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<東京怪談ノベル(シングル)>


 それは舞の如く(中編)


 月明かりの下、踊っているような影絵が生まれていた。
 ステップを踏むたびに風が切れる音がする。
 シュッシュッシュッ。
 その音だけ聞いたのなら、さぞや心地いいものなのだろうが、現実はそんなに甘くはない。


 高科瑞穂(たかしなみずほ)は苦戦していた。
 口の中は血の味がして気持ち悪い。
 鬼鮫の拳は速くて重い。何とかすれすれには避けてはいるものの、次また当てられたら肋骨が折れるかもしれない。シュッシュッシュッシュッ。スパーリングのような激しい動き。それが乱れる事はない。
 次の拳が瑞穂に入ろうとした時だった。
 瑞穂はとっさに屈んで鬼鮫の脚を回し蹴りをした。
 鬼鮫の体勢がようやく少し崩れる。それを見た瞬間、瑞穂は再度跳んで回し蹴りの体勢に入る。蹴りは首に入った。ゴキリと音がした。
 鬼鮫の首はえぐれて捻じ曲がった。しかしシューシューと音を立てて捻じ曲がった首が元に戻る。瑞穂はそれでも再度回し蹴りをする。体がコンパスのようにくるくる回る。
 瑞穂は必死だった。
 この男の無限の回復力を阻止するには、何度も何度も打撃を加える。それしか方法がない。
「……そんなものか?」
 首が捻じ曲がったまま鬼鮫は言った。
 その声は瑞穂の背筋を凍らせるには充分だった。
 彼女は尚も蹴りを加えようとしたのだが。


 ギュルンッッ


 鬼鮫のえぐれて捻じ曲がった首は元に戻り、笑った。
 サングラスで隠れて表情は半分隠れているが、歯の形が獰猛な獣に見えた。
 瑞穂が蹴りの体勢に入っているのをいい事に、鬼鮫の拳が顔に入った。
「ウギュゥゥッッ」
 瑞穂はそのまま倒れる。
 瑞穂は血を吐いた。口の中が切れてとろとろとした血の味がする。
 瑞穂が立ち上がろうとした瞬間、次の鬼鮫の蹴りが入る。
「クゥゥゥッッ」
 油断したっ……。
 瑞穂は何とか立ち上がろうと這い上がるが、鬼鮫に何度も何度も腹を蹴られ、踏まれた。
 転がりまわって致命傷は避けるものの、鬼鮫の顔は狂気に走り、歪んだ笑みを浮かべていた。おぞましい。鬼鮫の顔を間近で見て瑞穂はぞっとした。
 この男、ボクシングスタイルで戦うのが主流だったはずだけど……。
 今のこの男は私を蹂躙する事しか考えていない。この男は、こうやって超常能力者を殺してきたのか……?
 瑞穂は転がりまわり、木陰に滑り込む。ようやく鬼鮫から逃れた。
 瑞穂はあちこち痛くなった身体をどうにか起こして、木陰に隠れた。致命傷を避けていたから、幸い骨は折れていない。
 どうする? この男を。
 えぐれて捻じ曲がった首が音を立てて戻っていったのを思い出した。
 首はもう狙っても無駄だ。
 狙うなら……心臓。心臓を狙うしかない。
 でもどうやって? 瑞穂の拳だと軽すぎて鬼鮫の胸を貫くのは不可能だ。拳より三倍の威力のあると言う蹴りを決めるにしても……あの速い動きからどうやって蹴りで心臓を狙う?
 考えろ、考えろ瑞穂。


 瑞穂が高速で思考を開始する間にも鬼鮫は近付いてくる。
 瑞穂はそのまま木陰から木陰に移って逃げ続けた。もうあの男の事だ。血の匂いで私の場所などすぐに特定できるだろう。せめて、せめて時間だけでも稼いで、それから……。
 瑞穂がなおも走り続けるその時。


 バキバキバキッッ


 背後の木が、倒れた。
「みつけたぞ」
「ちぃっっ……」
 鬼鮫の拳が、瑞穂に降り注ぐ。瑞穂は、何とか手をクロスしてガードをするが、そのまま簡単に吹き飛んだ。その吹き飛ぶ瑞穂に、鬼鮫はなおも蹴りを入れてくる。
 蹂躙。今の瑞穂はまさしくそのような状態だった。
 心臓……心臓にさえ一撃加える術さえ掴めたら……。
 瑞穂は何とかガードをして致命傷は避けていたが、既に身体は限界に来ている。
 次の一撃……次の一撃で全てが決まる……。
 瑞穂は何とか転がって鬼鮫のリーチから外れた。
 何とか立ち上がる。
 瑞穂は最後の構えを取った。


<続く>