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VamBeat −Dominant−
ドクン。と、心臓が跳ねた。
あの時、もう此処で死ぬのだと覚悟したときから、乾きがいっこうに癒えない。
どうしてしまったのだろう。
こんなことは初めてだ。
早くどうにかしなくては………
誰かを、襲ってしまう―――!
セレスティは自室の大きな窓から青白い月を見上げる。
仄かに差し込む光は優しく、部屋の明かりもさして必要ない。
ラウラ。
ダニエルの呟きから出てきた少女の名前。
彼が殺して――直接ではないにせよ――しまった、神父の妹。
セレスティはそっと客間へと続く扉を見つめる。
傷ついたまま公園で蹲っていたのを拾って、一緒に来てくれたのはいいが、あれきり眠り続けている少年。
「“負けないで”ですか……」
彼女がダニエルに残した言葉をそっと唇にのせる。
あの二人があのまま傷つけあうことを、彼女はきっと望んでいないだろう。
それに、今の状況を知ったら悲しむに違いない。
奪った相手を許すことは容易ではない。
神父も、ラウラの死をダニエルに憎しみを向けることで逃げずに、悲しみ、受け入れていれば、彼女との思い出を語るような存在を得られたと思うのに。
ダニエルの言葉だけを聴けば、ラウラはダニエルを恨んでいない。
当事者が赦すのなら、周りが騒ぐのはお門違いだ。
国を追われるほどのことをされ、日本に逃げてこなければならない状況、加え、逃げても追いかけられ、追い詰められても、ダニエルに神父を恨むという感情は微塵もない。
お互いがいがみあっていたならば救いようがないが、片方だけでも分り合いたいと思っているなら、今からでも、そんな穏やかな関係になれるような気がする。
その手助けができればいい。
神父にも休息が必要だ。
セレスティは窓から扉まで車椅子を動かし、コンコンと軽く扉を開いた。
眠っていれば返事はないため、マナーのようなもの。
カチャっと押せば開く扉を薄く開ける。
「誰、だ!?」
薄暗い部屋の中、ベッドに丸まって蹲るようなダニエルの輪郭だけが青白く浮かび上がる。
「ダニエル君?」
名を呼べば、ダニエルは弾かれたように瞳を大きくした。
覚えていないのだろうか?
「セレ…セレ、ス、ティ……?」
困惑した声音と、揺れる瞳。
だがその瞳は青ではなく、赤。
髪の色も銀色に変わっている。
「どうしました?」
この変化は明らかにおかしい。
必要のないとき、むやみやたらに吸血鬼としての力を振るうこの姿になることなんて、ないと思っていたのに。
ゆっくりと車椅子を動かす。
「来るな!!」
想像以上に大きな声音で告げられた拒否に、セレスティの手がかすかに震えた。
「ごめ…ほんと、今、だめなんだ」
おかしい。おかしい。
いつもならば抑えられる衝動が、抑えられない。
息が自然と荒くなっていくのが分かる。
「苦しいのですか?」
映画にもなったような吸血鬼は、定期的に血を飲まなければ飢えと渇きに苛まれる。
ダニエルに飢えはないけれど、渇きはあるのかもしれない。
「はなれて、セレスティ! 今すぐに!!」
頭を抱えるようにしていた手が、だらりとベッドに落ちる。
ゆっくりと顔を上げて、暗闇の中でさえも栄える赤い瞳が、セレスティを貫いた。
獲物を見つけたかのような血色の瞳は、狩をする獣そのもので。
ゆらゆらとセレスティに近づいていくダニエル。
セレスティは近づくダニエルを見据え、逃げることもせずただ微笑んだ。
車椅子だからだとか、ましてや腰が抜けただとか、そんなことではなく、逃げるつもりは元からない。
それでダニエル自身が救われるなら良いと、そう思ったから。
指先がそっとセレスティに伸ばされる。
が、その指先はピクっと一度痙攣し、そのままダニエルは固まってしまった。
「ちがぅ……だめ、俺は」
瞳はそのままで、苦渋からか眉間に深いしわがよる。
伸ばしかけた手を震えながら戻し、そのまま両手で顔を覆って、よろよろと数歩後ずさった。
「構いませんよ」
セレスティ自身がよくても、ダニエル自身はそれを是としていない。
理性と暴走の狭間で揺れている状態なのだろう。何か切欠があれば、簡単に針が振り切れる。
逆にまだ理性が残っているから、自分から血を吸うことをしないとも言えるのだが。
「だめ。絶対、だめ。おれは―――…!!」
慟哭にも似た叫びに、セレスティの眼が一瞬大きくなる。
無理に吸わせるわけにはいかない。
このまま収まるのを待つ? 本当に収まる?
けれどまた繰り返すのではないのか? 箍が外れれば、見ず知らずの誰かを傷つけ、下手をすれば第二の神父のような存在を生み出してしまう。そうなる前に何か対処法を。
前の時は、ほとんど気を失い、無意識という感じだったため、流れる血に反応したが、今のダニエルでは強い拒否と渇望でゆれる事になる。
“血を吸う”という行為がだめならば、他の方法をとればいいだけのこと。
セレスティは自らの血に意識を伸ばす、構成物はそのままに“血”という見た目を変え、ダニエルにとって得やすい形になるように。
やはり純粋な人間ではなく、人魚の化身である自分の血で大丈夫なのかと少々疑問に思う。……味の違いがあったりしたら困るのだが。
味はともかく、ダニエルが自分の血で回復した事は確かなため、不足は無いのだろう。
どうすれば一番いいと考え、セレスティは血で南天のような珠を作り上げる。飲み込んでしまえば、能力を使って解凍させれば、直接ではなくても体内に血液を摂取できる。
ジワリと滲み出すように集めた血液を固め出来上がった血珠を、自らを抑えるように丸まって蹲るダニエルの口元に近づける。
かいた汗で前髪がべっとりと額にこべりついてしまっていた。
辛そうにあけた瞳は、片方が人のもので、片方が獣のもの。
「飲んでください」
弱弱しい視線がセレスティを見上げる。
これは何? と問うているようだった。
「……鎮静剤です」
きっと、ダニエルにとっては。
ダニエルはうっすらと精一杯微笑んで「ありがとう」と声にならない声を上げる。
「でも、そんな、ものじゃ」
この渇きを、暴走を止められない。
「大丈夫です。私を信じてください」
血を飲みたくないと言ったダニエルを尊重する自分なのか、これを飲めば収まると告げているが意志を曲げさせようとしている自分に対してなのか。
「…っ……!!」
ドクンとまた大きく心臓が跳ねる。荒い息。瞳は完全に両目とも獣のそれに変わっていた。
もう、時間が無い。
せめぎ合う意識によって動けないうちに、セレスティはダニエルの口に血珠を含ませ、飲み込ませる。
喉が鳴り、血珠が体内に完全に入ったことを流れで確認すると、セレスティはその封印を解いた。
「…あっ!?」
内側から、貪欲に吸収していく感覚が胃を駆け抜ける。
「セレスティ……さっき、の、は……?」
瞳が獣から人へと戻っていく。
同時に、銀の髪も元の色だと言う黒へと徐々に戻っていった。
「効いたでしょう?」
ごまかす様に微笑む。だが、ダニエルはそれを許さなかった。
「さっきの、血だよな? どうして!?」
それは、どうして飲ませたのかという意味なのか、どうやってそんなものを用意したのかという意味なのか。
「苦しんでいるのを見ていられなかったものですから」
また、この先も同じような暴走が起こる事は眼に見えている。
だから、吸うという行為をとらずに、暴走を抑えるための血を摂取できる方法をダニエルに施した。それだけ。
「薬のようなものだと思えませんか?」
確かに血を飲んだという感覚はない。
「ごめん……」
搾り出すように告げられた言葉。
セレスティが自分のことを考えて取ってくれた行動を怒ることも出来なくて、ダニエルは唇を噛み締め顔を伏せる。
自分自身納得できていないのだろう。
沈黙が辺りを支配する。
輝く月は、その沈黙を湛えているかのようだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Dominant−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
実はコレといって言うことはあまりないのですが(笑)
暴走しかけても牙を止められるほどの信頼関係はできています。
それではまた、セレスティ様に出会えること祈って……
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