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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜邪悪なる影たちの台頭〜


 謎の犯罪集団『マスカレード』の活動は一時よりもおとなしくなった。

 その原因となる事件が「渋谷戒厳令」の出た夜であるとの見方が有力であるという情報がネットを通じて広まっていた。それゆえ事態の推移を知ると目される渋谷中央署の前には、主にネット記者や野次馬が集まっている。そのためか、数人の制服警官が署の周りを随時巡回していた。もちろん不測の事態に備えての配備だが、他にもちゃんとした狙いがある。彼らを束ねているのは、あの桜井警部だった。邪なる異能力者を狩るハンターなる存在に理解のある男の弄した策だが、それは同業者にすれば容易に見抜けるものである。

 署に面した細い路地で警官の一喝が響いた。件の人間はもちろん、通行人も何事かと集まる。ところが、そこには叫んだ警官しかいないではないか。彼は表情を引きつらせながら「ごっ、ご心配をおかけしました。ね、猫だったようです!」と周囲に説明すると、あきれ返った連中を尻目に署内へと逃げ込んだ。そして今度は物陰に駆け込んだかと思うと、いつの間にか人間の数はふたりになっていた。

 「どーも、お久しぶり。桜井警部の側近で異能力を持ってるようなエリートが制服なんか着こんでどうしたの?」

 増えたひとりが調子よく軽口を叩く。彼の名は白樺 義経、またの名をメビウス。異能力至上主義の秘密組織『アカデミー』が渋谷中央署に放った斥候であり、教師である。彼は警官の影に入り込むことで身を隠し、ついでに相手の自由を奪って署に戻るよう指示したのだ。こうしてまんまと署内に侵入した彼は、相手に喋らせる暇を与えずまくし立てる。

 「任意の事情聴取で頼むよ。担当は桜井警部で。そっちもさ、今のタイミングで逮捕なんかすると何かと面倒だろ? 俺はその辺は心得てるからさ。安心しなって。」
 「さ、桜井警部に? お、お前、もしかしてハンターか? それとも……」
 「ああ、警部殿とのご関係? ただの腐れ縁だよ。ほら、さっさと取り次いでくれ。『義経が来た』でわかるから。どうせあの人、この時間は暇そうにしてんだろ?」

 警官は怪訝そうな顔をして、近くの電話を使って話を通す。メビウスの言ったとおり、あっさりと取調室に案内された。


 密室での面会が始まった。
 メビウスは桜井と懇意にしていると言っていたが、相手は快く思っていないらしい。なんとも渋い表情を浮かべながら、おなじみの白いスーツに身を包んだ桜井警部が取調室に入ってきた。カップベンダーの安いコーヒーを一市民の前に置くと、遠慮せず安いパイプ椅子にどっかりと座った。

 「これはこれは義経くん、お久しぶり。今さらだと思うが、由宇ちゃんのことじゃないだろうな?」
 「あー、あの頃はそればっかだったな。おかげさんで、今は思い出になりつつあるよ。」
 「知ってるか? そういうのを成長っていうんだぜ? 俺、あの頃も教えてやっただろ?」
 「違うよ。あん時は『大人になればわかる』って言ってたんだ。言われた方はいつまでも覚えてるもんなんだ。」

 昔話を肴にブラックコーヒーをすするふたり。彼らはメビウスの恋人だった由宇で知り合った。捜査に難癖をつける彼氏とキャリア組の刑事はたびたび衝突し、密室の中で何時間も頭をつき合わせて話し込んだ。それも昼夜問わず。そのふたりが片や年上の女房を持ち、片やあの頃を思い出にできそうだという。時間がいろんなものを洗い流してくれることをしみじみと実感した。
 察しのいい桜井はカップを机に置くと、まったく別の話をメビウスに振る。いや、正確には『そうせざるを得ない』のだ。あの頃が昔話となった今、彼がわざわざ手の込んだことをして場末の警察にやってくるのはあまりにも不自然である。幸い、気を遣う必要のない相手なので楽に聞くことができた。

 「渋谷戒厳令か? 言っとくが、俺が知ってることはほとんどがトップシークレットだぞぉー? 守秘義務の一言で諦めてもらおうかな?」
 「よく言うぜ、俺がどんな手でここに入り込んだか知ってるくせに……似たような手口の犯罪を俺たちが防いでやろうってんだ。ちったぁ感謝しろ。」
 「……影を操る能力者、だってな。あの頃からそうだったのか、お前?」

 急に桜井警部の顔つきが変わった。メビウスは「しめた」と舌を出す。

 「あの頃はまったく『影』に興味がなかったって感じだな。いつからだ、影の獣を狩るハンターなんてもんを集めだしたのは。一介の警察官がするようなこったないぜ?」
 「いくらでも懸賞金を出すというクライアントはごまんといるんだ。超法規的措置という形で、上のオッケーも取ってある。何の問題もない。」
 「ご執心なのは嫁だけにしとけって。どうせ『マスカレード』なんかに興味はないんだろ? そのくらいわかってるんだ。何のためにそんな無茶やってんだ?」
 「ちっぽけな幸せを積み上げて、ハッピーな所轄にしたいだけだ。定時で帰れる素敵な職場。心躍るよ。」

 あの時よりも話術に磨きがかかっている……メビウスは舌を巻いた。もう少しで核心を突けそうだったが、今回はこの辺で引き上げようと席を立つ。少し冷めたコーヒーを喉に流し込むと、丁寧に椅子を押して立ち去ろうとする。その刹那、自然とこんな言葉が出た。

 「あんた……誰を守ってるんだ?」

 メビウスの何気ない一言に、さすがの桜井も素の表情をさらけ出してしまった。相手もある意味で無防備だっただけに、思わず油断したらしい。それを見逃さなかったメビウスはあの頃のように詰め寄る。

 「誰だ、誰なんだ。あんた、まさか昔の俺みたいなことしてんじゃねぇだろうな?!」
 「昔のお前を教訓にしてるのは確かだ。しかし俺はやましいことは何ひと」
 「そんなこたぁ、俺が一番知ってる! 嫁だかなんだか知らねぇが、あんたがそんな人間じゃねぇのは俺が一番よく知ってる! だから不自然なんだ、ハンターだのマスカレードだの、なんで異能力者でもないあんたがそこまで」
 「警部! 緊急警備体制を指示してください! 『マスカレード』から犯行予告が入りました! 今夜、公会堂近くで獣たちが集まるとのこと……」

 さっきの覆面警官が言い争うふたりの間に割って入った。なんでもなりを潜めていた『マスカレード』がまた動き出すとのことだ。桜井ははっと我に返り、自分の任務に戻ろうと席を立つ。ところがメビウスは強く机を叩き、その行動を制止する。その拳が「逃がさねぇぞ」と語っていることは誰の目にも明らかだった。

 「制服! ハンターの受付書かなんか知らんけど、とにかくそれ持ってこい! 登録する!」
 「お前はお前の立場でなんとかしろ……ここは俺が仕切る!」
 「俺の能力のすべてを知ってるわけじゃねぇだろ? 知っといて損はないと思うけどな……おそらくハンターになるには、自分の能力を洗いざらい書かなくてはならない。違うか?」

 メビウスはにやりと笑った。自分の能力を売り物にして、今回の事件に一枚噛もうというのだ。これにはさすがの桜井も降参する。

 「自分の身は自分で守れよ。新参者のハンターなんかと誰も組まないからな。」
 「そういう商売、俺の得意技でさ。自分の身は自分で守るよ。お、懸賞金あてにしてるからな。事件をまとめたらきっちり寄こせよ?」

 彼はそう言いながらニヒルに笑うと、ケータイを取り出して興味のある連中に連絡を取る。『マスカレード』との戦いが、再び始まろうとしている。


 メビウスは桜井警部の部下だという高杉 涼香からハンター登録書を渡された。そして別室に通されると、ここで記入するように指示される。手狭な会議室の中にはチェックする係員とふたりの男女が椅子に座っていた。彼らは意気揚々と部屋に入るメビウスの姿を見ると、それぞれに反応を見せる。まずは男性。アカデミーが関わってきた事件にたびたび登場している東雲 緑田である。

 「ああ、いいところで会いました! メビウスさ〜ん、係員さんが書類を受け取ってくれないんですよ。どこが悪いか教えてください。」
 「お前はまったく……なになに? 『産まれはぐりんだ星、善意の第三国に属する、私でできた星』って、そりゃ子どもくらいしか信じないだろうよ。」
 「洗いざらい真実を書けとのことなので、遠慮なく書いたら用紙がぜんぜん足りなくて書き直し。今度は素性を飛ばして書いたら、能力の説明だけでも両面使う始末で……」
 「前々から『変わってるな〜』とは思ってたけど、まさかここまでとはな。あのな、細かく書いて怒られたんなら、次は思いっきり適当に書けよ。それでまた怒られたら、その間を取ればいいんだよ。書類なんてそんなもんだ。」

 大声で適当な書き方を指南するメビウスに係員が冷たい視線を向けるが、極端から極端に走る東雲にとってはその説明がちょうどよかった。次に提出する時にはすんなりオッケーをもらって登録完了の運びとなったのである。思わぬところで足止めを食ったメビウスは穏やかな表情を浮かべる女性の隣に座り、しばしペンを走らせた。しかしこういう仕事はどうにも肌に合わない。ついつい隣の登録書を覗き見てしまう。

 「ん? 隠岐 智恵美……知らないなぁ。」
 「あら、あらあら。」
 「わ、わりぃ……気に障ったのなら謝る。」

 少し困った調子で話す智恵美に謝罪するメビウス。ここで会うのだから相手も当然、能力者。アカデミーとしても失礼があってはならない。修道服を着た彼女は温かみのある声で話した。

 「お気になさらなくてもいいですよ。どのみちご一緒するかもしれませんから。さすがに私も筆記事項のこと以外はできませんし……」
 「ああ、俺はメビウス。影を操ったりする能力者だ。今回はアカデミーからの派遣だと思ってくれればいい。」
 「あら、それはそれは……」

 メビウスは物腰柔らかな相手に話すのが苦手らしく、その後は黙って書類作りに没頭した。彼はこの後、自分のネットワークを駆使して必要な面子を集めなければならない。おそらく東雲と智恵美とは別行動になるだろうが、このふたりも頼りになるはずだ。それぞれの思惑を胸に秘め、3人はハンターの登録を済ませた。


 日が西に傾きかけた頃、渋谷中央署の近くにある公園にメビウスの連絡を受けた別の能力者たちが集まった。全員が集まるまで食事などをしてくつろいでいたメビウスは、あまり見ることのできない珍しい光景を目にする。それは天薙 撫子の露骨に困った顔であった。かつてアカデミーが大失態をした時に見せたその表情は、実はメビウスのせいで出たものではない。その隣にいる気さくな大阪弁の娘がすべての原因だった。撫子はメビウスを見つけると、今さらながら丁寧な挨拶を始める。

 「こんにちわ、メビウス様。今回もマスカレードが動くとのことで、お手伝いにやってまいりました。」
 「お初にお目見えやね、神城 柚月です。マスカレードとかいう連中のことはこっちの耳にも入ってきてるし、気になるから調べてみよかってとこ。でも、まさか撫子さんがいるとは思わんかったわー! 今回はご一緒させてもらうよ。もう一押しやねんけどなー、撫子さんのスカウト!」
 「え? 柚月さんって、どっかの組織の方? 俺、初耳なんだけど?」

 撫子が言うに、柚月は『時空管理維持局』の責任者にして女神の力を有している存在らしい。外見や口調からはまったくそんな雰囲気がないのだが、それはきっとメビウスが撫子と比較をしているのが主な原因だろう。ただ別室であった智恵美と同じく、そう簡単に機嫌を損ねるような人間ではなさそうだ。扱いに困ることはなさそうだ。
 さらにメビウスは他のメンツがいないか探す。するとふたりのお姉さんの影になっている少年がいた。情報収集ならお手の物の鈴城 亮吾……しかし、いつにも増して小さすぎて目立たない。実際には貴重な協力者なのだが、メビウスは思わず暴言を吐いてしまう。

 「お前、そんなにちっちゃかったか?」
 「あーあ、言っちゃった! これだからノリの軽い大人って嫌いなんだよなー!」
 「お前、露骨にすねるなよ……悪かったって。な? 報酬は弾むからさ、今回も協力してくれよ。なっ!」
 「これでも仕事は人並み以上にがんばってるんだけどな。今日はみんなが動き出したタイミングで桜井さんについて調べるよ。準備は万端だからさ。」

 亮吾の活動方針にはメビウスも納得だった。事件の首謀者ではないにせよ、何らかの形で一連の出来事に絡んでいるのは確かだ。以前も怪しい素振りを見せていたことをアカデミーの文書で読んで知っている。何が起こるかわからないこの状況を把握してくれる能力者がいると、前線で戦っている者にとっては非常に心強い。
 しかし桜井がそんなことをしている以上、同業者も黙ってはいないだろう。いくら超法規的措置でハンターの登録制度を認めさせたといっても、所轄の刑事がここまで出すぎた真似をしたのでは波風が立たないわけがない。方々に敵を作ってまでなぜ……メビウスの心配は膨らむばかりだった。


 前回の『渋谷戒厳令』、さらに今回の集会騒動を受け、警視庁超常現象対策本部は迅速な対応をとった。今回も所轄の渋谷中央署に応援を送ることを決定したのである。もちろんそれは建前上の話で、本来の目的は別にある。前回の逮捕者から得た謎の銃創や証言から、桜井警部が何かの情報を隠していると判断。状況の監視と独自捜査のため、不動 望子巡査をはじめとするチームを派遣を決めたのだ。彼女の手元にはすでに桜井警部の似顔絵は上司の協力で作成済みである。彼女は指揮車後方に乗り込み、マスカレード出現とあらば片っ端から似顔絵を起こして読心を試みる手はずだ。今はまだ時間があるので、移動中の車内で桜井警部の似顔絵から読心を行っている。

 「確かに……マスカレードを倒す意思はあるみたいだけど、心配は別のところにあるって感じかしら。それもひとつじゃない……」

 上司が「昼行灯を装っている節がある」と言っていたが、その見解は当たっているようだ。しかし、それ以上の感情となると少し複雑だ。不安には変わりないが、心配と脅威に分けられる……そんな印象を望子は受けていた。いったい桜井警部は何を隠しているのだろうか?


 夕日も沈み、あたりが暗くなり始めた。獣たちが動き出す時間だ。渋谷中央署の警察官は防弾チョッキなどで防御を固め、戦いで混乱が予想される付近に潜んでいる。彼らはマスカレードと戦闘することは許可されていない。あくまで民間人を安全なところまで誘導することが仕事だ。その後でハンターたちが退治した連中を逮捕するのである。これを束ねるのが、桜井警部の部下・高杉警部補だ。万が一に備え、ハンター登録したばかりの智恵美が救護班として同行することになった。だが、その近くに桜井警部の姿はない……ふと智恵美の傍に東雲がやってくる。

 「あれ? 桜井さんは?」
 「あら、あらあら。見てませんわ。困りましたわね、こんな大事な時に。」
 「智恵美さんが言うと、そんなに困ったように聞こえないですねー。ま、私は愛のために戦うだけですけど。」
 「愛のため……よろしいことではありませんか。それだけで十分ですわ。」
 「愛に立場は関係ありませんものねー! さすがは智恵美さん、わかってらっしゃる!」

 意外なところで仲良くなってる智恵美と東雲。そこに高杉女史がやってきた。

 「東雲さん、前線に立つのなら早く行ってください。桜井警部から指示は特に聞いておりません。マスカレードは変身後が特徴的なので、非常に見分けがつけやすいです。ハンターの判断で戦闘を開始して構いません。ただ、なるべく民間人を巻き込まないようにしてください。」
 「よーくわかりました。で、桜井さんはどちらですか。探してるんですけど……」
 「マスカレードが事件に絡む時は無差別の破壊を行うため、交通機動隊や鉄道警備隊などへ出向いて理解と協力をお願いしていると聞いています。事件が収束するまでは現場にいないのが普通です。」
 「あら、それは大変ですわね……」

 さすがの智恵美も、この説明を素直に聞き入れるわけにはいかなかった。ハンターの登録をする者が絶対に善人とは限らない。有事の際には上に立ち、抑止力として姿を現さなくては意味がないのだ。すべてをハンターに丸投げして事件を解決しようなど、絶対に無理な話なのに……智恵美は首を傾げた。この一件でマスカレードとともに桜井警部の存在も気になり始めていた。


 最前列では撫子と柚月、そして東雲が待機していた。もちろんメビウスの姿もある。公会堂を目の前にして、徐々に緊張が高まっていく。それもそのはず、今回は民間人を事前に避難させていないからだ。それでもふたりの女性は最悪の事態を阻止するだけの戦闘力と判断力を持っている。

 「撫子さんは一気にリーダー格のとこまで行ってな。東雲さんと私で取り巻きを締め上げておくし。メビウスさんは影を潜って索敵でええの?」
 「この3人の誰かの影に入るなんて怖いこと、絶対にゴメンだぜ。いろんな意味でな。」
 「なら、それで行こか。撫子さんが奥に行ったら、敵に威嚇がてら私の『シュバルツ・クーゲル』でダメージを与えるから。東雲さんは乱戦になったらよろしくー。」
 「戦闘中にドッキリ情報とか流れてこなかったらいいんですけどね〜。なーんかありそうな予感がするんですけど……」

 不意に東雲がそんなことを呟く。その刹那に撫子が一気に公会堂へと走り出した! それを追うように柚月も走る。
 この戦いに勝利するためには、敵が活動を始める前に攻撃してしまうことが絶対条件である。何らかの騒ぎが起きれば、周囲の民間人もそれに気づいて逃げていく。しかし被害が出るのと出ないのとでは大きな違いだ。恐怖心を持った人々を抑制するのは、非常に困難である。まさに先手必勝。これ以上ないスタートを撫子たちは切る必要があった。
 しかし彼女たちはそんなプレッシャーを跳ね除けて、第一段階をクリアーする。街灯の届かない薄暗い場所にたむろしていた連中は、腕や足に妖斬鋼糸を括りつけられ、あっという間に自由を奪われてしまった。そして打ち合わせどおり柚月が黒き珠で、獣になろうとする連中に名刺代わりの一撃を食らわせる!

  ドゥウウウウウウーーーン!
 「ぐ、ぐぎゃあぁぁぁぁーーーーーっ!」
 「撫子さん、ここは任せて早よ行って!」
 「わかりましたわ、柚月様! 東雲様もよろしくお願いしますわ!」
 「お任せです。愛と平和を乱す貴方たちに憾みはなくもないですが、愛のために往かせてもらいます。」

 目前の敵に加え、騒ぎを嗅ぎつけた第二波に敢然と立ち向かう東雲は、徐々に身体の一部を獣の姿を変えていく隙を突いてリボンを括っていく。柚月の攻撃が完全に決まらなかったのは目くらましのために手加減したことに加え、彼らの心にある影の力で日頃から防御力が高まっているからだと推測される。獣たちは相手の連携を潰さんとそれぞれに息巻く。ところが乱暴な力へと変貌するために収束したはずの影は、ファンタジックな光とともに四散してしまった!

 「なっ、これはいったいなんだぁぁっ! 俺の力が発揮されないなんて……!」
 「光のリボンです。あなたたちにはそれ以上の説明はいらないでしょう。」
 「ち、ちぃっ、以前より厄介なのがいる! おい、お前ら、仲間に連」

 獣の力が発揮できないからといっても、まだ身体の自由は利く。とっさに取り出した携帯電話で仲間に連絡を入れようとした男が信じられない光景を目にした。それは画面から催涙弾が出るところ……いくらなんでも、これは想定外だ。さすがのマスカレードでも、これには動揺を隠せない!

 「あ、兄貴ぃ! ケータイからなんか出……ぶほっ、ぶほっ!」
 「げはっ! げはっ! な、なんなんだ、こいつら! ハンターのくせに、やりやがる……!」

 途中からの状況がわからない……狐につままれた表情で柚月は東雲を見るが、相手も首を振るばかり。そうこうしているうちに、白い煙の中で電撃の音と小さな悲鳴が響いた。そして人間がどさどさと倒れていく音がする。しばらくすると煙は晴れたが、その時にはもう戦闘は終わっていた。

 「た、倒れてますねぇ……」
 「これ、リボンの力と違う感じやね。となると可能性があるのは、亮吾くんの方かー。なるほどなー。」

 そんな分析をしていると、公会堂の敷地に警視庁の指揮車が堂々と入り込んできた。もちろん中には望子が乗っている。彼女は前方のふたりに情報を提供した。

 「私は警視庁超常現象対策本部オペレーターの不動 望子巡査です。現在、渋谷公会堂周辺でスタングレネードや催涙弾、閃光弾を使用したと思しき反応が複数あります。その付近に『マスカレード』が存在する可能性が高いです。ハンターの皆さんは現場へ急行してください!」
 「むちゃくちゃやねー、亮吾くん。ま、被害が出る前に手が打ててよかったわ。東雲さん、お仕事しましょか!」
 「周りも賑わってきましたし、そろそろ本腰入れてがんばりますかー。」

 案の定、渋谷は大混乱。警察官の避難誘導があるとはいえ、まだ戦いは始まったばかりである。はたして被害を最小限に食い止めることができるのか……?!


 その頃、渋谷公会堂の屋根の上で一仕事終えた亮吾がある情報をつかんでいた。それは警視庁をハッキングした際に手に入れたもので、なんでも『渋谷戒厳令』の時に何者かの銃弾で傷ついたマスカレードの構成員が複数存在することを示す極秘文書だった。その際に使用されたのは、邪悪な存在に効果を発揮するとされる『銀の銃弾』……そんなネタをつかまされたら、ますます桜井警部が怪しく思えてしまうのだが、亮吾もその辺は心得ている。ここでガセネタをつかまされるようでは、超一流のハッカーは名乗れない。すぐに裏づけとなる情報を探し始めた。
 しかし、桜井警部は銀の銃弾を手に入れるどころか触ったこともないらしい。さらに超常現象に関わり始めたのは数年前のことで、それ以降は警視庁のキャリア組としてごく普通の生活を送っている。亮吾は額に嫌な汗をかいていた。つまり前の事件には『昼行灯の警部』『青い戦士』に加え、『銀の弾丸を撃ち込んだ何者か』がいたことになる。この事件は思った以上に根が深そうだ。
 そうこうしていると、眼下で戦いが始まった。撫子がリーダーを追い詰めたところで天位覚醒し、さらに戦闘態である『戦乙女』になったところである。亮吾は高みの見物をしようと思ったが、何人か構成員が赤い目をした獣となって女神の隙を突こうと息を潜めて待っていた。再びかく乱作戦を実行しようと立ち上がると、背後から声がするではないか!

 「おやめなさい。あなたが傷つくことはないわ。」
 「うわっ! あ、ああ、青い戦士……って、ええーっ! お、女だったの?!」

 慌てて亮吾が振り向くと、あの噂の青い戦士が立っていた。なるほど言われてみれば、確かにすらりとしている。線の細さから察するに女性で間違いない。亮吾は相手の口調から直感的に「彼女は敵じゃない」と判断した。むしろ「今から彼女は戦うのか?」と思ってしまうほど、言葉からやさしさがにじみ出ていた。

 「あんたもハンター、なのか?」
 「ええ。だから、ここは任せて。」
 「どこまで謎にしとくの? マスカレードと戦うのに、ひとりって何かと不便だと思うんだけどさ?」
 「その分……誰も悲しませないで済むわ。悲しむのには慣れてるけど。」
 「俺が言うのもなんだけどさ。そーゆーのどうかなぁ……誰かがいなくなって悲しまないことって、ホントにある?」

 子どもらしいといえば子どもらしいストレートな物言いに青い戦士は言葉を失う。亮吾も相手を困らせるために言ったわけではないが、どうしても気になったのでつい言ってしまった。ふたりの間に気まずい空気が流れる……それを埋めたのが、眼下の喧騒である。撫子の勇ましい声と獣の猛々しい咆哮が響く。青い戦士は軽い身のこなしで動き始めた。

 「君の名は?」
 「お、俺は亮吾。鈴城 亮吾。」
 「私は……シャドウレイン。影を薙ぐ者。」

 鹿をイメージさせる黒い影に青い蛍光色のラインがよく映える。彼女は自分からシャドウレインと名乗った。そして今、戦場に……


 撫子は圧倒的なパワーで叩くリーダーの攻撃をテクニックで華麗に避けていく。相手は飛ばない獣だが、あえて翼をしまった状態で戦っている。そこに青い戦士・シャドウレインがリーダーの頭に強烈なキックを放って登場した!

 『うぼあぁぁっ!』
 「あ、あなたは……!」
 「天薙 撫子さん、ね。この場で遠慮は無用よ。さ、早く倒しましょう。」
 「な、なぜ、わたくしの名をご存知なのですか?!」

 ついに口を開いた戦士。ところがその内容は驚きに値するもので、さすがの撫子も戸惑いを隠せない。やられ放題のリーダーはこの戦いで初めて得たチャンスを物にするため、獣たちに号令をかけて一斉攻撃を仕掛けた! 影に染まった牙や爪がふたりの周囲に押し寄せてくる。しかしそれを見越した戦士は青く光るラインに手を伸ばし、そこから輝きを放つ鎖を生み出して自在に振り回した!

 『ぐげっ!』『うばっ!』『ごがあっ!』
 「ライティングチェーン……! はああぁぁぁっ!」

 不意を突かれたはずの撫子ではなく、なんと戦士に襲われた獣たちは思わず少しのけぞった。それを我に返った女神が見逃さない。そのまま近づいてきた敵をまとめて神斬で一閃すると、残りはリーダーだけとなった。そこへ公会堂に徘徊する敵を片付けた柚月と東雲が合流する。近くには望子の乗る指揮車も現れた。これではリーダーに勝ち目はない。だが今までの敵と違い、これで降参しないのがマスカレードである。リーダーは猛り狂ったかのように、撫子に突っ込んできた!

 『ウガアアァァァァァァァーーーーーッ!』
 「これだけの戦力差が見切れないんじゃ、負けても仕方ないね。ちょっとお灸を据えた方がええみたいやね! シュバルツ・クーゲル!」
 「その隙に私はリボンを……っと。」

 もはや、このふたりのコンビネーションは確立されている。ついには黒き珠が敵を襲っている最中にリボンを結ぶという曲芸のようなことまでやらかす始末だ。恐ろしいまでの威力を発揮する攻撃に弱体化の効果がある光のリボン……そしてとどめは神斬を構えた撫子と、常人を超えた跳躍力から放たれるキックを繰り出すシャドウレインが突っ込んだ!

 「「たりゃああああぁぁぁっ!!」」
 『ブゴワアアァァァァーーーーーーーッ!!』

 これにはさすがのリーダーも耐え切れず、影を四散させながら倒れこむ。今回も事件を解決することができたようだ。それを見届けると、青い戦士はその場を去ろうとする。柚月はそれを声で制した。

 「お疲れさんと言いたいとこやけど、ちょっと待ってもらえるか? その力、マスカレードそっくりなんやけど、なんか関係あるんやったら逃がさんよ?」
 「うーん、でも柚月さん。あれは似て非なるものなんですよねー。私もメガネで確認してるんですけど。出所は同じっぽいんだけどなぁー。」
 「私の目的は……マスカレードを動かす『組織』の壊滅。影の獣を生み出す悪魔の退治。そのために自ら影をまとい、戦いに身を投じた。それだけよ。」
 「やはり……こんな力を大量に生み出すには背後の組織があるとは思っていました。いるのですね、黒幕が。」
 「いつか真実にたどり着くと信じて……さらばだ。」

 青い戦士はそう言い残すと、人目を避けるように逃げてしまった。それを追う者はいない。少なくとも敵でないことはハッキリしたからだ。程なく警官隊がやってきて、マスカレードの面々を逮捕していく。今回のハンターの仕事はここまでだ。あとは桜井警部たちに任せればいい。気のせいかもしれないが、渋谷の街にもほんの少し安堵の色が見えた。


 智恵美は民間人を襲おうとしていた一匹の獣を引き剥がそうとがんばった数名の警察官の治療を終えてほっと一息ついていた。そして誰よりも早く渋谷中央署に戻り、高杉警部補の許可を得て電話を借りる。彼女は事件の混乱を利用して、はぐれた獣から情報を引き出していたのだ。それをメビウスの上司であるレディ・ローズに報告しようとしていた。彼女は包み隠さず手に入れた情報を提供する。
 影の獣とは『人間が生まれながらにして心の底に刻んだ暴力的なイメージを影として発現させ、それが獣の形として宿ったもの』であること。しかしそれが発現すればほぼ勝つことができず、人間としての心が欠落してしまう……それゆえ暴力的な行為に及んでしまうということ。そして一番重要なのが、この影は何らかの方法で生み出され、今後も増殖する可能性があるということだ。
 この報告にはさすがのレディ・ローズも困ってしまったらしく、珍しく弱気な発言を連発した。

 『ホント冗談じゃないわよ。こっちも忙しいっていうのに……ったく。こんなことなら首突っ込むんじゃなかったわ!』
 「あらあら。それはもしかして、メビウスさんのことですか?」
 『な、なんで知ってるのよ! ま、話が早くていいわ。あいつ、マスカレードの偵察中に後ろから撃たれたらしいのよ。しかも影の弾丸で。心当たり、ない?』
 「獣たちとはまた違う感じですね。むしろメビウスさんに近い能力者の方じゃないでしょうか。」
 『社会的発展を目指さない組織って面倒なのよねー。でも後には引けないわ、かわいい部下が撃たれたとあってはね……』

 アカデミー日本支部としては、このまま引き下がることはないらしい。今後もマスカレードの調査を継続するようだ。しかしメビウスが撃たれていたことを、最後尾にいた智恵美がなぜ知っていたのだろうか?


 渋谷中央署の屋上に桜井警部が立っていた。すでに平穏が戻った渋谷を眺めながら、カップベンダーのコーヒーを飲んでいる。そんな彼の傍に向かうひとりの女性がいた。望子である。応援要請を受けた立場から、事件解決の報告にやってきたのだ。ところが話は意外な方向に流れていく。

 「桜井警部。事件は解決しましたので、速やかに警視庁超常現象対策本部は撤収します。」
 「いつもいつも申し訳ないです。現場の指揮までお任せしちゃって。ま、うちとしては警視庁さんがやってもらえる方がありがたいんですが。」
 「恐縮です。ところで桜井警部……元部下の望月 成昭さんは見つかりましたか? いや、彼のことは『FEAR』と呼んだ方がいいでしょうか。現在も逃走中の連続殺人犯……」

 さすがの昼行灯も望子の物言いには黙っていられなかった。瞬時に顔色が悪くなり、流暢な喋りはなりを潜めてしまう。望子が手に入れた情報は、彼にとってそれだけ重大な事実だったのだ。

 「もう、早く帰りたまえ。若いのに残業するものじゃないよ。」
 「在職中に恋人を理不尽な事件で失い、社会の不合理を世に知らしめるためにあらゆる手段を講じた。模倣犯の殺害、マスコミへの声明文……それこそなんでも。その時に『FEAR』と名乗り、世間は文字通り『恐怖』に怯えたあの事件を、あなたはまだ追っていらっしゃるんですか? それとも放逐できない理由が何かあるんですか?」
 「…………………」
 「失礼いたしました。幾分、言葉が過ぎました。今日はこの辺で失礼します。」

 望子は話を途中で切り上げた。彼女は本気で「追い詰めるまでやろう」と心に決めていた。しかし桜井があまりにも痛々しい表情をするもので、聞くに聞けなくなってしまったのだ。青い戦士に加え、FEARなる存在……事件はまったく解決していないのかもしれない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子  /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
7305/神城・柚月  /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
7266/鈴城・亮吾  /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
3452/不動・望子  /女性/24歳/警視庁超常現象対策本部オペレーター・巡査
2390/隠岐・智恵美 /女性/46歳/教会のシスター
6591/東雲・緑田  /男性/22歳/魔法の斡旋業 兼 ラーメン屋台の情報屋さん

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第16回です!
今回は明らかになった謎に加え、新たなる謎もずいぶん増えてしまいました。
もちろん次回も新しい要素満載でお届けします。ぜひお楽しみに!

今回は本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!