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In Wonderland ―latter part―
迷い込んだハロウィン的な、不思議の国。
探す相手はハートの女王、もしくはアリス?
邪魔するものたちを見事突破し、元の世界に戻れるか……それは…………。
***
「だめー!」
叫んだ十種巴は飛び出す。
そして――――陽狩の瞼を両手で、背後から覆った。
彼の視界に映ったであろう光景を巴はしっかり見ている。長い脚を振り上げて、下ろす、見かけとは違う、絶大な戦闘力を誇る日無子の姿を。
(し、白の紐……!)
み、見えちゃった。
手に力を込める。
「と、巴?」
戸惑う陽狩の背後で、巴は背伸びをした状態でぷるぷると震えた。
「陽狩さんは見ちゃダメー!」
*
三人の行く手を遮る障害物……それらを蹴散らすのは日無子だ。陽狩が飛び出すより先に反応するので陽狩には出番がない。
「…………」
ちょっと落ち込んでいる陽狩を見上げ、巴は腕を少し引っ張った。
「すごいね、ヒナ先輩」
「え? あ、あぁ……うん。すごいな。瞬発力と素早さだと敵わないな」
敵を全て排除して戻って来た日無子は陽狩に目配せする。このグズ、と目で罵った。
対して陽狩もムッとしたように見返す。どうやら相性が悪いようだ、この二人。
険悪な空気を察して、巴が間に割り込む。
「あの、ヒナ先輩、そういえば女王を倒すって誰から聞いたんです?」
「え?」
「なんていうか、倒さないと帰れないっていうのが大変だなって思って……。ほら、女王が変な男の人だったら遠慮なく叩くけど、小さな子だったら殴れないかも……」
肩をすくめて身を縮める巴を、日無子が見つめる。冷たく、感情の浮かばない瞳だ。
「べつにあんたにどうこうしろなんて言ってないから。早く帰りたいから、あたしが倒す。それでいいでしょ」
「ヒナ先輩が、やるんですか?」
「当たり前」
「でもヒナ先輩……相手が子供ってことも考えられるし」
「フン。子供だろうが老人だろうが、あたしは容赦しない。そういう区別はしないことにしてるから」
ええ〜? と困惑する巴の背後で陽狩が軽く嘆息する。
日無子はすたすたと歩き出した。慌ててそれに続く巴。
そんな巴の肩を陽狩が軽くつつく。振り向いた巴に口を寄せてきた。
「巴」
「なあに? 陽狩さん」
「あの女にはあまり近づくな」
同じ遠逆ということで、陽狩はいやに日無子を警戒している。
納得しがたいものがあるが、陽狩がそう言うにはきちんと理由があるのだろう。
(まぁ陽狩さんが嘘を言うとは思えないしな……)
陽狩を見上げた巴の視線が止まる。彼の頭の上にある耳……。
じーっと見ている巴の視線に、陽狩が「ん?」と首を傾げた。
「陽狩さん」
「どうした?」
「あ、あのね」
少し頬を赤らめ、ちょっとにやける口元を無理に引き締めて……巴は指差した。
「陽狩さんの耳と尻尾、私みたいに頭とかから生えてる?」
「え……? あー、うん。なんか、生えてるな」
「……さ、触ったら、だめかな? え、えへっ」
照れ笑いをすると陽狩がちょっと考えてから頬を赤らめる。
「い、いいけど……」
「じ、じゃあ……」
そっと手を伸ばしてネコ耳に触ると、ふかふかしていた。くいっと引っ張ると「ひっ」と陽狩が声をあげた。
「あ、ご、ごめんなさい、陽狩さん」
「いや……だ、大丈夫」
困ったように笑っているので巴は自分の頭を差し出した。
「私の耳も触っていいよ?」
「…………」
陽狩はきょとんとした顔だったが、もふもふの耳を見て興味が出たらしい。手を伸ばして巴の耳をむんずと掴んだ。
「うひゃっ!? やっ、ひかる……!」
過剰に反応した巴に驚き、陽狩が手を離す。
「痛かったか? そんなに強く掴んだつもりはなかったんだが……」
「え? あ、うん、い、いいの」
思ったよりくすぐったかった。もしかして……。
(私、おかしいのかな……)
困惑してしまう巴は俯いてしまう。もやもやするのだが、どうにも気持ちがはっきりしない。
「ちょっと! そこ、いちゃいちゃしないの!」
前方から日無子の怒声が飛んできて、巴はハッと我に返った。
*
「ったく……。まぁ恋人ならイチャイチャするのも悪くないけどさぁ」
「ごめんなさい、ヒナ先輩」
「…………」
ちらりとこちらを見てくる日無子が、手招きする。近づいた巴に彼女は耳打ちした。
「やっぱりさぁ、どこがいいの?」
「……ヒナ先輩は、陽狩さんみたいな人は……ダメですか?」
「ダメっていうか……タイプじゃないし」
「じゃあヒナ先輩は、どんな人がタイプなんですか?」
「そうだなぁ」
日無子はうっとりとした表情で天を仰ぐ。こんなに可愛いのだから、日無子の理想は、そうとう高いところにあるに違いない。
(陽狩さんのレベルより上って、どんな感じなんだろう?)
巴には想像できなかった。
「優しくて、あたしに一生懸命な人!」
「…………それだけ?」
「それだけだよ?」
きょとんとされて、今度は巴が戸惑った。
……ちょっと、想像したより低い。
「顔がいいとか……将来性がありそうとか、そういうのはないんですか?」
「ないよ」
「…………」
自分もそういうことにこだわりはないけど……やっぱりこの人は変わっている。
(美人は変わってるって聞くものね)
しかし一体いつまでこうして歩いていればいいのだろう? かなりの数の敵と遭遇しているが……。
「ん?」
向こうのほうがなんだか綺麗だ。あれは……庭園?
きちんと整えられた庭園にはバラが咲いている。物語の通りならば、この先に見えるあの城にハートのクィーンがいるはずだ。
迷路のようになっている庭をずんずんと進んでいく日無子と、巴が来るのを待っている陽狩の姿に巴は急いだ。
城の入り口である門には、門番が居る。それを問答無用で倒した日無子はさらに奥へと進んでいく。本当にムチャクチャだ。
荘厳な城の中はぴかぴかに磨かれており、なんだかとても場違いな気がする。トランプの兵士たちがわらわらと出てくるので、日無子がそちらに向けて駆け出した。
「あ、あの人数じゃ無理だよ! 陽狩さん、助けに行ってあげて!」
懇願する巴のほうを、陽狩が渋い顔で見遣る。陽狩にしては珍しい反応だ。
「陽狩さん?」
「…………」
「陽狩さんてば!」
「っ、あ、ああ……うん」
彼は仕方ないように肩を落として、深呼吸し……キッと前を向いて視線を鋭くした。最近では滅多に見ない、戦闘モードだ。
(うわ……! やっぱりこういう目の陽狩さんもかっこいいなぁ……)
長めの前髪から見える色違いの瞳が、またかっこいい。
槍を構える兵士たちの集団に陽狩が向かって行く。
(やっぱり陽狩さん、素敵!)
*
女王のイスは空席だった。誰もそこには居ない。
拍子抜けした巴とは違い、日無子が激怒した。
「あの鳥め! 嘘をついたか!」
女王のイスを力任せに蹴飛ばした日無子は、陽狩が助太刀したことにもかなりお冠だった。陽狩が渋った理由はここにあるらしい。
吹っ飛んだイスが無残に粉々になり、床に散らかった。
「もしかして、あなたがアリス……?」
背後からの声に全員が振り向いた。
そこには……豪奢なドレスに身を包んだ少女と、兵隊の格好をした少年……そしてシルクハットの帽子を被った少年が立っている。
日無子が目を細めた。腕組みをして、酷薄な笑みを浮かべる。
「ハートのクィーン? どこに隠れてたのかしら? あぁでも、見つかって良かった」
観察を素早く終わらせると、日無子はクィーンの少女に向けて歩き出した。巴は事の成り行きを見守るしかない。というか、日無子が怖い。
「あんたを倒せばこの世界から出れるのよね? やっと帰れる……!」
(ヒナ先輩、ほんとにすごく帰りたかったんだ……)
そんなことを思っていると、クィーンが困ったように眉をひそめた。
「ちょっと待ってください。あなたを見つければ帰れると私は聞きました」
「? どういうこと?」
日無子が不審そうにして巴を見てくる。自分が知るわけがない。
「わ、わからないです、ヒナ先輩」
慌てて両手を否定するように振ってみせた。巴は陽狩に救いを求めるように視線を遣る。彼は何か考えるように黙っていた。
結局日無子は鼻を鳴らし、さらにずんずんと歩き出した。
「まぁいいわ。あんたをぶちのめせば、あの鳥の言ってたことが本当かどうかわかるしね」
「やる気なら、応戦します」
クィーンが姿勢を正し、日無子に対峙するように佇んだ。
日無子がタッと駆け出した。同時に腕を振り上げる。殴る気だ!
(ひっ!)
思わず身を竦ませる巴を、その現場を見せないようにと陽狩が背後から抱きしめて目隠しした。
刹那――――!
*
ぱち、と瞬きをした瞬間というか……気づけば景色は見慣れたものに変わっていた。
壷を持ったままだった巴は「ん?」と、不審そうに呟き、それから目の前に立っているステラに視線を定める。
「ステラ?」
「はひ?」
「…………」
凝視するが、ステラは不思議そうな顔でこちらを見てくるだけだ。くりくりとした青い瞳は何か隠しているようには見えない。
「私……いつ、ここに戻って来たの?」
「はい? 十種さんはずっとここに居ましたけど?」
「え? 嘘!」
「嘘なんて言ってませんよぉ」
「だって私……!」
言いかけて、口を閉じる。自分の服装は先ほどと何一つ変化していない。
あの世界では軽く5時間は経っていたはずだ。いくらなんでも壷を持っている時のままのはずがない。
「ステラ……いま、えっと……どうなってんの?」
「? なんだかよくわかりませんけど、壷を返してください〜」
「へ? あ、うん」
ステラに返すと、彼女はよっこらしょと重そうに抱えた。
「…………」
じっとステラを見ていると、彼女は不審そうに見返してきた。
「ど、どうしたんですかぁ?」
「……あのね」
説明しようとして、巴は首を横に振る。どうやって説明したらいいのかわからない。
「ううん、なんでもない」
「大丈夫ですかぁ、十種さん?」
「大丈夫。ちょっと変な白昼夢をみただけだから」
「えっ」
そう洩らしてステラは壷を凝視した。そして巴からずりずりと遠ざかっていく。
「こ、これ、やっぱりなんかあるんですかねぇ〜……」
「ステラ?」
「十種さんはもう近づいちゃいけません〜!」
彼女はそのままきびすを返して走り出した。……途中でコケた。
な、なんだったんだろう?
巴は嘆息混じりの声をあげた。そういえば今日は……。
「ハロウィンかぁ……。
あ、そうだ。帰ってかぼちゃクッキーでも食べようかな〜」
なんだか奇妙な出来事だったが……それでも。
(陽狩さんのすごい露出した格好見れたから、ラッキー!)
口元がどうしても緩んでしまう巴であった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生、治癒術の術師】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生、「気狂い屋」】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/退魔士】
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
無事に帰還したようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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