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<東京怪談・PCゲームノベル>


 紡ぎ人 -ツムギビト-

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 扉の隙間に挟まれた、一通の手紙。
 寝ぼけ眼で手に取り、すぐにハッと目が覚める。
 懐かしい、見覚えのある、この文字。
(まさか……)
 クルリとひっくり返す、封筒。
 その時の気持ちは、とても複雑だった。
 おそるおそる……且つ、期待を寄せていたかのような。
 予感は的中。脳内で描いていた人物。
 差出人の名前は、それとピッタリ重なった。

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 辺境。誰も寄り付かない、滅びた村。
 その中で唯一、明かりが灯る一軒の家屋。
 梟の鳴き声が響く中、麻吉良は一人、その家屋へと向かう。
 手にギュッと握り締めているのは、手紙。
 この手紙の差出人は、この中にいる。
 久しぶりだ。本当に、久しぶりの再会となる。
 高鳴る鼓動は、興奮からか。
 少しだけ、恐怖にも似た感覚を覚えたような気がした。
 何を恐れることがある。そうは思う。
 けれど、何故だろう。私は怖いんだ。
 怖いと思ってる。どうして?
 それはね、再会することによって……。
 恐る恐る、扉へと手を伸ばす。
 開くことに躊躇って、どのくらい時間が経っただろう。
 腕は伸びたまま。扉に指は掛かっているけれど。
 麻吉良は、立ちすくんだまま。身動きを取れずにいた。
 ゴクリと息を飲む、その振動が身体に走った時。
「どうした。扉に接着剤でも着いとるかね」
 扉の向こうから、笑みを含んだ声が響く。
 懐かしい、その声。優しく柔らかく、温かい。その声。
 込み上げる想いに任せて、麻吉良は扉を勢い良く開いた。
 ぼんやりと、ランプの明かりが灯るだけの小さな部屋。
 その中心で、老人はキセルを咥えて淡く微笑んでいた。
「御爺ちゃん……!」
 止まらない。止めることなんて、留めることなんて、出来やしない。
 麻吉良は靴を履いたまま、室内へと入り老人に抱きつく。
 静かな夜。響く、麻吉良の泣き声。
 子供のように泣きじゃくる麻吉良の背中を撫でつつ、
 彼女の靴を脱がせてやりながら老人は言った。
「大きくなったな」

 麻吉良にとって、老人は実の祖父のような存在。
 とはいえ、母が亡くなってから今まで、会ったことはなかった。
 いや、会えなかったのだ。老人が、何も言わずに、どこかへ消えてしまったから。
 もう二度と会えないんじゃないか。そう思った。
 忘れることなんて、出来るはずもない。
 いつだって、想ってた。
 どこにいるのか、何をしているのか、元気でいるのか。
 眠りにつく前は、いつも。あなたのことを想ってた。
 音信不通だった老人から、突然届いた手紙。
 話がしたい。その一言だけが記された手紙。
 墨で描かれた、この村の所在地を示す地図。
 僅かだけれど確かな情報を元に、麻吉良はここへやって来た。
 涙に濡れた麻吉良の頬を撫でつつ、老人は微笑む。
「御爺ちゃん……。話って、なぁに?」
 未だ震えた声と肩で尋ねた麻吉良。
 老人は目を伏せ、お茶を差し出して言う。
「見せてくれんか。お主の片割れを」
 そう言って老人が見やったのは、麻吉良の袂にある刀。
 愛刀:譜露素刀。
 麻吉良は、そっと刀を手に取り老人に差し出す。
 刀を受け取った老人は、スッと鞘から刀を引き抜くと、
 明かりに刃を晒して、その変わらぬ輝きを見つめた。
「幾分か……輝きが増しておるな」
「そう、かな?」
「お主が成長している証じゃ」
「私が?」
「そう。わしは告げねばならない。この刀と、御前さんの関係をな」
 そう言いながら、刃を砥ぎ始める老人。
 シャリシャリと、氷が削れるような音が響く、その度に。
 老人は、ポツポツと呟き、告げねばならぬ事実を落としていく。
 譜露素刀。
 この刀は、麻吉良の半身である。
 抜刀した際、彼女の身体に異変が起こることは誰もが承知。
 魔人の姿へと変わる、麻吉良本人も、そう意識している。
 だが実際は、変化ではなく回帰。
 既に世を去っている彼女の母は、人外なる存在。
 半身半魔であった母の、悪魔の血を色濃く継いで麻吉良は生まれた。
 可愛らしくも恐ろしい、その姿。
 普通の人間である夫と、我が子を包み込むようにして抱き、
 彼女の母は、心から恐れた。
 この子は、生きていけるだろうか。
 世に、生かされるのだろうか。
 魔族との混血に対する差別が深刻だったこともあり、
 娘が迫害され、生きる術を失ってしまうのではないかと懸念した母。
 自分達の力では、及ばぬ事態にも成りうるだろう。
 そう思った母は、とある老人に頭を下げて乞う。
 この子の魔力を、他所へ封じることは出来ないだろうかと。
 その願いを聞き、また聞き入れた老人こそが、この男。
 老人は、自身の最高傑作である刀を手に取り、
 その刀へ、可愛らしくも恐ろしい幼子の魔力を封じ込めた。
 これによって完成された刀こそが譜露素刀。
 真っ白だった刀身は、魔力が注がれたことにより、淡い青を灯した。
 魔力は全て、その刀へ。
 その結果、幼子は限りなく人間に近い存在になった。
 老人は、泣き崩れる母に問う。
 この刀は、どうする? と。
 要らぬものだと言うのなら、処分してやろう。
 容易いことだ。折ってしまえば良い。
 そうすれば、魔力は流出に、そこらを漂った挙句、消えていく。
 刀を手に、諭すように言った老人。
 だが母は、再び頭を下げて、手を差し出した。
 その刀は、紛れもなく娘の片割れ、娘の一部。
 愛しい我が子の一部を、棄てるなんて出来るものか。
 刀を母に渡しつつ、老人は告げる。
 その力を、傍に置いておく事。
 そのリスクは承知なのだろうな、と。

 老人の口から語られる、自身の真実。
 それまで曖昧だった記憶が、鮮明な糸で結ばれていった。
 あの日、母が取り上げた理由は、そこにあったのか。
 あの日、母が何度も告げた謝罪の理由は、そこにあったのか。
 全ては私の為。私を生かす為。母の愛情。
 この刀は、愛情に満ちたものだったんだ。
「母を。恨むでないぞ」
 砥ぎ終わった刀を鞘にしまい、麻吉良に差し出して言う老人。
 麻吉良は、刀を受け取り目を伏せて。
 鞘へ口付けを落として呟く。
「そんなこと。出来るわけがないわ……」
 抜刀することにより、刀に封じられた自身の魔力が戻る。
 それにより、私は、魔人の姿へと変わる。
 妖刀。その類なのだと私は思っていた。
 身体の変化も、それによるものなのだと思っていた。
 けれど、違ったんだ。
 あの姿は、偽りのものなんかじゃなかった。
 魔人なる姿も、私自身だったんだ。
 母が、そうであったように。
 真実を心に刻み、麻吉良は微笑む。
 その笑みは、自身に助けを乞うた、あの母と生き写しだ。
 老人は、麻吉良の瞳を見つめながら、淡く淡く微笑む。
 孫娘の成長を喜ぶ、祖父のように。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / ♀ / 26歳 / 死人
 NPC / ????? / ♂ / ??歳 / 刀鍛冶の老人

 クロノラビッツ:追憶シナリオへの参加ありがとうございます^^
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 2008.10.04 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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