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<東京怪談・PCゲームノベル>


警笛緩和 - 追い求めて -



 巽はまた少年がいる川へと足を運んでいた。今日は偶然ではなく、確かな意志を持って。
 川筋に沿って銀の瞳を持つ者がいないか、広く見渡す。今日も川原にはいないらしく、姿が見えない。
 ずいぶん歩いてみたが、もう太陽が沈み藍色の空になりつつある。地平線に光のカーテンがあるだけだ。

 川にかかる橋を横切ろうとすると瞳の端に何かが映った。
 よく目を凝らせば、橋の中央で手すりに腕をかけた少年が佇んでいる。見慣れた姿に少し安堵した。

 横から近づくと、ゆっくり銀の瞳が巽を捉える。
「やあ、祐君。キミはここが好きなんだね。一人で落ち着いていられるからかな?」
 祐は巽から視線を外し、海へと流れ流れて合流を待ちわびる山の水を眺めた。
「それもある。川のそばにいると心が真っ白でいられるんだ。嫌なことがあっても冷静でいられる」
「そうだね、怒りや憎しみはそれだけで気力を消耗してしまうからね」
 二人の周りを川の風がふわりと舞い降りくるっと旋回して、空へと帰っていく。
「俺がここに来たのは、誰かと話がしたくなったからだよ。祐君がいるかと思って」
 まだ”祐君”と呼ばれることに慣れない祐。加えて話相手に選ばれたことに嬉しく思いながらも、気取られないようにして問う。
「話? 何の話だ?」
「うん。この間は、俺自身の過去を話したよね? 今日は俺の心を癒してくれた恩人の話をしようと思う」
「恩人って、この前言ってた救いの手か?」
「そう。その人はね、カウンセリング界ではちょっと名前の知れた人なんだ。あるサイトでその人のことを知って、無性に会いたくなったんだ。自分の殻に閉じこもってばかりの俺が、初めて自分から行動を起こした。何故かは、今でもわからない」
 遠くを見据える琥珀の瞳には過去の景色が映っていた。
 心が恩人に会うことを求めた。もしかしたら閉じられた扉を開きたかったのかもしれない、もう塞ぎこむ必要はないのだと。外の世界に羽ばたく鳥のように、光あふれる世界へ。
 それとも、鎖を解く機会がやって来たんだと察知したのだろうか。鋭い観察力と洞察力が匂いをかぎ分けて。
「それが大きな一歩だったんだな。でも会いたくなったってすごいことじゃないか? 見知らぬ相手に」
「今でも不思議だよ。何かのお告げかもしれないね」
 ほのかに微笑む。ただそれだけなのに、祐は満面の笑みを浮かべてる気がした。
「実際会った時、俺は驚いたよ。年齢はさほど変わらない人だったからね」
「変わらない?」
「うん、一才しか違わないんだ」
「え、そんな若い人がちょっとした有名人?」
 巽は頷く。
「すごいよね。それだけ努力を重ねてるし、カウンセリングの実力も高いんだ」
 祐はそんな人が身近に存在することに一種の感動を覚えた。
「その人は……俺のことを、最後まで親身になって聞いてくれた。優しい笑顔でね。俺はその時、決心したんだ。その人のように、心の病に苦しむ人を助けようって」
「尊敬してるんだな。その人に少しでも近づこうとしてる」
「うん、そうだよ」
「二人がいたら日本……いや世界をまたにかけて心病める人を救えるんじゃないか?」
「それは買いかぶりだ」
 クスッと笑う。
「二人のような存在がたくさんいたら、人は安心して暮らせるんじゃないかと思ったんだ」
「でも、カウンセリングというのは問題を乗り越えて成長していくのを援助していく、いわばエンパワーメントだから。その前にクライアントの話に共感・受容する必要があるけどね」
「エンパワーメント?」
「無気力などの状態にある人が自らの生活をコントロールしていく力を獲得できるよう支援するって意味だよ。あくまでも、その人にとっての複雑な答えを導き出す手助けをしているにすぎないんだ」
「けど、それを引き出すのはカウンセラーだろ? それだけでも背もたれがある安心感があると思う」
 巽は頭を左右に振って。
「ちょっと違う。背もたれになってはいけない。いつかは送り出さなくてはいけないから」
「あ、そっか……。難しいんだな、近すぎても遠すぎてもいけないなんて」
「そのおかげで俺は立っていられるよ」
 トントンとつま先で靴音を鳴らす。琥珀の瞳の奥で何か輝いた。

   *

 鳥が二羽、仲良く羽ばたいて海へ向かっていく。もうすぐ日本は寒い冬がやってくる。鳥たちは暖かい南へと飛んで、そして、また帰ってくる。
 羽音と共に踊り戯れながら広い海原へ駆け出していく。
 巽もいつかもっと広い世界へ旅立てるなら……と思う。外国でなくてもいい。もっと見聞を広げ一人前になりたい。子供時代のようにつらい想いを抱える人を一人でも多く手助けできるように。傲慢かもしれないが。

 いつかこのトラウマから出口が見つかるだろうか。
 暗闇に光明を差した恩人。それからは闇に飲み込まれないように闘った。今でも……。

「あの頃に戻れるなら――」
 ぽつりと呟いたそれに。
「あの頃って……虐待前の、か?」
 巽は声に出していたとは思わなくて、一瞬肩が強張った。
「……そう。でも戻ってはいけないのかもしれない」
 昔を脳裏に浮かべて、切なく零れる。
「なんで?」
「あの頃に戻れば楽しいかもしれない。でも今ある自分を否定することに繋がる。忘れてしまいたい経験だけど、今まで頑張ったことは意味が成さなくなってしまうんだ」
 祐はそう考えたことはない。けれど言っていることは分かる気がする。楷巽は息苦しい過去を精神科医として役立てようとしている。だが、祐には何もなく――
「オレも……何か人に役に立てることがあるかな」
 巽は微かに微笑み。
「あるよ。今は探しだせてないかもしれないけど、きっとある」
 言い切ったそれに、「うん」と頷いた。
 もちろん、根拠のない言葉だ。未来はどうなるか分からないから。でも可能性は自分自身で”限界”という線を引かない限り無限だ。巽は希望を与えてくれる。今、しっかり立っているからこそ言えること。祐にとって巽の言葉は重く、心の奥底まで辿り着く。同じ言葉を違う人が言っても納得できないだろう。

   *

「ごめん、俺の話ばかりして。今度は是非、祐君の話を聞かせてほしいな」
「オレの話? でも話すことなんて……」
「あるよ、きっと胸の内にたくさんの想いが詰まってるはずだから」
 そう言いながら、手の甲で少年の胸をノックした。
 人は様々な想いを抱えている。喜怒哀楽だけじゃない。気分によって表に出たり裏にしまいこんだり。暴走してしまうこともある。投げかけられる声次第で変化していく心。律して保てなければすぐに落とし穴に嵌ってしまい、這い出すのも簡単ではない。そうならないうちに吐き出してしまった方がいい。
 その人に合う発散方法で――



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2793 // 楷・巽 / 男 / 27 / 精神科研修医

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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楷巽様、いつも発注して下さりありがとうございます!

サブタイトルはリプの通りです。その他の意味にも繋がると思います。
夕日に見合う切なさが表現できていれば嬉しいです。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝