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<東京怪談ノベル(シングル)>


「戦闘メイド、激闘戦線」

3.戦闘メイド、捕わる。


「――ッは!」
 ギルフォードは身を捩って笑う。
「いいカオするじゃん?」
 可笑しくてたまらないという様子でけたたましく笑い続ける男を鋭い目で見やって、圧倒的不利に陥った自分の立場に歯噛みしながらも瑞穂は残された勝機を探る。
「どーする? もっと遊んでくれんの?」
「――そうねッ」
 ふざけた言葉に返し終わる前に、跳ぶ。身を屈めて繰り出した蹴りは確かに相手の足を直撃した。
 しかし――。
「それで?」
 一瞬跳び退いて、再度、今度は自らの頭上を超える高さから蹴りを落とすも、すんでの所でかわされる。
「まだやる?」
 小馬鹿にしたような含み笑いがシャクに障る。
「それよりもっとオモシロイ事しない?」
 瑞穂は答えずに慎重に間合いを取る。今、踏み込まれたらひとたまりもない。
「――ムダだと思うよ?」
 口元のニヤ付きはそのままに、冷めた目をしてギルフォードは言う。
「――そうかしら?」
 強がりだと自覚しながらも瑞穂は言った。
――シャン。
 何度目かに形を変えたギルフォードの右腕の形はメイス(鎚矛)。
 小振りながらそれなりに重量感のあるそれを目に、瑞穂が僅かに眉を寄せる。
「そうだねえ――」
 言ったその口がニヤリと歪んだ次の瞬間、瑞穂の視界が動いた。
――ガッ!
 反射的に跳び退くと同時に、元いた場所の地面がえぐられる。
(しまった――!)
 土埃の向こうに敵の姿がない――その事実に気づいた時には遅かった。

「つーかまーえた」
 気配を感じたのと、不気味にささやく声を聞いたのとどちらが早かっただろうか。
「――まえッ!」
 目の前に、刃――。動きは、取れない。
「そのカッコ、よく似合うじゃん?」
 頭上で男は、唐突に言った。
「でもさあ――」
 再び背後を取ったギルフォードは、言いながらミニスカートの裾際に視線を這わせる。
「そーゆーヒラヒラした布見ると、なんか引き裂きたくなんだよねえ」
 クックッと笑いながら左腕で瑞穂の首を縛めた。
「なんでかなあ?」
 グッと首を押さえつける。
「ねえ、何でだと思う?」
 上から覗き込むように見下ろす。
「あ、コレじゃ答えられないじゃんね?」
 頭上に不愉快にけたたまし笑い声を聞きながら、瑞穂はこの窮地を乗り切る方法を必死に探っていた。
「おーっと」
「――ッ!」
 しかし、後ろに繰り出した拳は容易に遮られ、逆に両腕を後ろ手に捕らえられてしまう。
 背後でカチャカチャと音がする。縛められた首はそのままだ。恐らく義手本来の形を取った右腕が瑞穂の両手を捕らえたのだろう。
「――放せッ!」
「フッは……!」
 低く唸って命じた声を、ギルフォードは半笑いで切り捨てた。絞められていた首が自由になって、その手は代わりに後ろでの縛めを引き継ぐ。
「放せッつって放すバカいると思う?」
 ガシャン――。
 再び自由になった義手が瑞穂の右耳近くで音をたて、視界に現れたのは初めに見た、長剣。
「――どうするつもりだ」
「さあねえ?」
 これ見よがしに瑞穂の目の前で一二度振ったその刃を、目の前に宛がう。
「動くなよ?」
 愉悦を含んだ声が言って剣先で器用に引っかけた眼鏡を放る。
「そのカワイイ顔を削がれたくなかったらな」
 背中越しにピタリと張り付いた男の体温が伝わる。そしてその背中を冷たい汗が流れた。
 瑞穂は戦慄く唇をクッとかみしめて息をのむ。
「まずは名前を教えてもらおーかな」
「……」
 わずかに空気が震える音がしたのみ、声にはならない。
「オレの言ってるイミ、分かるよねえ」
 耳元で言って男は笑う。
「教えてくれるよねえ?」
「高科……瑞穂……」
「オッケー。ミズホちゃんね。で、何者? まさかホントにメイドなワケじゃないだろ?」
「軍人だ――」
「へー、カッコいー」
 ギルフォードはヒュー、と口笛を吹いて囃す。
「で、所属は? 詳しく教えてよ」
「――近衛特務警備課に所属している」
「あー、それか。聞いたことアルわ」
 感心したように何度か頷く動作をしていたギルフォードは、やがてニヤリと笑って瑞穂の顔を横から覗き込んだ。
「じゃあさ、これからオレがどーすると思う?」
「――ッ」
 顔の前で角度を変えた刃に青ざめた己の顔が写るのを、瑞穂は絶望的な気持ちで見ていた。
「さーて、どーしよーか?」
「どーして欲しい?」
 言って男はクックッと喉の奥で笑う。
「放せと――言っている……!」
 体を硬直させながらもまだ気力を失わない言葉に、ギルフォードは「へえ?」という風に顔を寄せて面白げに覗き込む。
「でもサ、オレも言ったじゃん? それはナイって」
 男の冷酷な目に見据えられながら、瑞穂はただ眼前の剣を見ていた。
 ニヤリと口の端だけで笑う音が聞こえたような気がした。
 ギリリと両腕がキツく締め上げられ、目の前に掲げられた長剣が再び角度を変えた。
――ガシャン。
 しかし次の瞬間、長剣はその長さと太さを変えていた。
「それと、も一つ言ったの覚えてる?」
 耳元で言いながら、ギルフォードは短剣をゆっくりと瑞穂の体の線に沿って降ろしていく。
「こーゆーさあ――」
 スカートをなぞり、乾きかけた太股の血を剣先で掬う。
「ヒラヒラした布って――」
 そして持ち上げた刃を、瑞穂の顔先に突き付ける。
「なんか切り裂きたくなるんだって――」
 言うやいなや、振り下ろした剣がザクリ――と裂いた。
 濃紺の仕立ての良いワンピースのミニスカートを、中に仕込んだパニエとペチコートごと。
「――ック!」
 そして、その下の皮膚と肉を。
「ッは、ハハハは!」
 頭上でキチガイじみた高笑いを漏らす男に、しかししっかりと両腕を捕らえられたまま、瑞穂は乾き始めた血の上に新たにドクドクと血の流れ出した光景を視界に入れながら苦痛と屈辱に呻くしかなかった。
「スカートの中に色々入ってんだね−?」
 それを楽しげに見やって、ギルフォードは再び短剣を突き付ける。
「だからあんまり切れなかったじゃん?」
 瑞穂の胸元にピタリと豊かな曲線を押し潰すような強さで押し当てられ、白いエプロンに血の染みができる。
「――ッぐ……」
 布地に食い込むようにしながら下へと伝っていく剣先は、時折角度を鋭角に変えて、肉を切る。
「――まえッ」
 強がりももはや何の意味をなしていないことを、瑞穂は自覚せざるを得なかった。
「楽しいねえ――」
 男の笑う声が少し、遠くなった。
「ねえさあ? もっと遊んでくれる?」
 そして目の前に閃光が見えたと思った時には、刃はもうその標的を変えていた。
「動くなよ、ミズホちゃん」
 フッと低く笑った声が聞こえた。
「切れちゃうからさ」
 刃は、瑞穂の顎に真っ直ぐに押し当てられていた。
「……っく……はなッ――」
「あーーー」
 瑞穂の呻きにわざとらしく間延びした声が被さり、刃が押し当てられたその場所に焼けるような痛みが走った。
「――ッあ……」
「だから言ったじゃん」
――トサッ。
 男がそう言った瞬間、瑞穂は首筋が赤く塗れたのを感じながらフッと意識を遠のかせた。

「さーて、それじゃ、どうしよっかなっと――」
 ギルフォードは薄笑いを浮かべて、軽い土埃を上げて足元に崩れ落ちた相手を見下ろしていた。