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<東京怪談ノベル(シングル)>


「戦闘メイド、激闘戦線」

2.戦闘メイド、戦う。


――ガシャン!
 間合いを読んで踏み込んだタイミングはほぼ同じだった。
 対峙した二人の間に剣の斜め十字が作られる。
「結構、やるじゃねーか」
 クックッ、と土色の顔に楽しげな表情を乗せて笑う男は、右手そのものを武器として使用していた。瑞穂は直接見てはいないが、彼女の銃を破壊した時、それは今とは違う形をしていたはずだ。
 高性能の義手――それが相手の武器だ。用途に応じて如何様にも変化するそれを、今は長剣の形を取らせて使っている。
「それはどうも」
 長身の男から繰り出される剣、まともに受けたのでは力負けしてしまう。瑞穂は言葉同様軽く受け流して、もう一度間合いを計る。
 毛先の揃わない色の飛んだ無造作な銀髪、細めた目の奥で三白眼ぎみの小さい黒目が爬虫類のようにぬめぬめと光る。
 油断のならない相手であることを十分承知の上で、瑞穂は冷静に勝機を伺っていた。
「おねーちゃんさー、おもしろいカッコしてるじゃん?」
 男はニヤニヤと舌なめずりでもしそうな顔で舐めるように瑞穂の全身に視線を這わせる。
「――そう? ありがちなメイド服だけどッ」
 木と木の間をジリジリと動いていた瑞穂は、一瞬の隙を見て相手の懐に飛び込んだ。
 体の動きそのままの勢いがついた言葉に金属のぶつかる音が重なる。そして次の瞬間には後ろに跳んで再び距離を取る。始めに背後から狙撃銃を破壊された時に負った傷から、ツーと血が流れ落ちてきているのが感覚で分かる。そして、それを見て笑った男の表情も。
「いっつもそんなカッコなワケ?」
 笑いながら一瞬の内に間合いを詰め、伸ばした長剣の先が胸元に届く直前に素早く跳び退る。
「さあね? 答える必要があるのかしら?」
 瑞穂の鋭い視線の奥が笑う。
――ッザ……!
「べつに?」
 答えを待たず土を蹴って、直後、布地を切り裂く音。その中に微かに肉を切る音が混じる。
「――ってー」
 痛いと、大して思っても居ない口ぶりで男は笑う。むしろ楽しそうに。
「イイ動きするじゃん?」
 細く切れ筋の入った左腕を口元に持ち上げ、獣のような仕草で傷口をペロリと舐めてみせる。
「――そうかしら?」
 次の間合いを計る視線は鋭い。
「ヤケに短いスカートも戦闘にはソコソコ向いてるってコト?」
「長すぎるよりはね」
 二人は同じ距離をキープしながらジワジワと立ち位置を変える。
「あんたさ、オレのコト待ち伏せしてたんでしょ?」
「だったら?」
「へー。じゃあオレのコト知ってるワケだ」
「――そうね。快楽的に多くの犯罪を繰り返す狂気的犯罪者って位はね。ギルフォード」
 答えを聞いて男はニヤリと口を歪める。
「――へえ。でも多分、調査甘いと思うぜ?」
 右腕を軽く振る。ガシャン――と軽い金属音がして長剣が形を変える。
「――そうかしら?」
「そうだねえ――」
 レイピアの型を取った右腕を突き出しながら男は笑う。
「――ッ」
 その切っ先が、苦心して結んだパフスリーブのリボンに引っ掛かって解ける。
「これ、結ぶの苦労したんだけど?」
 詰められた距離を取り直して口の端を持ち上げながら首を傾げてみせる。
「おや、それは悪かったねえ」
 ギルフォードは露ほども心のこもっていない台詞を口先でなぞる。
「何なら結び直してやろーか、おねーちゃん?」
「結構よ」
 ブンブン、と空気を切る音を立ててレイピアを振り回しながらにじり寄ってくる男の言葉に、瑞穂は鼻先で笑い飛ばす。
――カン!
 その言葉の一瞬後、前方に跳んだ瑞穂の剣がギルフォードの頭上に振りかざされる。辛うじてそれを受け止めた細いレイピアは、しかし剣を跳ね返すほどの威力はなく、逆に押し切られて男の頬を裂いた。
「へーー、やるじゃん?」
 頬から流れ出て滴った血を、伸ばした舌先で舐める。猛獣のような顔付きと相まって異様な雰囲気を醸し出すその様を瑞穂はつぶさに観察していた。
「でもさあ、やっぱ甘いと思うんだよねー?」
 数度攻撃を受けつつも、まるでダメージを負ったようには見えない。むしろそれすら楽しむようにニヤついた笑いを浮かべながらギルフォードは三度右腕を変化させる。
「もう少しだけ遊んでくれたら分かると思うよ?」
 右腕の斧をブン、と振って顔の前に掲げる。
「――ッ!」
 まるで直に自分が勝つ――と言わんばかりの言葉を無視し、瑞穂は再び土を蹴って相手の懐へ飛び込む。
 ガシャン――。
 これまでよりも随分重たい音がして剣が跳ね返される。
「ほらねッ――!」
 その言葉と同時だった。
「――ッ!」
 振り下ろされた斧が剣に叩きつけられる。
「な――ッ!!」
 瑞穂の利き手から重みが、そぎ落とされた。