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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Behind closed doors(5)


 物置は沈黙を守っていた。
 既に日は暮れ、物置の壊れた窓からも月が見えた。
 物置は先程の戦闘ですっかり乱れに乱れ、床が抜けたり壁にひびが入ったり積んでいた陳情物などが割れたりしていた。辺り一面むせ返るような血の匂いが漂っていた。
 その中高科瑞穂(たかしなみずほ)は仰向けに倒れていた。
 正確には倒れているのではなく、気絶している。いや、眠っていると言った方が正しいだろうか。
 瑞穂は満身創痍であった。
 着ているメイド服は無理な運動と戦闘であちこち裂け、メイドエプロンは赤黒い血の色が乾いて黒く固まった血で染まっていた。ニーソックスは無理な蹴り技の連続で伝線し、あちこち裂けていたが、何より脚を砕かれたせいだろう。ニーソックスもまた血で濁った色に染まっていた。
 利き手を砕かれ、両脚を砕かれ、顔は見るも無残な位に腫れ上がっていた。
 そんなあちこちに炎症を作り、腫れ上がった身体を夜風が優しく冷やしてくれた。
 その沈黙が、破られた。


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 バシャリ


 瑞穂の頭に水がかけられた。
 水が傷口に染み「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……」と呻き声を上げて瑞穂は目を覚ました。
 鬼鮫である。鬼鮫がバケツ一杯に入った水を頭からかけてきたのである。
 とうとう来たか。
 瑞穂は腫れて細くなった目で鬼鮫を睨みつけていた。しかし、顔が腫れ上がっているのだから、彼女の眼光がどこまで相手に伝わったかは疑問であった。
 瑞穂は、少し眠った事で口だけははっきり喋れるような位には回復していた。
「私に、何の用? 私は既に人質も同じじゃない」
「お前には訊かなきゃいけない事がある。文句を言いたいなら俺の雇い主にでも言う事だな」
 瑞穂は髪を掴まれ、上を向けられた。
 鬼鮫はバケツを床に置き、ポケットから何やら錠剤を取り出した。
 自白剤……瑞穂は唇を噛んで抵抗したが、鬼鮫が無理矢理瑞穂の口に指を突っ込んで薬を流し込む。さらに口に何本も指を突っ込んで力技でそのまま瑞穂の喉に薬を押し込んだ。そのままバケツに残った水を瑞穂の口に流し込む。瑞穂は「ゲホゲホ」と気管に入った水を吐き出そうとするが、鬼鮫は無理矢理瑞穂の顎を掴んで閉じさせたために、薬を瑞穂は飲み込んでしまった。
「さあ言え、お前の所属先を。任務の内容を……」
「うう……」
 瑞穂は、言うまい言うまいと唇を噛んで抵抗したが、鬼鮫は唇を噛んだ瞬間瑞穂を思いっきりビンタした。グーでなかったのは、このまま再び気絶されては聞けるものも聞けなくなると言う配慮だろう。
 瑞穂は、鬼鮫をもう一度睨んだ。
 瑞穂が眠っている間に新しいサングラスを調達してきたらしい。表情はまた読めなくなっていた。
 瑞穂は一息すると、言いたくもない独白が始まった。
 さあ、聞きたいなら聞けばいい。
 瑞穂は既に開き直りの意に達していた。


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 瑞穂の独白は終わった。
「もう言う事はないわよ? お前はもう聞きたい事を聞いた。それで用が済んだでしょう?」
 瑞穂はようやく腰を起こす程には回復したらしく、両脚に負担がかからないようゆっくりと起き上がった。
「ああ、俺の用はな」
 鬼鮫の顔が「ニィィィィィ」と口角が上がった。

 ビクリ

 瑞穂の背筋に冷たいものが走った。
「さっきは楽しませてくれたな。また楽しませてもらうぞ」
 瑞穂の髪を掴んだ。
「くぅぅぅぅぅ……」
 瑞穂の顔は歪んだ。
 この男、やはり獣だ。人が少し回復したのをいい事にまたボロ雑巾のようにする気だ。
 瑞穂は最後の抵抗として唾を吐き出そうとしたが、もう何時間も水分を摂っていない。喉はからから渇いて、唾液一滴出す事すらできなかった。
 瑞穂は鬼鮫に引き摺られた。瑞穂が引き摺られる跡には赤黒い血が線となって続いていた。


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 鬼鮫に引き摺られて連れて行かれた先は、館を包んでいる深い深い森の中だった。
「いい見せしめになる。俺達に手を出したらどうなるかな」
 瑞穂は木に吊るされていた。肉感的な身体が縄で縛られる様は艶っぽく、卑猥である。
 鬼鮫は瑞穂の顎をグイと上げた。そのまま唾が吐きかけられる。
 瑞穂は避ける間もなく、唾を顔が受け止めた。獣じみた匂いがした。
 彼女の身体中に出来たかさぶたが鬼鮫に爪を立てられて剥がされていく。
「うぅぅぅぅぅぅ……!!」
 身体中に激痛が蘇る。
 何とか爪から逃れようとしてもがく様は、縄にまとわり付いているように見え、縄が食い込み、より一層卑猥に見える。
 かさぶたが取れる度に、ポタリポタリと血が滴り落ちる。
 彼女の下には、僅かであるが血溜まりが出来ていた。
 気絶したい……瑞穂は何度もそう願ったが、それは叶えられなかった。
 とろとろと眠りにつこうとすれば、その度に叩かれ、水を被らされ、起こされた。
この拷問のような様は、月が沈むまで繰り返された。


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 何度も叩き起こされ、何度も気絶し、何度も傷口を抉られ、気がつけばようやく鬼鮫の姿は見えなくなっていた。
 瑞穂は鮮血を垂れ流しながら木に縛られたままだった。
 瑞穂はただ祈る事しかできなかった。仲間が、助けに来てくれるのを祈るしか。


<了>