コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


 それは舞の如く(前編)


 高科瑞穂(たかしなみずほ)は戸惑っていた。
 彼女は自衛隊に極秘裏に創設された近衛特務警備課に所属しており、主に通常戦力では対抗し得ない国内の超常現象の解決や、魑魅魍魎との戦いを主任務としている。
 のだが。
「任務とは言え、これはちょっと、ね……」
 彼女が纏っていたのはメイド服。それもニコレットメイド服と言う名のヒラヒラしたタイプのメイド服だった。
 スカートにはボリュームがあり、短く、レーシーなエプロンを羽織り、ヘッドドレスを付けている彼女は、紛れもなくメイドそのものに見えた。
 短いスカートには履き慣れてはいるが、ここまでレーシーでふんわりとしたスカートは心元ない気がして最初見た時はポカンとした。
 しかし、任務なのだから仕方ないと、瑞穂は気を取り直して袖を通したのであった。


 今回の任務は苛烈であった。
 とある要人の捕獲。
 別段捕獲自体は自分の任務の一つだからそんなに驚くべき事ではないが、何分相手が問題だった。
 通称鬼鮫。本名は霧嶋徳治と言うが、今はあまり関係ないので伏せておく。
 この男はIO2に所属するジーンキャリアなのだが、性格があまりにも問題があり過ぎた。
 この男、超常能力者との戦いに目覚めてしまい、今では任務関係なく超常能力者狩りに執着するようになってしまった人物である。
 軍が危険人物指定してきても仕方がないのは分かる。
 しかしその男、別の意味でも有名であった。
 この男は、強い。
 彼のボクシングスタイルには定評があり、技の幅も広い。
 何分格闘を特技とする瑞穂は、それ故に彼の恐ろしさが分かっていた。
 下手すれば自分が殺されてしまうから、充分に策を練ってから行動に移さないといけない。
 瑞穂は当初その任務を渡された時は、目が飛び出るほど驚き、恐怖すら抱いたが、これは任務である。必ず成功させなくてはいけない。
 瑞穂は潜入先の屋敷の見取り図を見た。それぞれの場所と位置、そこに敷かれる人員を把握する。
「さあ、行くわよ……」
 声に出して言い、自分を励ます。
 瑞穂は見取り図を破いて口に頬張り、溶かす。万が一近衛特務警備課が世に知れ渡ったら厄介だ。
 こうして、瑞穂は屋敷の護衛を任されている鬼鮫目指して行動を開始した。


/*/


 屋敷の塀を飛び越え、潜入する。
 屋敷の庭は広い。草木が生い茂り、闇が交差する中、月明かりだけを頼りに瑞穂は走る。
 草木を踏む。ぶちぶちっと音がするが今は気にしない。
 途中ツタが瑞穂の脚を引っ掻いた。少しニーソックスに線が引かれ、血も多少出たがこんなのは怪我の内には入らない。
 さあ、侵入者がここに来たわよ。来るなら来なさい。
 瑞穂は走りながらも神経を鋭く研ぎ澄ましていた。
 不意に空気の揺れる気配を感じた。
 この気配は人だ。こっちに近付いてくる。
 一歩、二歩、三歩……。
 瑞穂は気配がする方に回し蹴りを決めた。


 ガシッッ!!


 蹴り上げた脚は掴まれた。
 瑞穂はもう一方の脚も振り上げ、掴まれた脚と一緒に激しい踏み込みを決めて脱出、そのまま地面に宙返りをして、距離を取った。
 掴んだ主は、察した通り本日のターゲットであった。
「鬼鮫……!!」
「ほう……俺の名を知っていると言う事は、超常能力者か……?」
 月明かりが、ターゲットを照らし出す。
 青白く浮かび上がるこの男の姿は、全身黒ずくめなせいで顔だけが青白く浮かび上がって見えた。手元も脚も黒く、油断したら闇に溶け込まれて見えなくなるだろう。
 瑞穂は構えた。
「おまえは人を殺し過ぎた。だから私は、おまえに引導を渡しに来たのよ」
「ほう……できるのか? その細腕で」
「できるかどうかは、やってみないと分からないんじゃない?」
 瑞穂は周囲を確認した。
 計算した通り、ここは草木が多い。体格的に不利でも、この環境を利用すれば勝てる。
 瑞穂は素早く地面を蹴り上げ、跳んだ。
 木を蹴り、そのまま上に高く跳んで、鬼鮫目指してかかと落としを落とす。
 鬼鮫は瑞穂の脚を払いのけた。それを狙っていた。
 瑞穂は払いのけられた力を利用して草陰に跳んだ。
 鬼鮫にはトロールの遺伝子が組み込まれている。下手に攻撃してもすぐ回復されてしまう。だから、確実に仕留めるには、致命傷、首なり心臓なりをじかに狙わないといけない。
 瑞穂は陰から鬼鮫を見下ろした。
 鬼鮫は瑞穂を探している。
 黒い服からちろちろと白い肌が浮かんで見える。
 瑞穂は狙いを定めた。
 瑞穂はそのまま木から跳び、かかと落としを首目掛けて決めようとした。
「……そこにいたか」
 鬼鮫は拳を作って天を突いた。
「!?」
 瑞穂はそのまま拳を受けて突き飛ばされた。
 瑞穂はかろうじて受け身を取って地面に転がった。
「気配は消せても、女の匂いは消せない。女の血の匂いはな……」
「………」
 瑞穂は唇を噛んだ。
 この男、闇の中サングラスをつけてると思ったら、あえて視界を消す事で嗅覚を上げるためだったのか? わずかに傷付いた脚を見た。先ほどわずかに引っ掻いた傷。そこからはうっすらと血が滲み出て、細いカサブタを作っていた。
 やっぱり、この男は策を講じないと勝てそうにないわね。
 瑞穂は再度構えた。
 鬼鮫の表情は、サングラスのせいでよく分からない。
「行くぞ……」
 鬼鮫も構えた。そのポーズはボクシングの如く腕をゆったり構え、ステップを踏む。傍から見ているならそれはダンスを踊るかのように。
 鬼鮫はステップを踏んで間合いを詰めた。
 拳が飛ぶ。
 瑞穂はそれを一歩下がって避ける。
 そのまま鬼鮫は拳を何度も何度も瑞穂に浴びせた。間合いを詰めるべく、一歩一歩足を踏み締めて。
 空気の切れる音がする。
 瑞穂は息を飲んでそれを避ける。
 空気の切れる音がすると言う事は、それだけ鬼鮫の拳は重い。これは掠っただけで致命傷になる。
 瑞穂は鬼鮫の打撃を避けながら考えた。
 どうする? この男を倒すにはどうしたらいい?
 相手は無限の回復力を持つ男だ。下手な攻撃は効かないのはさっきので分かった。環境だけでは駄目だ。何か決め手を。決め手……。
 鬼鮫の拳が飛ぶ。
 瑞穂はそれを避ける。


 バリバリバリバリッッ


 瑞穂の盾にした木が倒れる。ミシミシと折れる音がして倒れた木を、瑞穂はぞっとしながら見た。
 その瞬間。


「これでおしまいか?」
 鬼鮫は既に間合いを詰め、瑞穂の脇に近付いていた。
 飛ぶ拳。
「くぅぅぅぅぅ!!!」


 メキメキメキッッッ


 瑞穂は木を何本も倒れた所で、ようやく止まった。
 枝が瑞穂の体をあちこち刺して痛いが、それだけではない。
 瑞穂は拳の当たった腹をさすった。
 口の中は切れて、血の味がした。


<続く>