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<東京怪談ノベル(シングル)>


玄冬想々・弐


 二度目のクロとの邂逅から数日後。
 彼女の手当てをし、そして語らった場所に、八重咲悠は足を運んでいた。彼女について思いを巡らすのであれば、彼女と接触した場所が良いだろうと思ってのことだ。
 恐らくは二度目の封印解除が行われただろう場所――先日結界の気配を感じ最初に向かった場所――にももちろん訪れたが、そこは僅かな異質の気配を残すのみで、ごく普通のどこにでも存在するような路地となっていた。
 予想はしていたので特に落胆することはなく、悠は彼女と語らった場へと移動し、――己の持つ『黙示録』とその代償についてを彼女に語ったときのことを思い返した。

  ◆

「『黙示録』は全11巻とされています。そして私が持つこれは第12巻目……」
 悠の言葉にクロは僅かに首を傾げた。
「11巻……の、12巻……?」
「在り得るはずのない――幻の品、ということです」
 冒涜的且つ背徳的な内容で読んだ者の殆どを狂気の淵へと堕とすとされるその書物。大きさはB5判程度、厚さは電話帳ほどのそれを、悠は所持している。
 飾り気のない黒色に染められた動物の皮で装丁されているそれには、凡そ人が考え付く魔術全てが記載されており、所有者にそれらを行使する力を与える。悠が様々な魔術を行使できるのもこの『黙示録』のおかげであり、故に『黙示録』を失えば悠に異能の力は扱えない。
 しかし、『黙示録』を持つからといって、何の代償なしに力を扱えるわけでもない。
「黙示録の力を行使するということは、常識を破壊し、理を捻じ曲げる――ある種の人であるための『箍』を外す行為です。使い過ぎれば狂気に飲まれることすらある――」
 悠によって紡がれる言葉を静かに聴いていたクロは、そこで少しだけ肩を揺らした。どこか不安そうに、そして気遣わしげに悠を仰ぎ見る。
 その反応は、ただ知人の身を案じているというよりは、思ってもみなかったところで馴染み深い言葉を聞いた――それ故のものに思えた。無論、悠の身を案じてくれている――無意識か意識的にかは不明だが――というのも幾許かはあるのだろうが。
 一度だけ見た『封印解除』と、感じた異質の気配。そしてクロが告げた言葉の数々。
 それらは情報としては充分ではないが、仮定を導き出すことはできる。
 理を捻じ曲げるには『覚悟』が必要だと、悠は思っている。『黙示録』を扱うからこそ、身を以って知っている。
 そしてクロの行っている『封印解除』――そして最終的な目的であろう当主の『願い』。それは恐らく、理を捻じ曲げなければ成し遂げられないことなのではないか。それは未だ推測にしか過ぎないが、悠はほぼ確信していた。
 何かを『留めている』という封印を解除し、クロ曰くの『引き寄せる力』を補うことで、当主の願いを叶えるための下地は整うのだろう。そしてその後に――恐らくはクロ自身を代償として、当主の願いは叶えられる。
 ……当主の願いを叶えるために自分達は生まれた、とクロは言った。自分たち、と言うのは彼女の一族のことだろう。それが言葉通りの意味なのか、それとも比喩的なものなのか――それは未だわからないが。
 先日、そして今日。クロとは、まだ二度しか相見えていないけれど、その二度で感じ取ったことがある。
 淡々と――何の感情も瞳には浮かばせずに封印解除を行っていたクロ。そしてそれが為されても、安堵するでもなく、ただその事実を受け止めるのみで。
 もしも、などという仮定は現実の前には何の意味もないけれど、もし。
 もし、クロの言う『当主』の願いが無かったとしても、クロは『そういうもの』として封印解除を行うのではないか――と、そう思ったのだ。
 自らの願いや意思……そのような、『能動的な覚悟』とでも言うべきものを、クロは持っていないのではないかと。
 『身体や命を大事にしようと思わない』と言ったことや、悠が怪我を気遣った際の戸惑いが、クロの自身への執着の薄さを示している。
 恐らくクロは、……自身について、そして己が為すことについても、なんら思うことがないのだ。
 徹底した――異常なまでの無関心。それがクロの根本にあるからこそ、彼女はただ与えられた役目をこなしているのではないか。クロがそのような性質を持ったのは、生まれ育った環境のためか、それとも他に要因があるのか――それらを尋ねるには、まだ時は熟していないと感じて、悠は問いの代わりに口元に笑みを刻んだ。
 クロはそんな悠をほんの僅かな間不思議そうな瞳で見つめて、それから視線を宙へと滑らせ、無表情へと戻ったのだった。

  ◆

 回想を終えた悠は、会話の最中クロが垣間見せた姿と紡いだ言葉に、己が内の好奇心が疼くのを感じた。
『そう、だね……その代償を、払う覚悟があれば……確かに、簡単、かも……』
 代償さえ支払えば理を捻じ曲げるのは比較的簡単なことだ、と言った悠に、遠い目をして呟いたクロ。
 その言葉は、その遠くを見る瞳は、何を意味していたのか。
 推測でないそれを知ることができるときが近いうちにくるのだろうという、確信めいた予感に、悠はくつりと笑みを浮かべたのだった。