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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Behind closed doors(4)


 壊れた窓から差す光が、徐々に柔らかい光に変わっていった。
 夕焼け。空の光が徐々に淡いパステルカラーに変わっていっているのだ。
 風が吹いた。風は徐々に冷たくなっていき、身体を程よく冷やしていくのだが、高科瑞穂(たかしなみずほ)にはそんな優しい雰囲気を楽しんでいる余裕はなかった。


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 満身創痍。それが今の彼女だった。
 利き手は元より、両脚が砕かれ、既に立つ事すら叶わなかった。
 彼女の身体全体に激痛が走る。ビリビリに引き裂かれたスカートに、鮮血に濡れて赤黒くなったメイドエプロンが痛々しかった。何度も何度も繰り出した蹴り技によりニーソックスが耐え切れなくなって所々伝線し、裂けている。
 彼女は床に寝転がっていた。と言うより、寝転がる事しかできなかったのだ。
 鮮血が飛び散る。彼女の寝転がる様は、まるで血の色をした薔薇が砕け散ったようにも見えた。
 鬼鮫は満足げに彼女の姿を見ていた。
「無様だな」
 鬼鮫は言う。
「…………」
 獣。獣。獣。お前なんか人間じゃない。獣よ。
 瑞穂は鬼鮫を激しく罵倒していたが、声はかすれ、恐怖が彼女の身体を縛りつけ、出るのは「ひゅーひゅー」と言う虫のような息の音だけだった。
 鬼鮫は瑞穂の髪を引っ掴んで起こした。
 瑞穂の身体は激しい痛みがともない、瑞穂の口からも「うぅぅ………っっっ」と声が漏れた。
「無様だな」
 鬼鮫はもう一度言う。
 鬼鮫との距離は、ともすればキスができそうな程に近かった。
 瑞穂は、最後の抵抗に鬼鮫に「ぺっ」と唾を吐き出した。
 唾には血が混ざり、赤い色がしていた。
 鬼鮫はそれを拭うと、瑞穂の髪を引っ掴んだまま瑞穂の顔を床に叩きつける。
 ぐちゃり。
 瑞穂の鼻が折れた。
 もう瑞穂には、絶叫する力すら残されていなかった。
 そのまま鬼鮫は瑞穂を正面に戻し、馬乗りに乗った。
 瑞穂を好き勝手に、殴る殴る。


 ドスッドスッドスッドスッ


 殴る音がするたびに「グチャリグチャリ」と粘っこい血が飛び散る音がする。
 瑞穂の顔は美しい。しかしもう美しい顔とはお世辞にも言えない。
 彼女の顔は腫れ上がり、血を所々噴き出して、血が目に入って目を開ける事すら困難だった。


 ひとしきり殴り、気が済んだ鬼鮫は、ようやく瑞穂を離した。
 瑞穂は簡単に転がった。もう彼女の身体は転がる事すら困難だった。「うぅぅぅぅぅぅ………」と呻き声を上げながら転がっていった。
 彼女は、ドライフラワーが飛び散ったようになっていた。
 血が乾き、その赤黒い染みが床一面に飛び散っている。
 瑞穂は口からまた吐血した。
 鬼鮫は満足げに彼女を見下していた。
 そのまま彼女に唾を吐く。
 ボタリ。
 避ける事すら叶わない瑞穂の顔に簡単にかかった。
 そのまま鬼鮫は立ち去っていく。
 ボロ雑巾のようになった瑞穂を残して。


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 物置に沈黙が戻った。
 物置に積まれた物が散乱した様だけが、先程の激戦を物語っていた。
 瑞穂はボロ雑巾のようになって、血が染みて開け辛くなった目を細めて天井を見た。
 天井に染みがいくつもあるのが分かった。
 私、何やっているんだろう。
 身体中が痛い。全身が悲鳴を上げるように激痛が走るのだ。起き上がることすら叶わなかった。
 瑞穂の胸の中には、虚しさが立ち込めていた。
 過信していた己が許せなかった。慢心していた己が許せなかった。
 何よりも。任務を全うできなかった自分が許せなかった。
 死にたかった。でも、死ぬ事すらできなかった。身体が、全く言う事を効かないのだから。
 壊れた窓から、冷たい風が吹いてきた。
 気が付けば空の光は変わり、空は深い深い群青色に変わっていた。
 瑞穂の腫れ上がった身体をひんやりと冷やしてくれる風を受けて、瑞穂は目を閉じた。
 起きたらきっと地獄が待っているだろうけど、今だけ。今だけは。
 彼女のつかの間の安息の時間が訪れた。


<続く>