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<東京怪談・PCゲームノベル>


エキストラ募集!

 東京大江戸テレビランドの第四スタジオ。
 出会いは最悪だった。

「ちょっとあなた、何様のつもりですの? 初対面のあなたにお嬢ちゃんよばわりされる謂れはございませんわ!」
「お嬢ちゃんだから、お嬢ちゃんって言っただけだろうがよ。おフランス風に言わなきゃダメだってんなら、マドモアゼル? とでも呼んでやろうか」
「んまあああーーーっ!! あなたごときの口から出されてはフランス語が穢れますわ! 第一、ぜんっぜん発音がなっておりませんことよ!」
 スタジオ内に組まれた橋のセットの上。
 アレーヌ・ルシフェル(あれーぬ・るしふぇる)と桐生・白水(きりゅう・はくすい)は睨みあっていた。
 対決前の牛若丸と弁慶とでもいった様相。
 タチの悪いことに、双方武器まで持っている。
 アレーヌの腰には、灼熱のレイピア。
 幽霊騒動のこともあり持ってきておいた武器だが、場所が場所だけに小道具とでも思われたか、説明するまでもなく、すんなり持って入れた。
 代官姿の白水の腰には、日本刀。
 竹光ではない、真剣である。
 つい先ほどまで別のスタジオでポスター撮りが行われていたのだが、大写しの際には真剣を使うのが常であった。
 一触即発。
 スタッフたちが、遠巻きに息をのんで見守っている。
 気を利かせて誰か割って入れば良さそうなものだが、とても近づけたものではなかった。
「こ、怖えええ〜〜〜」
「あの二人、怖すぎる……」
 アレーヌのお嬢様パワー全開の怒気。
 白水のほうは、多少斜に構えてふざけた様子はあるものの、眉間の緊張ぶりを見れば、いつ切れてもおかしくない。
 うっかり近づけば、巻き添えくらって、最初に血祭りにあげられそうな気さえする。
 さらには。
 対峙する二人の間、橋のど真ん中に、ごろりと寝そべっているのがエキストラとして呼ばれたホワイトタイガー、白虎・轟牙(びゃっこ・ごうが)ときている。
「サーカスの人はともかく、ハクちゃん、よくアレ怖くねえな」
「あの人、幽霊だの怖がるクセに、変なとこで怖いモンしらずだからな」
 ひそひそとささやくスタッフの声は、人間より聴覚の発達した轟牙の耳にしっかり届いていた。
「ガル……(訳:失礼な奴らだ。この橋の上で一番冷静でマトモなのは俺だぞ)」
 正直、人間二人のしょうもない意地の張り合いにはついていけない。
 呆れ返って様子を見ていた轟牙だったが、このままでは仕事にならない。のそりと立ち上がると、前足でダン! と橋を叩いた。
「ガォォー……!!(訳:おまえら、いい加減にしろ! アレーヌ、おまえも俺の仕事の邪魔するな)」
 ビビったのはスタッフたちだ。ただでさえ遠巻きに見守っていたのが、ずざざっと一斉に後ずさった。
「やばいでしょ、アレ」
「く、食われるんじゃないか……?」
「俺たち、今日生きて帰れるかな」
 当然ながら、これまた全て轟牙の耳に届いている。
「ガゥ……(訳:何故そうなる、だから俺が一番冷静でだな……)」
 思わず天を仰いで、遠くを見つめた轟牙である。
 アレーヌ、怒りにぐっと握り締めていた両手を耐えきれないといった様子で振り上げて、ぶんと振り戻し。振り下ろした右手を大きく後ろ回しに一回転させて、前へと戻すやビシっ! と人差し指を白水に向かって突き出した。
「くっ、仕方ありませんわ! 撮影で勝負よ! 轟牙もそれならよろしいわね!?」
「上等だ、かかってきやがれ!」
「ガル……(訳:なんの勝負だか。意味わからんぞ、おまえら。第一出演するのはアレーヌじゃなくて俺だろう)」
 なんにしても。仕事に取りかかれるなら、轟牙に異存はなかった。

「そこの木、もうちょっと右! もうちょい! イマイチだな、やっぱハケちゃって!」
 遠巻きにしていたスタッフたちも動き出し、監督の指示でセットが微調整されてゆく。
 今回のタイトルは「暴れん坊代官 VS 悪代官」。
 白水演じる暴れん坊代官こと代々木竹之進(よよぎ・たけのしん)の活躍に業を煮やした悪代官が、竹之進暗殺をもくろむ話である。
 今日の撮影はそのクライマックス、深夜の橋の上、偽手紙に呼び出されてやってきた竹之進に悪代官一党が襲いかかるシーン。竹之進に何度も煮え湯を飲まされた悪代官は、奥の手を用意して戦いを挑んでくる。本来は奥の手として抜け荷で手に入れたガトリング砲が出てくる予定だったのだが、そこが轟牙に差し替えられている。
「白水さん、お願いしま〜す!」
 準備が完了し、スタッフが白水に声をかける。
 頷いてディレクターズチェアから立ち上がった白水の表情は硬い。というより、やや青ざめているといったほうが正しい。
 白水、ちらりとアレーヌと轟牙を見やった。
 ついその場のノリと勢いで一戦やらかしてしまったが、この二人、もとい一人と一匹の助けなくしてはどうにもならない。
「おい……」
 霊のほうはどうにかできるんだろうな、と続けようとしたが、アレーヌの攻撃的な視線に言葉を飲み込む。
「あ〜ら、どういたしましたの? 何やら緊張なさっているようですけれど、プロの役者さんとも思えませんわね〜」
 鼻先で笑われている。こうなると、白水にも意地がある。
 かくて、恐怖心を押し殺し、撮影にのぞんだ白水だったのだが……悪夢は繰り返された。
「ガルルル…!(訳:お前を喰いちぎってやる…!)」
 轟牙のアップ、咆哮からシーンは始まる。迫力満点、迫真の演技である。
「……(訳:ウム、俺は役者に向いていそうだ)
 轟牙は自分の演技に満足していた。不満があるとすれば、演技だというのに、役者陣・スタッフともども本気で怯えていることだけだ。
 と、轟牙は気づいた。
 白水の目線がおかしい。虚空を彷徨っている。轟牙の鼻は微妙な発汗から、白水の怯えを敏感に感じ取ってもいた。
 周囲は轟牙に対して怯えまくっているが、白水は平気だったことを思えば、この怯えの源は一つしかない。
 白水が叫んだ。
「ちょ、カメラ止めてくれ!」
 カメラが止まれば、ぐったりと欄干にもたれかかる。
 役者・スタッフたちのざわめきの中、轟牙はのしりのしりと白水の傍らへと歩み寄った。その表情を観察する。怯えの残滓はあるが、この瞬間恐怖心は無いようだ。鼻先に皺を寄せて、考え込む。
「ガル……(訳:試してみるか)」
 思い立つと、ひらりと欄干を飛び越え、橋から降りた。
「主役がそれでは、始まりませんことよ!」
 上機嫌で高笑いしているアレーヌの傍らへとゆき、袖を軽くくわえて引っ張る。
「……? なんですの、轟牙」
「ガルル……(訳:やはり、霊が出ているようだ。おまえ、一度やってみろ)」
 橋のほうへと誘われると、アレーヌも轟牙の意図を察した。
「わたくしの出番というわけですわね!」
 胸をはって橋の上へと進みでると、高らかに言い放つ。
「そこのヘタレ代官、お下がりなさい!」
「てめぇ、誰がヘタレだ……」
 白水一応言い返してはみたものの、語尾に力が入らない。
「任せる」
 言い置いて、橋から降りた。
「見せて差し上げますわ、スターの演技というものを! カメラのひと、早くお回しなさい。あなた方もさっさと準備する!」
 有無をいわせぬアレーヌの勢いに気圧されて、再度カメラが回りはじめる。
 すると今回はアレーヌにも、見えた。
 悪代官の一党に混じって、わらわらと透明な幽霊侍たちが現れたのだ。
「あら、まあ……一応はタダの下手くそではなかったようですわね。本当に出ましたわ」
 呟いて、腰から灼熱のレイピアをすらりと抜き放った。
「ガル……(訳:何故かはわからんが、主役にしか見えんようだな)」
 轟牙、冷静な分析。
 美しい姿勢で構えられたレイピアに、悪代官一党の役者陣がたじろぐ。
「あなた方、もうよろしいわ。下がってらっしゃい! ただしカメラは止めてはいけませんわよ!」
 後退する役者陣。
 代わって前進したのが、幽霊侍たちだ。
 アレーヌ、軽く念じてレイピアを一振り。刃が炎に包まれた。最大火力にすれば一度に焼き払ってしまえるが、スタジオの中でしかも木製の橋の上となれば、そうもいかない。この程度にして一体ずつさばくしかない。
「わたくしが見るに、スタジオそのものに霊がとりついているようですわね。……いきますわよ!」
 軽いフットワークで、幽霊侍どもの真ん中へと躍りこみ、正面の一人を串ざせば、瞬時に黒ずみ灰となって崩れ落ちた。レイピアの炎に、内から焼き尽くされたのだ。
 右から来た一閃を、下がってかわす。
 ダンスでも踊っているかの華麗なステップ。
 そのまま片足でターン、くるりと回れば、背後に忍び寄っていた一人へと仕掛ける。
 そいつが崩れ落ちれば、また次へ。
 寸分の狂いもなく、敵の喉を貫く片手突き。
 バランスを取るべく掲げられた左手の動きすら美しい。
 いつしか周囲のスタッフたちも、白水すらが、アレーヌの剣さばきにみとれていた。レイピアの炎も、特殊な小道具位に思われているらしく、派手な動きをするたび炎の饗宴に歓声があがる。
 最後の一人を倒し、アレーヌがぴたりと動きを止めると。
 満場の拍手喝采が起こった。
 役者・スタッフ全員、アレーヌの型の披露(だと霊の見えない彼等は信じている)に、スタンディングオベーションの勢いだ。
 手を振って観客と化した人々に応えるアレーヌ。
「わたくしにかかれば、ざっとこんなものですわ」
 レイピアを鞘へともどし、髪をサラリとかきあげた。
 かくて、幽霊侍は退治され、この後順調に撮影は終了できたのであった。

 数日後。
 サーカス団の宿舎に、アレーヌと轟牙宛ての小包が届いた。
 差出人は東京大江戸TV編成部とだけある。撮影の報酬はすでに振り込まれている。何が送られてきたものかと、首を捻りつつダンボールを開けたアレーヌは、添えられたカードを読んだ。

『いい肉が手に入ったから、名優・轟牙に食わせてやってくれ。俺の気持ちだ。あの後、スタジオで異変は起こってない。ありがとうな。と、あの時は言わなかったが、マドモワゼルの剣捌き、感動した。あの勝負、俺の負けだな。そこは認めるよ。俺も西洋剣の殺陣も勉強してみようかと思いはじめたところだ。それからオマエさ、技は凄いけどな、その性格なんとかしたほうがいいぜ? 轟牙への礼のついでに、オマエにも入れといたから。食え。』

 署名なしのカードだが、誰の書いたものかは一目瞭然。
 カードを持つアレーヌの手が怒りに震えた。
「あなたごときに、わたくしの性格云々言われる筋合はありませんわ! 食え? ふん、ガサツな男の送ってくるものなんて、投げ捨ててやりますわ!」
 箱の中身を探ったアレーヌの手が止まった。
「ガルル……(訳:案外いい奴じゃないか。俺はありがたく食うぞ。何より俺を名優と表現したところは素晴らしい。……ん? どうした?)」
「……しゃぶしゃぶ名店『桜坂』のお食事券……松坂牛食べ放題……」
 しゃぶしゃぶはアレーヌの好物だ。
 白水、偶然のクリーンヒットである。
「ガル……(投げ捨てないのか?)」
 轟牙の視線に、アレーヌは微かに頬を赤らめた。
「くっ、気持ちまで捨てては気の毒ですから、もらっておいてあげるんですわ! ありがたく思うことですわね、ガサツ男!」
「……(訳:もらっとくなら、素直に喜んでおけばいいものを)」
 轟牙の心の声が、アレーヌに届くことはなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6813/アレーヌ・ルシフェル(あれーぬ・るしふぇる)/女性/17/サーカスの団員/退魔剣士【?】】
【6811/白虎・轟牙(びゃっこ・ごうが)/男性/7/猛獣使いのパートナー】
【NPC/桐生・白水(きりゅう・はくすい)/男/26/俳優】

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■         ライター通信          ■
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 発注ありがとうございます、法印堂です。

 アレーヌ&轟牙、なかなかいいコンビで楽しく執筆させていただきました。
 今回、轟牙はその外見とは裏腹に頭脳で活躍、いぶし銀的ポジションとなりました(笑)。アレーヌのほうは、外見や性格そのままに、どこまでもお嬢様かつ華やかにしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
 また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。 

 気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅