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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


真夜中の虎退治

「実は、こいつの番を頼みたいんだよ」
 こいつ、とカウンターの奥からキセルで指し示した先には、立派なついたて。
「加藤清正の虎退治だとさ」
 なるほど、描かれた図柄を見れば、戦国武将風の鎧をまとったヒゲの人物が虎とにらみあっている。今にも動き出しそうなほど生き生きと、力強く描かれた絵を見れば、素人目にも一流の工芸品だろうとわかる。多少年季が入って古びているのも、むしろ箔がつくというものだ。
 ただ一点、美術品としての価値を減じる箇所があるとするなら。
 ついたては上部が大きく破れてしまっていた。加藤清正が大きくふりかぶって構えた槍の穂先あたりが破れ、地紙が露出してしまっている。
 碧摩蓮は、スパリと一服やった。
「今朝持ち込まれたばかりの品なんだけどね、子供のイタズラで破れちまってからというもの、真夜中になるとこいつを置いてある部屋からドタバタと酷い大騒ぎをするような物音が聞こえるようになったんだとさ。家人が何事かと驚いて部屋をのぞいてみると、部屋が大荒れに荒れちまってるそうだよ。最初は泥棒でも入ったかと思ったらしいが、こいつの置き場を変えたら、荒れる部屋も変わった……、てことはこいつが原因ってことだろ? それであたしんとこに持ち込まれたってワケ」
 カウンターに肩肘ついて、その手の上に顎を乗せた状態で、蓮は『あなた』を見上げた。色っぽい口元が笑んでいる。
「それでどう? やってみないかい、お代ははずむよ。曰くつきの品ってだけならいつものことなんだけどさ、部屋が荒らされるってのがどうもいただけなくてね。あたしの大事な他の商品に傷がついちまっちゃ困るし、一晩こいつを見張って、どんなもんだか調べてほしいんだよ」

「お邪魔〜っ」
 バン、とドアを肩で押しあけ、天・孔雀(てぃえん・こんちぇ)は中へと入った。
 両手が、ふさがっていた。
 常備の仕込み錫杖二本、コンビニの大袋が二つ。一つには袋入りスナック菓子がぎっしり詰め込まれ、もう一つにはミネラルウォーターのペットボトル。
 一歩入って、室内を見回す。
 ここは、アンティークショップ・レンの一室。
 広めのがらんとした空き部屋である。
 倉庫にでもする予定か、内装も何もなく、床も板張りのままだ。
 件のついたては、部屋の奥にセッティング済だ。
 孔雀はついたてと一番離れた部屋の隅に荷物を置くと、部屋のドアを閉め、内側から鍵をかけた。
 異変が生じたとき、外部に被害が及びにくいようにとの配慮だ。これまでの騒動は室内に限られているとはいえ、念を入れるにこしたことはない。

――さてと、鬼が出るか蛇が出るか、のんびり待つとするか。

 部屋の隅、荷物の脇に胡坐をかいて、錫杖を傍らに置く。
 嬉々とした様子でコンビニの袋を胡坐の膝の上に乗せて、中身を物色した。
「装備は万全だぜ! 何味からにするかなーっと。よし、『スナッくん』しょうゆバター味で決まりだ!」
 袋の口をあけて、さっそく二つ三つ口へと放りこみ。
「く〜っ、うまい」
 堪能しつつ、ミネラルウォーターのボトルの栓もあけて用意する。取りやすい位置に武器とお菓子と水が並べば、墨染めのふところをごそごそやって、携帯ゲーム機を取り出した。
 そこで視線をついたてへと移し、語りかける。
「清正さーん、何かあるまで俺もあんたと同じことやってるからな。けど、このこと姐さんには内緒だぜ」
 ニッと笑うと、ゲーム機の電源を入れて、ロードを選択。
「さーて、狩りの時間ですよ、っと。レベル50位いけるかな……おっ、レアモンスター! やったぜ!」
 豪快といえば、豪快。
 完全にくつろいでいる孔雀であった。

 さて、夜は更けゆき、日付が変わった頃合。
 カタカタカタカタ……。
 異音がした。
「……ん?」
 ゲーム機の液晶から、ついたてへと視線を移す。
 ついたてが、震えている。
 震えは見る間にも大きくなってゆき、そこだけ大地震でもおきているかのよに、ガッタガッタと鳴動を続け。
「何だ?」
 孔雀は、落ち着きはらって、まずゲームをセーブした。時間潰しとはいえ、結構頑張ってしまったものだから、無駄にはしたくない。
 ゲーム機を置き、スナック菓子を膝の上からどけ、二本の錫杖に手をかけた。
 しかしまだ立ち上がらず、様子をうかがう。
 ひときわ大きく揺れるや、ついたては勢いよく倒れ、そのままばったんばったんと裏返り表返りと二回転。
 すると。
 ついたての中から、けたたましい音をたてて放りだされてきたものがある。
 鎧兜に身をつつみ、穂先のない槍を手にした武将らしき男。
「か、加藤清正?」
 もう一つ。
 こちらはどすりと鈍い音を立てて、黄色と黒の巨大な毛玉が転がり出た。一跳ねするや、毛玉は四本のがっしりした足で、床の上へと着地する。
 ガオオ……!!
 周囲の空気を、ビリビリと震わせるような咆哮。
「虎まで、出やがった」
 清正と虎は、室内でにらみあうように対峙した。
 互いのスキを狙うかのように、ゆっくりと回りだす一人と一頭。
 と、ふいに両者の緊張感がゆるんだ。
 一人と一頭の顔が、頭上に「?」マークでも出しそうな様子で、孔雀のほうへと向けられる。
 数秒、奇妙な静寂が場を支配した。
「こんばんはーっ」
 間の悪さに、なんとなく挨拶してしまった孔雀である。
 またも静寂。
 どうしようかと思ったとき、
「御挨拶、いたみいる! 我が名は加藤清正、太閤秀吉殿下にお仕えし、あちらの戦場、こちらの戦場、得意の槍をば振るいつづけ、我があげし兜首の数……」
 とうとうと語りだしたから、たまらない。
「ちょ、ちょいストップ!」
 孔雀、思わず止めた。
 ストップという言葉の意味がわかったとは思えないが、雰囲気で制止されたことは理解したらしい。
 とりあえず語り止めた。
「そのへん別に、訊いてねえから」
 孔雀の言葉に、ウッと詰まった清正、ボソリと続けた。
「……ここからがよいところなのだが、やむなし。以下略! そういったわけで、この虎めと戦っている次第でござる」
「いや、略しすぎだろ! どういったわけだか、わかんないから……あ、いや、いい、言わなくていい! それよりあっちあっち」
 また長広舌がはじまっては大変だと、錫杖の先で、虎を指し示す。
 虎のほうはといえば、身構えながらも、音を拒否するように、耳がぺたりと伏せられている。
 いい加減、聞き飽きたくだりだったものか。
「おお、そうであった! 今宵こそこいつめと決着をつけねばならなんだ」
 虎へと向き直って、穂先の折れた槍を構える。
 
――はーん、決着つけちまえば静かになってくれそうだな。

 対峙しなおした両者の様子を見つめて考える。
 ではとっとと決着をつけさせるには。
「おい、清正さん!」
 仕込み錫杖から一刀を抜き放つや、清正へと投げてやった。
 ちらと振り返った清正、意図を察したらしく、槍を投げ捨て仕込まれていた刀をしっかと受け止めた。
「かたじけない! これで我が力万全にふるえるというもの!」
 かくて、加藤清正VS虎の一大決戦がはじまった。

 唸りをあげて振り下ろされる清正の刃を、タタッと小刻みな小ジャンプ二つでかわす虎。そのまま壁際に走りよるや、ダン! と壁を蹴って清正めがけて宙を舞う。
 前足の爪が清正の兜の前だてに当たって、兜がすっとんだ。
 あわてず清正、虎の着地をみはからって背後から切りつける。
「行けー清正さん! そこだーっ!」
 孔雀はといえば、スナック菓子をパクパクやりながら、最前列かぶりつき状態で、決戦を見物している。
 スナック菓子はすでに四袋目。
 ペットボトルのミネラルウォーターも半分くらいなくなっている。
「あ、あぶねっ! よし、かわした! しっかし虎も強いなぁ。こりゃ棒だけになった槍じゃ決着つかねえぜ……、お、いけいけいけーっ」
 完全に楽しんでいる孔雀である。
「あ、もう空か」
 スナック菓子の袋をのぞきこんで確かめると、袋をふくらませて、パァン! と叩き割った。
 いつもやっていることなので、ついつい習慣でやってしまった行為だったが、この音が思わぬ方向に影響した。
 ウガアアアア……!
 気にさわったものか、怒りに満ちた視線で、虎がにらみつけてくる。
「うわ、やべ、こっち見てんじゃねえ、お前の相手はあっちだって! 清正さーん、頑張れよー」
 言いながら、新しいスナック菓子の袋とペットボトルごと清正の陰に隠れる位置へと移動する。
「なにをしとるか! ぬっ、こやつっ! えやっ!」
 陰に隠れたおかげで、一応虎の注意は清正へと戻ったようだ。しかし、怒りに満ちた虎の攻撃は一段と威力を増していた。おかげで清正、体当たりに飛ばされること数度。
 それでも粘り続けて一進一退の攻防が続く中、清正の一閃が虎のやわらかな腹を切り裂いた。
 虎はますます猛り狂ったが、一度傷をつけてしまえば、じょじょに力も衰えてくる。
 自分の余力の無さを悟ったか、虎はぐっと身を縮めるや、渾身の力をこめて飛び掛った。
 ガオオオ……!
 清正は、よけない。
「清正さん!」
 孔雀が、思わず叫ぶ。
 ウリャアアアア……!
 清正も咆えた。真正面から虎に向かって突きを繰り出す。
 ドスリ……鈍い音とともに、正面から抱き合うような形で、両者の動きがピタリと止まった。
 息をのむ孔雀。
 やがて。
 ゆっくりと、突きたてられた刀ごと、虎が床へとすべり落ちてゆく。力をなくした前足の爪が、清正の鎧をこすってゆき……どう、とくずおれた。
「……や、やった」
 清正が、孔雀のほうへと向き直って、うなずいた。
「すげぇ、すげぇよ、あんた! ハンパねえ!」
 スポーツの名試合を見たかのような感動が、孔雀の中にわきあがっていた。
 惜しみない拍手をおくる。
 清正、少し照れたように一礼すると、虎の毛皮で刀の血のりを拭い落とした。
「貴殿のおかげで、無事虎めを退治できた。感謝いたす」
 綺麗になった刀を、孔雀に差し出す。
「いやいや、俺もイイもん見せてもらった」
 受け取った刀を、仕込みなおそうと空の錫杖を拾いあげる。
 そのとき一瞬、孔雀の注意が清正からそれた。
 清正が、がちゃりと動いた気配がしたような気がして、視線をやれば……
「あれ、いねえ。満足して戻ったかな」
 見れば、倒れた虎の姿も消えている。
 とりあえず、錫杖に刀をおさめると、孔雀は倒れたままのついたての方へと向かい、立てなおした。
 表を見れば、加藤清正と虎の図柄……ただし、虎は倒れ伏している。退治後の絵柄に変わっていた。
「さて、後始末しとくか」
 懐から一枚の札を取り出すと、軽く念じて貼り付けておく。
 この状態ならまず大丈夫だろうとは思われるが、これでもう虎が出てくることは無いだろう。
 そして清正もまた。
「ゆっくり、ついたての中で勝利の味でもかみしめてくれ。あー、いい仕事したなあ」
 すがすがしい気持ちで、ウーンと、大きく伸びをした。
 その孔雀の目が、ついたての一点に吸い寄せられる。
「……ん?」
 見間違いかと、軽く目をこすった。
 顔をつきだすようにして、まじまじとついたての清正を見詰める。
「……でええええええっ!?」
 思わず奇声をあげた。
 清正、左手には穂先のない槍を杖のようについている。
 問題は、右手だ。
 エイエイオーと、勝どきでもあげるかに振り上げられているのはいい。いいのだが、その右手に……
「『スナッくん』じゃねえか! しかも緑色の袋ってことは、わさびマヨ味!? ま、まさか!」
 あわてて、コンビニの袋にかけよる。
 中身は空だった。
「さ、最後にとっといた俺のわさびマヨ味の『スナッくん』……おっさん、やりやがったなああああ!! おい、出て来い、返せ……って俺いま封印しちまったああ!!」

 朝になって。
 孔雀は、蓮に状況を報告した。
「へーえ、加藤清正と虎が大乱闘ねえ。決着もついたようだし、もう大丈夫なんだね?」
「見ものだったぜ。一応封印の札も貼っといたから、もう何も出ねえよ」
 うなずいて煙管をスパリとやると、
「ところでさあ」
 蓮の首が少しかしげられる。
「ちょいと疑問なんだけど。なんだって、札二枚も貼ってあるんだい? あんたの流儀がそうなのかもしれないけど、位置微妙じゃないかい?」
 内心ギクリとした孔雀は、乾いた笑い声をあげた。
「あはは……俺、結構テキトーだから。それより報酬だ、報酬! はずんでくれよ?」
 急いで話をそらす。
 報酬についてやりとりをかわす二人の傍らにすえられたついたてには二枚の封印札。
 一枚はついたての真ん中に。
 もう一枚は、清正の右手あたり。
 その札の下、何があるのかは孔雀と清正だけが知っている。

――さすがに工芸品の図柄に『スナッくん』はないよな。とりあえず報酬受け取るまでは、気付かないでくれ、姐さん……!
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7740/天・孔雀(てぃえん・こんちぇ)/男性/26歳/退魔師】
【NPC/碧摩・蓮(へきま・れん)/女性/26歳/アンティークショップ・レンの店主】
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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございます、法印堂です。
締め切り内とはいえ、お待たせして申し訳ありません。

かなりノリのいいプレイングを頂きましたので、お応えしてコミカルな感じに仕上げてみましたが、いかがでしたでしょうか。
孔雀PC様もサクサク動いてくれまして、たいへん楽しく書かせていただきました。また、設定に大食いとありましたので、そちらも活用させて頂いております(笑)。

また機会がありましたら、よろしくお願い致します。

気にいっていただけますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅