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<東京怪談・PCゲームノベル>


 約束の地

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 待ってるから、早く来て。
 どこへ? そんなこと聞かないで。
 覚えているでしょう? 約束したじゃないか。
 待ってるから、早く来て。
 待ちくたびれて、眠ってしまう前に。

 ふと目を覚ます夜。
 夜空に灯る月、時刻は深夜一時半。
 夢か現か。呼ばれた気がして目を覚ます。
 いや、違う。呼ばれたんじゃなくて……。
 フラフラとベッドから抜け出し、私は向かう。
 どこへ? そんなこと聞かないで。
 覚えているから。 約束の地へ。

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 どうしてかな。
 真夜中に目が覚めたのに、意識がハッキリしてる。
 寝ぼけていたり、虚ろだったりしない。
 どうして、こんなにスッキリした気分なのか。
 疑問には思ったよ。でも、一瞬だけ。
 すぐに理解したの。気付いたの。
 確証はないけれど、こう思ったから。
 私は今夜、この時間。目を覚ますつもりでいた。
 ううん。そう意識していたわけではないの。
 目を覚ますことになるんじゃないかって、そう思って眠った気がするだけ。
 夏が終わり、秋へと移り変わる季節。
 夜風はもう、ひんやりと冷たい。
 ソファの背凭れにかけてあったパーカーを羽織り、
 麻吉良は一人、森の中を行く。
 海斗から事情・真実を聞いた、その日の深夜。
 彼女は目を覚まし、新たな生活拠点となったラビッツギルドから、
 誰にも気付かれぬように、そっと静かに抜け出した。
 向かう先は、心が知っている。
 心に従うだけで良い。
 迷うことも、躊躇うこともない。
 恐怖? そんなもの感じないわ。
 だって、私がこれから向かうのは、
 優しさと切なさに満ちた、思い出の場所だもの。
 カサカサと音を立てて森を行く麻吉良。
 今宵は凪だ。風一つ吹いていない。
 異界では定期的に訪れる自然現象の一種。
 それ故に、些細な音も、やたらと響く。
 麻吉良が森を行く、その音で、目を覚ました人物がいた。
「……? 姉ちゃん?」
 ぼーっとしながら窓の外を見やるのは海斗。
 ゴシゴシと目を擦ってみたのは、夢を見ている可能性がゼロじゃないから。
 けれど、確かに確認できた。
 森の中へ消えていく、麻吉良の背中を。
 色々なことを包み隠さず纏めて話し、伝えたものの。
 自分が話を纏めるという行為が苦手なことは把握しているし、
 それに何より、全部話したんだから、それで良いというわけでもない。
 麻吉良に何も告げず、フッと姿を消したのは事実。
 あれだけ慕って、仲良く、懐いていたのに。
 どんな事情があったにせよ、何も言わずに消えたのはマズかった。
 怒っているわけじゃない。麻吉良は決して怒っていない。
 実際、説明していたときも、麻吉良はただジッと聞き入っていた。
 どうして? だとか、そういう追求・詮索は一切してこなかった。
 でも、だからこそ。だからこそ、気になるんだ。
 もしも。もしも、麻吉良が心を閉ざしてしまっていたら?
 以前のように、笑いながら話すことが出来なくなっていたら?
 あまりにも麻吉良がすんなりと、事情を汲んで理解したが故に、
 海斗は、その不安を抱かずにはいられなかった。
 そういうことなら仕方ない。わかったよ。
 でも、もう二度と何も言わずに消えたりしないで。また、よろしくね。
 話を聞き終えた麻吉良は微笑んで、そう言った。
 海斗は、ごめんなと謝り、もう勝手にどこかへ行ったりしないよと誓う。
 けれど。麻吉良の笑顔が曇っているような気がした。
 彼女の表情を曇らせているもの、その原因と理由。
 それが、自分と無関係ではないとは言い切れない。
 真夜中に一人、森へと入っていく。
 麻吉良のその行為に、海斗の不安は、より一層募った。

 *

 森の奥深く、誰も踏み入らない真っ暗な森の中。
 そこが、麻吉良にとって思い出の地。
 木の葉も茂みも何一つ動いていない。
 時間が止まっているかのような不思議な光景。
 麻吉良は見上げる。氷の神殿を。
 歩み寄って、扉に触れれば、ひやりと冷たい……。
 決して溶けることのない氷で包まれた聖なる神殿。
 扉は押しても引いても開かない。
 中には入れない。そう、あの日から……。
 目を伏せて、ゆっくりと深呼吸。
 吐きだす銀色の吐息に、記憶が甦る。

「母さん、どうしたの。食べないの? ……美味しくない?」
「あっ。あぁ、ごめんなさいね。そんなことないわ。とっても美味しいわよ」
 ……嘘が下手よね、母さんって。昔からだけど。
 すぅぐ顔に出ちゃうんだから。
 私、母さんに似たのね。
 隠し事ができないっていうか。私も苦手だもの。
 クスリと笑って、温かいシチューを口に運ぶ。
 今宵は満月。家には母さんと私、二人だけ。
 父さんは、今日も仕事で、おそらく明け方まで戻らない。
 妹は小学校のイベント、林間研修で明日の朝まで戻らない。
 母さんと二人きりの夜なんて、久しぶりよね。
 だから私、腕によりをかけて夕飯を作ったのよ。
 普段は話せないようなこと、たくさん御話できるかなって思っていたのに。
 残念だなぁ。母さんっては、心ここに在らずなんだもの。
 まぁ、母さんだってヒトだしね。
 悩んだりすることもあるでしょう。
 話してくれたら嬉しいけれど、それもまた、ね。
 弱音を吐いたりだとか、そういうこと……しない人だもんね、母さんは。
 ましてや娘に愚痴るとか、絶対にしないわよねぇ。
 無理に繕った笑顔なんて見たくないから。
 詮索したりはしないわ。
 必要であらば、話してくれるだろうし。
 カタンを席を立ち、食器を片付け始めたときだ。
 母さんが、呟くように名前を呼ぶ。
「麻吉良」
「ん。なぁに?」
「片付けは後にして……お母さんと二人で出かけない?」
「……いいけど」
 予想外の御誘いだった。
 家族全員で、どこかへ出かけることはあっても、
 母さんと二人で、こんな深夜に出かけるなんて初めてのことだったから。

「待って。母さん。母さんってば。どこまで行くのよ〜」
「はい、到着。ここよ」
「うわぁ……何これ、すご〜い。綺麗……氷?」
「えぇ。決して溶けることのない氷よ」
「何それ。そんな氷あるの? うわ〜すごい……」
 母さんが連れてきた場所。
 そこは、深い深い森の中にある氷の神殿。
 あまりにも神秘的な、その光景に私は興奮を隠しきれなかった。
 そっと触れては、その冷たさにキュッと目を閉じたり、
 吐く銀色吐息が、夜空へ昇る様を眺めてみたり。
 子供のように、はしゃぐ私へ。
 淡く微笑みながら、白い布を解いて。
 母さんは差し出した。
 差し出されたのは、いつか見た……あの綺麗な刀。
 忘れない。忘れるはずもない。
 返して、と泣き叫んだ、幼き日の自分を。
 触れてはいけないと取り上げられた刀。
 それを、今、母さんは私に差し出している。
 私は小さな声で、母さんの顔色を窺うようにして尋ねた。
「……いいの?」
 触れても良いの? 私のその問いに、母さんは微笑んで頷いた。
 優しくて、それでいて冷たく、催促するかのような表情。
 私は刀を受け取り、シャンと鞘から刃を抜いた。
 吸い込まれてしまいそうなほどに、白く美しい刃。
 ぼんやりと、刀身を青白い光が包み込んでいた。
 その美しい光は、やがて刀身から溢れるように流れ出し、私を包み込む。
 ひんやりと冷たい、その光の中。
 私は、私が、私でなくなっていく感覚を覚えた。
 ふと見やれば、私の手は不気味なまでに青く、爪は鋭利な針のように尖っていて……。
「母さん……」
 これは、どういうことなの?
 そう尋ねようとして、言葉を飲み込む。
 私を見つめる母の姿もまた、異形。
「ごめん…本当にごめんね、麻吉良…」
 声を震わせながら、そう言って、母さんは私を抱きしめる。
 強くて、きつくて、苦しいけれど、確かな愛情を感じる、柔らかな抱擁。
 私は言葉を発せずに、ただ、母の腕の中。
 狼の耳と尻尾、背中には大きな翼。
 すべてを確認したわけではないけれど。
 私は悟った。目に映っている母の姿は。
 今の私と瓜二つ。鏡に映る、姿のように。
 何度も何度も謝る母に、私は言葉を返せない。
 ただ、何も言わずに翼の生えた背中に腕を回して抱きしめ返すことしか。
 そうすることしか、出来なかった。
 手からスルリと落ちる刀。
 氷の上へ、カシャンと音を立てて。
 私は見ていた。ただ、じっと。
 謝り続ける母の腕の中。
 淡く輝く、その刀を。

 *

 目を開き、記憶から自分を引き戻す。
 ふぅと一つ息を吐いた麻吉良。
 腰元にある刀……愛刀『譜露素刀』が、淡く輝いていた。
 まるで、生きているかのようね。
 あなたも一緒に、思い出していたのかしら。
 刀に、そっと手を置く麻吉良。頬を伝う涙。
 すべてを把握したわけじゃないけれど。
 私は、あの日、理解した。
 自分は、ヒトと呼べる存在ではないことを。
 母が何度も謝った、その理由を知ったのは、数日後。
 語られた真実と、自分という存在の真意。
 私は、何も返せずにいた。
 すべてを明かし、私の言葉を待つ母へ、何も返せずにいた。
 何度も何度も悔やんだわ。
 一言で良かった。
 あの日、言葉を待つ母へ、伝えるべきだった。
 今更だけど。伝えさせて。母さん。
 私は、あなたの娘として生まれたことを、誇りに思っているわ。
 見上げる氷の神殿。あの日と同じ、今宵は満月。
 ずっと伝えたかった想いを吐き出して、麻吉良は微笑んだ。
 心に閊えていた、錘が軽くなり、ゆっくりと消えていく。
 切なくも緩やかに、過ぎていく時の中。
 麻吉良は、自身の手の甲に、不思議な光景を見る。
 青白く、ぼんやりと浮かぶ……痣のようなもの。
 次第にはっきりと輪郭を現す、その痣は。
 先日見た、あの水色のウサギの形をしていた。
 キュッと指で擦っても、爪で軽く引っかいても、消えない……。
 何だろう、これ……首を傾げた時だった。
 ガサリと茂みが揺れる。
 バッと振り返れば、そこには。
「あっ……ご、ごめん」
 気まずそうな顔をした海斗が立っていた。
 慌てて飛び出し、追いかけてきたのだろう。 
 黒いスウェット姿の海斗は、体中に葉っぱを付けていた。
 勝手に尾行るみたいな真似してごめん。
 でも、でもさ、おっかなくなったんだ。
 何でかわからないけど。すごく不安になったんだ。
 勝手だとは思うよ。自分は何も言わず、いなくなったくせに。
 姉ちゃんには、消えて欲しくないなんて思うんだから。
 言っていることが矛盾だらけなことを把握している海斗は、
 想いを吐き出しながら、ずっと難しい顔をしていた。
 そんな海斗を見て、麻吉良はクスクス笑う。
 うりゃっと抱きしめれば、海斗は恥ずかしそうに笑って。
 大丈夫。私は、どこにも行かないわ。
 ううん。違う。どこにも、行けないのよ。今はまだ。
 手の甲に浮かんだウサギの痣を見つめ、一人、小さく頷いた麻吉良。
 ふと見やった先、海斗の手の甲にも、同じ痣。
 尋ねることはしなかった。
 この痣が何なのか、何を意味するのか。
 尋ねる必要はないと思った。
 どうしてって? そんなこと聞かないで。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / ♀ / 26歳 / 死人
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー

 クロノラビッツ:追憶シナリオへの参加ありがとうございます。
 確かな記憶に誘われ、思い返したその先には、理解と把握。
 海斗の手の甲にも、同じ痣が確認できた件ですが、
 この辺りは、追々…明らかになっていくかと思います。
 一応、麻吉良さん本人はスベテを理解したようですが。
 一歩ずつ、でも確かに、歩んでいく様を。
 是非また、紡がせて頂きたく思います。
 参加、ありがとうございました。またよろしくお願いします^^
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 2008.09.29 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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