コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


警笛緩和 - 乾杯 -



 今日ばかりは違っていた。
 真剣な面持ちで少年、祐を探す。先日、経験したことは決して見逃せない。あんな者が身の回りに潜んでいるとなると、穏やかではいられなかった。

 いつもの河川敷に祐はいない。今日は来ていないのだろうか。
 辺りを見回しながら川下へ下っていくと、そこに隣接された公園があった。ひと気なく、ひっそりと静まり返っている。だが通り過ぎようとした紅玉の瞳に一人の少年が映った。ベンチに腰かけている。横から見た姿は悲痛さを纏っていた。携帯を一心に見つめながら。

 気配を察知したのか、吉奈の方へ首を回す。
「ここにいたんですね」
 近づいて声をかけると祐は立ち上がり、携帯をポケットにしまう。すでにその表情はいつもの祐に戻っている。
「どうかしたんですか? 浮かない顔をしていましたが」
「……友達と連絡がとれないんだ。大きな仕事があるって出かけたっきりな」
「心配ですね……」
 祐は想いを堪えるかのように、薄くまぶたをふせる。

「私も心配事があるんです」
 少年は視線をあわせ、その紅い瞳の奥に真摯で鋭いものを感じる。その心配というのは祐と関わりがあるもの、そう思い尋ねた。
「何だ?」
「”魔”のことです」
 少年のまつげがピクッと反応する。
「……初めはただの好奇心でしたが、今は事情が違います」
 吉奈は”魔”と初めて接触し、街が以前とは変化していることに油断ならぬ事態だと考えていた。
「”魔”の存在に危機と敵意を感じています」
「オレもだ。だけど、関係ないあんたは――」
「いえ、私は既に巻き込まれています。攻撃を受けた以上、”魔”を見逃すわけにはいきません」
 祐の言葉尻を取って吉奈は否定する。
 その固い決意に祐は口を挟めない。
「この街の……、私の平穏を乱す存在を許せません。だから……」
「だから?」
「魄地君の手伝いをします」
 それはすでに決めていたこと。問うたわけではない。
「手伝いって……。あんたも分かってるだろ?」
 一歩、吉奈側に踏み込む。
「危ないんだぞ」
 少女を心から危惧する瞳。その裏で小さな炎が点っていた。
「無理はしませんよ……」
「本当だな?」
「ええ。”魔”の噂や存在に気づいたら、貴方にメールなり電話をする程度の協力です」
「……そっか」
 嘘は言ってないと瞳の奥を確認してから小さく息をつく。
「安心しました?」
「ばっ! そりゃそうだろ……」
 声が小さくなっていき、なぜか頬を赤らめている祐に、ふふっと笑う。

 祐はメールアドレスと携帯番号を教えた。
 もう二度と吉奈の前に”魔”が現れないことを祈りながら。

 そういえば……と、少年は気づく。
 吉奈は”魔”が視えていた。能力を持つ者や霊感が強くなければ視えるはずもない”魔”を。
「あんた……」
 探るように紅く燃える瞳を覗く。
「”魔”が視えるのか?」
 吉奈の片方の眉がピクリと動いた。
「……」
 出会った”魔”のように口だけを三日月型にして微笑み、無言で応える。
「答えたくないってことか?」
 あの時、吉奈はごまかした。能力を持っているのではないか、と確信に似た想いが溢れる。
「能力はあるだろ?」
 吉奈はふっと笑って。
「霊感は強い方です。でも能力といわれても……存在感を希薄にする程度くらいですよ」
 それは先の質問を肯定すること。
「希薄に?」
 『心理迷彩』を詳しく話した。
 追跡と発見を非常に難しくさせる、その能力。リスクとして相手に自分の存在が強く残ってしまう。そして行使してる間、積極的に行動すれば強制的に解除されてしまう点があることも。
「すごいな、それ。リスクはともかく、消えるのと同じだからな」
「この能力を使う時の相手の表情は見物ですね。ふふっ」
 冗談か本気か分からない怪しい微笑み。
「楽しんでるだろ?」
「ええ」
 満足気にうなづく。

 祐は気づいていなかった。またすりかえられてしまったことに。
 よく考えれば、”魔”と対峙した時の吉奈の行動は『心理迷彩』とは違う。他に能力があると、気づけなかった。

   *

「先日巻き込まれたお詫びに、一緒にどこかへ行きませんか?」
「へ?」
 突然の誘いに目が丸くなる。
「どこかと言っても遠くへは行けませんけど」
「お詫びも何も、しなくていいぞ?」
 慌てる祐を横目に無言で目を細める。
「女性に恥をかかせる気ですか……? 感心しませんねぇ」
 意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「なっ! 恥をかかせる気なんて、ねえ。けど」
「ではいいじゃないですか」
 け、けどなーと手で頭をかきながら回答を渋る祐。
「もしかすると、デートだと思っていますか?」
「うっ」
 言葉に詰まって目が泳ぐ。
「そういうことですか。でも私たち、付き合ってませんよ?」
「うっ」
 痛いところを突かれた。
 そこで吉奈はピンとひらめく。

「実はもう一つ、心配事があったんですよ」
「へ、な、何の?」
 話が別方向に流れたと心中で少し安堵する。
「好きな女性ができないかと……」
「……だ、誰が?」
 悪い予感がして、じりっと後ずさる。
「もちろん、貴方ですよ」
 告白ともとれるその笑みに汗が流れた。
「な、な、な、な」
 言葉にすることすら出来なくて、顔全体が真っ赤に染まった。
「じょ、冗談だろ……?」
 祐の態度に切なそうにうつむく。
「冗談で片付けるんですね……。ひどいっ」
 手で顔を覆うと、泣き声が漏れた。
 おろおろと戸惑う祐。
「冗談と思ってない、思ってないから! 泣くのはやめろ」
 そう言った矢先、少女の声が変化していく。
「ふふふっ」
 お腹の底から笑いがこみ上げて肩を震わせる。もう我慢ならないというように。
 祐はあっけにとられて放心する。

「冗談ですよ」と笑いをおさめた吉奈が言った。
「泣き真似です。引っかかりましたね」
「な、なんだ……、冗談か。今回はあんたにかなわない。降参だ」
 両手を上げて負けを認めた。

 そうして二人は、一緒に遊びに行く約束を交わすこととなった。



------------------------------------------------------
■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
------------------------------------------------------
【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3704 // 吉良原・吉奈 / 女 / 15 / 学生(高校生)

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

------------------------------------------------------
■             ライター通信               ■
------------------------------------------------------
吉良原吉奈様、いつも発注して下さりありがとうございます!

サブタイトルは祐の「完敗」を吉奈さんのやり込めた「乾杯」に引っ掛けています(笑)。
最後、執筆していてものすごく楽しかったです。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝