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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ弐



 今日も月が見える。もっと空気が澄んだところへ行けば、綺麗なんだけど。
 樋口真帆は空を見上げて歩いていたが、視線をもとの視線の高さに戻して慌てて足を止めた。
 目の前には街灯の柱。危うくぶつかるところだった。
 胸を撫で下ろして真帆はそういえばと思い返す。この辺りで、一ヶ月ほど前に彼女に会ったのだ。
 フードをかぶった彼女は日本人にしては白い肌をしていた。それに……。
 真帆は背後を振り返る。誰もいない。
 彼女は……追われていた。天敵とも言える、退治屋に。
(やっぱり心配……)
 あれから無事だっただろうか? いくら目くらましを使ったとはいえ、退治屋とはかなり厄介な存在だ。
 黒い髪をした、美しい退治屋。それとは対照的だった、怯える吸血鬼。
 暗い夜道を歩く真帆は公園を発見し、そこをそっと覗き込む。変質者とか、居ないよね?
「ん?」
 目を凝らす真帆は、ベンチに座る人影を凝視する。
 パーカー姿の人物は顔を隠すようにして、背中を丸めていた。なんという……頼りなげな姿だ。
(あれは……)



 近づいていく真帆は、その人物を正面から見下ろした。
「こんばんは。お元気でしたか?」
 真帆の声に、ベンチに座っていた人物は顔をあげる。陰になった顔から驚きの気配を感じ取った。
 真帆は少し顔をしかめた。
「まだ、顔色悪くないですか?」
「え……? そ、そう?」
 彼女はうろたえるように声を詰まらせ、俯いた。
 そんな様子を気にもせず、真帆は隣に腰を下ろした。彼女――藍靄雲母の隣に。
「最近、冷え込むようになりましたね、夜は」
「う……うん。肉まんがコンビニに出てるし、おでんも……。もう秋から冬になるんだよね」
「そうです! 先月にはもう店頭に肉まんが出てました! ちょっと気が早いと思いません?」
「そ、そうかな……」
「早いですよ。
 そうそう、3丁目の、あっと、私が住んでるところのですけど、そこの仔猫が可愛いんですよ」
「そ、そう」
 だんだん声から力がなくなってくるようだ。
 雲母は暗い表情のままで、フードを外そうとしない。
 思い切って真帆は話題を変えた。本当に訊きたかったのはこれだ。
「ところで、あれから退治屋さんとはどうなりました?」
「っ」
 雲母が明らかに動揺し、手を震わせる。一気に顔が青ざめたのがわかった。
「あ……えっと、あの退治屋は……まだ私を追ってるけど……。なんとか、逃げてる」
 眉をさげる雲母は嘆息する。疲弊しきったその溜息に、真帆は心配になった。
「あのぉ……あなたは吸血鬼なのに血を吸っていないとか……。本当なんですか?」
「ほ、本当……だよ。だって、気持ち悪いもん……」
「きもちわるい?」
 吸血鬼にあるまじき発言だ。
 雲母は頬を少し赤らめ、恥ずかしそうにさらに顔を俯かせた。
「あ、呆れたでしょう? 吸血鬼なのに、なに言ってんだこいつって。
 で、でも、気持ち悪いものはしょうがないから……。そ、そう思わない?」
「思いますけど……。
 元々吸血鬼だったんじゃないんですか? そのままじゃ、飢えません?」
「っ……、えっと」
 雲母は視線をこちらに一瞬向けるが、すぐに伏せた。
 おずおずとフードをとる。月光にさらされた淡い紫色の髪と瞳は、やっぱり綺麗だ。幻想的にすら見える。
「……私、元は人間なの」
「人間?」
 もしかしてあれか? 噛まれて吸血鬼になっちゃったとかそういう?
 予想している真帆に気づかず、雲母はどこか泣きそうな表情で言う。
「人間だったんだけど……その、今はこんなのになっちゃって……」
「それで人間の生き血が必要なんですか?」
「あっ、いや!」
 雲母は潤んだ目でこちらを慌てて見遣る。よく見れば雲母の紫の瞳はどこか赤味がかかっていた。
「ち、違うの! すごく必要ってわけじゃなくて……」
「でも、この間私に……」
「あ、あれは、その……」
 彼女はもじもじと俯き、恥ずかしそうに目を伏せた。
「人間の食べ物がね、その、味がしなくなっちゃって……。紙とか、そういうの食べてるみたいな感じで……」
「ええっ!?」
 驚く真帆が乗り出す。すると、雲母はその分、身を引いた。
「味がしないって、大問題だと思うんですけど!」
 ラズベリーパイ、イチゴのショートケーキ、シュークリーム、レアチーズケーキ……その美味しい美味しいスイーツの味が堪能できないなんて!
 そ、そんなことにもしもなったら……。
 想像するだけで絶望的だ。
「食べるだけなら……今のままでもいいんだけど……いいと思うんだけど……」
「いいわけないと思いますけど」
 そう真帆が言い切るには理由がある。
 先月会った時より雲母の顔色が白いのだ。本当に紙のように白い。
「だ、だって……生き血をすするなんて……気持ち悪いじゃない?」
「えっと、じゃあ猫とか兎とかはどうです?」
 一応提案はしてみた。だが雲母は眉をひそめる。
「……樋口さんは、兎や猫に歯を立てて血を飲める……?」
「……すいません」
 できません。むり。
「というか……藍靄さんて、ここで何してたんですか?」
「え……」
 雲母は白い肌の頬を赤く染める。
「あ、え……と、ね……。こういう体質になっちゃって……太陽が出てる時は外に出られないの。だから、夜の間にバイトして、こうして散歩もしてるの」
「……………………」
 真帆はぱちぱちと瞬きをした。
 ……そりゃあ……吸血鬼という言葉に真帆は馴染みが浅いわけではない。なにせ見習いとはいえ真帆は魔女だ。闇に属する存在は、見知っている。
 でも……なんというか、ここまできっちりと「吸血鬼」という存在なのは初めてかもしれない。
「太陽が出てると、やっぱりダメですか?」
「う、うん。ちょっと視界に入れただけで灰になっちゃうし……。あ、指先ね、指先。
 それにすごく怖いし……本能的に太陽が出てる間は眠くなったり……避けるようになってるみたい」
 雲母の声は揺れている。なんだろう……? なんだか無理に喋っているみたいな……。
 彼女は少しまた目を伏せた後、こちらをうかがってくる。
「……樋口さんて、本当に驚かないね。……気色悪くない?」
「気色悪い? 何がですか?」
「…………こんな、吸血鬼とかって」
「…………」
 目を泳がせる雲母に、真帆はしばし悩んだ。彼女は……あまりよくは知らないけど、今の状況を良く思っていない。
 安心させなければいけないのではないか? だって彼女は……。
(すごく……不安そうな目……)
 それはそうだろう。元々は人間で、そうではなくなり、そして退治屋に追われるようになり、太陽を見ることができなくなり……。すべての生活がなくなったのだ。
「藍靄さん」
「……ん?」
「私のこと、聞いてもらえます?」
「? いいけど……」
「私、実はこう見えても、魔女なんです」
「…………まじょ?」
「はい。えっと、一般的にはほら、有名なアニメで宅急便してるのあるじゃないですか、あれです」
「……………………」
「だから、今の藍靄さんと似たようなっていうのは変ですけど、似たようなものです」
「…………そう、かな」
「でも見習いだから、あの、あんまり偉そうなこと言えないんですけど」
「…………」
 雲母は少し安堵したように、真帆につられて微かに笑う。
 よかった。少しは安心してくれたみたいだ。
「前にも言いましたけど、血を分けるくらいなら構いませんよ、私。貧血になっちゃうほどは、勘弁してもらいたいですけど」
 えへへ、と笑いを含んで言う真帆を、雲母は疑り深そうに見てくる。
 雲母はまた視線を伏せた。もしかしなくても、彼女は後ろ向きな性格をしているようだ。
「あ……えと、でも、首か……手首に、歯を立てるけど…………」
「いいですよ。あ、でも条件があります」
「条件?」
 びくりと反応し、雲母はごくりと喉を鳴らす。
「友達になってください」
 そう言って、手を差し出した。
 差し出された手を見下ろし、雲母は頭の上に疑問符を浮かべている。
「とも……だち?」
「はい。雲母さんって呼んでもいいですか?」
「…………う……」
 小さく唸り、雲母は真っ赤になった。そしておずおずと手を出してくる。ちょっと指先が触れただけですぐに引っ込めるが、もう一度チャレンジしてゆっくりと握った。
(う、うわぁ、折れそうなほど細い〜)
 完全なる栄養失調気味ではないのか???
「あ、ありがとう……樋口さん」
「真帆でいいですよ」
「……ま、ま、」
 どもる雲母はさらに顔を赤くして、手を離した。
(はわ〜……雲母さんて、すごい恥ずかしがり屋さんというか……)
 真帆は照れたように微笑む。
「でも血を誰かにあげるのって初めてです。痛くしないでくださいね?」
「…………や、やったことないからわかんない」
「そっか。でも、責任、取ってくださいね?」
 冗談めかして言うが、本気だった。
 彼女は人間と吸血鬼の間で揺れている。ならば血を吸うという行為がどういうことか、わかっているはずだろう?
 雲母はちょっと怯えたように身をすくめた。
「…………やっぱり、やだな。だ、だって……う……」
 眩暈を感じたのか雲母はよろめく。吐き出した息には苦痛が満ちている。
「……雲母さん、血を吸ってないってどれくらい?」
「……吸血鬼になって……四ヶ月以上だと思う」
 四ヶ月も絶食状態なわけだ! それは顔色が悪くなるはずだ。
 一ヶ月前も、仕方なしに真帆に声をかけたのだろう。解決策が見つからないうえ、飢えが続いていたのだから。
 彼女は無意識なのか、真帆の指の一本を口に含んだ。歯が突き立てられ、真帆は「う!」と呻く。
 流れる血を吸われているのがわかる。それに……。
(雲母さんが……)
 みるみる生気に満ちていくのがわかった。おかしい、まだ3滴やそれほどの……。
 ハッとして雲母が指から口を離した。
「ごっ、ごめん!」
 真帆は傷に視線を落とす。小さな穴が二つあいていた。でもこれはかなり小さい。思っていたよりも痛くなかった。
「う…………」
 突然雲母が泣き出す。ぼろぼろと涙を零した。
「ごめん……ごめんね……。あ、う……や、やっちゃった……わ、私も……化物の仲間に……うぐっ、え……っ」
「雲母さん、そんなに泣かなくても……」
「うっ、ううっ、えっ……ひぐっ」
 彼女は立ち上がってそのまま逃げるように走り去ってしまう。残された真帆は呆然とした。
(え? ええ〜?)
 前途多難な予感、である。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや・きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 とうとう血を吸われましたがNPCが逃走してしまいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。