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<東京怪談ノベル(シングル)>


吾が名は敗北(中編)


「俺は人間じゃないヤツが好きだ―――そいつを、殺すのがな」

 鬼鮫の言葉が本当の戦いの始まりだった。
 再び強力な右肘の一撃が瑞穂に襲い掛かる。
 それをギリギリでかわすことが出来たのは、鬼鮫の動きに身体が慣れてきた事と、気持ちで負けそうになっていた自分を、再び奮い立たせられた痛みのお陰だろう。
 瑞穂が避けることを計算に入れない一撃に、初めて鬼鮫の動きに大きな隙が生まれた。
 がら空きになった鬼鮫の左首を狙い、体重を乗せて渾身の蹴りを繰り出す。
 けれど確かなはずの一撃は、鬼鮫の硬い筋肉に阻まれて、あまり威力を感じられなかった。
「くっ!」
 今度は瑞穂の隙がつかれる形になった。
 無防備に開かれた左足の細い足首を、鬼鮫の大きな手が掴む。
「きゃあっ」
 あっと思った時には遅く、瑞穂は鬼鮫の手によって逆さ吊りにされた。
「嫌ぁ!離しなさい!離せ!離して!」
 瑞穂の怒号がむなしく狭い部屋に響く。
 短いスカートはすっかり開いて腰までめくり上がり、瑞穂の白いレースのショーツと、ガーターに包まれた柔らかな太股がむき出しになっていた。
 抗おうと身体を動かせば動かすほど、ペチコートが乱れ、露出が増してしまう。
 足を開けばショーツのクロッチの部分ですら、鬼鮫の目前に晒されてしまうだろう。
 戦いの最中に恥ずかしいという感情に支配されるのは愚かだとわかっていたが、それでも瑞穂の中の女性の部分が悲鳴を上げていた。
「良い眺めだな」
 鬼鮫がくっくっくと小馬鹿にしたように笑うのが聞こえる。
「くぅ……」
 頭に血が上る苦しさと込み上げる羞恥心に、瑞穂はきゅうっと唇を噛みしめた。
「尻の肉が震えているぞ?苦しいか?」
 じたばたと足を動かし、鬼鮫の手から逃れようとする瑞穂の羞恥心を更に煽りながら鬼鮫が笑う。
「い……やぁっ」
 恥ずかしさに耐えかねているといった風にスカートを押し上げ、むき出しの股間を隠そうとするフリをして、瑞穂は太股に隠していた折りたたみナイフを手の内に隠す。
「い、いい加減に、しなさいっ!」
 そして湧き上がる怒りに身を任せるように、ぐうん!身体に反動を付けてナイフを一閃。
 辱めの復讐するように、そしてどんなに屈強であるとは言え、一番無防備であろう男の急所を狙い、ナイフを突き立てた。
「なんて事しやがる!」
 だが、すんでの所で腰を引かれ、ナイフは鬼鮫の硬い太股に突き立てられた。
 男に致命傷は与え損なったが、それでも拘束を解かれて瑞穂は床に転がった。
「とんでもないじゃじゃ馬だな」
 鬼鮫の呆れ声を聞きながらくらくらする頭を振って、必死に平静を取り戻して次の動作に備える。
 ナイフは鬼鮫の太股に残ったままだ。
 鬼鮫はそれを引き抜くと、無造作に遠くの床に投げ捨てた。
「……っ!?」
 もとよりそう深い傷にはならなかったようだが、鬼鮫のその太股の傷口がみちみちと盛り上がるのが見えて、瑞穂は驚愕する。
 血が止まり、赤く口を広げていた傷があっという間に閉じて癒えていく。
「使い物になくなったらどうしやがるんだ、ええ?」
 怒っているのかそれともまだまだ余裕なのか、それすらわからない皮肉な口調で鬼鮫が少し上体を下げて拳を構える。
 再びこちらの隙をつくつもりなのか、自分からは動かない鬼鮫。
 少しだけ呼吸を整えてから、鬼鮫の望み通り瑞穂から動いた。
 身長差を少しでも埋めるために鬼鮫の懐に入り、しっかり握った小指の直角あたりを、肘を畳むようにしながらこめかみ辺りを狙って繰り出す。
 しゅ、しゅ、と2度突きだした拳はかわされたが、最後の一撃は体重を乗せた掌底で顎を狙う。
 捕らえた!―――そう思った寸前で鬼鮫はすっと後退し、次の瞬間鬼鮫の硬い膝が瑞穂の腹を襲った。
「ごふっ」
 鳩尾と内臓にダイレクトに響くダメージに呼吸が詰まる。
 鉄で強化されたコルセットのお陰で、辛うじて深刻な損傷は受けずに済んだものの、瑞穂は思わず床に膝を着いた。
「う……げふっ」
 空腹であったお陰で中の物を吐き出すような見苦しい真似は避けられたが、迫り上がる苦い胃液を床に吐き出し、瑞穂は肩で息をする。
 胃液と共に血の味がするのは、内臓が傷ついた為か、口の中が切れているせいなのか。
「う……ううう……」
 低く呻きながら口元を拭う。
 少しでも長くいたぶる為なのか、この間攻撃をしてこない鬼鮫が恨めしい。
 鬼鮫の動きを警戒しながら呼吸を整えていると、再び彼が動き出した。
 慌てて構えるが、よろめきそうになった足下を払われ、再び着いた膝の側面に強烈な蹴りを喰らう。
 膝から下に痺れと痛みが走り、そのまま床に崩れたところで、後ろから羽交い締めにされた。
「くううっ」
 そのまま人形のように身体を持ち上げられると、無防備な胸が突き出されるように強調され、鬼鮫の動きに合わせてぷるん、と揺れる。
 しかも先ほど鳩尾を無意識に掻きむしったせいか胸元が乱れ、勢い余って乳房の白く柔らかな膨らみが半分ばかり溢れそうになっていた。
「や…め……っ」
 これ以上身体を反らせられてしまえば、本当に胸が飛び出してしまいそうだ。 
 女性を辱める様な攻撃に、再び羞恥と怒りに支配される瑞穂。    
 だがその怒りはすぐに、己の両肩関節がコキンと外れる音と痛みによってかき消されてしまった。
「あ゛ぐぅっ!」
 そのまま乱暴に床に投げ出され、しこたま顔面を打つ。
 目の前がチカチカするような、嘔吐感すら伴う痛みに仰け反るが、両肩が動かなくては肩を庇うどころか、ぶつけた顔を守ることも、流れ始めた温い鼻血を拭うことすら叶わない。
「ひっ、ひっ、ひっ」
 引くつく喉で賢明に息を吸い上げるが、鼻の所で泡になった血が口に流れ込み、瑞穂は首をイヤイヤと振りながら喘いだ。
 顔面は血に濡れ、胸元は丸みを帯びた柔肉が今にも弾けそうに乱れ、スカートは捲れ上がり白い太股が剥き出されている。
 先ほど膝への蹴りが原因で、ガーターも片方千切れてニーソックスがずり下がっていた。
 皮のブーツは紐が解けかかり、首と頭のリボンもすでに何処へいったのかわからない。
 ピンで止められたキャップだけは辛うじて髪に引っかかっているが、とれるのは時間の問題だろう。
 グローブは瑞穂自身の血で濡れ、白いレースのエプロンにも点々と赤い染みがこびりついている。
「酷い格好だな」
 つばを床に吐いてから、鬼鮫が鼻を鳴らした。
「怨むなら自分の血を怨めよ、おまえが悪いんじゃない―――」
 そう言って瑞穂をやや乱暴に抱き起こすと、鬼鮫は彼女の胸元の白いレースのエプロンで顔の血を拭いはじめた。
 すでに血は止まり始めていたお陰で、瑞穂の顔は赤い血の筋を残すだけになる。
 血に濡れてなお美しいその顔には、絶望の色が浮かび始めている。
「―――人間じゃない、おまえの血が、悪いんだ」
 そう鬼鮫が呪いのように、譫言のように呟くのを聞いた。
 耳元に鬼鮫の荒い息を感じる。
 もう、自分に残された力と時間は残り少ないだろう、瑞穂はすっと目を閉じた。
 そして覚悟を決めて、再び瞳を開く。
 膝に力を込めると、立ち上がる反動に全体重を乗せ、鬼鮫の鼻に頭突きを喰らわせた。
「ごふううっ」
 初めての手応えに鬼鮫が前のめった。
 己も倒れ込みそうになる身体を顧みず、瑞穂は鬼鮫の筋肉で盛り上がった鎖骨に蹴りの一撃を食らわせる。
 爪先に骨の折れる感触が伝わり、瑞穂が「やった!」と思った瞬間、鬼鮫の今までで一番強力な腕がぶううん!と振るい上げられ、そのまま柔らかな身体が壁に叩き付けられた。
「ぐ………」
 全身がバラバラになりそうな程の衝撃。
 ゆっくりと歩み寄る鬼鮫の姿をぼんやりと見ながら、瑞穂は意識を手放した。
 

to be continued