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<東京怪談ノベル(シングル)>


「戦闘メイド、激闘戦線」

1.戦闘メイド、行く。


「またか」
 ハンガーに下げられたメイド服一式を前に瑞穂は呟いた。
 曲がりなりにも「軍人」の肩書きを持つ立場で、これを見慣れて……というより着慣れてきたのは一体どういう訳なのか――と自問するが、一瞬でその答えを探すことを放棄する。
(いいけど……)
 大まかに見ればごくオーソドックスなスタイルのニコレッタと呼ばれるメイド服だが、実はかなり細部がデコラティブでもある。だがそれが決して自分に似合わない筈がない事を瑞穂は知っていた。
 まずは真っ白な綿のブラウス。フワリと広がったパフスリーブの袖に手を通す。肩先から二の腕の半分ほどを覆い、袖口は良くあるゴムではなく同色の細いリボンで締める作りだ。パフの愛らしさをより際だたせるデザインだが……。
(なんて面倒な……機能性に劣るな)
 片手で二の腕のリボンを結ぶのは容易ではない。それはまあ後回しにするとして――と次に濃紺のワンピースに手を掛ける。触れた指先が上質な生地の滑らかさを感じる。どちらかと言えば薄手の生地は、ウエストより高い位置でたっぷりとギャザーを寄せてあるため、膝上30pほどしかないスカートは大仰なほどに広がる。ペチコートとパニエがなかったら大変な事態だと瑞穂は溜息をついた。ブラウスは余裕があったので良かったのだが、ワンピースは若干きつめだ。他の部分は大丈夫なのだが、胸元には少し圧迫感がないではない。
(まあ、これくらいなら)
 許容範囲だろう――。少々窮屈に感じながら腕を後ろに回して背中に無数に並ぶ小さなくるみボタンを苦労して留め終える。その次に手にした白いエプロンは、ワンピースの短さに合わせた長さだけに、裾のフリルの大きさが目立つ。そして肩紐周りにあしらわれたフリルも細かく丁寧なギャザーを寄せられている。
(凝った作りだな……)
 手を後ろに回して紐を結びながら思う。
 ディテールまでこだわったデザインは、実用面よりむしろ見た目を重視しているように思える。メイド本来の職務に反しているようでもあり、逆に相応の華やかさをも求められる類のメイドのお仕着せとしてはありそうな気もする。
 簡単な仕様のメイド服ならまあこれで8割方完成だが、今日のこれはまだ小物が多く残っている。瑞穂は白のニーソックスに手を伸ばした。膝上までの長さのそれはソックスとしては薄手で、白いレースのガーターベルトとセットになったタイプだ。ガーターはご丁寧にたっぷりギャザーのとられた白いチュールレースにはしごレースを重ねた作りで、そこに通した同色のリボンを結ぶようになっている。瑞穂はシンプルながら脚と背凭れの曲線が美しい木製の丸椅子に腰掛けて、手繰った長い円筒の中に細すぎず太くもないほどほどの肉付きの足を通す。つま先からふくらはぎ、膝の上までキレイにフィットする靴下を付けた様は、短いフレアのスカートからすんなりと伸びた太ももの下に飾られたガーターのレースと相まって何とはなく艶めかしい。
 体の外側に合わせて左右の膝上でリボンを結んだ所で、パフスリーブのリボンをまだ結んでいなかったことを思い出す。手先が不器用なわけではないのに大分苦心してそれを何とかリボン結びにすると、次は靴に取りかかることにする。
 黒い本革のそれは、膝まである編み上げのロングブーツだ。やはりこれも脱ぎ着に時間が掛かりそうだ。具合を確認しながら靴紐をキュっと締め上げると、後はメイドには欠かせないあれだ。
「う〜ん……」
 瑞穂は姿見の前でお決まりのカチューシャを頭に着けて小さくうなった。やはり白いレースに細いリボンを通したそれは、左右で小さなリボンが飾られていて愛らしいデザインで、彼女の栗色の髪にも良く合う。だが――。
「これ、痛いんだよね……」
 長時間着けていると頭が痛くなってくることがあるのだ。しかし、
(大丈夫でしょ――)
 外すわけにもいかないので潔く諦めることにして、黒いフレームの眼鏡を掛ける。そしてこれはあまりメイドらしいとはいえない、薄くなめした黒革のグローブを手にする。填めた両手で、指の曲げ伸ばしをして具合を確かめる。
(よし――)
 そしてもう一度鏡の前に立った瑞穂が見たのは、鏡の中には完璧な装いのメイド。
(――上出来?)
 仕上がりに満足しながら、持参したスーツケースの脇に屈み込む。
――カチャリ。
 その中から取り出した愛用の狙撃銃に弾を装填してスカートの下に忍ばせる。なめらかな太股にぴたりと沿った革のバンドにしっかりと嵌め込むと、次に細身の剣を鞘ごとエプロンの紐の下にこっそりと巻いたバンドに差し込んでセットした。
(よし、完了)
 それらを数度、取り出し、抜き差しを繰り返して確認し、瑞穂は満足げに頷いた。
――戦闘メイド、準備完了。出陣します!
 眼鏡の奥で茶色の瞳が悪戯に笑った。


 瑞穂は今回の任務の地である豪邸の一室を出て、警備室へと向かっていた。大層な豪邸であるのに人の気配に乏しいのは、不穏な状況下にある事が周知であるせいなのか。
 彼女は軍人とはいってもその職務は少々特殊だ。自衛隊の中に極秘裏に設置されている近衛特務警備課に所属しており、主に通常戦力では対抗し得ない国内の超常現象の解決や、魑魅魍魎との戦いを主任務としている。
 だが今回の敵はその類のものではない。相手は普通の人間だ。
(いや――)
 普通の、と言っては語弊があるだろうか。
 真っ当な人間が軍の敵に回ることはそう無いものだ。
――コンコン。
 人ひとり見かけることなくたどり着いた警備室の前で、ドアをノックする。
「高科・瑞穂、入ります」
 高からず、しかしはっきりと通る声で告げてドアを開いた背中で、ロングストレートの髪がサラリと揺れた。


 警備室に詰める警備責任者に配置に付く事を報告すると、瑞穂はすぐに予定通りの場所へと移動を始めた。入り組んだ屋敷を迷うことなく歩き、通用口から外へ出る。10メートル程向こうから先は鬱蒼と木々が生い茂る敷地が見渡す限りに広がっている。
 辺りの気配に注意しながら迅速に所定の位置へと向かうと、瑞穂は事前に密かに定めておいた大木の根元の茂みに身を隠した。
(いよいよだ――)
 何度体験してもこの時の、早なる鼓動というのは無くならないものだ。しかしそれは緊張やまして恐怖などではなく、
(闘志――)
 心の中でそう呟いて、彼女は全身に神経を張り巡らせてその時を待った。
――しかし。

――カサッ。
(――え?)
 異変を感じた時には、遅かった。

「おね〜えちゃん」
 不気味な声は、あろう事かすぐ耳元で聞こえた。
「おまえッ……!」
 不覚を取った――! キッと唇をかみながら素早く手を伸ばす。
「おっと、だ〜めだよ」
 瞬間、伸ばした手の下で鈍い音がして、同時に銃を仕込んだ左太股に鋭い痛みが走った。
「――クっ……!」
 痛みは大したことない。瑞穂はその場から大きく跳んで、背後の敵から距離を取る。
 元いた場所には、破壊された愛用の銃の残骸が散らばっている。
「銃ってさ、ツマンナクない?」
 その側で、ザラついた声がケタケタと笑う。
「――そうかな?」
 瑞穂はクッと口の端を持ち上げて笑いながら剣を抜いた。
「そーだよ」
 相手は楽しそうに答えながら、右手を長剣の形に変化させて体の前に構えた。
「じゃあお望み通りの方法で。――行くわよっ!」
 それが戦闘開始の合図になった。