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<東京怪談ノベル(シングル)>


 それは舞の如く(後編)


 長い長い夜が終わりを迎えようとしていた。
 空は東雲。闇は洗い流され、深い深い群青色の空が顔を覗かせていた。
 柔らかく儚い光の下、影が踊っている。
 シュッシュッシュッシュッ。
 音を出して踊っている。
 草木の踏む音が聞こえ、草木も鳴る。
 カサカサカサカサカサ。
 これだけ聞くと、どれだけ風流な事か。しかし、その音の先には、苛烈な戦いが繰り広げられていた。


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 高科瑞穂(たかしなみずほ)は血反吐を吐いた。
 痛い。いたい。イタイ。
 着用していたメイド服には、枝が刺さり、血が染み、所々が裂けていた。
 履いているニーソックスも草木が引っ掻いて破れている。
 メガネは何度か拳を浴びた時に割れてしまった。破片が飛び散って危ないのでどこかに捨ててきた。
 瑞穂はフラフラしながら立っていた。
 対する鬼鮫は、悠然と立っている。
 獲物がボロボロになっていく様を面白そうに眺めていた。


 どうする。
 瑞穂はフラフラする身体をどうにかシャンとさせようと唇を噛んだ。
 鬼鮫には何度か蹴りを浴びせているが、すっかり回復して元に戻っている。致命傷のはずの首を狙ったにも関わらずだ。骨の折れた音もした。それでもなお回復するのか。
 もう狙うは唯一つ。心臓しかない。
 瑞穂は構えた。恐らくこれが最後の攻撃となるであろう。本当は立っているのでやっとなのだ。構えられるのは瑞穂の気力の強さだ、そう何度も同じ事はできない。
 瑞穂は、思い切って地を蹴った。
 俊足。鬼鮫の懐に飛び込む。
 鬼鮫は狙っていたように拳を振るう。瑞穂は跳んでそれを避けた。避けた先の木の枝に飛び乗り、そこから加速をつける。
 狙うは、唯一つ。
「テヤァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 瑞穂の蹴りが、鬼鮫の左胸を突く。
 瑞穂の履いているブーツの底は鉄板が敷いてある。そして、人の蹴りは拳より三倍重い。
 鬼鮫の血が鮮やかにほとばしる。
 鬼鮫は大きく仰け反った。サングラスが飛ぶ。
 やったか。
 瑞穂がそう安堵した途端。
 鬼鮫と目線があった。
 その目はギョロリとしていて、口角がキュウッと上がっている。
「……ククククククク、アハハハハハハハハハハハ!!!!」
 鬼鮫がけたたましい笑い声を上げる。その声は、狂気で満ちていた。そして自らの胸に突き刺さった瑞穂の脚を掴んだ。
 そして、それを鉛筆のようにへし折る。

 ボキリ

「アァァァァアァァァァァァァ!!!」
 蹴りや拳や踏まれる事では得られない、突き刺さるような激しい痛みが震動のように身体全体を震わせた。身体が大きく仰け反る
 瑞穂の右脚が、力なくぷらーんと垂れ下がった。
 大きく仰け反った瑞穂は鬼鮫に髪を掴まれた。
 殺される。
 瑞穂の生存本能が告げている。逃げろと。
 しかし、どうやって?
 瑞穂は利き脚を失い、真っ直ぐには立てない。今は既に鬼鮫の手中の中。もう、逃げる事すら許されないのだ。
 鬼鮫は、笑いながら瑞穂の腹を殴った。
 サンドバック。既に瑞穂はサンドバックでしかなかった。
 ドスッドスッドスッ。
 何度も何度も拳が跳ぶ。その度に瑞穂は「ゲフッ」「ゲフッ」と血を吐いた。
 もうそれは、永遠に続くのではないかと言う拷問であった。


 最後の一発が、瑞穂の鳩尾に決まった。
 もう瑞穂は、声を上げる事もできなかった。
 瑞穂は木の葉のように吹き飛んで、真後ろにあった木の枝に引っかかった。
 彼女の全身は血に濡れ、染まっていた。
 鬼鮫は、最後にとどめと、手を貫こうとして。止めた。
「ふむ」
 既にシューシュー言いながら回復した胸を触った。
 その部分だけ服が破れ、大きな穴が顔を覗かせている。
 その穴のかさぶたは剥がれて落ち、そこには新しい皮膚ができていた。
「お前はここで生かしておいてやる」
 木に引っかかった瑞穂の耳にそう告げる。
 既に瑞穂の息は虫の息。ヒューヒューと風のような音が出るばかりだった。
 鬼鮫はニィィィと笑った。
 殺す事しか考えていなかった相手から、思いもかけない反撃をもらった。その反撃に敬意を称し、見逃す事にしたのだ。
 鬼鮫はそのままこの場を後にする。


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 有明の白い月が空に浮かび、空は深い深い群青色から、淡いパステルカラーのピンク色に変わり、それが青に変わっていこうとしていた。
 女が一人、血で赤黒く染まったメイド服を着て、木に吊るされていた。
 血が滴り落ちる。
 ヒューヒューと虫の音を出す女は、そのまま血溜まりを作って、朝の木漏れ日の光を浴びていた。


<了>