最近では随分と見慣れた背中である。
そういえば、こいつの顔を正面から眺められたのは、今日が初めてだっけ?と、蘇鼓は思い出す。
薔薇姫に身をやつしながら、それでも、見つかればいいと祈り、見つかるまいと切望した。
俺はおかしい。
蘇鼓は自嘲する。
いつもおかしい俺だけど、今日は特におかしい。
自分の気持ちが一つも分からない。
普段なら、それを「面白ぇ」と笑い飛ばせる余裕くらい、最低限持ち合わせている筈なのに、今日に限って、俺は駄目だ。
こればっかりは、巧く笑っていられねぇ。
空を見上げれば、東京の空は相変わらず不自然なほど明るい。
大きな月が出てはいたが地上を埋め尽くす、夥しい人工のネオン達が、月の儚い光を押し返し、ギラギラと光の海を地上に形成していた。
兎月原が倒れ伏す傷だらけの男を抱き起こしている。
黒く長い、絹のように美しい髪。
痩せた骨の目立つ体を月明かりの下晒し、随分と陰惨な血の色に染まりながら横たわっている。
項垂れていても、身に纏う空気の禍々しさ、不吉さは蘇鼓にも伝わってきた。
きっとあいつが、黒須誠。
「貴方、大事な人の為ならば、どんな事でも厭わない…と仰ってましたけどね、"どんな事"の中には、自分の命なんて入れて無いでしょ? ボスに目的を遂げさせた後、自分も生きて隣に立つって考えてるでしょ? そんな半端な貴方に、大層な口叩いて欲しく有りませんよ」
笑みを含んだ声で、Drと相対するスーツ姿の男が喋っていた。
魏・幇禍。
その背を眺めたまま、蘇鼓は呆然と風に吹かれ続ける。
感慨 めいた ものはない。
監視をしていた時すら、何の感情も持てなかった。
弟といっても血を分けた存在ではなく、その目玉で世界の様子を見聞きし、自分の父親に伝える為だけに作られた、たかだか、それだけの人形だ。
だから、何も思わない。
そうだ、何も思わない…のに……。
蘇鼓の手が細かく震え、思わず、そんな自分の掌を見下ろし、笑ってしまった。
ビビッてやがる。
俺は、今、ビビッてやがる。
「ケケッ…」
喉の奥も微かに震えた。
自分そっくりに作られた、双子人形。
なぁ、親父よ。
お前、何を思ってこいつを「こう」作ったね?
何故に、俺と同じに作ったね?
俺は怖いよ。
今まで生きてきて初めて今、怖いと思ってるよ。
同じ顔。
同じ声。
同じ姿。
だのに、全く違う生き物。
あいつには、特別がいる。
俺にはいない。
あいつは人になろうとしていて、俺は神のまんまだ。
なぁ、親父よ。
神と人、究極的には、どっちが強い?
今日で俺は分からなくなった。
人は意味が分からない。
特別の為に狂うし、走るし、必死になる。
俺は、あいつが怖いよ。
俺はこれから、あいつと出会うことによって、俺が変えられてしまうかもしれない。
俺はこれから、あいつと出会うことによって、俺がこれまで意識的に目を背けてきた事柄に相対せざる得ないかもしれない。
俺はこれから、あいつと出会うことによって、あいつが今まで通りじゃなくなっちまうのすら、俺は怖くて仕方がねぇんだ。
それでも。
「会いたい」
掠れた声は強い風に吹き消され、蘇鼓は己が呟いたというその事実すら、なかった事にしてしまった。
笑って、いつも笑って、愉快なものだけ見て、余裕綽々で生きてきた。
そのままが良い。
強く思う。
だが、年貢の納め時か…とも諦念し、もう一歩踏み出す。
Drが、摩天楼を背に不意に天を見上げた。
幇禍が「もう、逃げられませんよ? まぁ、ここから観念して飛び降りるっていうのなら、止めはしませんけど」と言いながら、銃を構えた。
「貴方みたいなの、嬲ったトコで大変つまらないので、ここで終わりにしましょう?」
淡々とした声。
全く何も思ってないような、静かな声音。
歪な、人形の声音。
Drは視線を戻し微かに笑うと「…終わり? 僕が? ましゃか…」と囁いて、それから両手を軽く広げて首を傾げた。
「ここからでしょ? 面白いのは」
コロコロコロと軽い音を立てて、足元に黒い小さな球体が転がってきた。
「危ねぇっ!!」
本能が危険を察知し、咄嗟に手を伸ばして、幇禍を抱えていた。
そのまま飛び立った瞬間に、足元で、パン!! パン!! パンッ!!とキメラが爆ぜた時と同じ軽い音を立てて、黒い球体たちが爆発する。
「!!」
幇禍が抱えられたまま、蘇鼓と間近に顔を合わせた。
鏡を覗いたように同じ顔。
幇禍が、唇をゆるりと開いた。
蘇鼓は、我知らず、全く同じ形に唇を開けていた。
漸く 会えた。
「「ずっと お会いしとう 御座いました」」
声が重なる。
無表情のまま、生理的反応としか思えない様子で幇禍の目の淵から透明な雫が転がり落ちた。
きっと、自分も泣いているのだろうと思った。
理。
歯車が、噛み合う音が蘇鼓の脳裏に響いた。
お願いだから。
神なのに祈った。
お願いだから
てめぇは
理から外れたまま生きてくれ。
こんな益体のないものに
捕まらないまま生きてくれ。
特別な女と
一緒に幸せに生きてくれ。
どうしてだろう。
会いたいと思ったのに。
会った瞬間に後悔した。
幇禍を
弟を
不幸にしてしまったような気がして。
月が明るい夜だった。
金色よりも、尚濃い、蜂蜜めいた色をした月の下での出来事だった。
爆発の最中、Drが高笑いをしていた。
黒須を抱えて爆発から逃れた兎月原が、Drを睨み「火遊びはそこまでだ。 どうにもならん。 もう、これ以上は。 分かるだろ?」と言う。
「ツケを払ってくれ。 横暴のツケをだ。 お前らは巧くなかった。 悪党にしては……」
少し兎月原は首を傾げ、そして適当な言葉を見つけたという風に頷くと「純粋が過ぎたよ」と囁いた。
Drは、その言葉に、Drには、まるで似合わない、優しいような、寂しいような笑みを浮かべて、兎月原を眺める。
「…ありがとう」
その言葉は幻聴か。
兎月原が目を見開き、虚空をもがく様に身を乗り出す。
兎月原に抱えられたまま黒須が首を仰け反らせ、「…行くな!!」と掠れた声で叫んだ。
誰に言ったのか分らなかった。
何故か、蘇鼓は黒須が幇禍に言ってくれたような気がした。
Drは笑う。
「蛇ちゃん、一足先に、お城で猫ちゃん達と一緒に待ってましゅ。 王様が交代したら、すぐに呼んであげましゅからね? 女王様も、王様も、蛇ちゃんにも、たっぷり愉しい思いを味合わせてあげるから、期待していらっしゃい」
そう嬉しげに言い、それからDrは宙を飛ぶ蘇鼓と、幇禍、そして兎月原に視線を向けると手を振って「さよなら」と囁いた。
「逃がすものか!!」
そう叫び、黒須をおいて後を追う兎月原にDrは笑いかける。
すると背中に、突然大きな、大きな蝙蝠の羽が生え、Drは一気に走り出し、ビルから躊躇なく飛び降りた。
あいつ、自らもキメラ化させていやがる!!
蘇鼓が目を見開いた、その瞬間、空中に真っ白な文様が現れ、Drはその陣の中に飛び込んでいった。
「っ!! やべぇ!! 城に行かれたっ!!!」
黒須が叫び、兎月原が「城?! 千年王宮にか?!」と問い掛ける。
焦ったように頷いて、「多分、チェシャ猫が呼んだんだろう。 こりゃ、厄介な事になったぞ…」と呻き起き上がろうとして、黒須はあえなく崩れ落ちた。
「ちくっ…しょ…」と呻く黒須の肩を叩き、兎月原が「無理をするな…」と呆れたように告げる。
蘇鼓は、エマとデリクという新たな戦力も加わって、曜の化け物じみた実力も目の当たりにしていたせいもあり、向こうは、もう大丈夫だろうと判断し、目を見開いたまま、全身を脱力させている、まさに人間人形の如き様相を見せている幇禍を抱え直すと(こりゃ、ここで、ズラかるのが得策だな)と判断した。
突然の邂逅のせいで、理の修復に全生命力を費やしているらしい幇禍を、何処か安全な場所に運ばねばならないし、千年王宮などという場所も、こんな事態でなければ、そこそこ興味が持てただろうが、今となってはどうでも良い。
「大五郎、帝鴻、行くぞ」
そう二人に声を掛ければ、大五郎、帝鴻は顔を見合わせ、それからマジマジと信じられないものを見るように、蘇鼓に視線を送ってくる。
「これ以上、ここにいたって仕方ねぇだろうが。 そこそこ、愉しいイベントは終わっちまったみてぇだし、こいつとも、こうして顔突き合わせちまったんだ。 こっから先の事を親父とも相談しなきゃなんねぇだろ?」
そう言えども、帝鴻はブルブルと手を振って、そんな蘇鼓に抗議の意を表し、大五郎も「ぐうう…」と賛成しかねるという風に一度唸り声をあげた。
どうにも、帝鴻は曜や竜子達に対してここで戦線離脱するのは申し訳ないという事を訴えたいようだし、大五郎としては自分を酷い目にあわせたDrに何とか一泡吹かせたいというような意図があるらしい。
「そう言われてもよぉ…」と、弱ったように頬を掻けば、そんな蘇鼓の目の前に、先程の広間で見かけたものと同じ、真っ黒い渦が出現した。
「?」と首を傾げれば、渦の中からデリクの声が聞こえてきた。
「後を…追ってくださイ!!」
広間で聞いた、掴み所のない声とは違う、切羽詰った必死な声。
「お願いしまス! 渦の中に飛び込めば、千年王宮に辿り着けまス! 向こうに、ウラという女の子がいるのでス! Drが向こうに向かった事は、千年王宮にとって、危機的状況を齎しマス!! 私は…私は、彼女を失いたくナイ!!! とても大事な、私にとって特別な子なんでス!! だかラッ!!!」
また…特別。
羽ばたきながら息を呑んだ。
「蘇鼓!!! それに兎月原さんっ!!! 頼む!! お願いだ、燐を…燐を、助けてやってくれ!! 頼む!!!」
泣きそうな声。
曜が、凛として、あれ程の強さを誇る曜の声が不安と恐怖に震えていた。
「あの子に、何かあったら…私はっ!!」
大切な人を失うのは、みんな怖くて。
特別な存在が誰にでもいて。
人は、そうやって生きている。
みんな、一人は寂しい。
きっと、寂しい。
兎月原が「黒須さんは、ここにいてくれ」と声を掛け、躊躇のない様子で立ち上がった。
「…兎…てめぇは行くのかよ」
蘇鼓が問い掛ければ、当然という風に「ここで、終われないだろう?」と答えてきた。
「あんたは?」
兎月原に問われ、一瞬息を呑む。
すると渦の中から、狡猾な、手段を選ばないと決めたような冷静な声で「…蘇鼓さン、貴方ガお連れしていった虎ノ大五郎さン…でしたッケ? どうも、キメラ化をさせられているようでスガ、Drが手術の際に体に保険として施したのハ、爆弾だけじゃなかったようですヨ? 爆発処理をしなけれバならない程、緊急の事態でない状態で、購入したキメラに飽き、処理したいと望んだ場合、手術時に体内に仕込んである物質が、何か特定の成分を含むものを口にすると、化学反応を起こし、毒素となってキメラの命を奪うように処置してあったようデス。 一体、何の成分を引き金に、その物質が毒素に変じるのかは分からないのですが、キメラ化させた生物はそこら辺の毒物では、到底命を奪えぬ程に、極めて丈夫に作り変えていたようデスので、それは、それは大変強力な毒素になるみたいデスヨ? 大五郎さん、聞けば蘇鼓さんの大事な幼馴染だそうデ、物質は、Drが持っている薬剤を摂取さえすれば、無効化も可能なようですガ…このまま、千年王宮に逃げ込まれてしまえば、薬剤を手に入れる事は難しいですヨネ?」と、デリクが並べ立てるのが聞こえてきた。
その言葉に、蘇鼓は、思わず少し笑ってしまう。
何だか、健気だったから。
ウラとかいう少女の為に、デリクは、今、そうとは知らずとも、神を誑かそうとしている。
デリクの言葉が嘘かどうかは、どうでも良い。
必死な人間が必死に、神に助けを乞うているという事実のみが、今、蘇鼓にとっては大事だった。
「ちーきしょう。 俺ぁ、賽銭一つ上げて貰ってねぇのによう…」と面倒臭そうに呻いて、大五郎と帝鴻を振り返った。
帝鴻が、蘇鼓の頭に飛びつき、「行こう!」と促すかのように、ペシペシはたいてきた。
まるで、その事を楽しむように唇を釣り上げて、「…何の成分を摂取したら、おっ死んじまうか分かんねぇっつうのなら、この先、大五郎はおちおち飯も、安心して食えねぇって訳か…」と呟いて、それから「しょうがねぇなぁ…行ってやるよ!!」と穴に向かって怒鳴り声を張り上げる。
兎月原が何だか、お前の気持ち分かるよ等と言いたげな顔をして、ポンと蘇鼓の背中を叩き「よく言った」と笑うと、そのまま、穴の中にひょいと飛び込んだ。
なんだか、その行為がむかついて、兎月原の背を睨みつけると「行くぞ!!」と、帝鴻達に声を掛け、蘇鼓は幇禍を抱えたまま、渦の中に身を躍らせた。
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall
♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
穴を堕ちる。
墜ちる。
落ちる。
渦の中で、ずるずると闇の中を落下していく。
悪戯に羽ばたこうとしても、闇の腕に絡め取られたように羽を動かせず、蘇鼓は諦めながら、その身を委ねた。
合唱の声が聞こえていた。
やけに明るく、やけっぱちな声でがなりたてている、歌声達。
ケケッと、何だか愉快な調べに笑えば、パフン!!と派手な音を立てて、何だか柔らかなクッションが敷き詰められた部屋に落ちていた。
寝転がったまま、目をパチパチさせれば「ヨーホー! 来なすったね、お客人!」と手を叩く音がする。
声のする方向に顔を向ければ、道化師がステッキ片手に立っていて、ヒラヒラと手を振ると「だけど、ここはちょっと違う! 鏡の道の行き止まり!」とまくしたてるような声でがなる。
「行き…止まり…?」
そう問い返せば、道化師はコクンと頷いて、それから天井を見上げた。
「ああ…女王が道案内においでなすった。 確かに彼女なら、ベイブに道を開かせる事も出来る。 どうにも、ベイブは、魔術師と相性が悪くてねぇ…何もこんな時にまで、しょうもない意地張らんでもええのにねぇ…」と呟く。
その口調の変遷にマジマジと道化を眺めれば、道化はニヤッと緩んだ笑みを見せた。
「てめぇ…一体何者だ…?」
唸る蘇鼓に「道化さぁ!」と即座に答える。
「道化でしかない! どうしようもなくね! ただ、そうさね、別の名前で呼ばれていた時もある」
そこまで道化は言って、それから首を少しだけ傾けて笑うと、その瞬間カシャンと音を立てて、その体が崩れ落ちた。
関節という関節がぐにゃぐにゃと在り得ない方向に折れ曲がっている。
赤い糸が、その節々から垂れ下がっていた。
まるでマリオネットのように。
まるでマリオネットのように。
「昔は、こう呼ばれていたんだ。 『アリス』 時の大魔女、アリスって…ね?」
道化の背後から、灰色の肌に、真っ赤な唇。 真っ黒なウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、白いリボンのあしらわれた、大きなヘアバンドを髪につけ、黒のエプロンドレスのワンピースを身に纏った、何処か見るからに不吉な少女が現れた。
「アリス…?」
その名を訝しげに口にする蘇鼓に、「ひひひ」と口を歪めて下品に笑うと少女は「まぁ、聞き覚えがないのも仕方ないやね。 そこそこ、有名人じゃあ、あるんやけど、何にしろお国が違う」と頷いて、「色々説明するのも面倒臭いから、とりあえず、千年王宮を作った張本人と覚えて貰えりゃ充分や」と言って、蘇鼓の前に立った。
「その、城を創ったとかいう大魔女様が、何で、あんな人形使ってんだ?」と指差せば「もう、とっくに、本物のアリスは封印されっちまってるからねぇ…うちは、ただの幻。 ベイブが自分の心の中に抱いている幻想なのさ。 アリスは、ベイブに討たれて、この城に封じられた。 ベイブは、そのせいで、アリスの呪いに掛かり、千年王宮に千年縛り付けられる呪われた王様になった。 ベイブはうちをどうしようもなく憎んでいる。 だから、うちの姿を目の当たりにする訳にはいかないし、うちはベイブの心の深層に閉じ込められて、自由に動くことは叶わない。 せやで、この人形を依巫にして、うちはずっとベイブを守り続けてきたっちゅうワケやね」と答えた。
蘇鼓は大あくびを一つ見せ、「よく分かんねぇし、興味もねぇんだけど、なんで、自分を呪った憎い女を、後生大事に、心の奥底に抱えてなんかいるんだよ。 そのベイブっつう、城の王様はよ?」と問い掛ける。
アリスは、事もなげな様子で「だって、あの子はうちの息子やもん」と答えた。
『かって、時の大魔女アリスは、自身が生きる悠久の時の中で、誰の子か明らかになっていない、一人男の子を孕み、産み落とした。 息子の名は【 】。
生まれながらにして数奇な運命と数多の謎を背負う、その子供は生後間もなく、聖CAROL教会が有する聖騎士団の手により保護されたが、自分の血を分けた、最愛の息子を奪われる事となったアリスは悲しみに沈み、時の迷宮の中で自らの心を癒す為に長い眠りについた。 【 】は、その間、母親から譲り受けた魔法の才と、誰かは分からぬ父譲りの剣の腕にて、騎士団にて頭角を現し、団長の地位にまで登りつめ、1700年代初頭に行われた《魔女狩り》にて、皮肉にも己の母の討伐を命じられる。 激しい戦いの中、宿敵としてお互いの正体を知らずに出会ったアリスと【 】は、更なる悲劇! 狂気と禁忌の恋に落ちてしまったのであった』(ロリィナ・アリス著 「千年魔法の構成理論」巻末付録 大魔女アリスの略歴より抜粋)
「ハッ!!」
蘇鼓はとりあえず、一度だけ鼻で笑い、よくある話さと嘯いた。
母と息子が憎み合い、殺し合うという事もそして…。
「でも…うちはあの子に惚れとるし、うちもあの子を惚れられてるからね…惚れた男の為に一肌脱ぐんは、女の最低限の矜持やから、こうして出張らせて貰うとるわけよ」
こんなチンケな禁忌の恋も。
まぁ、よくある話さ。
アリスが無邪気に言う言葉に「へぇ、そうかい。 そりゃあ、ご苦労さん」とだけ答えれば、アリスは「話の飲み込みが早い男は好きや」といってにんまり笑う。
「聖騎士団の連中は、何やらぐっちゃらぐっちゃら煩うて、堪らんかったけど、あんたはええわ。 面倒臭い事は何にも言わんでな」
「で? その大魔女様とやらの用事はなんだよ?」
蘇鼓の言葉に「ん?」と笑うと「いや…ただ会ってみたかった。 神様に…ね…」と言って、そして幇禍を見下ろした。
「この子、どうするつもりや?」
アリスの言葉に顔を上げる。
「…燭陰に身柄を引き渡すのかい?」
蘇鼓は目を細め、アリスの顔を眺める。
何処までわかっているのか?
魔女は笑ったまま、蘇鼓を眺めていて、蘇鼓は苛立ちを覚えながらも「それが理だ」と軋む声で答えた。
胸に手を翳せば、ガタンガタンと正常に回る歯車の音が聞こえてくる。
燭陰は無事、蘇鼓を通じて幇禍に干渉したらしい。
理が修復され、正常に機能している事を確認すると、蘇鼓は酷く虚しいような、残念なような複雑な気持ちに陥った。
所詮人形は 人形。
もう二度と過ちは起こるまい。
結局は、神の掌の上に全ての理があり、人はその理に従って生きていく。
特別だの、大事だの、どれ程必死になろうとも、想いというのは神の前では余りにも虚しい。
幇禍の身柄は一度、鐘山に送ることにはなるのだろう。
理が狂った要因と、この先二度と同じ事が起こらぬような措置だけは、どうしても施さねばならない。
燭陰にも、幇禍の身柄を確保できる事があらば、一旦自分の手に戻すよう、キツク言い含められている。
そして、いずれ、幇禍と蘇鼓、どちらかは、きっと、この国とは違う、別の国に向かわされる。
多分、用心の為、あの理を打ち崩す原因となった娘と引き離す為にも、きっと幇禍を送るのだろう。
二度と会えない。
てめぇの特別に、二度と。
ポンと、幇禍の真っ白な額に手を置いて「可哀想にな」と唄う。
「そう思うなら、見逃してやりゃあ良かったのに」
アリスに言われ、蘇鼓は首を振る。
「…少しだけ期待した」
「何に?」
「想う力というものに」
アリスは優しい目で蘇鼓を見る。
「こいつが、女を想う事で、神の理すら打ち破ったのだとしたら、例え俺に会ったとて、頚木から逃れたままでいられるのでは?と、人の想いは神の力に勝るのでは?と期待した」
溜息を吐き出す。
「まぁ…んな、阿呆な事はありえない…ってな。 御覧の通りの結果さ」
「気に入らないのかい?」
「気に入らないね。 こんなの退屈極まりねぇだろう?」
蘇鼓がそう嘆いて見せれば、アリスはカラカラと笑い「面白い男や」という。
「そんなに退屈が嫌いかい? 安寧より波乱を望むかい?」
アリスの言葉に「とーぜん」と答えれば、「魔女の予言」と囁き人差し指を立てた。
「神様が思うほど、人は単純じゃあないよ。 見縊っちゃならない。 運命のサイコロは、今漸く振られたばかりだ。 この男、神の理から一度逃れただけはあって、中々面白い因果を背負っている。 それに、娘。 この男を理から解放した娘には気をつけな。 いや? 波乱を望むのなら、楽しみにしてなってトコやねぇ…。 トリックスター。 この男は、秩序を破り、物語を引っかき回す女に惚れたよ。 神すら、その娘を思いのままに動かす事はままならぬ。 お前が娘の手綱を握るか、それともお前が握られるか……。 この男が欲しいなら…ゆめゆめ油断しない事さ…。 だがね、もっと面白い目に合いたいのなら…」
アリスは、不意に目の前から掻き消えると「女王の言う事を聞いてやんな」という言葉のみ残して、気配を完全に断ち切った。
慌てて見渡せども道化師の人形もなくなっており、程無く頭上より「ぬうううわぁぁぁぁぁ!!!」と大変女子らしくない喚き声をあげて、竜子が落ちてくる。
ボスン!!!と大きな音を立てて、盛大にクッションに埋まる竜子。
おーおー、こらまた派手に落ちてきたもんだ…と眺めていれば、「っ!! べっくらした!! べっくらした!!! 畜生!!! 白雪の奴っ!!」と文句を言いながら竜子が跳ね起きる。
そして、蘇鼓を見つけると、「おお!! いたいた!!」と駆け寄ってきた。
「悪ぃ! なんか、ベイブの野郎、向こうで何があったのか、妙な力をつけやがって、白雪の鏡の道にまで干渉できるようになってやがる! とにかく、あたいがあんたを、ちゃんと城まで連れてくよう頼むから…」とそこまで言った所で、その足元で眠る幇禍に気付き、竜子は驚いた顔をして立ち竦んだ。
「っ?! え…? な…んで…?」
蘇鼓と幇禍、交互に何度も、何度も眺め、それから、最後に蘇鼓の顔をマジマジと眺める。
「一緒の…顔…?」
掠れた声で言う竜子に、バレっちまったかと肩を竦め、「そいつは俺の弟」とだけ蘇鼓は答えると、「え?! じゃあ、お前は…?」と指差す竜子に「蘇鼓だよ。 名乗っただろ? まぁ、ラジオネームなんかじゃなくて、本当の名なんだけどな」とつまらなそうに教えてやった。
今日限り、二度と縁のない相手であろうと出鱈目な嘘をついたが、やはり、正体を隠して他人を装う等という事は蘇鼓の性に合わず、こうして真実を告げれば、なんだか肩の荷が下りたような気がしてすっきりする。
「俺は、この大五郎を助けたいっつうのもあって、お前ら弟と勘違いしたのを切っ掛けに、行動を共にさせて貰ってたんだが…」
そう蘇鼓が言えば、竜子は混乱の最中にある顔で、それでもくしゃくしゃと自分の金色の髪をかき回し「うんうん」と黙ったまま頷くと、「あ…いや…あた…いとしては…その……今回、蘇鼓には凄く助けて貰ったから…いいんだ…本当の正体が、何だったかと…かそういうのは…」と、途切れ途切れに言う。
「いや…ほんとは…うん、途中でも良いから…本当の事言ってくれたって…あたいは、良かったっていうか、きっと、嵐も、曜も、お前が誰かなんて……気にしない……と思うんだけど…」
どんどん俯いていく竜子の顔を覗き込めば、「…いや…なんか…びっくりしたっていうか…寂しくて…」と、掠れた声で言った。
蘇鼓は竜子の顔を覗きこんだ体勢のまま「悪かった」とはっきりと言う。
竜子が顔を上げれば、間近で顔を合わせる事になり、蘇鼓は「騙して悪かった」と、こんなに人にきちんと詫びたのは、どれ程ぶりだろうと思い返せない程希少価値な侘びを竜子に、そしてここにはいない、嵐と曜にしていた。
竜子は途端「えへへ…」と笑うと「いいよ。 これで、ちゃんと、蘇鼓の事を、蘇鼓だと思って名前が呼べるから…ほんとの事を言ってくれてありがとう」と言い、ぺこんと頭を下げてきた。
単純な奴…と呆れれば、「で…さ? 蘇鼓、あっちは、幇禍で間違いないよな?」と竜子は幇禍を指差してくる。
「おう」と頷けば「なんか…さっきから微動だにしないけど、大丈夫なのか?」と青ざめながら聞いてきた。
「いや、眠っているだけだ。大事無い」
蘇鼓の答えに安心したように頷き「一体何があったんだ?」と聞かれる。
「ん…まぁ…色々だよ…」と言った後、ふと、アリスの言った事を思い出し、竜子をまじまじと見つめると「てめぇは…あいつの女の事を知ってるか?」と問うてみた。
竜子は、蘇鼓の問い掛けに首を傾げ、それから「女って…婚約者の事か…?」と問い返してくる。
蘇鼓が頷けば「ああ、あたいのダチだよ」と屈託答えるものだから、むしろ親切なほどの気持ちで「じゃあ、伝言を頼むわ。 幇禍は死んだとな」と竜子に言った。
きょとんとしたまま、蘇鼓を見返す竜子。
「何でだ? 生きてるんだろ?」
竜子が問えば蘇鼓は頷き「だが、もう、二度とその女とは会わせてはならなくなった」と囁く。
益々瞬く竜子に、羽を広げ「てめぇにゃあ、難しいかもしれねぇがな、そういう決まり事があるんだ」と知った風な口を聞く蘇鼓。
「追われる事すら厄介を招く。 だったら死んだと言って諦めさせるのが得策だろう?」
蘇鼓の言葉に首を振り、「悪…い…ちょっと、あたいには意味が…」と呻く竜子の肩を掴むと「それが…てめぇのダチの為になんだよ」と言ってケケケッと笑った。
何にしろ、魔女にトリックスターとまで言われる娘相手だ。
釘は刺しておくに越した事はない。
そう思っての伝言を、竜子はどう思ったのか「それは幇禍の望みなのか?」と聞いてくる。
「その、二度と、あいつと会わないっつうのが、幇禍の望みなのか?」
「…望み…まぁ…な。 お前の知ってる幇禍なら、いっそ会いたくないと思うような状態に、今はなっちまってらぁな……」
理に準じた幇禍は、盟約に従い蘇りの際認識したとおり、あの娘を敵とみなしている。
今会えば、殺戮は必至。
娘の力が如何程かは測った事はないが、神の人間人形としての力を真っ当に振るえば、殺戮に特化したその人体、生半可な相手では数秒も目の前に立たせている事はあるまい。
何にしろ、殺し合う運命。
ならば……。
「出会わない方が良い。 もう…」
これは、いっその事の思いやり。
蘇鼓の親切心でもあった。
だが、竜子は理解できないという風に首を振り「分かんねぇ…そ…んな…別れた方が…いいなんて…」と呻いた瞬間だった。
突如、足元のクッション、壁、その全てが紅蓮の炎に包まれゴウゴウと灼熱の温度を伴い燃え上がり始めた。
「っ!!!」
咄嗟に横たわる幇禍と、竜子二人抱えて飛び上がれば、炎の柱が蘇鼓を追ってくる。
「な…に…?!」
叫びながら問う蘇鼓に、竜子が怯えた声で「不味い! チェシャ猫が本来の姿を取り戻した! 支配権が、また、あの猫に傾いた!!」と叫ぶ。
「早く!! 俺達を、その王宮に送れ!!」
怒鳴る蘇鼓を見上げ、竜子が悲壮な声で「…幇禍を!! 幇禍を、連れてかないでくれ!」と懇願してきた。
「…っ!! 馬鹿か?! こんな時に?!」と怒鳴る蘇鼓を、強い目で見つめながら「お願いだよ! 蘇鼓!! あんたらが何者で、幇禍が一体何なのかは分かんない! 決まり事つうものが何かもあたいにゃ、分かんないよ!! だけどっ!!!」と言いながらぎゅうっと、蘇鼓にしがみ付き「…あいつが幇禍と一緒にいる時に、どんな顔して笑ってるかは知っている。 あたいは、あんなに幸せそうに、嬉しそうに笑う人の顔を見た事がない」と囁いた。
炎に包まれながら、神の身である蘇鼓と違い、ただの人の身の竜子はそこらじゅうを火傷し、水膨れを幾つも作りながら、それでも必死な声で願った。
「大事なダチなんだ…。 親友なんだ。 特別な友達なんだ。 そのダチの、大事の男が連れてかれるっつうのを、あたいは黙って見過ごす訳にはいかねぇんだ。 昔、あたいが大事な男を追う為の背中を押してくれた奴なんだ。 今、あいつと幇禍が出会う事で、どんな事が起こるのか、蘇鼓が言うように、何か厄介があるのか…。 あたいは、間違ってるのかも知れない。 それでも…選ばせてやんなきゃ駄目だ。 奪われるのが、一番しんどい。 挨拶もなしに、目の前から消えっちまうのは、一番寂しいよ…」
赤い照り返しの中、苦しいだろうに、熱いだろうに、それでもにいっと笑って竜子は言う。
「頼むよ。 蘇鼓。 幇禍をあいつに返してやってくれ。 何処にも連れてかないでやってくれ。 どんな決着も、行き先も、選ぶ機会をくれてやってくれ。 なぁ、蘇鼓。 あたい、その為なら、この命だって懸けられる」
炎の壁が迫ってきていた。
了承するまで、蘇鼓を王宮に送る気はないのだろう。
まさに、命懸けの懇願。
「神様を…脅すなんざぁ、不届きな女だ」
目を細め竜子の顔を睨みつける。
「神? 知らないねぇ!! あたいは、あんたの事をダチだと見込んで願ってるんだ。 神なんざには、祈った験し、一度もねぇや。 不届、理不尽、勝手気儘が身上さ。 悪い女に捕まったと諦めとくれ。 さぁ、蘇鼓!! どうするね?!」
そう啖呵を切る竜子の声に、「ケケケッ!!!」と高らかに笑った。
「死ぬぞ? 俺も、幇禍も不死の身の上。 てめぇだけだ、消えるのは」
「別段それでも構わない。 男を見る目がなかっただけと諦めるさ」
「お前の望みが、お前のダチとやらをこの上なく不幸にする可能性だって高い。 一人よがりの思い入れで、他人を不幸にする覚悟はあんのか?」
「あたいは、あいつを信じてる。 今ここで、幇禍に消えられっちまうより、どんな厳しい現実だって、正面から向かい合い、自分で自分にとって良い道を選ぶ事を欲する筈さ」
「それで 友達自身を失う事になってもか?」
竜子は、一瞬口を噤み、そして笑う。
「あいつは死なない。 誰にも殺されない。 強いんだ。 凄く。 強いんだよ、蘇鼓。 誰よりも。 一度会えば分かる」
鮮やかな笑み。
無邪気で、人を信じきっている無防備な笑み。
炎の海に叩き落したくなった。
同時に、強く抱きしめてやりたくもなった。
人は
分からない。
「…いいだろう。 叶えてやるよ。 その望みを」
どうしようもない、理の残酷さを竜子に思い知らせてやりたくて、そう告げていた。
だが、同時に、もしかしたら?という思いもあった。
もしかしたら、ただの人形が、今度こそ人になれるかも知れない…と。
アリスが言っていた言葉。
【もっと面白い目に合いたいのなら女王の言う事を聞いてやんな】
OK。 アリス。 乗ってやったぜ? 魔女の誘いに。 これでありきたりの結末が待っていようものならば、てめぇの体八つ裂きにしてやるよ…と物騒な事を考えて、竜子に「だから、とっとと、俺を城に送ってくれ」と告げていた。
竜子はぱっと顔を輝かせ「ありがとう!!」と蘇鼓の首にしがみ付き、そして、胸元から「小指」を取り出し、丁度鎖骨の下辺りにある、小さな黒子にも見える穴に差し込む。
「これが、王宮の鍵なんだ」と竜子は言うと、ガチャリと捻り、「ベイブ!! この馬鹿野郎! そっちに援軍を送ってやろうつってんだ! 大人しく道を繋ぎやがれ!!」と竜子は怒鳴った。
体が強い力に絡めとられ、何かに吸い込まれるかのごとく引っ張られるのを感じると、咄嗟に竜子に幇禍を押し付けて「約束だ、好きにしろ!」と怒鳴った。
竜子は頷き、嬉しげに笑いながら「あんがと。 もう、離してくれて大丈夫だ。 あたいらは、『メサイア』に戻るよ」と言う。
言葉どおり二人の体を離せば、落下を始めるより早く、その姿は掻き消える。
溜息を吐き出した蘇鼓は、大五郎と、帝鴻と共に引っ張られるままに、身を任せた。
そんな蘇鼓のすぐ隣に、再びアリスが現れる。
アリスはのんびりとした調子で、暗闇の道を歩きながら、蘇鼓を見下ろし「良かったん? 弟をくれてやって?」と聞いてきた。
「てめぇが…面白ぇ事になるっつったからだろ…」
唸るように言う蘇鼓に、「ヒヒヒッ」と笑い「信じたかい。 魔女の言葉を。 そりゃあ、おおきに」と礼を述べる。
「んじゃ、うちも、あんたが城に辿り着くまでの間に、一つ面白い昔話でもしようかね」とアリスは囁いた。
その瞬間、蘇鼓の周りの世界が一変し、銀色の鏡張りの姿に変じた。
そこに映るは、蘇鼓自身ではなく頭に猫の耳が生えた一人の女と、大きな姿身越しに相対する一人の男。
今よりも若き日の虎杰の姿。
「逢瀬。 馬鹿なチェシャ猫と馬鹿な男の、馬鹿な逢瀬の光景だよ」
アリスが愉快げな声で、蘇鼓に説明した。
あの女が…チェシャ猫。
一枚の大きな鏡に手を這わせ、チェシャ猫は頬を染めて向こう側を覗いていた。
鏡の向こう側の虎杰は、チェシャ猫と同じく鏡に手をあてて、彼女と顔を突き合わせていた。
「鏡よ 鏡 世界で一番 美しいのは だぁれ?」
無邪気な声でチェシャ猫が問う。
鏡の向こうの虎杰は少し笑って、それからチェシャ猫を指差した。
「ふふふ」と肩をすくめ、掌を唇に当てて「嘘。 違うわ」と言って、それから自分の猫の耳に手をあてる。
「だって、こんなものが生えてる」
すると虎杰は首を振って「関係ないよ」と囁いた。
「尻尾もあるのよ?」
「それも、可愛いじゃないか」
「わっち、人間じゃないの。 お城の化け物なのよ?」
「それでも、お前は美しいよ」
虎杰の言葉に、また「ふふふ」と笑い、それからピタリと鏡に張り付く。
「世界で一番?」
「ああ、世界で一番」
「わっち、お姫様になれるの?」
「俺がしてやる。 お前をお姫様に」
何度も何度も瞬いて「約束」とチェシャ猫が言えば、虎杰も頷き「ああ、約束だ」と答えた。
つまり、チェシャ猫と、虎杰はこのようにして、通じていたという事か。
恋仲。
これも、余りに陳腐な繋がり。
「この…鏡は…?」
蘇鼓が問えば「白雪。 現世と城を繋ぐ事の出来る、魔法の鏡や」とアリスは答えた。
竜子からも聞いている。
彼女は、白雪が鏡の化身だと言っていた。
ならば、この姿見が、その白雪とやらの本性であるのだろう。
「チェシャ猫は、白雪を通じて、虎杰と出会い、そして愚かにも恋に落ちた」と面白がるような声でアリスは言う。
「愚かなチェシャ猫の為に、虎杰は、この城を手に入れるありとあらゆる方法を探した。 少しでも城に近づく為に、力を手に入れようと裏の世界に身を投じ、チェシャ猫に会いたい一心で、組織のトップにまで登り詰め、そして、彼女と同じ『獣』と『人』を融合する技術と知識を有した一人の男を自分の傍らに置いた」
「それが……Dr…」
蘇鼓が思い至れば、アリスは「正解」と愉しげに答え「…ここにいた頃の名はまた違ってね、あいつは『ハンプティ』と呼ばれていた。 壊れた巨大な卵の名前。 私とは、散々意味論について、議論を交わしたっけねぇ?」と遠い目をする。
「つまり、Drも、千年王宮とやらに何らかの関わりのある人間だという事でいいのか?」と聞けば、アリスは再度にっこり笑って頷いた。
芋づる式に出てくる関係性や、新たな事実。
陳腐なれども、これは中々に面白いと、父親にこの物語を滞りなく伝える為に、蘇鼓は目を凝らし、耳を澄ませる。
「ハンプティ…あの男も、数奇な運命の果てに、城に辿り着いた愚か者やった」とアリスが密やかに笑う。
「今は、ジャバウォッキーと女王がベイブの傍に侍っておるけど、以前は、チェシャ猫とハンプティが、その座にいた時期があってねぇ…。 その間は、まぁ、どえらいもんやった。 永きに渡って、あの城が狂気と殺戮に満ちてる、恐ろしい時代やった」
アリスの言葉に、いっその事、その頃城に行けていれば、随分と楽しめたかも知れねぇのにと、少し悔しい気持ちになる。
ベイブという王様は、随分とイかれちまっているようだが、今は、どうも、そのチェシャ猫とやらにやりこめられたり、こんな風に人間に助けを求めたりと、随分腑抜けてしまっているようで、悪い時に知り合う事になっちまったもんだと肩を落とす。
「ハンプティ。 あの男は、ジャバウォッキーと同じく、切なる願いを抱いてこの城に導かれたんや。 あの男の望みは、唯一つ。 己の妹の命を救う事」
妹…?
少し首をかしげた蘇鼓は、「まさか…」と呟き、鏡に映るチェシャ猫に視線を送る。
「彼は、生まれた折より不治の病を患い、成人を迎える事なく死出の旅へと送り出される事が運命付けられていた自分の妹を、別の生命体と融合、合成させる事によって、命を救おうと医学の限界に挑み破れていた。 何度もの人体実験。 人を攫い、動物と掛け合わせては、数多もの陰惨な死を齎していた、死神。 あの頃の日本は、今よりも闇が深かったでなぁ…。 実験材料は簡単に攫えたようやで?」
淡々と説明し続けるアリスの言葉に、街燈等という物の存在しない真っ暗闇の中、人を攫い続ける白衣の男の姿を思い浮かべて、「へぇ…まるで、怪談じゃねぇの」と蘇鼓は嘯く。
「…せやけど、現代医学ですら為し得ていない人と動物の合成なんぞ、その時代に成功する筈あらへん。 彼は、殺人鬼と成り果て、狂気の人体実験の果てにベイブに出会い、そして乞うた。 キメラを作る術を。 人と動物の合成を作る為の技術を。 ベイブは、その望みに答え、そして、その結果生まれたのが……」
アリスは、そこまで言って鏡の中のチェシャ猫を指差し「…あの愚かな猫や」と嘲笑うように告げた。
「幾人もの死の果てに命を繋いだ呪われた娘。 その後、ジャバウォッキーに出会う事によって、変遷を遂げたベイブの手によりハンプティはこの城から放逐され、チェシャ猫は深層奥深くへと閉じ込められた。 その頃は、まだ、深層にてただの鏡として存在していた白雪を通して、チェシャ猫は、虎杰と通じ合い、そして、この城の簒奪という計画を立てたちゅうのが、今回の件の、そもそもの真相やね」
そうアリスは語り終えると、再び周囲は真っ暗闇に変じ、「まぁ、巻き込んだでな。 せめて、一体何が原因なんかだけは、教えたろと思うて説明したけど…」とそこまで言えば、蘇鼓は「聞こうが、聞くまいが、どうでも良い話っちゃあ、どうでもいい話だが、それでも、そこそこ腑に落ちた」とつまらなそうに返事をする。
「つまりは、なんだ…陳腐な恋愛小説と、チンケな人情物語が合わさって、出来上がったのは猟奇物みてぇな…そんな益体もない背景だったって話だろ?」
蘇鼓がそう纏めれば「違いない」とアリスは笑って頷く。
「まぁ、そんなしょうもない成り立ちで起こった出来事が、こんな大事になってしもうた。 頼むよ、蘇鼓。 ベイブに…あの子に力を貸してやってぇや」
アリスに乞われ、蘇鼓は「お願い、お願い、お願いっ! みんな勝手な事ばかり抜かしやがる。 今日で、どんだけ、俺は沢山の人間に願われっちまんたんだろう」と呆れたように呻くと「もう、あと一人増えようが、どうしようが、余り変わりねぇ。 分かった、約束してやろう。 手は貸してやる。 巧くいくかどうかは別にしてな」と蘇鼓は投げ遣りに答え、アリスはにこりと笑って「おおきに。 優しい神さん」と言ってクルリと回った。
その瞬間、姿を消すアリスに「優しかねぇよ…」と唸って見せるが、多分、その声は届いていない 。
何もかも癪に障って、じたばたと無意味に暴れてみれば、突然目の前に光の扉が現れた。
「来い!!!!」
と、扉の向こうから強い声が聞こえてくる。
強い声で呼びつけられ、かなり苛々していた蘇鼓は「うるせぇ! 俺に命令すんじゃねぇ!!」と怒鳴り、蹴り飛ばすようにして、その光の扉を開け放った。
「呼ばれなくても、行ってやらぁ…」
胸中でそう呟いて、極彩色の翼を広げ、その羽を撒き散らしながら、扉の向こうに下り立った蘇鼓は周囲を見回し「へぇ…」と小さく声を漏らす。
そこは、四方を鏡に囲まれ、頭上から止め処なく薔薇が降り注ぐ、不可思議な空間だった。
城っつうには、余りに殺風景過ぎないか?と思い、地上に目を向ければ、そこには数人の人影と、そして地面に倒れ伏す、夥しい数のキメラ達の残骸が目に入る。
ああ、つまり、そういう事か…と即座にキメラ爆破処理の真の理由を蘇鼓は察した。
キメラ達が、これ程の数、この城に送り込む術を有しているのは、唯一人、あのデリクという魔術師しかいない。
デリクは、キメラ達を解放し、援軍として、この城に送り込んだ。
だから、Drはキメラ達を爆破し、虎杰はそれを許した。
全ては、愛しいチェシャ猫の為に。
彼女の脅威になり得る、彼女と敵対する存在を破壊する事に、何ら躊躇を覚えない、その狂気的な有り様に、「狂ってやがる」と蘇鼓は呟く。
狂ってやがる。
まぁ、だが、だからこそ、世界を揺るがしかねない所業が行えたのだろう。
そう感慨にふける蘇鼓の意識を、自分に向けるべく、大五郎が「ふぐぅ…」と声をあげて、傍らに立ち、何か言いたげに此方を見上げてきた。
「んだよ」と問えば、その蘇鼓の腕をちょんちょんと引いてくる気配を感じ、目を剥いた。
「蘇鼓…俺だ…兎だ…」
小声で囁かれ「兎のおっさん?」とこれまた小声で言い返せば「おっさんじゃない! まだ!」とそこは、今、こだわらなくていいんじゃないかな?というような文句を言ってくる。
「な…んだよ、なんで、てめぇの姿が見えねぇんだよ?」と聞く蘇鼓に「デリクさんが、空間を歪めて他の人間から、姿を見えないように隠してくれた。 このまま、息を潜めてDrの隙を突く。 あんたは、あの化け物の相手をしてくれ」と言ってきた。
化け物?と顔をあげ「うっひゃぁ…なんじゃありゃ?」と蘇鼓は思わず呟く。
そこには、酷く凶々しい表情をし、ずらりと尖った牙を剥いた、一匹の巨大な化け猫がいて、「ケケケッ」と思わず蘇鼓、反応に困って笑ってしまう。
状況を見るに、どうもあいつがチェシャ猫らしい。
アリスが見せてくれた女の姿こそはしてないが、他の何者かである可能性など微塵も思い当たらなかった。
チェシャ猫が、硬直したまま、こちらを凝視しているのを無視し、その傍らに、Drの姿があるのを見止めると、あいつのせいで、色々厄介な事になっちまった…の恨みを込めて、嘲り声で「さぁて……逃げても無駄だぜ?」と宣告する。
「『神の目』からは、逃れられねぇ。 例え何処へ行こうともだ」
そう言いながら、スタスタ歩く蘇鼓の隣を、恨みの篭った唸り声をあげながら大五郎が歩いていた。
その後ろをパタパタと、帝鴻が胸を張りつつ偉そうについてくる。
「観念しろよ。 この、畜生」
そう言うと羽を広げ、ふざけてるみたいな声で「神の裁きって奴を味わいな」と言い、自分の言葉を馬鹿にするかのように、「ケケッ」と自嘲した。
一人のやけに、ヒラヒラとした変わった格好をした少女がゆっくりと立ち上がると腕を組んで、ジロジロと蘇鼓を眺め回してくる。
「あなた…何者?」
高飛車な声で呼びかけられたので、蘇鼓は少女に視線を向けると、にたっと笑って「神様だよ」と告げた。
「…神様…?」
掠れた声で、別の小柄で目の大きな小動物めいた愛らしい少女が呻く。
「馬鹿な…」
金色の髪をした、驚嘆すべき程に端正な顔立ちをした少年が目を見開いたまま「君は…幇禍さん…ではないね?」と問い掛けてくるので、こいつは、弟を知っているのか?と驚きつつも、「違うね」とにべもなく答える。
「あいつと、俺は全く違う。 てめぇは、幇禍の知り合いか?」
蘇鼓の問い掛けに、翼は頷くと、「じゃあ、君は…?」と問い返してくる彼女に、面倒臭げに「…だぁから、言っただろ? 神様だって。 ま、どうしても、呼び名が知りたいってぇなら、舜・蘇鼓と呼んでくれ」と名乗っておいた。
そして、ツイ…と、蘇鼓は二人の少女に視線を向ける。
間違いない、こいつらがデリクと曜の言っていた、燐とウラだろう。
「保護者が随分心配してたぜ? くれぐれも力になってやってくれって頼まれちまったぜ。 俺を此処に送ってくれた、いんちき臭い魔術師と、曜にな」
肩を竦めてそう言えば、二人は顔を見合わせる。
小柄な少女が「曜先輩は無事なのじゃな?!」と、顔を輝かせてくるので「こっちが、燐か…」と蘇鼓は察すると、何より相手の無事を確認しようとするその態度に、「ったく、やっぱ、人間は訳が分かんねぇ」と呟き、少しだけ困った顔をした。
「なんで、てめぇ以外の他人をそんなに大事に出来んのか、俺には理解不能だよ」と言い、漸くチェシャ猫に向き直る。
そして、躊躇なくチェシャ猫のすぐ前までスタスタと歩いていくと、「で? 何、これ? 化け猫?」と言いながら、その巨体を指差した。
チェシャ猫の傍らに立つDrに、蘇鼓は「それとも、てめぇが創ったの? こんな悪趣味なもん」と言いながら、ケケケッと喉を鳴らす。
「おっもしれぇ。 竜子、こんなんがいるトコで暮してんの?」と愉快気に言い、それだったら、然程退屈な場所でもねぇなぁ…と蘇鼓は勝手に想像し、思わずにやけてしまった。
だが、チェシャ猫は蘇鼓の物の言いが気に入らなかったのか愉快な想像に身を委ねていた蘇鼓に「フーッ!!」と唸り声をあげてくるものだから、「躾がなってねぇなぁ!」と楽しげに毒づいてやる。
「…力を貸してくれるんだね?」
美少年の問い掛けに、「ま…約束したからな」と答えた瞬間、蘇鼓の傍らにいた大五郎が、我慢の限界を迎えた様子で一声吼えると、一気呵成にDrへと飛び掛った。
チェシャ猫が腕を振るい、虎を叩き飛ばそうとすれば、その攻撃を、羽を羽ばたかせ高く飛び上がり、素早い動きで避けて、Drに迫る。
Drも自身の羽を使い、高く飛べば、笑いながら、「虎しゃん、そういえば、お前生きてたんでしゅか! あはははっ!! それは、それはっ!! なんて、生意気なんでしょう!!」と言い、屋上でばらまいて見せた、球形の爆弾をバラバラと一気に撒いた。
パン!!!っと、ポップコーンが弾ける音に良く似た、しかし、よっぽど鼓膜を揺るがす轟音が連続して聞こえてくる。
「時間が…ないわ!! ベイブ!!! あたし達を守りなさい!!!」
ウラがそう叫べば、真っ白な肌と髪の色をした、大柄な男が如何にも物憂げな仕種で、それでも、指先で複雑な文様を宙に描いた。
あいつがこの城の王様かと横目で観察していると、チェシャ猫と蘇鼓達の境界線上に光の壁が立ちはだかる。
防護壁は、Drの爆撃を防ぎ、こちらに向かって踏み出そうとするチェシャ猫の体を押し止めていた。
「ただの時間稼ぎなど、無駄な足掻きでしゅ!」
そう吼えるDrに視線を送りベイブは、醒めた眼差しで「煩い」とだけ呟く。
「喚くな、頭が痛くなる…」
掠れた声。
どうも本調子ではないのか、視線が不安定に彷徨い、胸の辺りに手を這わせると「胸がざわざわする…」と呟く。
バチバチバチ!!っと、電撃音がし、チェシャ猫が「うにゃん!!」と悲鳴のような声をあげて、光の壁から飛びずさった。
「自身の力を、制御…出来ていないのか?」
眉を潜め燐が言うのに、ウラは頷いている。
マジかよ?と、蘇鼓は額を汗で濡らすベイブの姿に、そこそこシャレにならない状況である事を改めて察すると、状況を把握する為に、思考を目まぐるしく巡らせた。
畜生。 何もかも、ガラじゃねぇよ…と思いつつも、ここまで来てしまった上に魔術師やら、極道やら、果ては魔女にまでここにいる人間の無事を乞われてしまっており、ここで尻尾を巻いて逃げる事だけは出来はしない。
「…はぁっ…はっはぁっ…っ!!」
ベイブの呼吸が荒い。
視線がまたブレ、バチバチと光の壁が暴走する。
突然ウラが、そんなベイブに走り寄ると、その腕を掴み、必死に揺すって「もうじきよ!!」と怒鳴った。
「もうじき、デリクが女王とジャバウォッキーを連れてきてくれるわ!! だからっ!! だからっ!!」
ベイブの視線がぐるりとウラを眺め、それから小さな声で「ウラ…」と呟く。
余程、ベイブに信頼されているのか、ウラを視界に納めた瞬間、ベイブの光の壁の暴走が少し穏やかになった。
「…そうよ…大丈夫。 あなたは一人じゃない。 味方がいる。 大丈夫」
呪文をかけるかのように、ウラが、ベイブの目を見て、何度も、何度も呟いている。
「きっと、デリクが誠と竜子を連れてくるわ。 デリクが来てくれるの。 そうよ…だから、大丈夫…大丈夫よ…」
声が震えていた。
無理もない。
まだ、見るからに年端もいかない少女にとって、この状況は余りに厳しすぎる。
今にも泣くかと思われたその矢先、にいっとウラは唇を裂いて無理矢理のように笑った。
不敵な、生意気極まりない笑み。
何だか、アリスの笑い方にも良く似ていた。
「てめぇも、あんなチンケな野郎相手に、そんなうろたえてる場合じゃねぇんだよ、このスカポンタン。 おら、もっと、気張って見せろよ!!!」
そう口汚く怒鳴りつけるウラに蘇鼓は、思わず目を見開く。
ベイブは驚いたようにウラを見下ろし、口をぽかんと開けていた。
不敵な笑みを益々深め「…誰が、今お前の傍にいると思ってるの? 無様な姿を見せないで。 見苦しいわ!!」と声高に言い放ち、ウラは昂然と顎を上げる。
その声、仕草、態度、その全てが、蘇鼓のツボにヒットした。
「ひあっはははっはははっ!! 言うねぇ!! お前、サイッコー!!」
蘇鼓が体を折り曲げ一頻り笑って、ウラに親指を立てて見せると、ベイブはぎゅっと眉根を寄せ、光の壁は、再び静寂を持って、チェシャ猫達とこちら側の間に厳然と立ちはだかった。
さてと…じゃあ、俺も約束は守んねぇとな…と、思いつつ、「おい!! てめぇ、あの壁、もっと厚く出来ねぇか? こっちの声が一切向こうに届かねぇように」と、ベイブに問い掛ける。
蘇鼓の言葉に、ベイブは眉を顰め「人使いが…荒い…」と溜息混じりに呟いて、更に複雑な文様を描き出した。
すると光の壁は、その色合いの濃さを増し、金色の壁に変じて向こう側の様子すら見えない状態になった。
「これで…こちら側の…声は一切向こうには…届かん…。 だが…白雪…」
そう、ベイブが呼びかければ「あの防護壁は、保って…数分程…」と白雪と呼ばれた、これまた真っ白な女が即座に答える。
あれが白雪…と鏡の化身等という、かなり変わった女を興味深く眺めれば、「とっとと……ケリをつけろ…」と、思考を遮るようにベイブが告げてきて、蘇鼓は、即座に頭を切り替え「充分だ」と笑って答えておいた。
何てったって、竜子は、二分で歌の効果を発揮しろなんて言ってきやがったんだ。
それに比べりゃ、今回は随分と簡単だ。
そう余裕綽々の心持で、「うし。 てめぇら、耳の穴かっぽじって、ようく聞きな。 ありがたくって泣けてきちまうようなモンを特別に披露してやる」と、言いながら、ぐるりとベイブ達を眺め、そしてゆっくりと目を閉じる。
そして、顎を上げ、両手を広げると、蘇鼓の周囲を覆う、淡い光のオーラが更に強まり、準備が整った蘇鼓は、美しい、少女めいた程に可憐な声で、高く歌い始めた。
悪辣な物の言いの目立つ、お世辞にも上品とは言えないような蘇鼓の唇から、天上に住まう迦陵頻伽を髣髴とさせるような見事な歌が響き渡った。
まさに、神の歌声。
空気が一斉に澄み渡り、降り注ぐ薔薇の匂いが濃く、甘く、なる。
聞く者の体内が浄化され回復力を増し、その攻撃力を倍増させる奇跡の歌。
蘇鼓が短い曲を一曲歌い終える頃には、皆の表情が一変していた。
疲れが目立つようだったが、今は生き生きとした表情を取り戻し、その体の至る所に見られた傷も回復している。
すると燐がハッとした表情で、指先に、再び針で穴を開けると、美少年に向かって駆け出した。
「飲め! 早う! 時間がないっ!」
燐の言葉に、美少年は一瞬呆然とした後頷いて、美しい形の唇を、その愛らしい指先にそっと寄せる。
一体?と首を傾げればいつの間にか傍らにいた白雪が「燐お嬢様の血は、貴方様の歌声同様、摂取した人間の力を増させる効果があるのです。 この城の中で、今、最もチェシャ猫の命を奪える力を有するのは翼様」と言いながら金髪の美少年を指し示す。
「皆様は、己の全ての力を、翼様に託そうとなさっているのです」と説明してくれた。
「チュッ」と小さな音を立てて、燐の血を口に含んだ翼と呼ばれた少年に、次いで、ウラは「その剣を翳しなさい」と告げる。
片手に提げていた、美しい銀色の剣を見下ろし、「…何を?」と訝しげに翼が首を傾げると「その剣は、かなりの代物のようだし、今のコントロールなら、多分成功する。 じっとしてなさいよ?」と言いながら、ウラが突如指先を頭上に翳しえいと振り下ろした。
その瞬間、翼が翳した剣に雷が落ちる。
「っ!!」
驚く蘇鼓達の表情を眺め、満足げに頷くウラ。
翼の剣に、青白い雷撃と思わしき光がバチバチと音を立てて帯電していた。
ただのガキ共だと思っていたが、中々どうして侮れない力の持ち主らしいと、見た目には華奢で可憐にしか見えない面々を見回す。
燐の血と、蘇鼓の歌。
そして、ウラの雷撃。
青白い光を帯電している剣を、翼がすっと指先で撫でる。
ずるとバチバチバチ!!と派手な音を立てながら、剣が紅色に染まった。
「…っ!! もう…保たん!!」
ベイブが、ずるりと床に崩れ落ちた。
光の壁が、ゆっくりと崩れゆく。
「タイムリミットでしゅ」
Drが勝ち誇ったように告げるのを聞いて、燐が満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「お主のな!!!」
翼が、地面を蹴り、宙に飛ぶと、息を呑むようなスピードでチェシャ猫に突進する。
「「行けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」
ウラと燐が声を揃えて叫び、白雪が両手を組み合わせ祈った。
ベイブが、虚ろな表情で笑う。
蘇鼓は、結末が見えたので、ただ、小さく手を振った。
バイバイ、愚かな猫よ…と。
金色の髪が乱れ、美しい目を見開いたまま、翼は、まるで呪われた城を救いに来た騎士の如くの凛々しくも美しい姿でチェシャ猫に肉薄した。
バチバチバチバチバチ!!!!!!!
翼が突き出した剣が、狙い過たずチェシャ猫の胸に突き刺さる。
「…さよなら」
翼が厳かな声で告げ、剣に宿らせた全ての力を解き放った。
赤い稲光が、部屋を明滅させるほどの光を放ち、鼓膜を打ち破らんばかりの音が蘇鼓の耳を劈く。
咄嗟に耳を塞ぎ目を閉じてうずくまる。
赤い光が、鏡の部屋を覆いつくし…そして、恐ろしい程の沈黙が、暫くの間、その場を満たした。
まだ、チカチカと明滅しているような瞼を押さえつつ、それでもゆっくりと目を開けば、そこには鏡の壁に突き刺しにされているチェシャ猫の姿があった。
ここへ来る途中にアリスに見せてもらった、頭に猫の耳が生えた女の姿に戻っているチェシャ猫は、それでも小さくもがき、首を振り。
「っ…う…そよ…うそ…うそよ…」と弱弱しい声で呻く。
ひびの入った鏡に映る、歪み、何体にも分裂したチェシャ猫が、断末魔の痙攣を見せた。
「…だ…って…こんな…の…聞いた…事…ないもの…。 お…御伽話の最後は…いつだって…王子様と…お姫様が結ばれて…幸せに暮らす…んだもの。 わ…わっちは…わっちは……お姫様…に…」
白雪が、ゆっくりとチェシャ猫に近付いていく。
そして、チェシャ猫が串刺しにされている背後にある鏡に自分の身を映した瞬間、その姿が掻き消え、自分の姿を映していた場所から出現したかの如く、チェシャ猫の背後に立った。
白雪の胸がぱっくりと開かれている。
そこには、一枚の鏡が在って、翼の剣の切っ先が吸い込まれ、ずぶずぶずぶとチェシャ猫を貫いたまま飲み込まれていく。
鏡の化身という言葉の意味を察した蘇鼓は、「また、随分とイかれた代物だ」と興味深く思いつつも、父がこの光景を随分面白がって「視る」だろうと思い、じっと息を殺して眺め入る。
翼が目を見開き白雪を見上げた。
「猫はお姫様にはなれない」
残酷な微笑み。
チェシャ猫を抱きしめ、白雪が歌うように言う。
「猫は猫。 ただの猫」
そして、チェシャ猫の顎を無理矢理持ち上げると、唇を近づけて、嘲るように、言い聞かせるように言った。
「…夢は夢。 絶対に叶わない。 絶望なさい。 分不相応な望みを持った事、ベイブ様に出会った事、生まれた事すら悔いなさい。 さようなら、性悪猫」
白雪の真っ白な唇が、チェシャ猫の唇に重なる。
死の 接吻。
お姫様が王子様の口付けで目覚めるのなら、白雪の口付けはチェシャ猫に永遠の眠りを齎した。
チェシャ猫の体が鏡の中に沈む。
顔を上げた白雪の唇から、真っ黒な液体がツルツルと零れ落ちた。
「…それは……」
燐が掠れた声で問い掛ける。
鏡渡りの薬。
自分が、メサイアに侵入する為に使用した薬と一緒であろうと、蘇鼓は察する。
「燐が、鏡を通じてこの城へと来れるようにした…あの薬と同じものか…?」
燐の震える問い掛けに、白雪は満面の笑みを浮かべ「『鏡渡り』の秘薬に御座います」と密やかに答え、蘇鼓の推測が正しかった事を教えてくれた。
ずぶりとチェシャ猫は鏡に飲み込まれ、そして四方を囲む鏡に高い空に放り出され、落下するチェシャ猫の様子が映し出された。
「♪Humpty Dumpty sat on a wall
♪Humpty Dumpty had a great fall
♪All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again」
王様の馬みんなに 王様の家来みんな合わせても
ハンプティを元には 戻せやしなかった
壊れた 卵は もう元には戻りません!
合唱が微かに聞こえてくる。
堕ちる。
墜ちる。
猫が。
落ちる。
「あの猫は、一度も想い人に『会えた事などなかったので』本望でしょう」
残酷に白雪が言う。
「私の慈悲です」
地上に、一人の男が立っていた。
虎杰。
キメラという禁忌の術で持って、裏組織のトップに立った男。
ただ、恋の為に。
ただ、恋の為に。
滅ぶか。
その破滅を見届けるべく、蘇鼓は目を見開く。
てめぇの夢は
てめぇの狂気は
全て、チェシャ猫という女だったのだな。
それも 人か。
てめぇの特別は てめぇの狂気に成り果てた。
ならば、この滅びは、てめぇにとって…。
満身創痍で、それでも、天を仰ぎながら、酷く明るい、悲しいほどに明るい、幸福そうな笑みで虎杰が両手を広げる。
チェシャ猫も笑った。
最期の意識で。
「やっと…会えた…」
小さく猫は呟いた。
「ずっと会いたかった」
虎杰も笑って応えた。
猫の胸を刺し貫いている翼の剣が、そのまま、虎杰の心臓も刺し貫く。
落下した猫を虎杰は抱きしめ、そして、地上に倒れ伏した。
現世と王宮、たった一度として、直接、触れ会う事もなく、鏡越しで想いを育んだ、憐れな、憐れな、恋人同士。
漸く、最期の、最期、この上ない悪辣と、暴虐の果てに、二人は抱き合う事が出来た。
悲恋の結末である。
悲しい終末である。
しかし、悪党の恋であった。
悪党の最期であった。
「良かったじゃねぇか…。 てめぇにしちゃあ、これ以上望むべくもねぇ最期だ」
蘇鼓がそう小さく嘯くと、フラフラとDrが壁に取り縋り、震える声で「…虎杰……茜…」と、虎杰の名と、チェシャ猫の名らしきものを呟く。
「ふ…ひっ…ひぁっ…ははっ…あはははっ…はっははははっ!!!」
そのまま膝を付き体を震わせながら笑うDrが、狂気に霞んだ目で辺りを見回し、そしてポツンと「一人ぼっちに…なっちゃいました…」と呻いた。
「…いやでしゅねぇ…一人…は…とても…寂しいでしゅ……」
狂った声。
ぐるるるる…と唸りながら大五郎が、Drへと近付いていく。
ふと、意識を研ぎ澄ませれば、その背中に、デリクによって姿を掻き消されている兎月原が跨っているのが察せられた。
(うお…あの、プライドの高ぇ大五郎が、自分の背中に乗せやがった。 俺ですら乗った事ねぇのに!!)となんか、訳の分からない嫉妬だか、怒りだかを覚えつつ大五郎の背中を睨む。
「…しょうがないから……あの二人の所へ行く事にしましょう……」
俯きながら呻いたDrは、懐から真っ白なカプセルの詰った薬瓶を取り出すと、突然、自分の掌にザラザラと錠剤をぶちまけ、口中に放り込んだ。
不穏な足掻きを見せるかと思いきや、Drの意外な行動に(毒でも飲んだのか?)と、手間が省けてよかった等と心中で冷たく思えば、どうにも、Drという男、そこまで潔くはなかったらしい。
「…君達も…連れてね……?」
そう呟いたのを最後に、突然、Drの体が膨れ上がり、一瞬にして人間の姿を失う。
白衣が弾け、ぶよぶよと膨らんだ肉の塊が床を侵食し始めた。
にいいっと肉に埋もれかけた唇が歪むのを見て、蘇鼓は嫌悪感に顔を顰める。
筋肉増強剤の超強力バージョンとか、そういうのかね?
そう思いつつも、このままじゃ、間をおかず、この部屋があの肉に埋め尽くされる事に危機感を覚え、ただ自殺するのなら、大人しく死んでおきゃあいいものを、どうして、他人を巻き込みたがるのだろう…と呆れるような気持ちになれば、大五郎が、背中に兎月原を乗せたまま、その肉の塊の中心に飛び込んでいく姿が見えた。
彼の意図を察し、蘇鼓、にやりと笑って(イイトコもっていきやがる)と吐き捨てながらも、「やっちまえ!!! 兎っ!!!!」と叫ぶ。
すると突然虎の背中の上に跨る兎月原の姿が現れ、「兎月原さん?!!」と、翼が叫ぶや否や、兎月原は躊躇いもなく拳を突き出して、肉の中にその腕を埋もれさせた。
「往生際が…悪いんだよ…!!!」
そう鬱陶しげな悪態をつき、ぐいっと兎月原が手を引けば、掌の中にドクドクと脈打つ気持ちの悪い心臓めいたものが掴まれているのが見える。
「おえっ!」と舌を出してウラが言えば、燐が青ざめたまま「…夢に…出そうなのじゃ…」と呟いた。
眉一つ顰めず、その心臓を兎月原が握り潰す。
その瞬間肉の膨張が止み、ずるするすると、その中心に這い戻ると、胸に大きな穴を開けたまま横たわるDrの姿が現れた。
ベイブが指先をツイと振れば、これぞお城と言われて納得できる、絨毯張りの豪奢でだだっ広い玉座の間に姿を変える。
いつの間に現れたのか、三つの首を持つ大きな黒犬がパクンとDrの物言わぬ体を平らげた。
そして満足げに舌なめずりを見せると、ベイブに対し、三つの頭を同時に下げ、それからノソノソと城の奥へと消えていった。
うひゃあ、やっぱ、ここ、なんか面白ぇ…と、その生き物の背中を見送っていると、「…気持ち悪」と、さしてそうは思ってもいないような口調で呟き、べちゃりと音を立てて、兎月原がその潰した心臓を床に投げ捨てる。
「いいとこ取ってくじゃねえかよ…」と揶揄するように蘇鼓が言えば、「いや、ていうか、俺がいなくても、綺麗に話が終わりそうだったもんで、今更どうやって出てけば良いのか分からずに、俺はかなり焦ってたぞ。 第一声は『実はお邪魔してました!』とかでいいのかな?とか、凄い考えたんだからな!」とかなり本気の声で訴えてきた。
うん! 確かに、俺も、その存在をすっきり、ぱっきり忘れていた!と胸中で告白すると、「おら」と言いつつ、薬の瓶を渡してくる。
「彼女に飲ませてやれ」と大五郎に視線を向ける兎月原に首を傾げれば「解毒剤。 デリクさんが言ってただろう? 毒物が仕込んであるって。 どうせ、あんたを動かす為の、出鱈目だろうと思っていたのだが、強ち嘘じゃなかったらしい。 懐に大事に忍ばせてあった」と言ってきた。
ビンの中には、真っ白な錠剤が入っている。
白雪に兎月原が視線を向ければ頷いて「虎のお嬢様の血液内に、不穏な成分が混入してございます。 このまま放置すれば、いずれは命を奪う事になるかと」と答えてくれる。
「…この薬でなんとかなんのか?」
蘇鼓が問えば「はい。 間違いなく」と頷かれ、その自信たっぷりな物の言いに、間違いはないかと察し「命拾いしたな?」と大五郎に声を掛けた。
彼女自身意外だったのか、ポカンとしつつも頷く。
「重かったろ? すまなかった」と言いつつ、白い虎の頭を撫でる兎月原。
命の恩人相手だからというよりも、きっと相手が色男だからだろう。
ぐるぅ…と唸り、その身に体を摺り寄せる大五郎に、「大五郎…お前ほんとに男前に弱ぇのな…」と呆れたように蘇鼓は言う。
「…大…五郎?」
その余りに燻し銀な名前に燐が大五郎を凝視しながらそう疑問符を口にし、あまつさえ「メスの虎っつうのは、みんなそうなのかよ?」と蘇鼓が問い掛けるに至って、「メスなの?!」「女の子で、なんで大五郎?!」とウラと燐が交互に言い立てた。
だが、翼はかなりのフェミニストらしく、当然の事と言わんばかりに、「…彼女には、そんな無骨な名は似合わないよ」と憮然とした調子で蘇鼓に抗議してくる。
兎月原も、言動から薄々察してはいたが、同人種らしく、極めてナチュラルに「俺は女性の上にしか乗らない主義なもんで…君みたいに綺麗な子と一緒にいれて楽しかった」等と気が狂ってるとしか思えない事を、シレっとのたまい蘇鼓を呆れさせた。
「そもそも…お前…どこにいたのよ? 虎の背中には、誰も乗ってなかったわ」
ウラがそう兎月原に言えば、にこりと見惚れるしかない笑みをウラに見せ、それからふいに視線を上げると「君の王子様に、空間を歪める力を使って姿を隠して貰ってたんだ。 さぁ…お迎えが来たよ?」と言った。
ウラが、その言葉に振り返る。
するとそこには、まるで魔法のように現れたデリクの姿があって、彼は余裕たっぷりの笑みを浮かべて「ウラ。 よく、頑張りましたネ」と言い、先程まで、小生意気な表情を見せていたウラが一気に、走り寄り、その胸に飛び込んだ。
次いで、デリクに導かれるように、竜子と黒須が現れ、そして、竜子が飼い主に飛びつく犬のように翼に抱きつく。
折角のドレスをボロボロにして、泣き喚いている竜子と、大分憔悴しているようだが、そんな様子を呆れたように笑ってみている黒須。
翼から漸く離れた竜子と、黒須、二人纏めてベイブがぎゅうっと抱きしめると、漸く何もかも安心できたかのように、「…ああ…疲れた」と彼が呻くに至って、蘇鼓は、もう、見れるだけのものは見ただろうと納得し、二人を抱きしめたままのベイブの背後に近寄ると「トントン」とその肩を叩いた。
「お取り込み中のトコすまねぇが、俺はそろそろ、お暇させて貰う。 とっとと、外に出してくれ」
そう言う自分の声がいつになく疲れている事に気付き、随分と自分が消耗している事に気付く。
無理もない。
色々ありすぎた…と溜息を吐けば、竜子がにかっと笑って、また蘇鼓の首に齧り付き「色々、ありがとう」と礼を述べてきた。
黒須も、「どういう経緯でかは分からないが、色々迷惑をかけた。 助かった」と頭を下げ、ベイブも、「いつか、必ず報いる」と虚ろな声で告げる。
デリクも、大きく手を振って「蘇鼓さーーン!! 曜さんと嵐さんがくれぐれもヨロシクだそうでスー!! あと、ウラの事も、ありがとうございましタ!!」と礼を言ってきて、もう、その何もかもがガラじゃなさすぎて、なんだか息苦しくなってきたので「報いてくれるのなら! 早く俺をこっから出せ!!」とちょっと必死にベイブにお願いしていた。
漸く現世に戻り、ほっと一息ついた蘇鼓。
今回は、踏んだり蹴ったりだったぜと嘯きつつ、一つ、自分が解き放った、大きな爆弾に思いを馳せる。
竜子。
あの、女の望みを気紛れに叶えてやった事が、自分と、あの憐れな弟にどう作用するのか、地獄を生むか、はたまた、何か別の世界を見せてくれるのか。
ぶるりと、背筋を震わせ、蘇鼓は歪んだ笑みを浮かべて「ケケケッ」と鳴く。
この先を、愉しみに思いつつ、蘇鼓は都会の闇に姿を紛らせていった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3432/ デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3343/ 魏・幇禍 (ぎ・ふうか) / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【3678/ 舜・蘇鼓 (しゅん・すぅこ) / 男性 / 999歳 / 道端の弾き語り/中国妖怪 】
【4582/ 七城・曜 (ななしろ・ひかり)/ 女性 / 17歳 / 女子高生(極道陰陽師)】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【2863/ 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【3427/ ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4236/ 水無瀬・燐 (みなせ・りん) / 女性 / 13歳 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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お届けが大変遅くなって申し訳御座いませんでした!
前編・後編共にご参加頂けた事を心より感謝します。
それでは少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
momiziでした。
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