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<東京怪談・PCゲームノベル>


 輪廻夜桜

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 何度、扉をノックしても返答がない。
 怒られるかもしれないけれど、それを承知で部屋へと入る。
 だって、そりゃあ、心配にもなるだろう。
 もう夕方なんだから。
 朝食は勿論、昼食も食べていない状態だ。
 このまま放っておけば、夕食も食べないだろう。
 いつまで寝てるんだろう……そう、心配になったから。
(……爆睡?)
 部屋の中、ベッドで猫のように丸くなって眠っている……。
 歩み寄り、顔を覗き込んで、思わずプッと吹き出してしまった。
 ここまで寝るなんて、珍しいような。
 よっぽど、疲れていたのかな。
 何だかんだ、事件やら何やらで忙しないもんなー……。
 ベッド横の椅子へと座り、暫し眺める寝顔。
 あどけない、その寝顔に思わず、また笑みが。
 それにしても、起きないな。
 誰かが勝手に部屋に入ってきたら、普通、目を覚ますはずだけど。
 よっぽど深く眠っているのか……。
 身を乗り出し、様子を窺う。
 暫しの沈黙。
 五秒後、それまでの、のどかな雰囲気から一変。
「……ちょ、えっ!? あれっ!?」
 ピクリとも動いていない。胸が浮き沈みすることもない。
 口元に耳を寄せても、何の反応もない。
 無呼吸。その状態にあるのではないか。
 た、大変だ。ど、どうすれば……。

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 夏穂の様子を見に来て、五分後。
 異常事態に気付いてからの海斗は、我を忘れていた。
「おい、夏穂! 夏穂!」
 何度も何度も叩く頬。
 遠慮しながら、手加減しながら叩くことなんて出来ない。
 数え切れないほどに叩かれた夏穂の頬は、うっすらと赤くなっている。
 声を掛けても、名前を呼んでも、どんなに叫んでも。
 一向に目を覚まさず、呼吸を再開することもない夏穂。
 マスターや藤二、仲間達に報告するなり何なりするべきだろう。
 自分一人のチカラでは、どうにもならないのだから。
 けれど、海斗は我失状態だ。パニック状態とも言える。
 ただ必死に、何度も何度も名前を呼ぶ。
 どうしてかな。こうして、名前を呼び続けないといけない。
 そんな気がしたんだ。


 淡い、淡い世界。
 何もかもが曖昧で、柔らかな世界。
 何もない。周りには、何一つ。まっさらな世界。
 ここ、どこ……?
 その世界の中心で、蒼馬を抱きながら首を傾げて立ち尽くす。
 問いかけられた蒼馬も理解らないようで、首を傾げ返した。
 まっさらな、不思議な空間。
 やたらと体中に響いているのは……自分の呼吸か。
 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 その一連の動作。耳鳴りを覚えるほどに鮮明な呼吸。
 不快ではないけれど、鮮明すぎるそれに、顔をしかめる。
 蒼馬を抱いたまま、一歩踏み出してはみたけれど。
 どこへ向かおうとしているのか。
 それは、自分でも理解らない。
 けれど、足が……勝手に動くの。
 呼ばれているような、そんな感覚で。
 まっさらな世界を、どのくらい歩いただろう。
 フラフラと、右往左往を繰り返しながら、進んでいく、道なき世界。
 探るように、確かめるように、ゆっくりと。
 そうして歩んでいくうち、不思議な場所へと辿り着く。
 いや、違う。辿り着いたんじゃなくて……導かれて、来た?
 その不思議な場所は、まっさらな空間の中に、ポツンと在った。
 大きな、桜の木。
 木の周りだけ、真っ暗な空間になっている。
 一歩、その闇へ踏み入ってしまえば、戻れなくなるんじゃないか。
 落とし穴のように、蟻地獄のように、落ちて埋もれてしまうんじゃないか。
 その不安は、確かにあった。恐怖にも似た感覚だった。
 けれど、引き返してはいけない。そんな声が……聞こえたの。
 蒼馬と頷き合い、闇の中へ踏み入る夏穂。
 踏み入った瞬間、景色が一変。
 辺りを包み込む、漆黒の闇。
 突如暗闇へと放り込まれたことで、目が迷う。
 けれど、行き場を失うことはなかった。立ち止まることもなかった。
 闇の中、ぼんやりと。桜の木が光っていたから。
 桜の木の下。そこでようやく立ち止まり、見上げる。
 淡く桃色に輝く、何とも美しい桜。
 闇から自分を護る、例えるならば、そう、傘のような……桜の花。
 綺麗だなって見惚れていたのは一瞬だけ。
 すぐに、複雑な気持ちになったの。
 胸が締め付けられるような、この感覚は何かしら。
 どうしてかしら。どうして、こんなに切ないの。
 襲い来る虚無感。
 不安からか、恐怖からか。
 夏穂の頬を、涙が伝った。
 その涙が闇に落ちると同時に、ヒラリと一枚。
 桜の花びらが、彼女の足元に落ちる。
 溢れる涙はそのままに、身を屈めて花びらを摘む。
 摘んですぐに、消えてしまう花びら。
 指先に灯る、優しい温もり。
 伏せ目がちに、その指先へ口付ければ。
 人の気配。
 ハッと我に返り顔を上げる夏穂。
 桜の木の陰から、微笑みながら姿を現した人へ。
 どうして……ここにいるの……?

 
「夏穂!!」
 頬に走る痛み、耳に届く、海斗の声。
 呼んでいる。
 私を呼んでいる。
 返事をしなくちゃ。
 虚ろな意識の中、そう思った。
 フッと目を開く、と同時に、大きく息を吸い込んで。
 数回瞬きをして、夢から醒める。
 白い天井、白い壁、鼻をくすぐるバニラの香り。
 あぁ、そうね。ここは、私の部屋。私の部屋だわ。
 少し首を傾ければ、覗き込んでいる海斗の姿。
「どう……したの。そんなに大きな声で……」
 ニコリと、いつものように微笑んで言った夏穂。
 その言葉を、声を、微笑みを確認して、海斗は一瞬の呆然の後、夏穂を強く抱きしめる。
「おかえり、夏穂」
 良かった、とか。心配したんだ、とか。
 そんな言葉じゃない気がしたんだ。
 吐くべき言葉は、これしかないと思ったんだ。
 どこへ行ってたのって、尋ねることはしないよ。
 訊かれたって、わかんないだろ?
 自分が、今まで、どこにいたのかなんて。
 ギュッと抱きしめながら、一人、納得するようにウンウンと頷く海斗。
 未だに虚ろな意識。その中で夏穂は笑い、海斗の背中へ腕を回す。
「ただいま……」



 *

 
 そう。確か、あの日、蒼馬も一緒に行ったのよね。
 一人で大丈夫だよって言ったのに、勝手について来ちゃって。
 でも、すぐに、来てくれて良かった、来てくれて有難うって思ったの。
 だって、切なくて。一人じゃ、耐えられなかったから。
 ただいまを告げた翌日、夏穂は訪れた。
 丘の上、思い出を埋めた、桜の木を。
 夢の中、桜の花びらが落ちた場所。
 その場所を、一寸の狂いもなく、掘り当てる。
 埋めたのは、思い出。忘れてはいけない思い出。
 土の中から取り出す、蝶の刺繍が施されたスカーフ。
 元は純白だったそれも、今や黒ずんで……。
 ゆっくりとスカーフを解き、中から取り出す思い出。
 夏穂が桜の木の下へ埋めたもの、刻んだ思い出。
 それは、真っ二つに折れた白矢。
 矢に触れれば、すぐに思い出す。
 それこそ、呼吸よりも鮮明に。
 ママから貰った、大切なもの。
 あなたを護り続けますように。
 そう言って、ママは、この矢に口付けをして。
 優しく微笑んで、私にプレゼントしてくれた。
 大切にしていたの。いつも、肌身離さず持っていたの。
 私が、この矢を大切にしていたことは、誰もが知っていた。
 だからこそ、なのかな。よく、悪戯されたっけ。
 どこかへ隠されたり、落書きされたり。
 その度に、私は泣きながら怒ったね。
 どうして、こんなことするのって。
 ちょっとした悪戯。その程度なら、怒りはしなかった。
 嫌な気持ちにはなったけれど、まだ、抑えることができた。
 でも。
 折られてしまっては、冷静でいられなかったんだよ。
 パキン、と折れた、折られた、あの音。
 あの瞬間の、熱が引いていくような感覚。今でも覚えてる。
 もちろん、全身全霊のチカラを込めた、渾身のキックをお見舞いしたことも。
 折れた白矢を手に、思い出を辿ってクスクスと笑う夏穂。
 微笑みながら、彼女は気付く。
 あぁ、そうか。もう、笑えるんだね。
 絶望の象徴でしかなかったのに。
 だから、ここに、こうして埋めて隠したのに。
 もう、笑えるんだ。そんなこともあったねって、笑えるようになったんだね。
 白夜を鞄にしまう夏穂を、じっと見つめる蒼馬。
 夏穂はニコリと微笑んで、蒼馬を抱き上げると、呟くように言った。
「そうだね。会いに行こうか。もう、怒ってないよって……伝えに行こうか」


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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7182 / 白樺・夏穂 (しらかば・なつほ) / ♀ / 12歳 / 学生・スナイパー
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー

 クロノラビッツ:追憶シナリオへの参加ありがとうございます。
 ちょっと理解りにくい仕上がりになってしまいましたが、
 笑って思い返せるようになった、という辺りをポイントに。
 この後、白矢を折った犯人である『少年』に会いに行くのではないでしょうか。
 その辺り(過去)に関しましては、私も興味津々です。
 シチュノベ等で、この後の御話を紡げたらな…なんて思っていたりします(笑)
 とても興味をそそる、素敵なプレイングでした。ごちそうさまです。
 また、是非とも御話を紡がせて下さいませ。宜しくお願い致します^^
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 2008.09.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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