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<東京怪談・PCゲームノベル>


 眠れぬ夜に

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 寝返り、もう何度目だろう。
 時刻を確認すれば……もう深夜一時。
 眠れない……眠る、その努力は惜しみなく。
 けれど、どうしても眠れない。
 いつもは、あっという間に過ぎていくのに。
 何て永い、永い夜。
 静かな夜の音は、不安にさせる。
 まるで、この世に一人ぼっちにされたかのように。
 ベッドの中、そんなことを考えながらキュッと目を閉じた。

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(……駄目ね)
 ふぅ、と息を吐き、体を起こしてベッドから抜け出す。
 眠れぬ夜を過ごしている夏穂。
 彼女を眠らせてくれないもの、眠れぬ理由。
 それは、とても些細なこと。
 いつからだろう。一ヶ月ほど前からだろうか。
 読み始めた、一冊の本。
 動物達が主役の、童話のような小説。
 つい先ほど、彼女は物語を読み終えた。
 達成感や満足感で満ち足りて、興奮して眠れない……ということではなくて。
 その逆。いたたまれないような、切ない気持ちで眠れない。
 物語が、まさか、あんな展開で終わってしまうなんて。
 その意外なラストに魅了されたところもあるけれど。
 困ったな……明日は、早起きしなくちゃいけないのに。
 チラリと見やる、三匹のお友達。
 彼女を護る護獣、蒼馬・空馬・水馬の三匹。
 三匹はベッドの隅で、寄り添うようにして眠っている。
 とても心地よさそうな寝息を立てて。
「ふぅ……」
 また一つ息を吐き、ボーッと眺める、夜空に浮かぶ銀の月。
 最近……急に寒くなったわよね、そういえば。
 ちょっと油断したら、すぐ風邪を引いてしまいそう。
 ……ん。気のせいかな。気のせいかもしれないけれど。
 何だか、喉が痛いような気がするわ……。
 お薬、飲んでおいたほうが良いかもしれないわね。
 ここで大丈夫、って油断してると、後から大変なことになるかもしれないし。
 立ち上がり、薬箱のある棚へと歩み寄った、その時だった。
 コツコツと、扉を叩く音。
 こんな夜中に、どちら様……?
 首を傾げつつ、扉へ向かう。
 鍵を開けて、ゆっくりと扉を開けば。
 そこには、はにかんだ笑顔を浮かべる海斗。

「どうしたの?」
 夏穂が首を傾げて尋ねると、海斗はニコリと笑って。
 入っても良い? と目で合図を飛ばした。
 どうぞ、と促せば、躊躇うことなく。海斗は夏穂の部屋の中へ。
 ラビッツギルド本部内にある、夏穂の部屋。
 与えられて間もないこともあってか、部屋はとてもシンプルだ。
 白いテーブルと椅子。その他には、小さな棚と、姿見、ベッド。
 部屋の隅には、動物のぬいぐるみが二、三体。
「何つーか、相変わらずキレーにしてんなー」
 常に様々なものが散乱している自室と比べて、
 夏穂の部屋の整理整頓っぷりというか、綺麗さに苦笑する海斗。
 どうして彼が、こんな真夜中に尋ねてきたのか。
 気にはなるけれど。再度尋ねようとはしなかった。
 聞いたところで、どうなるわけでもないだろうし。
 それに何より、ホッとしている自分がいるから。
 棚からカップを取り出し、美味しい紅茶を振舞う夏穂。
 この紅茶、スクロノワールっていうの。
 昨日、お仕事の帰りに寄った小さな街の雑貨屋で見つけたのよ。
 この小瓶とか、とっても可愛いでしょう?
 目を伏せ淡く微笑みながら言う夏穂。
 海斗はテーブルに頬杖をつき、
 うんうんと頷きながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
 お気に入りの紅茶の味は、いかがなものか。
 二人は、揃ってカップに口をつけた。
「あっ」
「うん?」
 海斗の声に首を傾げる。
 鼻をくすぐる、甘いバニラの香りと優しい湯気。
 海斗はゴソゴソとパーカーのポケットを漁り、何かを取り出す。
「はい、これ」
「なぁに、これ?」
「ノイシュハニー。入れて飲んで」
「あ、ありがとう……」
 どもってしまった。それも仕方のないこと。
 あまり聞きなれないものだが、ノイシュハニーというのは薬草の一種。
 特に喉の痛みを癒す効能があり、その効果は古くから知られている。
 海斗が差し出したのはスティックシュガーのような形状のもの。
 粉末状になっており、大抵、ノイシュハニーは、この形で売りに出されている。
 が、そう容易く入手できるものではない。安価でもない。
 その辺りも驚くところだが、それよりも、だ。
 喉を痛めていることに、この人は、気付いていたんだ。
 私、本人よりも先に。
 サラサラと、紅茶の中へ頂戴したノイシュハニーを落として、コクリと一口。
 喉を潤す、甘い甘い蜂蜜。
 ポカポカと、体が温まっていく感覚。
 紅茶が温かいから……それだけじゃ、ないよね。うん。

「夏穂ってさ」
「うん?」
「誕生日、いつ?」
「あれっ……話したこと、なかったかしら」
「うん。ないよー」
「そっか。……いつだと思う?」
「うぉい。それ、ちょームズイって。血液型とかじゃねーんだから」
「ふふ。六月よ。六月十日」
「あー。っぽいなー。わかる気がする」
「そう? 海斗は……五月よね」
「お。よく覚えてんなー」
「そりゃあね、あれだけプレゼントの催促されれば……」
「来年も期待してまっす!」
「もぅ……」
 紅茶を飲みながら、他愛な御話。
 別にそんなこと、今話す必要なんてないじゃないか。
 そう思う話題も、いくつかあった。
 けれど、楽しい。こうして御話しているだけで、何ていうのかな。
 さっきまでの、不安で怖いような……あの気持ちは、どこへやら。
 こう考えてみることにしたの。
 あの物語の結末、とても切ない終わり方だったけれど。
 動物達にとって、あの結末が、一番良かったんじゃないかな。
 だって、そうでしょう?
 あのまま、森の中でずっと暮らすよりも、ずっと良いんじゃないかな。
 私、感情移入っていうか、入り込みすぎちゃうところがあるのよね。
 ただの物語、作り話だって、思えないの。
 だって、誰かが紡いだ御話なんだもの。
 紡いだ人だって、作り話のつもりで紡いでなんかいないはずだもの。
 何て言えば良いのか、それは理解らないけれど。
 物語にっていうよりは、あの本を、物語を紡いだ人に対する切なさなのよね。
 紡いだ人とは赤の他人で、何の関係も面識もないけれど。
 こうして、あなたの紡いだ御話を読んで。
 こうして、感化されて、切なくなったりしてる。
 救ってあげなくちゃいけないような気がしたの。
 病んでいる、著者を、見知らぬ、その人を。
 そんなこと、出来っこないのよね。そうよ、頭では理解っていたの。
 でも、叶わないって理解できるからこそ、切なくなった。
 でもね、何も出来ないってわけじゃないのよね。
 あの物語を、忘れずに心の片隅に置いておくこと。
 あの悲しい結末を、忘れずに心の片隅に置いておくこと。
 その上で、こうして、楽しく毎日を生きていくこと。
 泣かせようだとか、同情させようだとか。
 そんなつもりで、紡いだんじゃないはずだから。
 笑って、笑って、笑って?
 きっと、あの結末には、そんなメッセージが込められているのよね。
 こんな風に思えたのは、ううん、気付けたのは。
 あなたのお陰よ、海斗。
 ありがとうって伝えても、何が? って返されるだろうから言わないでおくね。
 その代わり、心の中で。何度も何度も繰り返すわ。
 ありがとう。手を差し伸べてくれて、ありがとう。
「夏穂」
「あっ、うん? 何?」
「紅茶のおかわり下さい」
「ふふ。気に入った?」
「うん。ちょーうめぇ」
「良かった。あ、カップ……貸してくれる?」
「ほいほい」
 眠れぬ夜に、差し伸べられた手。
 他愛ない御話と、笑い声。
 真夜中、二人だけの秘密の時間。
 空が白んでくるまで、夢中になって話す。
 いつしか眠くなって、二人は夢の中へ。
 ソファに並んで座り、互いに凭れるように。
 手を繋いで眠る二人は、同じ夢の中。
 たくさんの動物に囲まれて、幸せそうに笑って。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー

 クロノラビッツ:番外シナリオへの参加ありがとうございます。
 夏穂さんが読んでいた本・物語。一体、どんな御話だったのか。
 色々と想像して頂けますよう、敢えて本の内容は濁してあります。
 ほのぼのと、まったりと、幸せな時間へ。おやすみなさい、良い夢を。
 少し短いですが、これ以上ダラダラと続けても無意味な気がしましたので、
 少々強引ではありますが、仲良く眠るあたりで締めさせて頂きました。
 参加、ありがとうございました。また、是非。宜しく御願い致します^^
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 2008.09.26 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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