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<東京怪談・PCゲームノベル>


東郷大学奇譚・最終決戦! 夏祭りだよ全員集合!?(後編)

〜 全ての真実 〜

「……つまり、最初から全て学長の計画通りだった、と」
 最上京佳(もがみ・きょうか)の指摘に、東郷十三郎(とうごう・じゅうざぶろう)は黙って頷いた。





 最初の疑問は、簑田有郎(みのだ・ありお)と「無限迷宮」のことだった。
 同時期に東郷大学に在籍していた者として、京佳も「無限迷宮」の設計者・暮田統悟(くれた・とうご)がどれほどの人物であるかはある程度知っているつもりである。
 しかし、その統悟と、彼の最高傑作である「無限迷宮」をもってしても、はたして有郎をそう長い間閉じこめておけるものなのだろうか?

 だが。
 もし仮に、彼が「出てこられない」のではなく、「出てこない」だけだとすれば。
 そう考えると、これまでは「事実」と思われていた全てのことが、一気にひっくり返る。

「手がつけられないので仕方なく閉じこめた」は、あくまで建前に過ぎず。
「悪党連合」の創設すらも、その「建前」のためのステップでしかない。
 そして統悟の失踪も、「迷宮の危険度を再認識させ、迷宮の管理を徹底して、迷宮へ近づく人間を減らす」ことや、「迷宮のメンテナンス」が目的であったとすれば?





「なるほど、さすがはお京さんだ。どうやらすっかりバレてしまったらしい」
 その声に、京佳は弾かれたように後ろを振り向いた。
 困ったように笑う大男は――髭を蓄え、やや落ち着いた印象を受けるものの、あの暮田統悟に間違いない。

 そうすると、隣にいるもう一人は――。

「ま、こんなにかかるんじゃ合格点はやれないけどな」

 人の悪い笑みを浮かべ、冗談めかしてそう口にした男こそ、簑田有郎その人であった。





 ことの真実は、ほぼ京佳の推理した通りだった。

「では……これまでずっと皆を騙し続けていたというのか?」
 拳を固める京佳に、統悟がなだめるように言う。
「まあ、そういうことになってしまうかな。それは本当に悪かったと思っているよ」
 けれども、有郎は悪びれることなくさらりとこう言ってのけた。
「全ては大事の前の小事だ。
 『争いのない世界を創る』……その大義のために俺はこうして修行を積んできたんだからな。
 今の俺なら、たった一人でも国盗りは可能だ。それだけの力は間違いなくついた」
「何が大義だ! 振り回された方の気持ちなど全く考えもせずに!」
 その京佳の言葉に、なぜか「悪党連合」の面々までもが賛同する。
「そうだ! あの『強さと悪の美学を追求する』という崇高な目的が、ただの建前だったなんて!」
 しかし、これにも有郎は一切動じず、あっさりと笑い飛ばした。
「悪の美学云々は勝手に後のやつがくっつけただけだろ?
 それに、そもそも善悪と強い弱いは完全に別次元の話だ。力に善悪はねぇよ」





 と。
 そこへ現れたのは、諜報部の七野零二(しちの・れいじ)だった。
「学長……我ら諜報部、一度だけあなたに弓を引くことをお許し下さい」
「何の話だ?」
 不思議そうな顔をする十三郎に、零二は淡々とこう告げる。
「この部屋に盗聴器を仕掛けさせていただきました。
 一連の会話はすでに多くの学生の耳に入っています……反発は必至でしょう」

 それきり、場を沈黙が支配する。
 それを破ったのは――やはり、有郎だった。
「学長、グラウンドの使用許可を」
「何をするつもりだ?」
 十三郎の問いに、有郎は相変わらずの調子でこう答える。
「要するに、学内には俺に用のあるやつがごまんといるんでしょう?
 修行の成果を試すためにも、片っ端から相手になってやるってことですよ。
 俺がいない間に後輩たちがどれだけやるようになったか、それも見たいですからね」
 当然のごとく、その宣言も諜報部のネットワークを通じて学内全域に広まり――グラウンドは「最終決戦場」となったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 闘神、降臨 〜

「ってぇーっ!!」
 その合図で、ずらりと並んだ人型機動戦車の主砲が一斉に火を噴いた。
 完全に銃刀法違反なのだが今さらそんなことを言っても仕方がない。なぜならここが東郷大学だから。

 着弾。
 轟音。
 爆炎。
 そして沈黙。

「ふはははははっ! 悪党連合創始者だかなんだか知らんが、所詮は骨董品よ!
 我々『戦術兵器研究会』の長年の研究成果を活かした最新兵器の前には手も足も出まい!!」
 もはやどっちが悪党だかわからない様子で勝ち誇る「戦術兵器研究会」の会長。

 ……だが。

「……で?」

 煙が晴れた後には、無傷のままの有郎が立っていた。

「な……ひ、ひるむな! もう一発だ!!」

 慌てて第二射を放つ戦車隊だが、さすがに慌てていたのか、今度はかなりのバラツキが出る。

 その後に起こったことは――それを正確に視認できた者は少なかったが、その結果だけでも、-そうできなかった者たちをも驚愕させるには十分すぎた。

 彼は、自分に向けて放たれたその砲弾を、流れるような動きと、目にも止まらぬ速さで、片っ端から勢いを殺さぬままに投げ返したのである。

 その上、投げ返された砲弾は、全てその砲弾を発射した機動戦車の足下に着弾し。
 煙が晴れた後には、人型機動戦車は一台残らず無様にひっくり返っていた。

「まだやんのか? やるってんなら、次は当てるぜ」

 有郎のその一言で、「戦術兵器研究会」は算を乱して逃げ去っていった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 はがねんの本心 〜

 ここで、話はやや前に遡る。

 不城鋼(ふじょう・はがね)が「無限迷宮の真実」を聞いた後、最初に向かったのは――最上京佳のところではなく、女王征子(めのう・せいこ)のところだった。

「げえっ、不城鋼!」
 まさかこのタイミングで鋼が戻ってくるとは思っていなかったのか、またしてもひどく慌てる悪党連合の下っ端たち。
「それはついさっきもやったろ」
 鋼はそう軽くツッコミを入れた後で、奥の方で指揮をとっていた征子の方へ駆け寄った。

「鋼、いったいどうなさいましたの?」
 鋼の不意の来訪に、嬉しさ半分驚き半分といった様子の征子。
 そんな彼女に、鋼は先ほど自分が零二から聞いた「真実」を話した。

「……つまり、今回の騒動は全て学長が仕組んだことなんだ。あの迷宮の封印を解くために」
 その話を、征子も、そして周囲の面々も真剣な表情で聞いていたが……やがて、誰かがこう言った。
「そうは言ってもよ、証拠はあるのかよ証拠は?」
「確かに可能性としちゃゼロじゃないだろうけど、いきなりそれを信じろって言われてもな」
 次々に疑問を口にする下っ端に押されるかのように、征子も困ったような顔で口を開く。
「私も、鋼を信じたいですけど……それだけの理由で、隊を動かすわけにはいきませんわ」
 どう見ても適当に暴れているだけの部隊を動かすのに何の支障があるのかはよくわからないが、何にしても、今はそんな悠長な話をしている場合ではない。
「証拠は……今回の悪党連合の計画が全部諜報部にバレていること。
 これは俺の推論だけど、十中八九、悪党連合内にも諜報部のスパイがいると思う」
 鋼がそう言うと、征子ははっとしたような顔をした。
「言われてみれば……今回の作戦のほとんどは『鬼才参謀』こと芦北さんの立案ですわね」
「鬼才参謀?」
「ええ。芦北倉真(あしきた・くらみ)さんと言って、相手の動きを読むことに関しては悪党連合でもトップクラスの策士ですわ」
 なるほど、これでようやく全貌が見えてきた。
「征子さん、その相手ってやっぱり……」
「もちろん学園の他の組織、特に風紀や諜報部ですわ。
 ……芦北さんが諜報部と最初から繋がっていたなら、それも十二分に頷ける話ですわね」
「それで、そいつは今どこに!?」
「私たち残りの三人があちこちで騒ぎを起こしている間に、手薄になった迷宮を狙うと……!?」
 ビンゴ。
 物証こそないものの、状況証拠だけで判断しても真っ黒だ。

 けれども、悪党連合の面々は、それでもなお動こうとはしなかった。
「確かに辻褄は合うけどよ、そもそもお前が敵じゃないって証拠はあるのかよ?」
「こっちを攪乱して内部分裂を誘う作戦かもしれねぇよな?」
 よく考えてみれば、もともと彼らは鋼の方こそ「敵に回る可能性が高い」とふんでいたのだから、その相手がこんなことを言っても「はいそうですか」と信じる気にはなれないのだろう。

 だとしたら。
 唯一残された方法は。

「俺さ……本当は、征子さんや京佳さんと、三人で一緒に学園祭を回りたいと思ってたんだ」

 鋼のその言葉で、周囲のざわめきが一斉に静まる。

「けど、二人ともそうやって争うことばかりで、いつもみたいにこっちを見てくれてなかったのがちょっと気に入らなくて、ついあんな態度をとっちゃったけどさ」

 懐柔のための言葉などでは、断じてない。
 それはつまり、こんな機会でもなければ素直になど言えなかったはずの、鋼の本心だった。

「……でも、やっぱり二人がそうやって争うのは、まして誰かに操られてなんていうのは、やっぱり黙って見てられなかったんだ」

 征子の瞳を、しっかりと見つめて。
 鋼は、はっきりとこう告げた。

「二人とも……俺にとっては、大切な人だから」

 征子の頬を、一筋の涙が伝う。
 やがて、彼女はそれをさっと拭うと、部下たちの方に向き直り、いつものような調子でこう命じたのだった。

「全責任は私が取りますわ。
 これより無限迷宮へと転進、内通者を討ちます!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 戦う理由 〜

 迷宮へと向かおうとした鋼たちの足を止めたのは、不意に学内に流れた放送だった。

 そこで明らかにされたのは、鋼が知らされていた以上の真実。

「遅かったと言うべきか……事態は思ったよりも悪かったと言うべきか、ですわね」
 ため息をつく征子の後ろで、悪党連合の下っ端どもが怪気炎を上げる。
「例え悪党連合創始者であろうと、俺たちの『悪の美学』を汚すヤツは許せねぇ!」
「グラウンドだ! あいつに目にもの見せてやる!!」
 息巻くのは勝手だが、恐らくこの連中では束になってかかったところで勝ち目はないだろう。

 そして。
 ある意味それより心配なのは、京佳のことであった。
 これまでの経緯と京佳の性格からして、京佳が有郎を放っておくとは考えにくい。
 しかし、有郎の言葉や、彼に関する噂が確かなら――。

 京佳の力をもってしても、恐らく、勝てない。

「俺たちも行こう」
 鋼のその言葉に、まずは下っ端連中が反応する。
「よっしゃあ! 鋼がこっちにいりゃあ百人力だ!」
「一時休戦だ! あの生意気なやつをギャフンと言わせてやる!」

 けれども、征子はすぐには答えず、こう尋ねてきた。
「……京佳さんのためですの?」
 その問いに、鋼も一瞬言葉に詰まる。
 すると、征子はまるでその反応を予期していたかのように小さく笑った。
「ちょっと意地悪な質問でしたわね。
 理由はどうあれ、敵は同じ。私達も当然協力しますわ」





 かくして、鋼たちはグラウンドへとたどり着き、京佳たちと合流を果たした。

「遅いぞ、鋼」
 口ではそう言いつつも、微かに嬉しそうな表情を浮かべる京佳。
 そんな彼女に一度頷いてから、鋼は他の皆にこう言った。
「ここからは、俺と京佳さんで行く。征子さんや他のみんなは下がっていてくれ」

 が。

「そうはいきませんわ。ここで引き下がっては、『悪党連合』のプライドに関わりますもの」
 征子のその言葉に、なぜか悪党連合のみならず周りの皆が同調する。
「そうそう。いつもいつもいいとこ持っていきやがって」
「このケンカは俺たちみんなのケンカだ。俺たちにだって意地がある」

 予想外の反応に、鋼がどうしたものかと思案していると、誰かが後ろから鋼の肩を叩いた。
「察してやれよ」
 振り返ってみると、そこには空手着を着た大男の姿があった。
「最初に切り札を使うバカがどこにいるんだよ。
 どいつもこいつも素直じゃねぇが、お前と最上先生を認めるからこそ、今は待てって言ってんだ」
 その言葉に、京佳までもが同意する。
「なるほど、それもそうだな。鋼、ここは一旦見守ろう」
「でも、京佳さん!」
「心配するな。お互い加減は知っているはずだ」
 慌てる鋼に、京佳は微笑みながらこう続けた。
「それに、ここの学生たちは、きっとお前が思っているよりずっと強い」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 今回もビックリドッキリ 〜

 グラウンドでの「最終決戦」開始から、どれくらいがたっただろうか。

 風紀委員会や悪党連合を筆頭に、空手部やコマンドサンボ部、介者剣術研究会などを中心とした戦闘系の団体や、魔法生物研究会やプリンス同好会などの「本来の目的とは違うにせよ、なぜかそれなりの戦闘能力を保持している団体」が次々と代表を立てて挑んだが、それでも有郎に傷一つ負わせることはできなかった。

「まだわかんねぇかな。
 『戦おう』とか『勝とう』とか思ってるうちは、俺には絶対勝てないってよ」

 グラウンドの真ん中で勝ち誇った笑みを浮かべながら、有郎ははっきりとこう言った。

「俺は違う。
 わざわざ意識しなくても、勝手に『戦った』――『勝った』って結果が転がり込んでくる。
 俺の目指すところは一つ……そしてそいつは少しだってぶれちゃいない」

 彼がはっきりと指差した先は――天。

「闘神――つまり、戦いの神様の子供なんだよ、今の俺は」





「これが、ここの本気かよ……」
 不城鋼(ふじょう・はがね)は、目の前で繰り広げられる戦いに半ば圧倒されていた。
 もともとものすごい技術力を有していることにはうすうす感づいていたが、まさかこれほどまでとは。
「言っただろう。ここの学生たちは強いと」
 確かに聞いたが、ここまですごいとはさすがに想定外だ。

 そして、この想定外の連中を片っ端から一蹴している有郎という男。
 戦い方がうまいというか何というか、うまく相手の力を受け流すなりあしらうなりして、それをことごとく逆用している。
 その全くムダのない動きは、彼の言葉がただのハッタリではないことを物語っていた。

 すでに学生側の戦力もほぼ出尽くし、「切り札」である鋼たちが出なくていいという展開にはまずならないだろう。

(あいつと戦うとなると……一体、どうしたらいいんだ?)





 それと同じ頃。

 守崎啓斗(もりさき・けいと)の前には、予期せぬ人物――正確には、「予期せぬ幽霊」が現れていた。
「あ、啓斗さん! 大変なんです!」
 普通に考えれば幽霊がこうして堂々と出てくること自体大変なのだが、今さらそんなことを言っても仕方がない。
 まして、この幽霊――三沢治紀(みさわ・はるき)とは、すでに啓斗も何度も顔を合わせているので、もはや珍しくも何ともない。
「治紀、お前まだこっちにいたのか?」
「ええまあ、そうなんですけど……って、それどころじゃないんです!
 北斗さんが、講義棟の窓から出てきたでっかい腕に捕まってしまって!!」
 治紀の言葉に、啓斗は思いっきりその場で硬直する。
 なるほど、これは確かに二重、三重の意味で大変な事態だ。

 啓斗の双子の弟、守崎北斗(もりさき・ほくと)。
 彼が災難に巻き込まれているのは大変なことだし、彼が騒動を引き起こすのも、いつものことではあるが大変と言えば大変だ。

 そしてそれより何より大変なのは、あの「講義棟」が絡んでいることである。
 何を隠そう、啓斗はここに来る直前まで、あの講義棟――というより、あの講義棟の中に発生した異空間の中にいたからである。
 その上、その異空間の発生には、啓斗が持ち込んだ「魔法の炊飯器」も一役買っているのだから、そういう意味でも完全に他人事とすっとぼけるわけにもいかない。

「一体、何だってそんなことに?」
「それが、この際だからグラウンドで一暴れしてやろうと思ったみたいで、講義棟の窓を開けたらいきなり……!」
 やはりたまたま巻き込まれたのではなく、自分で藪をつついて蛇を出したと言うことか。
 そこまで考えて、啓斗はふとあることに気がついた。
「……で、その窓はどうした?」





 近くの建物からただならぬ気配を感じて、石神アリス(いしがみ・ありす)はそちらを振り向いた。

 ところが、そこには開いたままの窓があるだけで、気配の主らしき姿はない。

「……窓?」

 一旦窓から目を離して、その窓のある建物全体を見回してみる。
 どこから見ても普通の――むしろ、この異常な大学には普通すぎるくらい普通の建物で、特に怪しいところはない。
 それなのに――開け放たれたままの窓の奥に微かに見えるのは、どう考えても普通の建物の内部にあるような光景ではなかった。

(どうも、この建物の中の次元がどうにかなっているようですわね)

 気配の主の正体も気になるが、そんなことよりここは一刻も早くこの建物の側を離れた方がいいだろう。
 そう考えて、アリスは建物から遠ざかろうとしたが――「一刻も早く〜」というのは、大抵の場合「もう手遅れです」とほぼ同義だったりするのである。





「名状しがたき何か」が、サイズを無視して窓から飛び出してきたのは、その直後のことだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 災い来たリてホラを吹く 〜

 それは、まさしく惨劇と呼んでいい事態だった。

 講義棟の窓から飛び出した「災い」は――その混沌とした、デタラメで、名状しがたき物体を、どのような意味においてもこれ以上正確に言い表せる言葉があるだろうか――物理法則やその他諸々の法則に真っ向からケンカを売るがごとく、軽々と宙を舞い、グラウンドの中央に降り立った。

 その精神衛生上きわめてよろしくない姿と、身に纏った「瘴気」と呼べるほどに強烈な邪気、そしてその圧倒的な威圧感の前に、意識を失って倒れるものが続出した。

「…………!!」
 アリスが、言葉を失い。

「な、何だこいつは!?」
 鋼が、思わず数歩後ずさり。

「俺の見た時より、さらに……!?」
 啓斗が、予想を上回る最悪の事態に愕然とする。

 そして。

「げぇーっ! ……げ、げ、げ、げぇーっ!!」
「ぬままま間違いない、あれが、られが、らられるれば!」

 あまりにも想像を絶するモノの襲来に、ついに「戦場演出部」の二人が倒れた。

「大丈夫か!?」
 近くにいた啓斗と治紀が駆け寄ると、「驚き要員」が弱々しく笑った。
「ざ、残念だが俺はここまでだ……すまないが、後を頼む……」
「いや、後を頼むと言われても」
「……ノリでいいんだ……だいたい、俺らの言っていることはほとんど口から出任せだ……」

 明かされてしまった衝撃の真実。
 それにどう反応するか迷っているうちに、治紀がとんでもないことを言い出した。

「わかりました。あとは私と啓斗さんに任せて下さい!」
「待て、俺はまだ引き受けるとは一言も」
 文句を言おうとした啓斗だが、その暇も与えず「驚き要員」の男が倒れてしまう。
「……ありがとう……これで……眠、れ……」
「おい、待て、俺はまだ引き受けるとは一言も!」
 啓斗は懸命に倒れた男を揺さぶってみたが、男が目を覚ますことはなかった。





 そして、「災い」の方はというと。

 奇声を上げて、目の前でただ一人全く動じずにいた有郎に飛びかかってはみたものの。

「オラぁッ!」

 有郎が慌てず騒がずカウンターで放ったキックが、まともに腹部に――その場所を腹部と呼んでいいのか、確信を持って言える人物は誰一人としていなかったが――直撃し。

 何やら謎の塊のようなものを吐き出すと、そのまま倒れて塩の塊と化してしまった。

「とびげりくれて倒しただと!?」
 驚く啓斗の横で、治紀が真剣な顔で唸る。
「間違いありませんね。あれこそ究極奥義・無念不動拳!」
「知っているのか?」
「ええ。心を無にすることでいかなる事象にも動じることなく、冷静に相手を倒す技です」
「なるほど……」

 と、ついその説明に納得してしまってから。
 啓斗はようやっと、自分がすっかり「驚き要員」になってしまっていたことに気がついた。

「いい感じですよ、啓斗さん。この調子でいきましょう!」

 嬉しそうに親指を立てて見せた治紀に、啓斗は大きなため息をついたのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 化け物は誰だ? 獲物は誰だ? 〜

 金剛寺要(こんごうじ・かなめ)と津久読奈狭霧(つくよみな・さぎり)が東郷大学のグラウンドにたどり着いたのは、ちょうど「災い」が倒され、辺りが少し静寂を取り戻した頃だった。

 鋼の総番時代に、その参加の「四天王」として鋼を支えていた二人がここに駆けつけてきたのは、もちろん鋼から呼び出しを受けてのことであるが――鋼が二人に連絡したのは、彼が征子に会いに行くよりさらに前の話である。

 よって、二人に今現在の状況などすぐには把握できるはずもなく。
 先ほどの「災い」によって野次馬の大多数が気を失ったり、精神に大きなダメージを受けている様を見て、二人が戦慄したのも無理はないことである。

「しっかり! 一体何があった!」
 ぐったりしている学生の一人を助け起こしながら、要が何があったかを尋ねようとする。
 けれども、彼はうつろな表情で、こう繰り返すばかりであった。
「ばけもの……ばけ……もの、が……」

「思った以上に厄介なことになっているようですわね」
「ああ。鋼から協力を頼まれるなんて珍しいと思ったが、これなら頷ける」
 実際より数段深刻な事態を想像し、仮想敵を「化け物」にしてしまった二人。

 その二人の前に、先ほど「災い」が吐き出した謎の塊があり。
 それが突然動き出し、あまつさえ、まるで孵化する直前の卵のようにヒビが入りだしたとなれば、二人がそれを「敵」と認識するのも、まあやむを得ないことであろう。





 ……が。
 その塊を割って中から出てきたのは、実際には化け物ではなく。
 謎の腕によって異空間に引き込まれたはずの北斗であった。

「……ふー、やっと出られた……」
 
 辺りを見回し、自分が化け物の体内からも、異空間からも脱出できたことに気づいて胸をなで下ろす北斗。
 だが、彼の災難はまだ終わってはいなかったのである。

「出たな、化け物!」

 その声に、北斗は弾かれたように辺りを見回したが、どこにも化け物の姿などなく。
 鋭い目つきでこちらを睨みつけているポニーテールの女性と、その後ろで様子を伺っている黒髪の女性――つまり、要と狭霧の姿があるだけだった。

「化け物って……俺?」
「他に誰がいる!」
 要にそうきっぱりはっきり言い切られて、北斗は改めて自分の姿をよく見てみた。
 どこから見ても――あの化け物を思わせる毒々しいカラーに全身が染め上げられており、中身が人間でも見た目は立派な化け物である。

「こんなワケのわからない化け物と鋼を戦わせられるか!
 鋼が出るまでもない、ここで私が成敗してくれる!!」
「ちょ、待った、タイムタイム!!」

 常人を遙かに超えた身のこなしで迫る要から、忍者修行で培われたこれまた超人的な身のこなしで逃げ回る北斗。
 そんな二人の戦い、というより追いかけっこは、狭霧がグラウンド中央の状況に気づくまでの間、しばらく続けられたのだった。





 その様子を、遠くから見つめていた者がいた。
 アリスである。

 先ほどの「災い」の襲来で、これまで目をつけていた相手の多くが失神したり、より大きな精神的ショックを受けたせいで催眠が解けたりし。
 アリス自身も優れた美的感覚を持っていたことが逆に災いして、つい先ほどその精神的ダメージからようやく立ち直ったところであった。

(全く、大変な目に遭いましたけど……ひょっとしたら、これは運が向いてきたかも知れませんわね)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 託された想い 〜

 戦いが始まってから、どれくらい経っただろうか。

「……いい加減諦めたらどうだ?
 何度やっても結果は同じだ、お前たちじゃ俺には勝てねぇ」

 呆れたような、いや、明らかに呆れかえっているであろう有郎の声。
 彼が言っていることは、恐らく単なる事実に過ぎない。
 実際、これまで何度も二人でタイミングを合わせて仕掛けてはみたが、一度たりとも有効な打撃が当たった試しはない。
 逆に、二人ともこんな調子でもう何度も投げ飛ばされ、少なからぬダメージを受けていた。

「まだまだ……お前を、認めるわけには……!」

 どうにか立ち上がった京佳だが、その動きにすでにいつものキレはない。
 そして恐らく、それは鋼自身にも言えることなのだろう。

「わかったわかった、飽きるまで相手してやるよ」

 肩をすくめる有郎に、京佳が仕掛けようとしたその時。

「ちょっと待て、ちょっと待て!」

 二人と有郎の間に割って入ったのは、要だった。

「なんだ、こいつの知り合いか?」
「そんなところだ。
 このまま戦い続けても埒があかないだろうから、少しだけ時間をくれないか」

 要のその提案に、有郎は鷹揚に頷く。

「構わないぜ。作戦会議でも助太刀でも存分にやってくれ」
「ありがたい。感謝する」
 要は一度頭を下げると、おもむろに鋼の方に向き直った。

「要!」
 鋼が来てくれたことに礼を言おうとした、まさにその時。

 いきなり頬に強い衝撃を感じ、鋼は再びグラウンドに倒れた。
 要に平手で張り倒されたのだということに気づくまで、僅かな時を要した。

「いきなり何をする!?」
 突然のことに怒りを露わにする京佳を無視して、要はさらにこう続ける。
「このザマは何だ? 仮にも元総番なら、こんな無様な戦いはするな」

 無様な戦い。
 確かに、そうかもしれない。
 一方的に、それもこれだけ派手にやられて。

 だが。
 それ以上に無様なのは。
 たった一人の相手に対して、二人で戦いを挑んでいることではないか?

「……そうか、そういうことか」

 確かに有郎は強い。
 強すぎるくらいに、強い。

 だから、無意識のうちに、彼を「格上」と見てしまっていた。
 相手が格上だから、こちらが二人でかかっても仕方ないだろうと。
 そして……相手が格上だから、負けても仕方ないだろうと。





 鋼は立ち上がった。

「京佳さん」
「……何だ?」
 不意に名前を呼ばれて驚く京佳に、鋼はこう告げた。
「ワガママかもしれないけど、ここから先は俺一人でやらせてくれないかな」
「しかし、鋼……!」
 突然の申し出に驚く京佳を、狭霧が制する。
「鋼を、信じてあげて下さいませんか?」

 やがて。
「わかった。この勝負、鋼に任せた」
 そう言って、京佳は小さく笑った。

「よし」
 それを聞いて、要がポケットから何かを取り出し、鋼に手渡す。
「ここから先は、鋼の戦いだ。
 ……行ってこい!」
 渡されたのは、長い鉢巻き。
 鋼のトレードマークとも言えるものであった。

「ああ。行ってくるよ」
 気合を入れ直し、鉢巻きをしっかりと結ぶ。
「鋼なら、必ず勝てますわ」
 鋼の服についた土埃を払いながら、狭霧もそう励ましてくれた。

 わざわざここまで来てくれた、要と狭霧のためにも。
 この戦いを任せてくれた、京佳のためにも。
 そして、鋼を「切り札」と言ってくれた、みんなのためにも。

 この勝負、何があっても負けるわけにはいかない。





「待たせて悪かったな」
 鋼が前に進み出ると、有郎はじっと鋼の目を見て、やがて楽しそうに笑った。
「いい目になったな。さすがは京佳の見込んだ男だ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 いきなり場外乱闘! 〜

「災い」の襲来により、無数の気絶者を出していたグラウンド。
 要と狭霧は、本来保険医である京佳と一緒にそれらの気絶者や怪我人の救護にあたっていた。

「突撃してくるところを、回避しつつ足を払った!?」
「間違いありませんね。これぞ秘技・水面偃月脚!」
「知っているのか治紀?」
「ええ。まるで湖面に映った月のように足を滑らせ、相手の足を払う技です」
「……って、ただの足払いじゃねぇかっ!!」

 時折聞こえてくる実況・解説・ツッコミのおかげで、目を離していてもいてもどうにか戦況は把握できる。
 このフザけた解説っぷりには腹が立って仕方ないが、そこはじっと我慢して救護に専念する。

 と。

「……痛い……痛いよぉ……」

 要の目に、蹲ったまま呻いている黒髪の少女の姿が目に入った。

「どうした、大丈夫か?」

 少女に駆け寄り、様子を見ようと彼女の前にかがみ込む。

 と、不意にその少女が顔を上げた。

 その金色の瞳と目が合い、そして――。





(うまくいきましたわ)

 要に催眠が効いたのを確認して、アリスは邪悪な笑みを浮かべた。
 真っ向から戦えば到底勝ち目のない相手でも、こうして油断を誘い、不意をつけば、これくらいは容易いことである。

(あとは、怪しまれないようしばらくこの子には救護に戻ってもらって、同じ手でもう一人を仕留めればいいだけですわね)

 いろいろとひどい目にもあったが、それだけの収穫は得られそうだ。
 そう考えて、アリスはさっそく次のステップを実行に移したのだが。





「……で、一体何を企んでいるのかしら?」

 背後から狭霧にそう言われて、アリスは蹲ったまま固まってしまった。
 アリスは知らなかったことだが、素直な性格の要とは異なり、狭霧は策謀家という点ではアリスをも上回る難物だったのである。

 ともあれ、いつまでも固まっていても仕方がない。
 アリスが少し顔を上げて一度口笛を吹くと、要がこちらに戻ってきた。

「……要?」
 警戒したような声を出す狭霧。
 これ以上、彼女に騒がれては騒ぎが大きくなりかねない。

「やって」
 アリスが小さな声でそう呟くと――その命令に従い、要が狭霧に飛びかかった。

 が。

「……いきなり何のつもりだ!?」
 狭霧の前に立って要の攻撃を受け止めたのは、京佳だった。
「京佳さん、その子が!」
 かくなる上は、多少騒ぎが大きくなるのはやむを得ない。
「足止めを!」
 アリスの命令で、要がターゲットを京佳に移す。
 その隙に、アリスは素早く京佳が来た方向――助けられたばかりの野次馬が大勢いる方へと向かった。
「待ちなさい!」
 その彼女の後を、狭霧が追いかけてくる。

 追いついてこなければ、それもよし。
 そして、追いつかれても、それもよし。

 なぜなら。

「捕まえましたわ。さあ、一体何をしたのか――」
「……それがどうかしましたの?」

 捕まったところで、こうして目を合わせてしまえばいいだけなのだから。





「……何だアレ?」
 グラウンドの片隅での異変に最初に気づいたのは、北斗であった。

「どうやら、向こうで誰かが戦っているらしいな」
 啓斗の言葉に、治紀がいつもの調子でこう続ける。
「間違いありませんね。あれこそ学園祭名物・場外乱闘です」
 そうなると、反射的に啓斗もノってしまうもので。
「知っているのか治紀?」
「ええ。戦いを見て血が騒ぐか何かして、便乗してケンカを始めてしまったのでしょう」
「……って、何冷静に解説してんだよっ!」
 北斗のツッコミまでがきれいに入ったところで、十三郎が苛立たしげにこう叫んだ。
「このような誇り高き漢たちの戦いに水を差すとは言語道断! 行くぞ!!」

 ちょうど、グラウンド内の戦いが膠着状態に陥っていたこともあり。
 その一言で、一同なんだかよくわからないうちに止めに行くことになってしまったのであった。





「これは、さすがにまずいですわね」
 十三郎らがこちらに向かってきていることに気づいて、アリスは計画の変更を迫られた。
 救護された者の中からめぼしい者を見つけて催眠術をかけ、戦いのどさくさに彼女たちを連れてグラウンドを抜け出す作戦だったのだが、こうなった以上はまずあの学長を排除しなければならないようだ。
 幸い、彼らの周りには野次馬の生き残りや報道各部の連中などもいる。
 それはつまり、足止め要員には事欠かない、ということだ。

「このような時に、一体何をやっている!」
「それが、この娘が急に暴れ出して!」
 十三郎の声に、防戦一方になりながらもどうにか応答する京佳。
 そんな彼女たちの横をすり抜け、野次馬たちと――約一名幽霊がいるような気もするが、幽霊に彼女の能力が通じるかは不明なので見なかったことにする――ほんの一瞬ずつ、目を合わせていく。
 一瞬なのである程度抵抗力のある相手には無意味だが、それでも半数くらいは術にかけられたことだろう。

「足止めを!」
 アリスの声で、野次馬たちの半数ほどがいきなり十三郎や啓斗、北斗たちに襲いかかる。
 予期せぬ出来事に一同が慌てているのを見て、アリスは作戦の成功を確信した。

「学長!」
 アリスが叫ぶ。
「ぬう!」
 反射的に、十三郎がアリスを見返す。

 目が合う。

 そして、十三郎は一瞬にして石と化した。

 驚きのあまり、周囲の術にかかっていなかった者たちの動きが止まる。

 アリスの完全な作戦勝ちであった。





 ……はずなのだが。

 不意に、石化したはずの十三郎のあちこちにヒビが入り。
 中から、眩い光が溢れ出してきた。

「……な……!?」

 驚くアリスの目の前で、ヒビはどんどん広がり、光は明るさを増していき。

「ぬううううううぅぅぅぅぅん!!!!!!」

 次の瞬間、石像を砕くようにして、眩い光とともに無傷の十三郎が甦ったのである。

「な……石化を自分自身の力で解除した!?」
「間違いありません! これこそ秘奥義・押忍集気法!」
「知っているのか治紀?」
「米国の上級打音士の間に伝わる技です! 本来は多くの人の思いを集めて使う技なのですが!」
「……って、日本語版と英語版の設定がごちゃ混ぜだろっ!」

 そんなことがあるはずがない。
 あるはずがないが、目の前で起こっているのは事実である。

 さらに、アリスにとって悪夢のような展開はまだ続く。

「喝っ!!!!!」

 辺りに十三郎の大声が響き渡ったかと思うと。
 要が、狭霧が、そして彼女の術にかかっていたはずの野次馬や報道各部が、一斉に我に返った。

「今度はあっという間に全員が正気に!?」
「間違いありません! これこそ大喝!」
「知っているのか治紀?」
「戦国時代に主に使われた技で、本来は相手の強化を打ち消すのに使われたものです!」
「……って、そもそも何だ強化って!」

 もはやここまでくるとデタラメもいいところである。
 ……が、よく考えてみれば、この大学の中にデタラメなものがどれだけあっただろう?

 世の中には常識の通じない空間、常識の通じない連中がいる。
 そのことを、アリスは改めて実感した。

(……かくなる上は、三十六計逃げるに如かず、ですわ!)

 くるりときびすを返し、一目散にアリスはその場を逃げ出した。

「捨て置けえぇぇいっ!」

 何人か追ってこようとした者もいたようであったが、なぜか十三郎がそれを制したおかげで、結局追っ手はかからなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 決着 〜

 長い戦いも、そしてグラウンド周辺での騒ぎも収まり。
 静寂が、夜のグラウンドを包んでいた。

 ライトが照らし出すその中心には、鋼と有郎の二人。

 その沈黙を破って――鋼が、動いた。

「蛟竜雷閃脚」。

 その渾身の一撃を、有郎は避けようともせず。





 蹴り上げるような回し蹴りが、きれいに有郎の横っ面に入る。

 それでも――かすかに身体が傾いだような気はしたが、有郎は倒れなかった。

 見守る全ての人が、言葉を失う。





 静寂を破ったのは、小さな笑い声。

 有郎の押し殺すような笑みが、やがて高笑いへと変わる。

 やがて、彼は笑うのをやめ――はっきりとこう言った。

「言ったよな。一発は一発だ」





「もういい、わかった、やめろっ!」
 痛む身体を押して、京佳が飛び出そうとする。

 だが、それよりも早く。

 鋼の前に立った有郎が、弓を引くように大きく右手を後ろに引き――。





 その拳が、空気を切り裂き、前へと突き出され。

 一瞬、鋼の身体が微かに宙に浮き。

 一拍遅れて、その場に崩れ落ちた。





『鋼っ!』
 要が、狭霧が、京佳が、征子が。
 そして、啓斗や、北斗や、治紀や、十三郎までもが、鋼に駆け寄る。

 そんな一同の様子を、なぜか、有郎はきょとんとした様子で見つめて。

 何かを合点したかのように、軽く手を打った。

「悪い。寸止めしたつもりだったんだが、衝撃波を計算に入れてなかった」

「……っててて……」
 それとほぼ同時に、鋼がふらつきながら身体を起こす。
「俺も計算外だったよ……殺気が全然なかったから、きっと止めると思ってつい油断した」
「悪いな。表に出てきてから、『本気』を出したのは今のが初めてだったんでな」
 苦笑する有郎に、一同はただただ驚き呆れるより他なかった。

 それから、有郎はおもむろに十三郎の方に向き直った。
「……というわけで、学長。見ての通りです」
「見ての通り、とは?」
 尋ねる十三郎に、有郎は軽く肩をすくめてみせた。
「これだけの力があれば天下も獲れると思ってましたが、実際は相手の心一つ折ることもできやしない。
 救世主なんてのはすべからく争いをもたらすもので、それが最終的にいい結果に繋がるからこそ救世主として褒め称えられもすれど、今の俺じゃ争いをもたらすだけに終わりそうです」
「ふむ。では、つまり……」
「ええ」
 それだけ言うと、有郎はそっと鋼に右手を差し伸べた。
「鋼、だったか。この勝負、お前の勝ちだ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

「……行くのか、有郎」

 グラウンドの片隅。
 立ち去ろうとする有郎を、鋼たちに背中を押された京佳が呼び止めた。

「ああ。今はまだその時じゃないようだが、俺が天を目指す気持ちは変わらない」
「そうか。それなら、これを持っていけ」
 そう言いながら、京佳が渡したのは……大きな黒のマントだった。
「京佳……これは、あの時の?」
「ああ。お前が悪党連合の総帥とか言っていた頃によく身につけていたマントだ。
 風紀委員会で押収していたが……今さら保管しておく必要もないだろう」
 本当は、このマントは風紀委員会で押収したものではなく、京佳が個人的に保管していたものである。
 そのことに、はたして有郎は気づいたのかどうか。
「そうか。それなら、ありがたくもらっておこう」
 受け取ったマントをその場で羽織ると、有郎はくるりと背を向け、振り返らずに軽く右手を挙げた。
「それじゃ、達者でな」
「……ああ。元気で」
 立ち去っていく有郎を、京佳は、そして鋼たちは、黙って見送ったのだった。





 そして。

「最上先生も、一緒に行ってしまえばよかったですのに。
 本当はまだあの方のことが好きなんじゃありませんの?」
「ふん、あんないい加減な男など願い下げだ。
 お前こそ今回何の役にも立っていないくせに図々しいんじゃないのか?」

 例によって例のごとく、この二人によるはがねん争奪戦が勃発し。

「二人ともベタベタベタベタと……!」
「事情が事情なんだしそっとしておいてやれ。
 そもそもお前も京佳さんには助けられただろう」
「百歩譲ってそれは認めても、もう一人は許せませんわ!」
「はいはい、わかったわかった……」
 それを歯噛みしながら見ていた狭霧は、要によって連行されていったのであった。





「……で、いいのかい?」
 校門を出たところで、統悟は有郎に尋ねてみた。
「君は、まだお京さんのことを……」
「アイツはいい女だ。
 俺みたいなのじゃなくても、きっといい男を見つけるさ」
 有郎はそう答えてから、少し寂しげに笑ってこうつけ加えた。
「それに、人が人を想うは人の特権、ってやつだ。今の俺はそれには向かないさ」

 立ち去る有郎の後ろ姿を見つめながら、統悟は一言こう呟いた。

「神故に叶わず、か」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 /  不城・鋼   / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
 7634 /  金剛寺・要  / 女性 / 19 / 神聖都大学生
 7633 / 津久読奈・狭霧 / 女性 / 19 / 某有名大学生
 7348 /  石神・アリス / 女性 / 15 / 学生(裏社会の商人)
 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 / 17 / 高校生(忍)
 0568 /  守崎・北斗  / 男性 / 17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 正真正銘最後ということで、暴れて下さったPCさんが多くて何よりです。
 私の方もそれに応えるべく、どころかそれをも上回る勢いで暴れさせていただきました。
 文字数とか展開とか埋め込んだ小ネタとか、そりゃもうあらゆる意味で全力全開です。
 ついでにお待たせする期間まで全力全開になってしまって、その点につきましては本当に申し訳なく思っております。

 ともあれ、これで本当に完全燃焼しました。思い残すところはもうありません。
 皆様、最後の最後までおつきあいありがとうございました。

 またどこかでお会いできることがあれば、その時はどうぞよろしくお願い致します。

・このノベルの構成について
 このノベルは十もしくは十一のパートで構成されており、随所に分岐や個別パートがございますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(津久読奈狭霧様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 ノベルの方、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 特にアリスさんとの絡みの辺り、狭霧さんと要さんの性格の違いのようなものが出せたかな、と思っていますが、いかがでしたでしょうか?
 ちなみに特に記述がありませんでしたので、狭霧さんの身体能力(戦闘能力?)は常人並みを想定して書かせていただいております。
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。