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潜入・洋館の罠<前編>
「潜入捜査か‥‥」
そう呟くと高科瑞穂はするすると部屋着を脱ぎ始めた。ぱさりとベッドの上へと投げ捨てる。
タンスの前に用意されているのは一着のメイド服。青地にフリルがたっぷりとあしらわれた、ニコレッタメイド服である。ワンピース状になっているので下からあげ、袖を通す。どうやら胸元が少しきつい。
「やだっ。もうちょっと余裕あったほうが良かったのかなぁ」
後のファスナーをとってあげると、やはりちょっときつい。まぁ、身動き出来ないほどではないから支障は無いであろう。するりとソックスをたくし上げる。丁度腿までかかるぐらいでガータベルとへと取り付ける。白いエプロンを身につけ、後ろ手でリボン状にを縛る。
くるりと鏡の前で広がるフレアスカートの具合を確認すると、ちらりと見える白い脚線から黒のガータベルとが覗かれた。
「これ‥‥なんかスカートが短いんですけど」
丈が短いスカートに文句をいいつつ、瑞穂はレースのあしらわれたカチューシャを頭に装着した。首元にはチョーカーも忘れてはいけない。ほんのりと色づいたリップを軽く引き、他に乱れは無いのかを確認する。
「よしっ!準備はOKね」
服装は完璧とばかりに決め込んだ瑞穂は、椅子に座りブーツに足を通すと、下から順々に紐を通していく。膝まであるしっかりと覆われた革靴の紐を念入りに固く縛る。最期に、ドレッサーの上に置いてあった眼鏡を装着すると‥‥
「さぁて、それでは行くとしますか!」
ふわりと髪を靡かせ、瑞穂は家を後にしたのだった。
潜入先は大きな屋敷だった。情報によると、そこは敵のアジト。潜入捜査による探索を経て、作戦を遂行する。そんな任務を請け負ってきたのだ。
潜入捜査は初めてではないものの、やはり豪邸となると話が違う。この家に勤める使用人に紛れるため、このメイド服を調達したものの、少し捜査には不向きのように思われた。一応捜査とばかりに変装もしている。普段掻けない眼鏡と二つに縛りし髪が、そのためだ。目立たないように軽く化粧も施してはいる。ただ‥‥
「この服装‥‥武器を持ち込めないのが難点ね」
そう、ミニスカートのため、武器を忍ばせるのも憚られるのだ。何せ、しゃがむとギリギリのラインで見えてしまうのだ。念のためとばかりに小型ナイフをガータベルとの所に忍ばせてはあるものの、心もとない。
「さっさと捜査しなくっちゃ」
丁度使用人が裏口から出てくる。どうやら交代の時間らしい。何食わぬ顔でそのまま瑞穂は裏口へと入って行ったのだった。
裏口から入ると、そこには煌びやかな外見とは違い質素な廊下が見受けられる。そこを抜けると、調理場だろうか、賑やかしい声が響いてきた。
――ここは違う
そう判断した瑞穂は、先の道へと進む。調理場を抜けると、リネン室、そして煌びやかな大広間へと続いていた。
瑞穂はさり気無くあたりを見渡すと、一つ雰囲気の違った部屋を発見した。そこは、微かに扉が開いており、中を窺うことが出来た。大きな机を構え、対に西洋の鎧が飾られている。明らかに主人の部屋であろう。
――何かあるはず
閃きは重要とばかりに瑞穂はその部屋へと足を進めたのだった。
そこは‥‥広く開かれた空間だった。大きな机と西洋の鎧を除くと、何も存在はしない。壁に掛けられたのは、2本のサーベル。きらりと光る刃が何かを暗示しているようであった。
机の方へと回った瑞穂は、そこで微かな気配を感じた。急いで机の下へと隠れる。
入るときは十分に注意したはずだ。何よりこの部屋に入るときには誰も‥‥
「おい、隠れても無駄だ。出て来い」
野太い男の声‥‥瑞穂には聞き覚えがあった。
――ファング‥‥
よりにもよってこの屋敷でこの声を聞くなんて‥‥
瑞穂は手にグローブを嵌め、軽く感覚を確かめた。よしっ、これならいけそうだ。手にすっかりなじんだ革が、摩擦等による抵抗を少なくしてくれそうである。
「ん? 聞こえないのか? なんなら、この場でこの机を叩き壊しても構わないんだが‥‥」
「ふん、言われなくったって出ますわ。ファング‥‥またお会いいたしましてね」
「ん? ほぉ。貴様、どっかで見たことがあるな」
「そんなことはどうでもいいですわ!」
ダンッ!っと机に勢いよく手をつけ、瑞穂は飛び上がる。
そして反動を利用しすぐさま足を跳ね上げた。
「ぐっ!」
ファングは両腕を前に掲げその衝撃を受け止めた。
2・3歩後に後退する。
瑞穂の方は手を軸に回りきると、机の横へ着地し、鎧の後に立てかけられていたサーベルを掴んだ。
「ファング‥‥勝負といきましょうか?」
そう呼ばれた男は、軽く手を払い、腕を回し始めた。
「ほう、俺と勝負と言うのか‥‥受けてたってやろうじゃないか。ここに進入した祝にねぇ」
すると、同じく壁にかかるサーベルを取る。
にやりと笑うと、二人は互いの刃を交じり合った。
高い金属音が鳴り響く。
刃と刃を合わせ、互いに牽制をしあうもそれ以上は中々踏み込めないでいた。
「あら、小娘相手に中々状況がよろしくないんじゃないの?」
瑞穂はにやりと笑うと、素早く懐へと入り込むように責め始める。
対するファングはその行動を刃で塞き止めつつも、少しずつ後退を始める。
「ふむ、貴様‥‥」
まるで見定めるように、ファングの視線が瑞穂の肢体へと走る。そして‥‥
「甘いわ!」
ファングの視線が足へといったとき、チャンスとばかりに瑞穂はサーベルを振り落とした。視界の外から急にやってきた訪問者に、ファングもまた傾きながらもサーベルで薙ぎ払う。瑞穂の手に、痺れる様な感覚が響いてきた。
「くっ」
危うく取り落としそうになり、両手で支えるように持とうとした時だった。再び鈍い衝撃が来る。ファングがわざと芯に響くように叩きつけてきたのだ。その衝撃に、手から零れ落ちた。
「!!」
キッと強い視線でファングの方へと向き直る。ファングの方は薄く笑みを浮かべサーベルを放り投げた。
「さぁ、勝負といこうじゃないか? 俺のスタイルでな!」
腰を下ろし、拳を前へと掲げてくる。手の平を上へと向け、挑発のポーズを示してきた。瑞穂は怒る視線のまま、軽く息を吐いた。足元に落ちたサーベルを蹴り飛ばし、己の前に空間を作る。
「あたしを舐めないで頂きたいわ」
腰を落とす。手に、きつく嵌るようにグローブを穿きなおした。返送なんてもう必要が無い。邪魔でしかなかった眼鏡を放り投げ、煩わしさを解消した。
これからは、己の身だけが凶器へと変わるのだ。
<後編へ>
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