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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ -message-

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 CHRONO LABBITZ ---
 
 Can't you see,
 when you wish hard enough,
 so that even a star will crush,
 the world we live in will certainly change one day.
 Fly as high as you can, with all your might,
 since there is nothing to lose.

 星を砕くほど、想い募らせれば。
 いつかきっと、俺達の世界は変わっていくんじゃないだろうか。
 溢れる力の限り、羽ばたいて見せてよ。
 失うものなんて、ないんだから。

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 はぁ……何だかなぁ。
 浮かない表情で、一人歩く麻吉良。
 彼女の顔を曇らせたもの、曇らせた原因。それは、夢。
 しばらく見ていなかったのに、どうしてまた見ちゃったかな。
 忘れたわけじゃないよ、勿論。いつまでも忘れないよ。
 けどね、夢にまで見るなんて……いつ以来のことだろう。
 どんな夢だったの? そう尋ねられても困る。
 何故なら、ひどく曖昧で……ほとんど覚えていないから。
 ただひとつだけ。母の憂いを含んだ笑顔だけは、はっきりと覚えてる。
 どういうわけか、そこだけ鮮明に覚えているのよね、いつも。
 私に何かを伝えてる、その唇の動きも何となく覚えてる。
 何て言ってるのか、必死に読み取ろうとしていた自分の姿も何となく覚えてる。
 いくら思い出そうとしても、何を伝えていたのかは理解らない。
 何なんだろうな、この妙な感覚。
 夢じゃないような気がするの。
 何ていうか……そう、思い出を振り返ってるかのような?
 そんなことを考えながら、フラフラと歩く。
 特に目的地があるわけじゃない。
 彼女には帰る家がないから。
 雨風を凌げれば、どこだっていい。
 そうして彼女は生きてきた。
 謎の蘇生を遂げてから、ずっと。
 そんな麻吉良に手を差し伸べてくれた人物がいた。
 そう、確かに存在した。
 イノセンス。
 彼女は、その組織に拾われるような形で身を置いた。
 仮宿だという想いを拭い去ることは出来なかったけれど、
 彼女にまた、帰る場所が出来た。仲間も出来た。
 かけがえのない場所を見つけた。そう思っていた。
 それなのに。
 突如、それまでの出来事が夢だったかのように。
 イノセンスという組織は忽然と消えた。
 誰に聞いても、消息の原因や理由は不明。
 ほんの半月前まで、確かに在ったのに。
 どういうわけか、組織は丸ごと消え去った。
 元々存在していなかったかのように、
 消えた後も、世界は何も変わらず動き続けている。
 自分の居場所、かけがえのない居場所。
 成りうるかもしれなかった、その場所を突然失ってしまい。
 麻吉良は戸惑い、途方に暮れた。
 捨てられた。そんな感覚を覚えてしまったのも、仕方のない話。
 心のどこかで、彼女は、いつか、こうなるんじゃないかと想定していたところがあった。
 けれどいつしか、その可能性を忘れてしまっていた。
 それほどに、楽しかったから。
 そんな不安や可能性を考える暇なんてないほどに、楽しかったから。
 それなのに……どうして、いきなり消えちゃうかな。
 なくなったからといって、自分を見失うだとか、
 そんなヤワな女ではないけれど。
 それでも、やっぱり寂しいものよ?
 一言だけでも良いから、伝えて欲しかったな。
 いきなり、何も言わず消えてしまうんじゃなくて。
 組織にとって、仲間にとって、所詮、自分はその程度の存在だったのか。
 そう思って、悲しくなった日もあった。
 でも、いつまでもヘコんではいられない。
 私には、目的があるから。
 イノセンスに身を置いたのも、その目的を果たす為だったから。
 組織がなくなっても、その目的を失うことはない。
 そう自分に言い聞かせていたところはある。
 本来、在るべき存在ではなく、死人であっても。
 私には、微かな記憶と、それに縋る執念があって。
 楽しいとか悲しいとか、そういう感情だって、まだ持ち合わせている。
 寂しくないだなんて嘘、つきたくはないの。
 でも、誰に伝えれば良いかなんて理解らない。
 寂しいんだよ、って。誰にも言えないんだもの。
 一人歩き、だんだん切なくなってきて。
 この気持ちのやり場は、どこにあるんだろうと。
 うつむきながら、麻吉良は歩き続けた。
 フラフラと彷徨うようにして、彼女が辿り着いた場所。
 そこは、魔力に満ちた聖なる森。
 イノセンスの本部が在った森である。
 だから……もう、ここに来ても仕方ないのよ。
 誰もいないし、何もないの、何も残っていないの。
 理解っているのに、どうしてかな。
 どうして、またここに来てしまったのかな。
「…………」
 何もない森の中、一人立ち尽くして溜息を落とす。
 そのときだ。ガサリと茂みの揺れる音。
 麻吉良は、すぐさま身構えて、愛刀に手を添えた。
 次の瞬間、目に飛び込んできた生き物に、麻吉良は目を丸くする。
 警戒したのが間抜けに思えるほどに……何て可愛らしいウサギか。
 茂みから姿を現したのは、水色の不思議なウサギだった。
 ピクピクと耳を揺らして、円らな瞳で見つめてくる。
 可愛い。ただ純粋に、そう思った。
 麻吉良は踏み出し、ウサギへと歩み寄る。
 ふわふわで温かくて……さぞかし、抱き心地が良いことだろう。
 寂しく切ない気持ちを、埋めて欲しかった。
 一瞬でもいいから、その温もりで紛らわせて。
 そんな想いを胸に、麻吉良は腕を伸ばす。
 不思議な、水色のウサギを抱きしめるが為に。

 *

 暗闇の中、凛と輝いていた刀。
 ぼんやりと青白く光るそれに、私は手を伸ばした。
 触れてはいけないと、誰かが囁いたような気がしたけれど。
 止められなかったの。どうしても、この手に……収めたくて。
 自分が手にしたものが『刀』だということ、
 当時の私は、それすら知らなかった。
 ただ純粋に、綺麗なものだと思ったから。
 だからかな。私は、鞘から抜こうとしたの。
 引っ張れば、何かが出てくる気がする。そう思って。
 でも、それは適わなかった。
 刀を抜くことは出来なかった。
 押入れの中で刀を弄る私を見つけた母の手が、それを止めた。
 危ないものだから、触ってはいけない。
 母は、そう言って刀を私から取り上げ微笑んだ。
 母の言うことは絶対だったし、逆らったことなんてなかった。
 でも何故かな。この日だけは、納得できなかったの。
 取り上げられたことに対する、複雑な気持ち。
 私は、大声で泣いたわ。
 そして、何度も何度も叫んだの。
 返して、って、そう泣き叫んだの。
 自分のものじゃないのにね。母のものなのにね。
 どうしてかな。奪われたって、そう強く思ってしまったの。
 母を困らせることなんて、したくないのに。
 泣き止むことはなかった。涙が止まらなかったの。
 どうして、こんなに切ないのか、悔しいのか。
 どうして、こんなに欲しがってしまうのか。
 何も理解できないまま、私は泣き続けた。
 困らせてしまうと、わかっていたのに。
 泣き叫ぶ私の頭を撫でて、母は笑った。
 泣きじゃくる子供をあやす、母として当然の行為。
 けれど私は聞いた。
 その優しさに満ちた行為の隙間に。
「見つけてしまうなんて……。やはり、半身同士引き合ってしまうのかしら」
 母は、確かに、そう言った。
 冷たく、思いつめたような、そんな表情で言った。
 泣きながらも、私は、その言葉を胸に刻んだの。
 忘れてはいけない言葉。そう思ったから。

 蘇生を遂げた、あの日。
 私の手元に、あの刀はあった。
 持ち出してきた記憶はない。
 けれど、どうして、ここにあるんだろう。
 そう疑問に思うこともなかった。
 私は躊躇うことなく、刀を手に取り、シャンと引き抜いた。
 雪のように白く、氷のように冷たい刃。
 それを目にした瞬間、私は私を理解した。
 根拠なんてなかったけれど、疑う余地もまた、なかったのよ。
 何故なら、私は……。

 *

 夢から醒めたように、ハッと我に返る。
 捕まえて抱きしめていたはずのウサギは何処へ。
 キョロキョロと辺りを窺う麻吉良。
 彼女は見た。確かに、見た。
 森の奥へと入っていく、自分の姿を。
 もう一人の自分。彼女は遠くで立ち止まり、振り返る。
 呆然としている私に、何かを伝えようと手を振り言葉を発する。
 けれど、遠すぎて聞き取れない。
 何を言っているのか、伝えようとしているのか理解らない。
 理解らないからといって、そこで終わってはいけない。
 そう思ったから、私は立ち上がって追いかけようとした。
 遠くで手を振り、何かを伝える私自身を。
 でも。
「姉ちゃん!!」
「!!」
 追いかけようとする私の腕を掴み、それを阻む存在。
 振り返れば、そこには、懐かしい笑顔。
 そんなに昔のことじゃないのに。
 何十年も見ていなくて、思い出にすら出来なかった、笑顔があった。
「海斗くん……どうして、ここに……?」
「こっちの台詞だよ」
「ごめん、海斗くん。離してくれるかな。私……」
「まだ駄目だよ」
「え?」
「まだ追いかけちゃ駄目。捕まえることなんて出来ないよ」
「まだ……って……」
 首を傾げる麻吉良。
 海斗は、そっと掴んでいた手を離し、苦笑を浮かべた。
 その表情から、麻吉良は悟る。そして、唐突に理解する。
 彼等が自分の前から突如姿を消した、その理由を。
「少し、話そうか」
 そう言って、ペタンとその場に座り込んだ海斗。
 隣に腰を下ろし、コクリと頷いたのもまた、必然か。
 時は満ちたり、されどまだ。
 追うべき時期ではない故に。
 すべてを明かそう、あなたの為に。
 あなたへの謝罪を込めて。
 海斗から語られる真実。
 麻吉良は、ただジッと動かずに聞き入っていた。
 森の奥へと消えていく、自分の背中を見つめながら。

 星を砕くほど、想い募らせれば。
 いつかきっと、俺達の世界は変わっていくんじゃないだろうか。
 溢れる力の限り、羽ばたいて見せてよ。
 失うものなんて、ないんだから。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / ♀ / 26歳 / 死人
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー

 クロノラビッツ:オープニングへの参加ありがとうございます。
 吐き散らすことはないけれど、寂しい気持ちがあったこと。
 その気持ちに応じるかのように姿を現したクロノラビッツ。
 冒頭にある『夢』は、中盤でフラッシュバックしている思い出と同一です。
 夢見の悪さから、気分転換しようと外に出たつもりでいたけれど、
 実際は、呼ばれて(誘いに応じて)いたという感じです。
 海斗からの説明は敢えて省きます。
 話を聞いている最中、麻吉良さんがどんな想いでいるのか。
 また、話している海斗は、どんな想いでいるのか。
 忘れえぬ思い出の数々と併せて色々と御妄想頂きたく思います。
 よろしければまた。後続シナリオへもご参加下さい。
 お待ちしております。ありがとうございました。
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 2008.09.29 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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