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<東京怪談・PCゲームノベル>


『落葉舞落つ』

「店主、凄いですな。この出来は!」
「お褒めにあずかり光栄です……とは言っても、それは私が作った物ではないですがね」
「はははっ」

 矢鏡慶一郎(やきょう けいいちろう)は大変機嫌良く、快活に笑い声を上げた。
古びた店内。所狭しと並べられている《玩具》がそれに呼応するように揺れたのが分かる。
 何故に、彼がこの店で機嫌宜しく笑っているのか。
それはほんの数十分前に遡る。

「……ほほう?」

 慶一郎は不夜城と謳われる新宿の街中をぶらりと歩いていた。
防衛省の情報部に所属している彼が、こうして束の間の休暇を楽しんでいる間にも、
妖魔、心霊テロの類は起こり続けているわけだが、たまの休みくらい……と
足が向かったのは、何故だか落ち着きという言葉とは無縁のこの街だった。
 なに、別段目的があるわけではない。この街は何某か歩いていれば奇々怪々な出来事に出会す場所だ。
それこそ此方の意思などは無視されっぱなしの、突然の出来事というやつに。
慶一郎は、そうした《ハプニング》は好まない性質ではあるが、良き出来事は諸手を挙げて歓迎する。
(まあ、だから本当に暇潰しだったというわけだ)

 ――そして、彼は《それ》に出会した。

「これ、は……。一体どういうことかな」

 目の前にあるのは、かつての新宿ではどこでも見られただろう風景。その一部だ。
所謂、下町風景というやつで。今にも夕日と共に子供達の笑い声が聞こえてきそうな、
そんな当たり前で退屈で、それでも懐かしみと温かみのある光景が細い裏路地のような場所にあった。
 だが、考えてもみていただきたい。
ここは、そんな風景を忘れてしまった新宿のど真ん中。コマ劇の裏手にある歓楽街だ。
時刻は夕刻に程遠い真っ昼間だったし、第一この界隈で子供らしい子供がいたら昼間でも
大人達の目が光る。
 では、これは《何だ》?

「ふむ……」

 慶一郎は特に物怖じもしなかったが――それはそうだろう。彼は《突拍子もない》事の
スペシャリストだ――首を傾げて、この細い道の奧に進むことを刹那思案した。
 長年の勘というやつだろうか。この奧には、何か《良くない》ものがあると彼の心が警鐘を鳴らす。
だが、同時に「此処にはお前が行くべき何かがある」とも言う。

 慶一郎が「うーん」と大仰に唸ったその時だった。

 ――からん……ころ……ん。

「む?」
「おや?」

 件の細い路地。その奧にあるぼんやりと見えていた建物の入り口から、そこの主らしき男が出てきたのだ。
男……とは言ってみたが、遠目に見ても分かる優男だ。身長は高くない。黒髪の細身。
 慶一郎は瞬時にそれが高校生くらいの若者だと判断した。

「ウチに何か御用ですか?」
「あ……いや。この界隈では随分《浮いた》店だな……と」
「はは」

 きょとんと目を丸くする青年に、思わず本音が口をついて出てしまった。
言ってから、慶一郎は「悪気があったわけではないんですが……」と自らの言葉にフォローを入れる。
 すると、少年は短く笑い、手招きをしてきた。本当に軽いノリで慶一郎を呼んでいる。

「そんなに気になるようでしたら、どうぞ。中も覗いて行ってください」
「や、私は……」

 変な勧誘だとは思えないが、この青年……どこか寒気を覚える雰囲気がある。
慶一郎の周囲に居るような、座っているだけで重厚感を醸し出す上官だとか、
或いは《雰囲気だけは》上手いお上の連中とは、全く違う。重苦しくないのに、寒気が慶一郎の背筋を駆けた


 特に用があったわけでもない新宿。
戦闘能力で言えば圧倒的にプロである慶一郎の方が上であったし、何よりもこの青年は一般人だ。
こんな場所で戦闘が起こる可能性は皆無に思えた。
 それなのに、慶一郎は一瞬警戒した。無意識に身体が強張ったのだ。

「……大丈夫」

 そんな慶一郎の微細な変化に気付いたのだろうか?青年は口元をふっと和らげて、
その大きな瞳に慶一郎を真正面から捉えて静かに言った。

「お好みの物があると思いますよ。……ウチ、玩具屋でしてね」
「玩具屋?」

 言葉の前半は大分怪しさを含んでいたが、その後半の方に慶一郎は囚われた。
 玩具。この歳で、とはよく同僚にも揶揄される。
だが、彼は事実玩具屋巡りが趣味だった。無論、最新の煌びやかなそれではない。
一昔前に流行ったような、ブリキだとかミニカーだとか……。
小さい頃、その掌に収めるのがやっとだった大きさの懐かしい遊び仲闥Bに出会うのが楽しみの一つである。

「そちらにはブリキの玩具も?」
「勿論。最近のお子様にはあまりウケないものだったりしますが……」
「ほほう」

 苦笑する青年。
慶一郎は、これも何かの縁だと自らの内に沸いた疑念を押し込めて青年に連れられるまま、
店内へと入っていった。
 入り口の古びたドアには、こう書かれている。

《落葉のベッド》――と。


 そして先の会話に戻るわけだ。
慶一郎はまるで店内というおもちゃ箱にぎゅうぎゅうに詰められたような玩具を前に、
すっかり童心に返っていた。
 彼が特に夢中になって見ていたのは、戦前から戦後にかけて作られたブリキの玩具が並ぶ棚だ。

「ほう……これはマスタング。隣にあるのは零戦二一型か……」
「お詳しいんですね」

 玩具に目を奪われている慶一郎の合いの手は、店主だという青年が入れる。
驚いたことに、店先で出会ったあの青年が此処の主だった。
最初に聞かされた時は、流石の慶一郎でも親御さんは?と聞いてしまったほどだ。

「ふふ、職場が職場なだけに……ね。いやあ、しかし。こんなに量があるのを見るのは初めてだ」
「品揃えは殆ど私の趣味ですよ」

 そういう彼の見目は戦前とも戦後ともかけ離れているように見える。
歳の頃は十と八くらいだろうか……どう見てもアルバイトにしか見えない青年は、
その手にティーセットを持っていた。

「良い香りですな」
「お茶の時間にと思いまして。勝手とは思いましたが、当店からのサービスです」

 どうぞ、と青年は店の隅に置かれていたアンティークのテーブルの上にティーセットを置くと、
椅子を引いて慶一郎に勧める。言われるまま座って辺りを改めて見回してみれば、
この店の異様さが知れた。あまりにも、多い。

「……店主、これらも君の趣味ですかな?」
「これら?……ああ、彼女たちですか。そうですよ」

 彼女たち、と青年は慶一郎の視線の先にあるアンティークドールを見やって笑みを浮かべた。
言葉は悪いが、こんな《造りの良い顔》をした男がアンティークドールを愛でているのかと思うと、
可笑しさを通り越してしまう。

「ああ、そうだ。すっかり彼らに夢中で自己紹介を忘れていましたな」

 店主にならってブリキの玩具と青年に会釈すると、
慶一郎はティーカップに口をつけて一口やり、居住まいを正した。

「自分は、矢鏡慶一郎。しがない国家公務員というやつをやっている」
「これはご丁寧に……落葉(おちば)と申します。上の名はとうの昔に忘れました」
「おいおい……」

 驚く慶一郎に、落葉はクスクスと少女みたいな笑いで喉を鳴らした。
全く憎らしいくらいにそうした所作の似合う男だ……と慶一郎は内心嘆息する。
 ティーセットを持ってきたトレーを両手に抱え、落葉は慶一郎の顔をじっと見ている。
視線が痛い、とはまさにこのことを言うのだろう。
いくら店内で暫くの間玩具の話に興じた仲とはいえ、さっき出会ったばかりの
――しかも大分年下の――青年に見つめられても、あまり嬉しくはない。
 近くで見る落葉は、随分肌が白かった。目の色素も大分薄いことが知れる。

(いかんいかん。私はそういった類の趣味は無いはずだ……)

 思わず見つめ返してしまうところだった、と己をただしながらも
ふっとその視線から逃れようと瞳を泳がせた時だった。

「矢鏡さんは……刑事さん、ですか?」
「うん?何故そう思う?」
「いえ……」

 あまり……好ましくない匂いがします。
 ぼそっと呟かれた落葉の言葉に、ハッとして慶一郎は逸らしていた視線を店主に戻したが、
いつの間にやら彼は奧のカウンターに向かって歩いているところだった。

(好ましくない……?いや……問題はそこではないな)

 匂いなぞ自分の鼻では分からない。否、きっとどの人間に聞いたところで
そんな《匂い》が分かるわけが無いだろう。
 では、何故彼には分かるのだ。

 もう一度落葉に視線をやった。彼はカウンターで何やら作業を始めている。
……そう言えば、昔どこぞで読んだ童話であった。店からの注文に客が答えて……というやつだ。
あの話のオチは、確か客を食うために色々させていたという話だったと記憶している。
無論、別にそこが問題の話ではないということは慶一郎も一般常識として知っていた。
 しかし、今、ソコが問題になっているような気がしてならない。

「……店主、それは何かな」

 他人のやる事には特に口を出そうと思わない慶一郎の口が、そう聞いたのは
やはり何処かで残っている疑念からだったのだろう。
 落葉はカウンターの上でチャキチャキと小さな金属音を立てながら、慶一郎の方は見ていなかった。

「これですか?玩具ですよ。私の本職は売りさばくことではなく、治すことにありますから」
「……ほう」

 見ても宜しいかな?
そう問うてみれば、落葉はいとも簡単にどうぞと慶一郎をカウンターに招いてくれた。
 カウンター越しに彼の手元を見て、慶一郎は言葉を失った。正しく言えば、感動してしまったのだ。

「これ……は」
「見覚えがおありですか?」
「いや……見るのは初めてなんだが……」

 落葉の手元で、今にも折れそうな身体を一本の足で支えている。
それは、慶一郎と同じく《左足を失くした》ブリキの兵隊人形だった。
 何故か、慶一郎はその人形と目が合ったように感じたのだ。
まるでお前と俺は同じじゃないか、と人形の方から語りかけられたように。
 しかし、そんなことを口に出したら笑われるだろうと慶一郎は考えた。
いくら玩具屋の店主で、修理をするのが本職だと言い切る落葉だとしても、
若さゆえ……というものがある。
 慶一郎自身、落葉くらいの年頃の時は無茶も無謀も随分やらかした。
それと同じくらい、年上の人間を尊敬もしていたが馬鹿にもしてきた。そういう若さゆえの苦さを知っている


 だから一瞬躊躇してしまった。

「これは、修理したら……どうするのかな」
「どう……?それは勿論、そこの棚に並べて売りに出します」

 当たり前の質問だった。答えの分かり切っているテンプレートであった。
嗚呼、しまったな……と慶一郎は次の言葉を紡ぎ出すのに時間がかかってしまう。
 その間も、ずっと視線はその人形に吸い寄せられていた。
まるで自分を見ているようだ。本当に。

「店主」

 自己投影をしていたのかもしれない。

「はい?」
「私はね。今いる職場で、もしかしたら暫くすると……使い物にならなくなるやもしれない」
「…………」
「いや、体力が必要な所だからね。年齢も年齢だし……」

 普段はそんな言葉を吐き出すことすら忘れているのに、
何故だかブリキ人形が……こうして修理をし、まさに今息を吹き返さんとする人形が、
自分と《違う未来》を歩み出せるのだ……と言っているようだった。

「落葉君」
「はい」
「そのブリキ人形、私に譲ってはくれませんか?……ああ、もちろんお代は払います」

 この人形は《誰かの手によって》治されては意味が無い。
これはもう確信があった。慶一郎と、この人形は出会うべくして出会ったのだという確信が。

「ですが、これはまだ修理中ですし……」
「構いませんよ。いや修理中だからこそ、私が手ずから治してやりたい」

 手先は器用なんですよ。と、落葉に慶一郎なりの懸命なアピールをしてみた。
無骨でクール、こんな時ばかりは自分の丁寧な物腰というやつの不器用さを嘆いてしまう。
 暫くの間があった。落葉は落葉で、修理途中の……いわば商品としては価値の無いものを
世に出す店主としての不安というやつがあるのだろう。こればかりは仕方ない。
無理を言っているのは自分の方だというのは、慶一郎にも分かっていた。
 落葉は五分ほどブリキ人形を見た後、先程と同じように慶一郎の顔をじっと見つめてきた。
先程と違う点はと言うと。

「ッ?」

 彼の瞳が恐ろしいまでの夕日色、血に染まった月にも似た色になっていたからだ。
さっき見た時もそれなりに赤茶けた色をしてはいたが、今度のはその比ではない。
 こちらを試しているかのような瞳に、百戦錬磨の慶一郎も僅かに怯む。
だが、ここで引いたら《負け》だと思って踏み留まった。

「…………」
「…………」

 そうやってやはり五分ほど経っただろうか。
落葉がふっと笑って、大きく溜息をついた。

「貴方は《見目》とは大分違った性格の持ち主のようですね……《慶一郎さん》」

 名を呼んだことが、落葉なりの承諾の証だったようだ。
慶一郎はほっと胸をなで下ろす。短い時間とはいえ、こんなにも緊張したのは
軍事演習でも実戦でもなかなか無い。
 落葉は修理で少し鉄くずを被っていた人形を丁寧に静電気はたきで取り払うと、
横に置いてあった人形のためと思われる木箱にそっと寝かせて、慶一郎に手渡してくれた。

「大事にしてあげてくださいね」
「勿論だ」

 こうして、片足が無い者同士が店を出る頃にはすっかり日も暮れていた。
店先まで送るという落葉と共に、大通りまでの短い距離を共に歩く。
細い路地はしんと静まりかえっているのに、大通りはバケツをひっくり返した雨天のように、
音の洪水が行き交っていた。

「……良い店ですな」
「恐悦至極に存じます。《彼》も良き友を得られて喜んでいるでしょう」
「はは。そう……ですな」

 それじゃあこれで。
別れ際、慶一郎が背を向けて歩き出す瞬間。そっとその肩に一言。

「また、扉の開く頃においでなさい。……その時は《元気な姿》で」

 ひらりと落ちてきた言葉に勢い、振り返る。
元気な姿で。元気な……。

「店主?」

 しかし、振り返った先にあの細い路地はどこにも無かった。
あるのは、音の洪水に揉まれて揉まれ、流され流され……それでも何とか踏ん張って生きる。
そんな人々の中で同じく立っている、自分だけだった。

「……ああ、勿論」

 手に抱えた《戦友》をしっかりと持ち直し、慶一郎は力強い一歩を踏み出した。



閉幕


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【PC名(整理番号)/ 性別 / 年齢 / 職業】

 矢鏡・慶一郎(6739)/ 男性 / 38歳 /防衛省情報本部(DHI)情報官一等陸尉

【NPC】
 落葉

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして。今回担当いたしました、清水です。
今回は矢鏡さんの《不安》を報酬に、ブリキ人形と不可思議な店主とのお話をお届けしました。
細かいところはお任せで……と一任頂きましたので、プレイングとPC様の設定をフル活用してみました。
如何でしたでしょうか?玩具の話が出来て、ウチの店主も喜んでいると思います。
素敵な出会いの記念に、ブリキの兵隊人形はどうぞお持ち帰り下さい。
リプレイに関する感想、ご意見は遠慮無くどうぞ。
それではまたの機会、玩具屋の扉が開く時がPC様にとって幸せな時間でありますように……。