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<東京怪談ノベル(シングル)>


HALLOWEEN STRAIGHT PLAY〜猫の魔女さん顛末記〜

「トリック・オア・トリート!」

 子供たちの元気な声が響く、東京都民センターの一室。
 来るハロウィン祭で上演される市民演劇『リトル・パンプキン騎士団の大冒険』に出演する子供たちが、稽古に励んでいた。
「可愛いですわね」
 ドアの上部にはめられた硝子ごし、室内を覗いた鍋島・美寝子(なべしま・みねこ)は、思わず笑みを浮かべた。
 自分たちで手作りしたのだろう、カボチャを模した張子の兜をかぶり、ダンボールに銀紙を貼って作ったらしい剣を熱心に振り回している様子を見れば、自然微笑が浮かぶというものだ。
 軽くノックしてからドアを押し、美寝子は室内に体を半分差し入れた。
「あの、すみません。草間零(くさま・れい)さんの紹介で参りました、鍋島と申します」
 美寝子の声に、子供たちに演技指導していた世話役らしき女性が振り返った。
「あ、この度はご協力ありがとうございます。草間さんからお話はお伺いしてます! ささ、どうぞこちらへ」
 手招きされて美寝子が向かうと、世話役の女性は子供たちに呼びかけた。
「みんな注目! こちら鍋島さん、ご挨拶は〜?」
 口々にこんにちはと挨拶する子供たち。
 美寝子も、にこやかに挨拶を返す。
「はじめまして。鍋島美寝子といいます。頑張ってみんなをお手伝いしますから、工作でも道具運びでもなんでも言ってくださいね」
 世話役の女性が笑いながら、そんなこといいんですよ、と手を振る。
「そんな裏方仕事までお手伝い頂いていたら大変ですって。なんたって鍋島さんは、物語のキーパーソン『猫の魔女さん』役なんですから。もっとドーンと構えていてください」
「……はい? あの、わたくし裏方のお手伝いに呼ばれたのでは……」
「ご冗談! はい、みんな! 『猫の魔女さん』役の鍋島さんを拍手で迎えましょう! あ、これ、衣装です。あわせてみてくださいね」
 子供達のあたたかい拍手の中、魔女の帽子にネコミミカチューシャ、首元に大きな鈴のついたワンピースを手渡される。
「…え? これは、にゃにごと」
 役者として自分が舞台に立つことになろうとは。しかもよりによって『猫』の魔女だ。頭が真っ白になった美寝子である。動揺のあまり、ナ行が怪しい。
「き、聞いてにゃいんですけど……」
 小声でつぶやいたものの、かくも拍手喝采で迎えられてしまっては、断るに断れず……なしくずしに引き受けてしまった美寝子であった。

 ことの起こりは一昨日。
 ショッピングモールのハロウィンセールの福引で、キャンディ3キロ(!)を引き当てた美寝子は、あまりの多さにお裾わけしようと近場の草間興信所を訪れた。
「いらっしゃいませ。 お裾分け……3キロも、当たっちゃったんですか!」
 知人の草間零が、驚きながらも笑顔で迎え入れてくれる。そのまま二人でなんとなしにお茶していたのだが、零がこんなことを言い出した。
「ハロウィンといえば、一件依頼があるんですけれど、人手がたりないんです」
「ハロウィンに関する依頼? 面白そうですね。どんな依頼なんです?」
 問い返してみれば。
「ええと、ですね。こういう方が求められているんです。まず、時間の都合がついて――」
 勤務時間の融通は結構きく職場にいる美寝子である。
「人並みに体力があって――」
 人並み以上、猫股並である。
「声のよく通る人材なんです」
 声の出し方というのは、術の詠唱の基本中の基本である。オールクリア。
「あら、それなら、わたくし全部マルです」
「ほんとですか! それなら是非お願いします。実はハロウィン祭で上演される市民演劇のヘルパーなんですけれど……」
「楽しそうじゃないですか。お引き受けします」
 市民演劇のヘルパー=裏方のお手伝い、そう信じて引き受けた美寝子だったのである。

 そんなこんなで。
 時間は進んでハロウィン祭、市民演劇『リトル・パンプキン騎士団の大冒険』の上演日とあいなったのだが。
 東京都民センター近くの小劇場。
 開演直前。
 舞台袖に衣装に身を包んだ美寝子の姿があった。日々稽古を重ねて、セリフはバッチリ、子供たちとの息もあってきている。万全の態勢だ。
 ジリリリ……開演ベルが鳴り、開演アナウンスが流れる。
 幕が、上がった。上がってゆく幕の向こう側の満員の客席が、袖からでも見てとれる。
「うわあ、凄い人!」
 一気に緊張してしまう美寝子である。
 明るい音楽とともに、主役の子供たちがカボチャ兜をかぶり、剣を片手にステージに飛び出してゆく。

――みんな、がんばって!

 心の中でエールを送る。 
 美寝子の出演シーンは物語後半だ。
 美寝子が見守る中、物語がはじまった。

「陛下、ボクたち、私たちが、大切なお祭りを守ります!」
 ハロウィン祭の日、カボチャ王国のリトル・パンプキン騎士団は大忙し。人ごみの中で迷子になった子犬を見つけてあげたり、仮装の支度が間に合わなかった子供を助けてあげたり、人々がハロウィンを楽しめるよう、奔走する騎士たち。
 彼らの活躍で、ハロウィン祭は無事クライマックスに近づいてゆく。カボチャ王国のハロウィン祭では、最後に王様から全ての子供達に、体がとろけてしまいそうなほど甘い砂糖菓子が配られることになっているのだ。
 そんなとき――
「たいへんだ! ハバネロ王国のやつらが大事な砂糖菓子を狙って潜入しているらしいぞ! 仮装してまぎれこんでいるに違いない、みんな探そう!」
 辛いもの大好きのハバネロ王国は、お菓子大好きのハロウィン王国の宿敵だ。懸命の探索を続ける騎士たちだが、なかなか敵が見つからない。

 ここでいよいよ、『猫の魔女さん』登場である。
 苦悩する騎士たちのもとへ、舞台袖からほうきにまたがり、飛び出る(といっても、実際には歩いているのだが)美寝子。
 ちょっと足がもつれそうになるも、どうにか騎士たちのもとへと。
「はーい、こんなときは私におまかせなさい。 この猫の魔女の魔法でちょちょいと敵を探してごらんにいれましょう」
 ほうきを置いて、金の星のついたステッキに持ち帰る。
「エイっ!」
 ピロリロロ……と効果音が流れ、照明が点滅すれば、群集の中から仮装した敵たちがまろびでてくる。
「な、なんだこれはああ〜〜〜」
「変な力にひっぱられるぞ〜〜」
 敵発見に、活気づくリトル・パンプキン騎士団。
 しかし、その瞬間、美寝子は硬直していた。

――こ、これまた、聞いてにゃいんですけど……。

 猫の魔女さんの魔法で引っ張り出されてきた敵の扮装は、なんとネズミだったのである。美寝子の奥底で、本能がうずく。
 そこへ。
 ネズミの親玉が、
「くそ、負けないぞ。 こんなときはアドリブで勝負だ!」
 いきなりのセリフに観客たちから笑い声があがる。どんなアドリブが来るかと期待の高まる客席。
 ふところへと手をさしいれるネズミの親玉。
「親分、まさかピストルなんかじゃ」
 ネズミ子分の合いの手に、いやいやと首を振った親分が取り出したのは……
「猫の魔女めに対抗するにはコレだ! ズバリ、猫じゃらし〜〜! ほ〜れほれほれ、ほ〜れほれほれ」
 取り出した猫じゃらしを揺らしたから、たまらない。
 美寝子の頭から理性がふっとんだ。
「にゃ〜〜〜ん! 押さえたいですにゃ〜〜!」
 身をかがめたかと思うと、両手を前へと伸ばして、猫じゃらしめがけて大ジャンプ。
「にゃ〜〜〜!!」
 ぱしっ! 猫じゃらしを見事に両てのひらの間にはさみ、そのまま勢いづいてネズミ親分ごと舞台の上で倒れこむ。
 その衝撃で、魔女の帽子とネコミミカチューシャがふっとんだ。
 アッと驚く騎士役の子供たち。耳がとれては猫の魔女でなくなってしまう、ハプニングか!? とおもいきや、カチューシャが外れた美寝子の頭に、別のネコミミが生えていた。
「痛たた……」
 倒れこんだ痛みで、正気にもどった美寝子は、まばたき数回、現在の状況を把握した。おそるおそる片手を頭へとやり、ネコミミが生えてしまっているのを確認する。
「にゃ、にゃはは……」
 内心滝汗状態だが、笑うしかない状況である。
 どうしよう、どうしようと焦ったところへネズミ親分、
「くぅ〜〜負けたっ! ネコミミの下にもネコミミをつけていたとは! このアドリブ勝負やられた〜!」
 本物のネコミミも、小道具によるアドリブだと勘違いしてくれたらしい。まあ、本物だと思うより、はるかに自然な発想ではあるのだが。
「よし、いまだ! いくぞリトル・パンプキン騎士団!」
 ネズミたちへとびかかって、ゆく騎士たち。
 かくてハバネロ国のネズミ団は、見事お縄となり、物語は大団円を迎えたのであった。
 
 この後、観客総立ち、スタンディングオベーションで迎えたアンコールにて、ほうきに乗って登場しようと茶目っけを出したがために、すっ転んでしまったりもした美寝子だったが、とにもかくにも、公演は出演者全員によるこのかけ声で、無事終了した。

「トリック・オア・トリート!」